カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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白石城



伊達政宗にゆかりの深い城、白石城に行った時の話です。

白石(しろいし)城、別名益岡城は宮城県の南部、福島県との県境近くにあります。
寛治2年(1088)の後三年の役のあとに刈田氏がここに築城したのが始まりといわれています。

刈田氏はその後伊達氏の家臣になり、このあたりは伊達氏の支配下だったのですが、世は戦国時代、当時の関白秀吉の命により没収され、蒲生氏に与えられました。

その後、米沢と共に上杉領とされ、政宗は米沢から岩手山に拠点を移すわけですが、関が原の合戦の直前にこの城を攻め、伊達領として奪還します。

そして白石城は伊達政宗の右腕とも言える家臣、片倉小十郎に与え、明治まで片倉家が治めていました。

家康による一国一城令以降もこの白石城は仙台城とともに城として特別に認められていました。

幕末の戊辰戦争の時にも東北諸藩の代表がこの城に集まって会議をしており、重要な役目を果たしています。

しかし明治維新により廃城となり、片倉家は城を明け渡し、多くの人が北海道の登別市や札幌市に移住しています。
登別には片倉町があり、札幌には白石区という地名が残っているのはその名残りです。

岩出山の伊達家も北海道に移住し、苦労して開拓をしているわけで、伊達一門の子孫の方は今でもたくさん北海道にいらっしゃるのでしょうね。

と、そんな予備知識を持って白石城を訪ねてみましょう。

現在の白石城は1995年に天守閣と大手門が復元されています。(当時は幕府への遠慮から天守閣とは呼ばず、大櫓と詠んでいたようですが)



行ったときは、まだ紅葉がきれいな時期でした。



この城の復元の凄いところは、日本古来の材料と建築様式で、昔のままに復元していることです。
石垣から組み直して復元しています。

建築基準法上、木造建築でこの高さの建物は本来建築できないそうです。



写真ではわかりにくいですが、石垣も野面積みという石の形をそのまま使って積み上げたもので復元されています。

石垣の上の天守閣の出っ張っている部分は、石落としといって石垣を登ってくる敵に中から石を落として攻撃するためのものです。

四角い穴は狭間という、弓や鉄砲を撃つためのものです。

自動販売機で300円の入場料を払って本丸に入りました。

こちらは大手二ノ御門。

復元にあたり、直径120cmの樹齢1000年にもなる檜を使っているそうです。

大手二ノ御門と天守閣のツーショット。


鐘堂です。
天守のすぐ脇に建てられています。


非常時に鳴らす以外は、毎年七月の城回りの土手と堀の清掃の時にこの鐘を鳴らしていたということです。
朝八時に七つ撞いて仕事を始め、九時に五つ、十時に三つで終わる、というような合図に使われていたそうな。
侍と城下にいる足軽、その他扶持を受けている者が総出で堀払いをしたそうです。


靴を脱いで、天守の中に入ると、片倉小十郎の具足が展示されていました。

係りの人に聞いたら、やはりレプリカでした。
本物は仙台の博物館にあるというのでそのうち拝見できるでしょう。(きっと撮影は不可でしょうが…)

後ろにある鐘の形の旗印は政宗の乳母で小十郎の姉でもある喜多が送ったものです。
この鐘の紋は現在の白石市の紋章にも受け継がれています。


復元されてから15年経つわけですが、建物の中はヒノキやヒバのとてもいい香りで満たされていました。

派手に飾り付けたり、展示物を置いていないのが却って好感持てます。

上の階に通じる階段はお城らしく、大変急なものです。

こういうところもきちんと昔の設計のまま、作られています。

最上部からの眺め。
遠くに蔵王連邦が見えます。


大手門の向こうに城下町が見えます。

瓦も当然ながら1枚1枚土から手作りされているわけです。
43000枚も使われているそうです。

天守閣最上部の内部です。

非常灯やスプリンクラー以外はほんとうに昔のままという感じです。

天守閣の屋根裏部分。

大きなお札も置かれていました。

梁には松本城で見たのと同じようなノミの痕が残っていました。


毛筆で書かれたどこに使うものかの目印のようです。


天守以外の御殿があった部分は益岡公園になっています。

このあたりは、昔は建物がびっしり建っていたようです。

片倉小十郎の大きな碑が公園の中心部に建っています。

片岡家は代々小十郎という名前を藩主が受け継いでいます。
初代小十郎景綱から始まり十一代小十郎邦憲で明治を迎えています。


城の隣りに建つミュージアムに模型がありました。

どうせなら、ここまで完璧に復元してほしいなあ…

立体映画などもやっていましたが、時間がなく観ませんでした。

でも、この白石城、予想以上に見ごたえがありました。
お城好きの方にはお勧めです。


城下町も昔の名残りが残っている場所があり、武家屋敷が保存されているというので行ってみました。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:39 | コメント(2)| トラックバック(0)
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コメント
白石城ですか、寄れば良かった…。
バイク引き取りの時は余裕も無かったので、
城下町の名残と山の温泉で迷ったのですが、山に行きました。
投稿者 papabus 2010/12/08 01:15
papabusさん

ああ、近くまでバイクを引き取りに行ったのでしたね!
東北地方、行ってみたい城跡がまだたくさんあって…。
雪が降り出すとしばらくは無理かな?
投稿者 赤の’57 2010/12/09 20:52
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