2007年09月26日
モータースポーツ・ジャパン2007(その3)

モータースポーツ・ジャパン2007のレポートの第3回です。
会場では最近の車もたくさん展示されていましたが、どうしても旧車から目が行ってしまいます。
きっと、新しい車のリポートは他の方が私よりもよくご存知で、どこかでより詳しくレポートしてくださるだろうということで、わたしは今日も旧車方面の写真ばかりです。
でも、このブログを書くにあたっていろいろ調べて勉強し直しました。
間違いがあったらご指摘くださいね!
詳しい方が多いので助かります。(つまり、釈迦に説法してる?)
上の写真は言わずと知れたポルシェ906です。(1966年)
小学生のときに1/24のプラモデルを作ったので結構細かいディテールまで覚えています。
最新のGTカーなどに比べるととてもコンパクトなボディに感じます。
運転席も大変シンプル。
サイドシルのFRPは塗装さえしていませんでした。
テールランプにはHellaのロゴが読めました。
総生産台数は67台。日本には3台が輸入され、現存は2台だけ。
1967年の第4回日本GPに3台とも出場し、生沢徹がこの同型車でニッサンR380を打ち破り、優勝しています。
総排気量 :1911cc
最高出力 :210hp/8000rpm
最高トルク :20kg-m/6000rpm
いいなあ…。レース用に作られた車ですが、その気になればナンバー取れそうな雰囲気です。
(あのノーズではガソリンスタンド、入れないか…)

1967年の日本GP、R380で負けたニッサンは翌1968年、このR381で本気で勝ちに行きます。
レギュレーションが変わったこともあり、このR381はなんとシボレー製V8、5.5リッターを積んでいます。
もう、勝つためには手段を選らばない体制だったのでしょうか。
この写真を写したとき、実際にエンジンをかけていました。
写真ではあの大迫力の音をお届けできないのが残念です。
この年、トヨタもトヨタ7で日本GPに参戦しています。
このR381はニッサンの期待通り、2位の車さえ周回遅れにしてぶっちぎりで優勝することができました。
このゼッケン20番はそのときの車両かもしれません。
でも2位のポルシェ910(906の発展型)は2リッターのままだったというところもすごいです。
怪鳥のあだ名の通り、巨大な可変リアウィングが特徴です。
左右が別々に可動し、コーナリング時の加重を調整したそうです。
ニッサンはその後、V12の6リッター自社エンジンをこの車に積み、R382へ発展していきます。
R383はトヨタ7のターボ車同様、1970年の日本GPの中止に伴い、レース参戦はできずに終わりました。
これも、有名な車ですね。
どちらもサファリラリーに出場した車です。
左の510ブルーバードSSSは1970年に、右の240Zは1971年に総合優勝しています。
日本GPは中止になりましたが、ニッサンはサファリラリーなどのラリー出場で市販車の性能をアピールしたようです。
70年代はつや消しのFRPボンネットが流行りましたね!
(って、知ってるのは私とイトヤンさんくらい?)
時代は遡り、1963年に行われた第1回日本GPではニッサンフェアレディ1500が優勝したのですが、左の車はプリンス自動車が第2回日本GP出場のために作ったスカイラインGT-Bです。
この車は63年発売のスカイライン1500のノーズを200mm延長してグロリアの6気筒2000ccにウェーバーを3連装して積み込みました。
しかし、優勝をさらったのは式場壮吉が運転するポルシェ904でした。
日本の車メーカーの打倒ポルシェ作戦はここからスタートです。
右のスカイラインGT-Rは説明の必要ないですね。(1969年)
ロータリーエンジンの台頭まで国内50勝の記録を作ったすごい車です。
この車だけは若い頃、友達が持っていたので乗ったことがあります。
クラッチを踏むと体が浮きそうになるくらい重かったのが印象的でした。
低速ではすぐにかぶるので空いている夜中か、郊外でしか乗ることができませんでした。
ガソリンタンクは100リッターでしたが、車にお金を使い果たしていた友達はまず満タンにできたことはありませんでした。
時代はさらに遡り、これは1958年のオーストラリア1周ラリーに出場したダットサン1000です。
このとき、富士号と、桜号の2台がエントリーし、見事富士号はクラス優勝を果たし、桜号もクラス4位入賞を果たしました。
写真の車はそのときの富士号そのものだと思います。
ボディの大きな凹みがレースの苦労を物語っています。
運転席は驚くほどシンプルで、市販車とほとんど変わらない感じでした。唯一、時計らしい小さな計器がダッシュボードにありました。
このバイクはどこかのブースになんの説明もない状態でおかれていましたが、HONDA CR-110でしょうか。
本物かどうかは私にはわかりませんが、すごいバイクで復刻版のバイクが出たことは知っています。
マン島のレースを意識して作られたバイクで、50ccなのに4バルブDOHCで、8.5馬力もあります。
リッター換算で170馬力のハイスペックなエンジンで、8速ミッションを介して最高速は130km/hにも達したそうです。
すご!
レポートはまだ、つづきますよ!
夕べは中秋の名月だったということでしたが、普通の月でした。
それもそのはず、満月じゃなかったんですね。
ほんとうの満月は明日だそうです。
どうして、満月じゃない日になったんでしょう?


Gノーズの無い240Zもカッコイイですね~!Z432ってのもアリですが240Zが最高です!
プリンススカイラインは確か20mmではなく200mm延長してるはずですよ!
こんなちょっと無茶なクルマって最近の国産車には無いのが悲しいですね。
ヨーロッパのサンクターボⅡみたいなクルマが作れたら日本のモータリゼーションもおおしろくなるのに…。
実際この昭和40年代は、国産車も「夢」があったと思います。今はどこのメーカーもスポーツカーは作らなくなって、とにかく売れればいいとか、儲かればいいような車に私の目には写ってしまいます。
これでは、若い人たちもクルマに興味がもてないですよね。今の車の大半が「走る部屋」に見えてしかたありません(笑)
ただ、プライスがただでさえ高いのに、もう一桁ありましたからね~。
今でもポルシェ社はレースカーを販売していますね。
ありがとうございます!
早速ありましたね(笑)!
直しておきました。
この頃の開発者は「いい車を作ろう」という想いだったと思います。
今は、「売れる車を作れ」と言われているんでしょうね。
レースカーがカタログに載ってるんですか!
面白いですね~。
3台の906も普通に売られているのを買ったのでしょうね。
普通には買えないとは思いますが(笑)!
日本に2台残っているうちの1台は愛好家が所有しているそうですね。
お知り合いですか?
当時はル・マンに出場するポルシェも公道を自走で移動していた写真なんかもありますね^^
いやあ、市販価格が気になっていたところです。
早速調べましたよ!
1968年(3億円事件のあった年なんですね)の大卒初任給が約3万円ですから、大雑把に7倍するとカレラ6は7700万円、カレラ10は1億2600万円、911Rは9100万円相当ということになりますね!
マクラーレンF1やカレラGTクラスの車だったんですね。
しかし、3億円事件は今の貨幣価値で、21億円かあ…。
ヴェイロン10台買えますね!
日産なのに、シボレーのエンジンを積んだりして、
この頃の、日産は嫌いだったんですが、
何故か、最近は、トヨタの戦略が嫌いです。
保安部品装着車に当時のY部品(レーシングパーツ、今で言うHRCでしょうか)をつけた車両等もあるので細部が若干違ったりします。
復刻のバイクは、DOHCで“それ風”ですが、全く別物と思ったほうがいいです。
私も小学生の頃、このプラモ作った覚えがあります。
CR110は確か、もてぎのコレクションホールで見た事があります。
戦後のマン島TTレースは(ホンダ・スズキが仲良く)日本選手団として参戦したりして、かなり過激なスペックのマシンも開発したようですね。
その2台は滝進太郎が所有していたそのものらしいです。
あと910だったら、もう一人知っています。
ま~、みなさんいいモノを所有していますね~。
トヨタにはいろんな疑惑が起きてるようですね~。
一般の車の部門でもトヨタに限らず、新型車をどんどん出して、「さあ、どんどん新型車に乗り換えましょう!」的な時代は終わっていいと思うのですが。
省エネ、省資源が叫ばれる中、似たような新車開発ラッシュに異を唱える人があまりいないのはどうしてなんでしょう?
そうですか、マニアは「ヒャクトウ」と呼んでいるのですね!
私も知った振りしてこれからそう呼びます(笑)
しかし、なんでもよくご存知で、スゴイです。
これからも、いろいろ教えてください!
モテギのコレクションホールはまだ行っていないので、ぜひ、行ってみようと思います。
マン島はバイクのレースでも聞いたことがありましたが、私はどちらかというとタックスフリーの方で名前をよく聞いてました。
三宅島復興のためにそういうレースやればいいとひとりで提唱していたことがあるのですが、自転車レースは実現したようです。
Gmundさんのお知り合いも、ハンパじゃない方が多いですね!
そういう方の知り合いの知り合いというだけで、なんだかすごい世界にちょっとだけ近づいたようなきがします(笑)!