カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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青葉神社と輪王寺



寒い日が続きますね~!
外は寒いのですが、仙台の神様や仏様にも新年のご挨拶をしておかなければ…と、ちょっと出かけてきました。

まずは、青葉神社へ。
青葉神社は伊達政宗が祀られた神社です。

この地の創建は明治7年。
もともと青葉城内にあったという話しもあります。

現在の社殿は昭和2年に完成したものだそうです。
宮司は、仙台藩家老・白石城主片倉家の16代当主だそうで、片倉小十郎の子孫見たさに訪れる暦女が増えているとか…。

このところの寒波で手水は凍っていました。




脇には政宗の家臣を祀る祖霊社がありました。


祖霊社は池の中の島にあるのですが、その池の表面も凍っていました。




青葉神社のすぐ近くにある輪王寺にも寄ってみました。


輪王寺は1441年に福島県梁川で創建されていますが、伊達藩と共に米沢→会津→米沢→岩出山→そして現在の仙台に1602年に移りました。

明治以降、伊達藩の外護を失い、明治9年の火事で焼失し荒れたままになっていたのが、大正4年に現在の建物が再建されました。

ここは庭園が有名なのです。
地元のテレビでよく紹介されるので以前から一度行ってみたいと思っていました。

庭園に入るのは有料(300円)なのですが、なんと、遊園地のような機械でお金を払うようになっていました。


せっかくなので300円払って入場しました。
庭園に入っているのは私一人でした。

テレビで紹介されていましたが、大きな木は雪吊りがされていて冬らしい雰囲気です。


園内には三重塔があります。
この三重塔は1981年(昭和56年)の建築だそうです。



春は花菖蒲がたくさん咲くという池にはやはり氷が張っていました。





青葉神社も輪王寺も仙台市内の中心部に向かってまっすぐ道が伸びています。
この周りには輪王寺以外に5つの寺が固まっていて、京都五山、鎌倉五山にならって北山五山と呼ばれているそうです。



春にも来てみたいですが、きっと関東に戻っていると思うので、雪景色を目に焼き付けておきました。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 23:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

この冬一番?



仙台に戻ってきた途端、この冬一番の寒さですって…。
日本中のようですけどね。

上下の写真は今朝、部屋の窓から見た景色です。
仙台市内は一日中0℃前後の気温だったようです。



同じ仙台市内でも私が住む南の端のほうは雪も少なく、日の出前は車が凍っていましたが、そんなに積もりません。

でも晴れていても、西のほうから風に乗って吹き飛んできた雪の粒がフワッ、パラッと舞っています。


秋に仕事で行った秋田県の横手市では一晩で80cmも積もったといいます。
ああ、あの町が今は雪に埋まってるんだなあ…と頭の中で想像しています。

2月にはかまくら祭りがあるんですが、
行くのは危険かなあ…
どちらにしても他の場所での仕事になりそうですが…。



こんな、寒い夜はコレに限りますね!

この火鉢型ストーブの利点がもうひとつ見つかりました。
写真のように徳利をストーブの縁に置いておくと、やわらかな熱でお燗が冷めないんです。

100円ショップで買った安物の徳利でも冷めずにのんびり熱燗を楽しめるわけです。

どうです?
一緒にいっぱいやりませんか?



お酒といえば、年始にやったカル飲み新年会で嬉しいプレゼントをいただきました!

べスパの本なのですが、いただいたのは下の本です。


同じ表紙の上の本は2009年に参加したべスパのイベントでいただいたものです。
イタリア大使館の中に入れたスペシャルなイベントでした。

表紙の写真もまったく同じかと思ったら、日本語版はちょっとトリミングしてますね。
べスパのフォントも違います。



イベントの参加記念品としていただいた本はイタリア語と英語の2ヶ国語で書かれていたのですが、今回いただいた本は日本語と英語の2ヶ国語の表記になっています。


中身はすべて同じです。
これで、何が書いてあるのか、完璧にわかりました!!

papabusさん、ありがとうございました!!
大切にします!!


で、私のべスパですが、数ヶ月まったくエンジンをかけていなかったのですが、年末に始動してみると、若干かかりにくくはなっていましたが、すぐに目覚めてくれました。

なかなかやるものです。
この冬はコタツも着けずにべスパは越冬することになりそうです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 19:09 | コメント(6)| トラックバック(1)

雪の秋保



どうしちゃったのでしょう?
いただいたコメントがごそっといきなり消えています。
私はなにもしていないのですけど…。

きっと、消えてしまったものは復旧しようがないのでしょうが、原因がわからないとイヤですね…。

コメントいただいた皆さん、すみません…。

ホビダスさん、お願いしますよ…。

さて、クリスマスの2日間、東北地方や北陸地方ではたくさんの雪が降り、福島県では車が300台も立ち往生して丸一日以上車の中で過ごすことになった方もいたようです。
一晩で1mも積もったというのですからすごいですね。

仙台市内は4~5cmの積雪だったようですが、すぐに溶けてしまい、今はもうほとんど残っていません。

秋保(あきう)の方はどんな状況なんだろう…と、ちょっと行ってみました。

秋に行ったときには紅葉が散る季節でした。

この日の秋保は道路はほぼ完全に雪は除雪されていましたが、周りにはかなり雪が残っていました。

秋保大滝は冷たそうな水が大量に落ちていました。


秋保大滝不動尊も雪化粧。




狛犬に積もった雪がたてがみのようでした。


めがね橋も寒そうにしてました。



そして、酒タンポ、新品が手に入りましたよ!


567円。

そんなもんでしょ。

厨房機器を売っているお店に寄ってみたらありました。


中古の機器や食器、道具類もありましたが、新品の品揃えのほうが多かったです。

いろいろと面白そうなものを売ってそうでした。
今度ゆっくり見に行ってみますかね。

これで、鍋+徳利から鉄瓶+酒タンポでの熱燗づくりに変わります。


東北地方での越冬はこれで決まりですね!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:25 | コメント(6)| トラックバック(0)

無人販売



先日から突発的にランニングをしたりしているのですが、いいこともあるものです。

虹を見つけたり、



野菜の無人販売をしているところも見つけました。
(雪が降る前の話ですが…)

ランニングを終えてお金を持って買いに行ってみると、持ち主のおじさんがちょうど商品の入れ替えをしているところでした。



目当てはキャベツ。
大きな玉が100円と、スーパーの半値近くでした。

猛暑の影響で野菜が高くなってますからね!

他にもいろいろな野菜が売られています。
自家製の漬物もおいしそうなのですが、独り暮らしには量が多すぎるように感じて…。

まあ、100円~200円ですから気軽に買える値段なのですが、器も買わないといけないし…。



本格的に寒くなってくると、熱燗が恋しくなります。
私は邪道といわれますが、本当に熱い熱燗が好きです。
お店で頼むときも、出来るだけ熱くして!と頼みます。

徳利を素手で持てないくらい熱いのが好きなのです。

そんな熱燗のおいしい季節、ほしくなってるのがこれ。


鉄瓶にコレで決まりでしょ?

燗つけ器という名前で呼んでいましたが、他にも呼び名があるのですね!

近所の店を探しましたが、どこにも売ってなく、う~ん仕方がないとネットで探してみて他の呼び方を知りました。

ご存知でした?

チロリと言ったり、
酒タンポと言うこともあるようです。

高級品は錫や銅で出来たりしているようですが、安いアルミ製のものでいいんです。

古くからやっている金物屋さんに行けばあるだろうと思ったら、そこでも置いてないんですね~。
カッパ橋に行けば絶対にあるのでしょうけどね…。

ヤフオクでは中古なのに1000円以上の価格で売ろうとしています。

でも、さすがアマゾン、新品を4~500円で購入することが出来ます。

でも、送料のほうが高くなってしまうので、なんだかなあ…と買うのをやめました。

みなさんどうやって燗をつけてるのでしょう?
コップに入れて”チン!”なのかなあ…。

実家では電気の酒燗器がありました。
便利なんですけど、情緒ないですね…。

今度、業務用の厨房機器など売ってる店に行ってみますかね。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:22 | コメント(2)| トラックバック(0)

雪の朝



今朝の様子です。
もっと積もるほど降るかと思いましたが、思ったほどでもありませんでした。

でも、今も降っていますので、これからもっと積もるかもしれません。

こちらに来て、雪がちらつくことはありましたが、積もるほど降るのは今回が初めてです。



クリスマスが終わると本格的に年の瀬に向かって一直線に進んで行くのでしょうね。

テレビでも今年のまとめの話が多くなってきました。


昨日は仙台市内を何箇所か移動していたのですが、お昼に初めて天下一品ラーメンを食べました。

お店の建物には一言、「濃」と書かれています。

ホントに濃いですね~。
胃が元気なときじゃないと、壊されそうなくらいです。

いろいろなラーメンがあるものですね…。

家族連れも数組来ていましたが、小さな子供にこんな濃いラーメン食べさせていいなかなあ…。


こちらは我が家の鉄瓶。

毎日お湯を沸かし続け、内側にちょっとだけ湯垢がついてきました。
すこしだけいい状態になってきました。


今日は幸い休みなので、雪見酒でもしてるかなあ…。
どんどん降っていいよ!!

燗つけ器でも買って来ますかね!
鉄瓶にピッタリだと思うのですよ。

もっと安っぽいやつね。
今どき、売ってるかなあ…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:59 | コメント(0)| トラックバック(0)

ホワイトクリスマス



仙台はホワイトクリスマスになりそうです…。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 21:54 | コメント(0)| トラックバック(0)

国宝大崎八幡宮



仙台市内、青葉城の北西の方向にある大崎八幡宮は伊達政宗が建てた建物がそのまま残っており、国宝に指定されているらしい…ということで行ってみました。
先月の話ですが…。

本来はさらに古い神社でもともと大崎という仙台よりも北の地にあったのですが、伊達氏が岩出山から仙台に移った際にこの地に移築されたようです。

私たちサラリーマンに限らず、昔の大名たちにも転勤はあったわけで、功を成して栄転したり、失敗して左遷されたりしているわけです。(左遷の方が多かったようです)

転勤といわず、転封(国替え)と呼ばれたわけですが…。

その際、家族や家臣だけでなく、町民や神社仏閣に至るまで一緒に移動したりしています。

伊達藩も米沢から岩出山に移る際、菩提寺まで一緒に移動しています。
確かに、菩提寺が仲の悪い他の藩の領地になってしまっては墓参りさえ安心してできませんからね…。

というわけでこの大崎八幡宮も大崎の地から移転しているわけですが、現在の社殿は慶長9年(1604年)から慶長12年(1607年)にかけて、豊臣家召抱えの当世随一の巨匠を招き、当時の最高技術で建築されたということです。

政宗が仙台の築城を始めたのが慶長6年ですので、ほとんど城が出来上がるのと同じ時期といえるのでしょう。

400年以上も経った木造建築にしては立派なものです。
外見はそんなに派手には見えませんが…、


屋根の裏側を見ると…

派手好みの伊達政宗らしく、かなり派手です。
平成になって大修理がされているので、創建当時のたいへんきれいな様子を観ることができます。





外からはまったく観ることが出来ませんが、天井や襖絵なども狩野派の一流どころが描いた大変豪華なもののようです。

安土桃山時代の最古の権現造りの建築物ということで昭和27年に国宝に指定されています。

社殿の目の前には長床と呼ばれる建物があります。


社殿に比べるとかなり質素な造りになっています。
創建は社殿と同じ時期だろうと言われています。





社殿の前に、一の鳥居にかけられている表札?が化粧直しを終えてお披露目されていました。

八幡の八の字が鳥の形(雀?)になっています。

デザインは五代伊達吉村公といわれています。
まわりはすべて伊達家の家紋。
伊達家はずいぶんたくさんの家紋を持っています。
このネタで記事をひとつ書こうと思ってるくらいです。


黒漆塗りのシックな神輿も展示されていました。

担ぎ棒には金箔が…。
豪華!!
9月の例大祭の時に担がれるようです。

この写真は境内の一部ですが、例大祭の時にはこの直線路で流鏑馬も行われるそうです。

この流鏑馬をする武者は昔はわざわざ大崎から呼び寄せていたそうです。

(大崎八幡宮のHPより)

また、境内の別の場所で行われる1月14日に行われる松焚祭(ドンド焼き)はかなり盛大で有名だそうです。

(大崎八幡宮のHPより)

9月はもうこちらにいないと思いますので無理でしょうが、1月の松焚祭には行ってみますかね!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

今野家住宅



多賀城址からの帰り道、近くに東北歴史博物館があるというので、行ってみました。

行ってみると想像をはるかに超える立派な建物でした。
いったいどんなすごいものが展示されているのだろう…と入ってみると…

あまりお金を払って観てみたいと思えるようなものでもなさそうで…
すぐに出ました。
博物館だけでなく、ホテルのような研修、宿泊施設もあるようで、どれだけ稼動しているのか…

相当な無駄遣いに感じられる施設でした。

まあ、見ないで言ってるので、実際のところは不明ですが…


それよりもずっと面白かったのが、隣接している今野家住宅という施設でした。


宮城県石巻市(旧北上町)にあった江戸時代中期の民家を移築・復元したものだそうです。

手前はチューモンといわれる門と馬屋と倉庫などを兼ねて使う建物、奥にホンヤと呼ばれる母屋があります。



ホンヤは1769年に建てられた建物だそうです。

1769年はあのナポレオンが生まれた年です。
う~ん、ナポレオンと同じ歳の家か…。

(この写真はナポレオンの生家。1階~2階を使っていたそうです)


農家の家屋ですが肝入という、村長のような立場の村の有力者の家だそうで、なかなか立派なものです。
建坪238㎡(72坪)。

白石で見た中級武士の屋敷よりもずっと立派です。


中に入ると囲炉裏に火が入っていて、中はかなり煙っていました。

管理の方が一名、ヒマそうに火の番をしていました。



囲炉裏は一箇所だけでなく、なんと3箇所もありました。
火が入っていたのはその真ん中、ダイドコロにある囲炉裏でした。



間取りは6DK+土間というところでしょうか。
奥の二間のみ畳敷きの座敷で、上級の役人を迎えるときは庭を回り、ウチオロジと呼ばれる縁側から出入りしたそうです。

間取り的には私の父親や母親の実家の建物の間取りも大変似ています。(どちらも農家です)
私が小学校低学年くらいまではまだ土間やかまどがありました。
今はどちらもリフォームして、普通のダイニングキッチンになっていますが…。



畳敷きの座敷も二間続きですが、華美な欄間などはありませんでした。



外には便所や風呂の建物もありました。
この建物は風呂です。

井戸から樋で水を引くようになっています。
そういえば、子供の頃母親の実家に行ったときに、台所の土間にある井戸から風呂場に水を引く樋の跡があったのを思い出しました。

どんなに寒くても、トイレや風呂には外に出て行っていたのでしょうね…。

便所には便器が二つ並んでいたのですが、ひとつは当主専用だったそうです。


今野家住宅を見学して珍しさもあり、懐かしさもありました。
両親の実家は江戸時代に建てられた建物ではなく、おそらく大正や昭和初期の建物だとお思いますが、基本的な間取りなどは江戸時代と変わってなかったのではないかと思われます。

幼い時に触れた両親の実家の間取りや外にある便所などとの記憶がよみがえり、大変懐かしい思いをしました。

この今野家住宅も最近まで民家として使っていたとしたら、絶対にリフォームされていたわけで、実際、復元前の写真を見ると、一部アルミサッシに変えられていたりします。

それらを元に戻して保存するという作業は大変意義のあるものだと思います。

どうせ箱ものにお金を使うのならこういう取り組みにこそ使ってほしいものです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:34 | コメント(2)| トラックバック(0)

ナメタガレイ



昨日、ちょっと書いた仙台の光のページェントの話しですが、私はてっきり市や商店街など、大きなスポンサーがいて実施しているのかと思っていたら、ジャズフェスティバルやゴスペルフェスティバルと同様、ボランティアによる実行委員会が運営し、資金は主に寄付金によるものなのでそうです。

すごいですね~。
ボランティア組織であのレベルのイベントを行うなんて…。

漏電騒ぎで、ボランティアの実行委員会のみなさんは自分の仕事もこなす傍らで、復旧に全力をあげているそうです。

予定では20日再開とか…。
実行委員会の皆さん、がんばってください!
なんだか、とても他人事に思えなくなってしまいました。


さて、今年もあと2週間…。
ちょっと気が早いのですが、正月の話です。

こちらの地方では正月にはナメタガレイを食べる習慣があるそうです。

ナメタガレイ、漢字で書くと滑多鰈、でもほんとうの名前はババガレイ(婆婆鰈)というどちらも人をなめたような笑ってしまう名前です。

大きなものは5~60cmにもなるそうです。


子持ちのメスが特においしいそうですが、煮付けにして食べるそうです。

正月が近くなるとこのナメタガレイの相場がどんどん上がるため、今のうちから買っておく方もいるようです。


ところで、カレイとヒラメの違いはすぐにわかりますか?

簡単に覚えられるのは、「ヒダリヒラメのミギガレイ」です。

魚を寝かせたときに、左に頭がくるのがヒラメ、右にくるのがカレイです。(中には例外もあるようですが…)


正月にどんなものを食べるかはその地方の食習慣でずいぶん違うものですね!

関東では正月というと新巻鮭ですね。

でも、私が育った北九州では寒ブリでした。

大家族の家では1本まるごと。
小家族の家は半身のブリを購入して、刺身や煮つけにして食べます。

脂の乗った寒ブリの刺身は絶品です!


正月といえば、雑煮なのですが、この雑煮がまた地方によってというより、家庭によってずいぶん違いがありますよね!

仙台ではどんな雑煮を食べるのかを地元の方に聞いて、驚きました。

これが、仙台で食べるトラディッショナルな雑煮だそうです。


松島湾で昔からよく獲れたのがカレイやハゼということで、雑煮にはそのハゼを使うそうです。

ハゼの焼き干しで出汁を撮り、凍みらせた「ひき菜」、凍み豆腐、からとり(里芋の茎を干したもの)、セリ、はらこ等を入れるのが特徴なんだそうです。

なんだか、豪華な雑煮ですね!
しかし、焼いたハゼやイクラまで入れるなんて…!!


作り方をネットで拾ってみました。

(1) 大根、にんじん、ごぼうを千切りにし,ゆでてザルに取り、野外に一晩おいて凍らせる。(これを「ひき菜」という)※冷凍庫で凍らせても良い。
(2) からとりは小さく、凍み豆腐は短冊に、それぞれ湯で戻す。
(3) 鍋に水とはぜを入れて火にかける。沸騰したところで弱火にし10分煮てから調味する。
(4) (3)にひき菜、凍み豆腐、からとりを加え、味がしみてきたところでなると、はらこを入れ火を止める。
(5) お椀に焼いた切り餅とはぜを盛り、その上に具(“おこう”という)をたっぷりのせ、せりを添えて熱い汁を注ぎ、供す

う~ん、どんな味の雑煮なのでしょう??
ちょっと食べてみたい気がします。


私が育った地方では、丸餅を焼かずにお湯で煮て、やわらかくします。

出汁は甘がらい醤油出汁で、ほとんど具は入れずに食べます。
具に入れるのはせいぜい蒲鉾くらいでした。


餅は大好きなので、正月は3食雑煮になってもいいくらいです。


皆さんのところではどんな雑煮や正月料理を食べるのでしょう?



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:08 | コメント(8)| トラックバック(1)

多賀城遺跡と郡山遺跡



今朝の仙台はよく晴れていますが、とても寒いです。
車は冷凍マグロ状態が続いています。

先日紹介した市内の光のページェントが2~3日前に漏電火災を起こし、消えた状態が続いています。

設置した業者は二度と使ってもらえないのでしょうね…。
随意契約だったら別でしょうが…。

さて、仙台市のすぐ北隣りに多賀城市という市があります。
市とはいっても、とても面積の狭い小さな市です。

多賀城というと、やはりお城がありそうですが、あるんです。
城跡ですが…。

多賀城は伊達政宗が活躍する戦国時代よりもずっと前、大和朝廷が蝦夷(えみし)と呼ぶ反朝廷勢力を制圧するために築いた東北地方の拠点だそうです。

東北地方の政治、軍事的な拠点だったわけです。

創建は724年という事ですから、政宗の時代よりも900年近く前の話しになります。

多賀城跡は、奈良の平城宮跡、九州の大宰府跡と並んで日本の三大史跡の一つになるそうです。

現地はかなり広い範囲の丘陵地帯に遺跡がポツ、ポツと離れて保存されています。

自転車を持っていっててよかったです。
効率よく巡ることができました。



発掘調査はしっかりと行ったようで、埋め戻したあとはどのような配置で建物が建っていたのかを示す案内板が設置されています。


多賀城の中心となる建物、政庁の跡です。


土台の部分だけが復元されています。

どんな建物が建っていたのか、小さな金属製の模型が設置されていました。

写真中央の茶色い部分が模型の手前側の門の土台になります。
向こうに見える白っぽい土台の部分が中心に建っていた建物の土台になります。



こちらは復元模型です。

何度か立て替えられていて、門や建物の形は若干違っていたようです。

とにかく、この地の上を1300年前に奈良時代の人が確かに歩いていたと思うと不思議な感覚になります。


この写真は政庁の方から見た写真なのですが、その当時は多賀城に向かってまっすぐに広い道が伸びていたようです。


この史跡の周りには、入場料を取るような建物や管理者がいるような建物など、何もありません。
一見、ただの公園のようにも見えます。

そういえば、大宰府の跡地もそんな感じでしたね。
原っぱの中に柱の土台だけが並んでいるという…。
太宰府天満宮は観光地としていつ行ってもたいへんな賑わいなのですが…。

そんな落ち着いた雰囲気が逆にリラックスさせてくれました。
私の他には子供づれの夫婦が一組、地元の人らしい犬の散歩をしている人を数人見かけただけでした。

どうしてこの場所に東北地方を治める中心を置いたのか、正直、よく理解できない場所にあります。


ある案内板に、この当時の史跡が、どこにあるのかという図があったのですが、その中で「郡山」という文字にハッとしました。

私が今住んでいる仙台の町が郡山なのです。
福島県にも郡山というところがありますが、そちらではありません。

あれっと思ったのは、近所で発掘調査をしているところがあるのを見たことがあったからです。

調べてみると多賀城が出来る724年以前はここ、郡山に東北地方(陸奥の国)を治める役所があったようなのです。

こんな感じだったようです。


別の日に、発掘調査を行っている現場に行ってみました。

周りはマンションや民家で埋まっているところです。

このあたりはいたるとことでこのような遺跡が出てくるようです。



囲いの外からしばらく見ていたのですが、責任者らしい方(一番右の方)の手が空いたところを見計らって、「郡山遺跡の発掘ですよね?」と声をかけると、「そうですよ!」と気軽に答えてくれました。



その方はきっと大学の教授で発掘している方はその学生さんという感じでした。

「このあたりがかまどの跡なんですよ」などと教えてくれました。

私が見ている前で小さな土器の破片のようなものが出てきていました。

自分が今住んでいるところは奈良時代には大和朝廷の主要な役所が、そして戦国時代にも二目城という城が建っていた歴史的な場所だとわかり、驚いています。

そういえば、近所に古墳がそのまま公園になっているところもあります。

そのうち行ってみることにします。

なんだか、このところ、歴史マニア状態ですね…




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:25 | コメント(2)| トラックバック(0)

東北弾丸ラリー(3日目)



東北弾丸ラリーなんて言っても、行ったきりじゃなくてちゃんと帰ってきているわけですが、ようやく終わりました。

しかし、ラッキーだったのは天候です。
昨日から東北地方の日本海側や北のほうはかなり雪が降っているようで、1日ずれていたら、予定はかなり狂ってしまったと思います。

今朝の仙台は雪こそ積もってはいませんが、気温はマイナス4~5℃で外の車は冷凍マグロ状態です。

昨日は福島県に行っていたのですが、雪が舞っているところはあっても、影響はぜんぜん受けずにすみました。

朝、仙台を出発して、まずは会津若松まで行きました。
会津といえば黒川城(鶴ヶ城)。
行きたかったのですが、近くを通る時間もなく…

次のチャンスに持越しです。
2月の終わりに行くチャンスがありそうです。

で、昼食に食べたのが上の写真の喜多方ラーメン。

喜多方は会津とは約20km離れているのですが、会津市内にも喜多方ラーメンを食べられるお店があったので、喜んで入ったわけです。

もちろん、大盛りで。

喜多方ラーメンは関東でも食べられるので、本場?の喜多方ラーメンは期待以上か、期待を裏切るものか…

結果としては、イメージ以上でも以下でもなかった…という感想でした。

今回、一緒に行動している相方は喜多方の坂内食堂の「肉そば」が断然旨い!と言っていたのですが、残念ながらそこまで行く時間もありませんでした。

坂内食堂も今後の課題です。

そんなわけで、この日も写真さえほとんど撮っていません…。


会津若松は雪はまったくなかったのですが、寒かったですね~。

きっと0℃そこそこしかなかったと思います。

会津の用が終わったあとは、郡山に寄り、その後太平洋側のいわき市へ。

いわき市での用がつつがなく終わり、ようやく今回の東北行脚の目的はほとんど終わりました。


この写真はちょっと高台から見た小名浜港です。

まだ4時台ですが夜になりかけています。
日が短いですね…。


福島マリンパークという水族館にもちょっと立ち寄って見ました。

といっても、外観を見ただけですが…。


この後、仙台に向けてワゴンRを走らせたのですが、磐越道から東北道に入ると、雪模様になってきました。

雪は仙台に入っても降っていました。(積もるほどではありませんでしたが…)

仙台の初雪になるのかな?

雪がはらはら降っているのに空を見上げたら月や星も見えていました。

流星群を待つには寒すぎるので、アパートの部屋に駆け込み、すぐにストーブを付けましたが、部屋が暖まるのにはさすがに時間がかかりました。

この日も結局550kmくらい走りました。

この3日間で1500km以上走破したことになります。

取引先と会っている時以外は常に走っていましたね…。

ミニ観光でもしながらもうちょっとゆっくり廻ってみたかったですね~。
仕事ですから、仕方がないですね!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:29 | コメント(6)| トラックバック(0)

東北弾丸ラリー(2日目)



東北弾丸ラリーの2日目は秋田県の大曲をスタート。
このあたりは豪雪地帯になるようですが、雪はありましたがまだそれほどでもありませんでした。

1~2日前に降ったかな…という雪が残ってはいましたが、道路には雪はまったくありませんでした。

天気予報では今日は日本海側はかなり雪が降るようですので、昨日は雪の影響を受けずに走ることができ、とてもラッキーでした。

秋田道を東に移動し、北上で東北道に合流、北上し、青森県の下田というところを目指しました。

大曲から下田まで265km。
雪の影響はまったくなく、気温が高いので時折雨がパラつく程度の天気で順調に走行しました。

横手くらいまでは高速の両側の山や田畑は雪が積もっていましたが、峠を越えて盛岡あたりまで雪はまったくなくなりました。

盛岡を過ぎたあたりから雪の積もっているところが出てきました。
途中、岩手山SAで一休み。

岩手山は標高が2000mを超える大きな山で、目立っていましたが、残念ながら山頂まで姿を現すことはなく、写真は撮れずじまいでした。

上下の写真は岩手山SAでの写真です。


昨日はほんとうに走っている時間が多く、はっきりしない天気だったこともあり、写真はぜんぜん撮りませんでした。

下田というところは青森県の太平洋側、八戸のちょっと北にあります。
雪はまったくありませんでした。
大きなショッピングセンターがICの入り口にあり、平日にもかかわらず、大変賑わっていました。

八戸という地名は知っていましたが、このあたりを走ると二戸とか五戸とか九戸とか似た地名がたくさん出てきます。
1から9まで全部あるのかなあ…
だいたい「戸」ってどういう意味?と疑問に思い、ちょっと調べてみました。

すると、このあたりの土地は室町時代以降、南部氏が治めているのですが、南部氏は領地を9つに区切り、それぞれを一戸から九戸と名付けたそうです。
「戸」には「牧場」という意味があるそうです。

現在は一戸、二戸、九戸は岩手県、残りは青森県になります。
ただ四戸は現在、存在しないということです。

そういうことだったのですね。
納得です。


下田で用を済ませるともうお昼過ぎ。
昼食を済ませ、すぐに盛岡に向かいました。

下田から盛岡までは137km。
盛岡で3箇所、用を済ませ、仙台まで戻ってきました。

盛岡から仙台までは185km。

なんだかんだで昨日は620kmほど走りました。
1日目と合わせるとちょうど1000kmです。


仙台には夜7時ごろ着いたのですが、同僚をホテルに送り、アパートに戻る途中、信号待ちで横にカルマンが…

こちらに来て初めて仲間以外のカルマンを見ました。
嬉しかったですね!!

ドラッグ仕様っぽいカルマンでした!
68か69あたりですかね?

追っかけて行きたい衝動に駆られましたが、こちらはワゴンRですからね…。

ずっと一人で運転でしたから疲れていることもあり、そのままウチに帰ったのでした。


さて、明日は東北ラリーの3日目。
会津、郡山、いわき方面に行ってきますよ!

ワゴンRも私も元気です!!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 06:46 | コメント(2)| トラックバック(0)

東北弾丸ラリー(1日目)



今、まるで奥の細道を逆周りするようなルートで会社の同僚と二人で東北地方行脚を続けています。
しかも、ワゴンRで。

昨日は仙台を朝出発し、まずは山形へ、その後日本海側の酒田市方面に向かったわけですが、山形道は月山のあたりで一旦高速道路が途切れています。

そのあたりは雪深いというほどまでは行かずとも結構雪が積もっていました。

日本海側は確かに「もう絶対的に冬なワケだからね!」というような意思をしっかり示したいる景色ではありましたが、まだまだ「恐れ入ったか…」というほどの雪の量ではありませんでした。


三川というところで用を済ませ、酒田市をちょうど昼ごろ通過することになり、酒田市といえば酒田ラーメンが有名…ということで、それでは、それではと食べてきました。

行ったお店は「満月」という、酒田ラーメンの中では一番の人気店。(ネット上の話しですが…)


有名店なのですが、お昼の時間帯をちょっとすぎていたため、すんなりと入ることができました。

オーダーしたのは一番人気のワンタンメン、さらに大盛り。
あとで知ったことですが、酒田ラーメンは普通の盛りで1,5倍の麺の量があるのだそうです。

とろけてしまいそうな薄皮のワンタンが売りということなのですが、確かに薄く漂うワンタンはおいしかったです。
さらに量的には2杯食べたようなボリュームでした。


スープは魚介系あっさりスープ。
でもしっかりと味わいがありました。
酒田ラーメンは麺のこしもポイントのようですが、私的にはスープへのこだわりの方が印象的でした。


お店の前には出汁作りにつかっていると思えるサケが干してありました。



山形県の酒田から秋田県の由利本荘というところまでは一般道を走ります。

この間、ずっと鳥海山がイヤでも目に止まります。
ほんとうに目立つ山で富士山のようにどこからでも目印のようにどーんとその姿を現していました。

(鉄塔がじゃまですね~)

山形県から秋田県に入り、象潟(きさかた)というところにある道の駅で一休み。
ここは芭蕉が通った北限ということです。

芭蕉は平泉まで北上したのち、日本海に抜け、酒田のあたりから北上してここまで来て一句詠んでから新潟方面に引き返しています。


冬の日本海は荒々しく荒れ狂っている…というほどでもなく…

それなりに、「冬だから、このくらいは波立たせておきましたが、いかが?」的な様相でした。

その後、秋田市に立ち寄り、大曲まで来ました。
秋田に入るとかなりの雪が積もっていました。

もう暗くなってきたので写真は撮っていません。
この雪はもう春まで融けないそうです。

昨日は一日で宮城県→山形県→秋田県と360kmくらい走りました。

今日は岩手から青森県まで行く予定です。
今日中に仙台まで戻って明日は会津まで行く必要があります。

もう、ラリーでもやっているような強行軍です。

がんばれ!!
ワゴンRと私…。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 05:25 | コメント(8)| トラックバック(0)

仙台光のページェント



今、仙台では「光のページェント」というイルミネーションがとても綺麗らしい…ということで、仕事帰りに単身赴任同士の上司と行ってきました。

場所はジャズフェスティバルが行われる勾当台公園と定禅寺通りというところです。

今年で25年目になるとか…。
そういえば、昨日はジョン・レノンの30回目の命日だったんですよね…。
生きていたら70歳です。
どんな活動をしていたでしょうね…。

この写真が光のページェントの始まりのところです。


55万個使われているという電球は今年からすべてがLEDになったそうです。

最近は青や白っぽいLEDのイルミネーションが多く、それはそれできれいですが、オレンジ色の温かみがある色もいいですね!



6時、7時、8時の3回、1分くらいイルミネーションが消えて、再び点きます。
スターライトウインクというそうなのですが、恋人たちはその暗くなった時にキスをするそうで…

ま、そんなことはいいとして、
一旦暗くなったのが、ワッと一斉に点灯される瞬間はなかなか見ものではあります。



こんな電飾カーも走っていました。

ページェントカーというそうで、サンタが運転しています。
希望者は助手席に乗って走れるそうですが、選考基準があるそうです。



道路の中央分離帯の並木道を歩くと、ほんとうにきれいでした。

この日の結論は…、

「こんなところ、おっさん二人で来るところじゃないね…」

というものでした。






というわけで、近くのサイゼリアに入って、二人でワインのマグナム(1500ml)をサクっとあけて帰ったのでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:40 | コメント(4)| トラックバック(0)

片倉家中武家屋敷



白石城の北側の静かな住宅街の一画に武家屋敷が残っていて公開されているというので行ってみました。



沢端川という川に面していますが、この川は白石城の三の丸外堀にあたるそうです。

この一帯は片倉家に仕える中級武士の屋敷が並んでいたそうです。



この屋敷は片倉家の家臣、小関家の屋敷で、享保5年(1730年)に建てられた屋敷だということが平成3年に解体修復された時にわかったそうです。

玄関はなく、入り口から入るとすぐ土間で、農家の住宅の設計が基になっていて、武家住宅としての体裁が整うまでの過渡期的な体裁だということです。



住人は土間から出入りしていましたが、位の高い人が訪問した場合は右にあるくぐり戸から入り、直接奥の座敷に上がっていたそうです。



居間に当たる部屋には囲炉裏があり、主人が座るところ(一人の席のところ)からは小さな引き戸を開けておくと門のほうから入ってきた人を確認できるような位置になっていました。



「なかま」と呼ばれる奥の座敷。
畳と天井のある部屋はここだけで、あとは茶の間となんどと台所がある土間だけ。
とても簡素な造りです。







この柱と柱の間に梁を渡す技法は「鳥居建」というそうです。


茶の間にある縁側です。


裏庭の川に面している部分に階段がありました。

きっと、ここで野菜や食器を洗ったりしていたのでしょうね。


白石市内にはこのような昔ながらのお店も残っていました。


一応、商売もしているような雰囲気でした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 10:37 | コメント(4)| トラックバック(0)

白石城



伊達政宗にゆかりの深い城、白石城に行った時の話です。

白石(しろいし)城、別名益岡城は宮城県の南部、福島県との県境近くにあります。
寛治2年(1088)の後三年の役のあとに刈田氏がここに築城したのが始まりといわれています。

刈田氏はその後伊達氏の家臣になり、このあたりは伊達氏の支配下だったのですが、世は戦国時代、当時の関白秀吉の命により没収され、蒲生氏に与えられました。

その後、米沢と共に上杉領とされ、政宗は米沢から岩手山に拠点を移すわけですが、関が原の合戦の直前にこの城を攻め、伊達領として奪還します。

そして白石城は伊達政宗の右腕とも言える家臣、片倉小十郎に与え、明治まで片倉家が治めていました。

家康による一国一城令以降もこの白石城は仙台城とともに城として特別に認められていました。

幕末の戊辰戦争の時にも東北諸藩の代表がこの城に集まって会議をしており、重要な役目を果たしています。

しかし明治維新により廃城となり、片倉家は城を明け渡し、多くの人が北海道の登別市や札幌市に移住しています。
登別には片倉町があり、札幌には白石区という地名が残っているのはその名残りです。

岩出山の伊達家も北海道に移住し、苦労して開拓をしているわけで、伊達一門の子孫の方は今でもたくさん北海道にいらっしゃるのでしょうね。

と、そんな予備知識を持って白石城を訪ねてみましょう。

現在の白石城は1995年に天守閣と大手門が復元されています。(当時は幕府への遠慮から天守閣とは呼ばず、大櫓と詠んでいたようですが)



行ったときは、まだ紅葉がきれいな時期でした。



この城の復元の凄いところは、日本古来の材料と建築様式で、昔のままに復元していることです。
石垣から組み直して復元しています。

建築基準法上、木造建築でこの高さの建物は本来建築できないそうです。



写真ではわかりにくいですが、石垣も野面積みという石の形をそのまま使って積み上げたもので復元されています。

石垣の上の天守閣の出っ張っている部分は、石落としといって石垣を登ってくる敵に中から石を落として攻撃するためのものです。

四角い穴は狭間という、弓や鉄砲を撃つためのものです。

自動販売機で300円の入場料を払って本丸に入りました。

こちらは大手二ノ御門。

復元にあたり、直径120cmの樹齢1000年にもなる檜を使っているそうです。

大手二ノ御門と天守閣のツーショット。


鐘堂です。
天守のすぐ脇に建てられています。


非常時に鳴らす以外は、毎年七月の城回りの土手と堀の清掃の時にこの鐘を鳴らしていたということです。
朝八時に七つ撞いて仕事を始め、九時に五つ、十時に三つで終わる、というような合図に使われていたそうな。
侍と城下にいる足軽、その他扶持を受けている者が総出で堀払いをしたそうです。


靴を脱いで、天守の中に入ると、片倉小十郎の具足が展示されていました。

係りの人に聞いたら、やはりレプリカでした。
本物は仙台の博物館にあるというのでそのうち拝見できるでしょう。(きっと撮影は不可でしょうが…)

後ろにある鐘の形の旗印は政宗の乳母で小十郎の姉でもある喜多が送ったものです。
この鐘の紋は現在の白石市の紋章にも受け継がれています。


復元されてから15年経つわけですが、建物の中はヒノキやヒバのとてもいい香りで満たされていました。

派手に飾り付けたり、展示物を置いていないのが却って好感持てます。

上の階に通じる階段はお城らしく、大変急なものです。

こういうところもきちんと昔の設計のまま、作られています。

最上部からの眺め。
遠くに蔵王連邦が見えます。


大手門の向こうに城下町が見えます。

瓦も当然ながら1枚1枚土から手作りされているわけです。
43000枚も使われているそうです。

天守閣最上部の内部です。

非常灯やスプリンクラー以外はほんとうに昔のままという感じです。

天守閣の屋根裏部分。

大きなお札も置かれていました。

梁には松本城で見たのと同じようなノミの痕が残っていました。


毛筆で書かれたどこに使うものかの目印のようです。


天守以外の御殿があった部分は益岡公園になっています。

このあたりは、昔は建物がびっしり建っていたようです。

片倉小十郎の大きな碑が公園の中心部に建っています。

片岡家は代々小十郎という名前を藩主が受け継いでいます。
初代小十郎景綱から始まり十一代小十郎邦憲で明治を迎えています。


城の隣りに建つミュージアムに模型がありました。

どうせなら、ここまで完璧に復元してほしいなあ…

立体映画などもやっていましたが、時間がなく観ませんでした。

でも、この白石城、予想以上に見ごたえがありました。
お城好きの方にはお勧めです。


城下町も昔の名残りが残っている場所があり、武家屋敷が保存されているというので行ってみました。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:39 | コメント(2)| トラックバック(0)

ニッカ宮城峡蒸留所



昨日、おとといと日本中ものすごい強風だったようですね。
こちらも2日続けて半端ない風でした。
おかげで東北新幹線が八戸~青森間が開通して全線開通した最初の日にダイヤはズタズタにされたようです。

地元じゃなかった身としては、「まだ全線開通していなかったんだ~!!」というのが正直な感想です。

さて、仙台の単身赴任も3ヶ月が過ぎました。
この間でワゴンRの走行距離は1万キロを超えました。
スタッドレスタイヤを履いて準備万端ですが、まだ雪は降りません。

でも、路線バスもすでにスタッドレスタイヤを履いていますので、それは時間の問題なのでしょう。

仕事が休みの日、掃除洗濯が終わると一人では何もすることがないので、ちょっとそこいら辺に出かけたりしているのですが、11月のある日、ニッカ宮城峡蒸留所というところに行ってみました。

ここも山のほうにあり、雪が降ると行きにくくなりそうなので、今のうち…ということで。

午後の遅い時間、どんなところなのか、まったく知らずにとりあえず行ってみた…という感じだったのですが、予想以上に長居してしまいました。

というのも、無料の見学ツアーに参加したからなのです。

後でわかったことですが、日本全国にニッカウヰスキーの工場は7箇所あるのですが、見学可能な工場は北海道の余市蒸留所と、この宮城峡蒸留所の2箇所だけなのです。

私が行ったとき、15:30からのその日の最後の見学ツアーにちょうど間に合ったのです。

ガイドのお姉さんがきちんと案内してくれました。

緊張してボケてますが…。
左の写真のおじさんはニッカウヰスキーを創業した竹鶴政孝氏です。

竹鶴政孝氏が余市に初めて蒸留所を作ったのが1934年(昭和9年)、そしてこの宮城峡蒸留所を作ったのが1969年(昭和44年)なのだそうです。

違った環境で原酒を造ることにより、よりブレンドの幅も広がるわけですね!

ニッカの最高峰のウイスキーの名前が「竹鶴」という名前の理由がわかりました。

見学ツアーに参加したのは私以外は横浜から来たというおばさん4人組。
おばさんが4人集まると、まあしゃべる、しゃべる…。

ま、それはいいとして、


最初に連れて行ってくれたのが、キルン塔。

キルン塔ではピートを燃やし、麦芽を乾燥させる行程を行うところだそうです。

ピートって、聞いたことはあってもよく知りませんよね!

ガイドのお嬢さんが持っているのがピートです。


ピートは日本語で泥炭。
ヨシ、スゲなどの水辺植物が堆積し炭化した、まあ天然の炭のようなものなのですね。
炭化するのに100年はかかるそうです。

このピートを使って乾燥させることでウイスキーの独特の香りがつくそうです。
使用するピートの産地により、香りの個性が出てくるわけですね。
ピートを使わないウイスキーもあるようですが、ニッカはここに拘っているようです。



実際、手にしてみると思ったよりも軽く、ほのかに香りがしました。


次の工程は仕込み。
ここでは糖化釜で作られた麦汁に酵母を加え醗酵させてアルコールに変える工程を行うそうです。


ここまでの工程はビール造りとそう大きな差はないそうです。


次の工程で、ウイスキーになっていくのですね。
つまり、蒸留作業です。
醗酵液を加熱し、アルコールを取り出す工程です。

この大きなポットスチルと呼ばれるものは余市のものと宮城峡のものでは形が違うということです。
この形の違いでも味にずいぶん違いが出るそうです。

この建物の中は特に独特の匂いが漂っていました。
(まだ、ウイスキーの匂いというほどでもありませんが)

ポットスチルの上のほうにはしめ縄が飾られていました。
これは竹鶴政孝の実家が造り酒屋だったので、その習慣からということです。


蒸留されたウイスキーの元は樽に入れられ、貯蔵庫で永い眠りにつきます。


ウイスキーの味には、この樽の種類や貯蔵する環境によってもずいぶん変わるそうです。

年が経つほどに熟成される状態を実感できるよう、樽から直接匂いをかがせてくれ、素人にもその熟成度がよくわかりました。


見学の最後は試飲とお土産の建物になるわけですが、私は残念ながら車なので試飲は出来ず、オレンジジュースなど飲んでました。(ほんとに残念…)

ショップの一部で歴代のニッカウヰスキーが展示されていました。

長い年月で、瓶からだいぶ中身が蒸発しています。

貯蔵中の樽の中でもかなり減るようですね。

ここでしか買えない原酒が販売されていましたが、そんなつもりがないのでお金をほとんど持ち合わせていなく、ま、地元の強みでその気になればいつでも行けるぞと何も買えなくても平気でした。

でも、原酒はかなり高いですね!!
やっぱ、買えないか?

これも、ご当地ウイスキーですね!



おかげでモルトウイスキーとグレーンウイスキーの違い、
シングルカスクウイスキー、シングルモルトウイスキー、ピュアモルトウイスキーの違いもわかりました。


ウイスキー好きな皆さん、いつでもご案内しますよ!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:24 | コメント(4)| トラックバック(0)

城跡は刑務所



カルマン仲間が東京から仙台に向かって驀進中の時、待つ身の私は天気がいいので、自転車で近くの城跡見学に行ってきました。

若林城の城跡です。
仙台市若林区にその城跡はあるのですが、若林区の名前はこの若林城から来ているのだそうです。

若林城は伊達政宗が1628年、61歳の時に築城し、晩年好んで住んだ城です。

晩年は仙台城(青葉城)は忠宗にまかせ、正月などの行事の時くらいにしか行かなかったということです。

しかし、1636年に政宗が死去するとすぐに廃城となったようです。(江戸の屋敷で亡くなっています)

ということはわずか8年間だけということになります。

城下には仙台城下とは別に城下町が形作られたそうで、近くを通ると、わずかに痕跡があります。

日本全国の城跡の多くは公園、役所、学校、軍隊などに使用されていますが、若林城跡は刑務所として利用されています。

城郭の敷地がそのまま刑務所になっているような感じです。

上の写真も下の写真も木立の向こうは土塁の上がレンガ造りの高い塀になっていて、手前は堀であったろうことがうかがえます。



場所によってはコンクリートの塀になっていて、小学校が隣接していました。

このあたりの住所は若林区古城と、そのままの地名が残っています。

小学校の名前も古城小学校です。


さすがに、この塀の内側に入って見学することはできません…。
入ってみたくもないですが…。



表のほうにまわると、刑務所の門や建物がありました。

若林城跡とかの碑でもあるかと思いましたが、少なくとも誰もが見られる場所にはなさそうです。



最近ニュースで話題になった、初めて裁判員裁判での死刑判決を受けた被告はここに収監されているようです。


出所者の出迎えに関する注意書が…

ま、ごく当たり前のことが書かれています。


この写真のあたりもほんの少し、昔を忍ばせるような雰囲気です。


見学するのはいいけど、ここにご厄介になることはないよう、心に誓っていると、カルマン仲間の皆さんが近くまで来ているという電話があり、ウチに戻ったのでした。



若林城とは関係ないのですが、帰りに見かけた家です。

どうして、こんなにパラボラアンテナが必要なんでしょ…?



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:20 | コメント(0)| トラックバック(0)

カル飲み仙台編(その4)



12月に入りましたが、仙台は昨日、今日ととても暖かいです。
ウチにいても暖房必要ありません。

さて、ダラダラ続けているカル飲み仙台編ですが、今日で最後まで行こうと思います。

上の写真は松島で止めた駐車場。
向こうの杉並木は瑞巌寺の境内になります。

このあたり、たくさん駐車場がありますが、だいたい1時間300円くらい。
ところが無料の駐車場がある場所にあることを後で知り、う~ん残念…でした。


五大堂の見学を終わった頃、時刻はもうお昼近くになっていたので、昼食をとることにしました。

昼食は、かねてからここにしようと決めていました。
ここも仙台通のメンバーが教えてくれたところです。


塩釜で海の幸を満喫という手もあったのですが、この季節、松島のここで牡蠣の食べ放題があるということで。

牡蠣ハウスという専門の別棟が出来ています。

すでに30分待ちということで、隣接するさかな市場をウォッチングして時間を潰しました。

生牡蠣を1個200円でその場で食べられるというのがありましたが、生唾飲んでガマン…。



さて、時間になり、ひとつのテーブルをわれわれ6名とカップル1組で囲み、牡蠣が焼きあがるのを待ちます。

鉄板からはすでにすごい熱気が上がっていて、この時点で私はTシャツ1枚に紙エプロンという戦闘体勢です。



待つこと十数分で焼きあがります。

おおよそこの量で1人前くらい?


片っ端から食べていくと、大きなスコップでガサッとどんどん追加してくれます。

制限時間は45分。
2000円の元を取るのには20個以上食べないとだね…
なんて話していましたが、軽くノルマは達成しましたね!



大きなの、小さいの、一つの固まりに3個くらい付いているもの、いろいろですが、とにかく黙々と食べ続けます。

何もつけずに、牡蠣のみを食べ続けるのですが、後で考えたら、醤油とか、レモンとか、ケチャップとか、タバスコとか、ちょっとした調味料があったらよりおいしく食べられたのかも…。

でも、塩味だけでも充分楽しめたのでした。



45分間、時間ぎりぎりまで食べ続けて戦闘終了…。



これが二人分の食べかすです。



5年分くらいの牡蠣を45分で食べきったあと、瑞巌寺へ向かいました。

ここはその入り口です。
松島湾の遊覧船の乗り場の目の前にあります。
松島の観光スポットはとてもコンパクトにまとまっていますので、一旦駐車場に車を止めるとあとは歩きでほとんどのところに行くことができます。




門を入って右手に進むとこのような洞窟群があります。
昔は納骨や供養などに使われていたそうです。

松島は昔は霊場、修行の場としてとても神聖な場所だったそうです。

参道は杉並木や紅葉がとてもきれいでした。


ところが瑞巌寺の本堂は改修工事中で今、見学することはできない(平成27年までかかるそうです。)…ということで、有料のところには入らず、福浦島に行くことに。

長い橋を歩いて渡って行きます。
この橋がすかし橋だったら、きっと全員で行くことにはならなかったでしょう…。
昭和の始めまで橋はなかったそうで、それ以前に使っていた船着場も島の中にありました。



島にある弁財天。
橋がまだかかっていなかった昔は、毎年4月12日に船でこの島に渡って弁財天の祭礼をしたそうです。




福浦島の展望台から見た松島湾の景色。


小さな浜もありました。
夏は泳げそうですが、「遊泳禁止」の看板が…


多目的広場や焼き牡蠣などの食事が出来るところもありました。
紅葉がきれいな場所も…。


どこに行ってものんびり散策する私たち。
福浦島を出た時点ですでに夕方になっていて、帰りも私以外は長旅になりますからそろそろ帰りますか…となったのですが、その前に集合写真を撮ろうということで移動。

松島らしいバックで撮りたいということで場所を探したのですが、日が落ちてどんどん暗くなってきそうなので、いちかばちか行ってみたところです。


この日は日が落ちるとどんどん気温が下がっていって、この時点でものすごく寒くなってきました。





最後に人も入れて。
この写真はk-ghiaさんが撮ったものです。


この後、駆け込むように車に戻り、松島を後にしたのでした。

私を仙台に残し、カルマン4台は東京方面へ…

あっという間の2日間でした。

参加メンバーの皆さん、ほんとうにお疲れさまでした!
そしてありがとうございました。
ほんとうに楽しい2日間でした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:49 | コメント(0)| トラックバック(0)

カル飲み仙台編(その3)



翌、日曜日は日本三景のひとつ、松島へ。
松島へは仙台市内から30分程度で行けるお手軽スポットですが、ここも誰かと行こうと通りかかることはあってもじっくり見るのはとっておきました。

まずは、お約束の遊覧船に乗ることにしました。

所要時間50分で1400円。
2階のグリーン席はプラス600円。

何社も運行しているのでそんなに待たずに乗ることが出来ます。



松島らしいたくさんの島を見ることができるのですが、後ろのデッキでは島や景色よりもこちらに夢中の方ばかり。

船が走り始めるとカモメだかウミネコだかが後を追ってきます。


エサは船内で売っていて、
普通のえびせんなんです。



カモメとウミネコは足の色が違うということですが、どっちでもいいです。
いつから、こういうことが始まり、いつからえびせんなんでしょう?



慣れたヤツは手から直接持って行きます。
海に落ちたのも確実に誰かがゲットしています。
あんな食感の食べ物は自然界にないのにどうして食べるようになったのか…。

だいたいあんな塩っぽいものを毎日食べていいものなんでしょうか?


(右が鯨島、左が亀島、二つ合わせて双子島。なんじゃソレ?)

後ろのデッではカモメにエサをあげる人、それを写真に撮ろうとする人たちは船内で流れている島の説明の放送はほとんど無関心。
何を見るために乗っているのか…って感じですが、これが面白くて飽きないのは確かです。

これは仁王島という島だそうです。


50分の遊覧時間は、長くも短くもなく、ちょうどいいかな…という感じ。最も沖合いのあたりはそれなりに揺れてました。


船を降りると、すぐ近くにある、五大堂に行きました。
五大堂に行くには短い橋をいくつか歩いて渡るのですが…、
目を正面に見据えて下を見ずに真剣な表情で渡る方が一人…
カメラを持つ右手に緊張感が伝わります…。

この橋はすかし橋といって横に渡した木の間は透けていて下の海が見えるのです。

たくさんの観光客が訪れていました。



これが五大堂。
大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王、 南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置しているので五大堂というそうです。

瑞巌寺に所属するお堂なのですが、1604年に伊達政宗が再建した古いものだそうです。

海風にさらされる木造建築が400年も持つなんてすごいことですね。



屋根の四隅にはカメの胴に竜の頭が乗ったようなものが鬼瓦の役割のように乗っていました。



五大堂の壁面には十二支がそれぞれの方角のほうなのでしょうか?彫られていました。


五大堂から観た松島の景色です。


冬のやわらかな光が海を照らし、そのなかを遊覧船が横切っていきました。





これは以前、仕事の帰り道で通りがかったときに撮った五大堂のライトアップです。





まだ続きます。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:18 | コメント(6)| トラックバック(0)

カル飲み仙台編(その2)



東北地方は本格的に冬に突入しようとしているようです。
日本海側や東北北部、そして仙台市内の山にも昨日は雪が降ったそうです。
それでも、平年よりも20日以上遅いということです。

そういえば明日はもう12月ですからね。
私の住むあたりに雪が降るのも、もうすぐなのでしょうか…。


さて、先週末の話の続きです。
カルマン仲間と青葉城、瑞鳳殿の見学をした夜は、仙台の繁華街に繰り出し、カル飲み仙台編のメインプログラムとなったのでした。

一軒目は私よりも仙台通の方のお勧めの店に。

料理もなかなかおいしく、


なにより日本酒の種類が豊富で、たまりません!!

たくさんある日本酒の中から4種類選んで頼むと、このように利き酒セットとして出てきます。

それを皆で回し飲みしながら、あっちがおいしい、こっちの方が好き…などとやっていると、自分がどのくらい飲んだか分からないうちに、どんどん杯が空いていきます。



そして食べ、



そして飲み、



後半は熱燗も投入してワイワイ楽しい酒をやりました。
何を話したかほとんど覚えていませんが…(笑)



下地が出来たところで(というか、充分満たされた状態で)仙台の最も濃い夜の街、国分町に繰り出したのでした。

国分町はまるで夜の歌舞伎町のようにたくさんの人で盛り上がってました。


もう、いい気分になっていて、夜の繁華街の写真も2軒目に行った店の写真も1枚もなし…です。

2軒目はパブ風のお店でカクテルなど飲みましたね!
隣りのグループが外国人だったのだけは覚えていますが…。

お店を出たというより、閉店時間になって追い出され、

飲んだ後はやっぱり、ラーメンでしょ…

と、終電を気にする必要もないこの夜、全員でラーメン屋へ

行ったお店はやはり仙台通の方の一押しの店。



なんだか、細い路地のようなところにあるので、連れて行ってもらわないと絶対に行かないような場所にそのお店はありました。

夜7時からの営業という、まさに酔っ払い相手の商売のようです。

その酔っ払いで常に満席状態で、知る人ぞ知る人気店のようです。



仙台のラーメンといえば辛味噌ラーメンです。

他のお店で辛味噌ラーメンを食べたことはありますが、このお店のラーメンは独特でした。



具に白菜がたくさん入っていました。
味のほうは酔っ払い状態で食べているのでおいしかった!…ということしか言えません…。

ラーメンを食べて店を出た頃はもう日も変わっていましたっけ…。


で、翌日に続きます。



土曜日に青葉城に行ったとき、武将隊なる人たちがいて、なぜか政宗が3人というようなことを前回のブログで書きましたが、どうしてそんな状態だったのかがわかりました。

昨日のローカルニュースで報じていたのですが、あの日は仙台、山形、白石でそれぞれ活動している武将隊が集まった特別な日だったようです。

武将隊サミットが初めて開催され、歴女たちの熱い視線の中で盛り上がっていたという報道がされていたのです。

なるほど、そういうことだったのですね!

白石城や山形城にも行ったことがあるのですが、平日に行ったのでぜんぜん知りませんでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:45 | コメント(2)| トラックバック(0)

カル飲み仙台編(その1)



先週末、カルマン仲間がはるばるこちらまで遊びに来てくれました。

いやあ、これは嬉しかったです!!

ウチのカルマンを入れると4台。
久しぶりにカルマンギアを見ました。


仙台に来たならやはり、まず牛タンでしょ。

ということで牛タンランチ。
麦メシとテールスープ付き。

実は私自身、仙台に来て初めて牛タンを食べました。
職場の人と食べに行く機会などはなく、こういうことでもないと食べられません。


その後、仙台のワーゲンショップ、ヘッドロックモータースさんを表敬訪問。

というより、ホントはちょっとしたトラブル解決のためでした。
仙台の角テール乗り、カルメンさんはお元気ということで、よかったです!

仙台観光の最初に行った先はやはりこちら。

まずは政宗公に挨拶しないとね!

あれ?
後姿。

で、こちらが正面。

ここも私自身、仙台赴任をして初めて行きました。
誰か来た時に一緒に行こうと思って取っておいたのです。


この像の下はなんだか人だかりが出来ていて、今でも人気があるのだなあ…と思って見てみると…、

どうも、この人たちの人気のようなのです。

伊達武将隊ということで、鎧兜の武者姿の人たちと一緒に写真を撮ろうと、若い女性の方たちがたくさん並んでいるのでした。

写真を撮るときの掛け声が、「ハイ!ずんだ餅!」…


なんじゃ、そりゃ!(笑)
(ずんだ餅というのは仙台名物のお餅なんです)

鎧を見ると政宗が3人、伊達成実(しげざね)が二人、片倉小十郎も3人、茂庭綱元などがいました。
愛姫か五郎八(いろは)姫か、どちらかわかりませんが姫姿やくの一姿の方も…。

鎧を見てすぐに誰だかわかるあたり、私もフリークの一人かも…。


青葉城本丸から見る仙台市内の景色は素晴らしいものでした。

江戸時代の同じ景色を政宗もたまには見ていたのでしょうね…。
当時はどんなだったのでしょう…。

右側奥のほうには太平洋も見渡せました。

政宗は米沢生まれなので海を初めて見たのは元服してずいぶん大きくなってからのようです。
史実かどうかわかりませんが、大河ドラマで初めて海を見てはしゃぐシーンがありました。


青葉城の後は瑞鳳殿へ。

夕方近くになってきてライトアップが始まりました。
なんとか持っているもみじが大変きれいでした。


前回、ここを訪れたのは引っ越してきた日。
9月の初めでまだ猛暑でした。

この日は晴れていましたが、気温は低く、たった3ヶ月の差でずいぶん気候が違うことに改めて季節の移り変わりを感じます。

私自身、この3ヶ月間に政宗に関する知識は膨大に増えていますので、ここを見る感覚もぜんぜん違いました。


この政宗の霊廟も、青葉城で唯一残っていた国宝の大手門もアメリカ軍の爆撃で焼失しています。

どうして城を攻撃するわけ?
と思ってしまいますが、本丸は明治以降陸軍第2師団が駐屯し、二の丸などすべて軍事施設になっていたようです。

青葉城は明治まですべての建物が残っていたのにことごとく破壊されて軍事基地と成り、最後には空爆ですべてをなくしています。

まあ、城は本来軍事基地なわけですが…。

歴史的な資産という意識が少なすぎますよね。
どいつもこいつも…。

青葉城の本丸跡で、ボランティアのおじさんが残っていた当時の家屋の写真などを見せてくれました。
清水の舞台のような建物もあったようで、返す返すも、もったいないことをしたものです…。



政宗はどういう思いでこの地下で戦争を見ていたのか…。


涅槃門のまわりの紅葉もきれいでした。

この門の前にもたくさんの若い人、元若い女性がたくさん集まっていて、なんだろう?と思っていたら、あの、伊達武将隊がここにも来てなにかパフォーマンスをするので、それを見に来ているのでした。

たいした人気です。

そういうのに、ぜんぜん興味がない私たちは、2代藩主忠宗、3代藩主綱宗の霊廟に。

これらの霊廟は再建時にどれも発掘調査がされており、その時の記録映像を併設されている史料館で熱心に見ている歴女たちの姿が印象的でした。


こちらはこの季節、5時になると真っ暗になるのでホテルへ向かい、夜の本番に備えたのでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 09:01 | コメント(2)| トラックバック(1)

BOSE AW-1



仙台での単身赴任での音楽環境なのですが、最初は持っていったBUSHのアンティークラジオでガマンしていたのですが、ガマンできたのは数日だけ…。

やはり「CDもFMももう少しまともな音で聴きたい…」という欲求が収まりませんでした。

思えば19歳で親元を離れて一人暮らしを始めてからずっと、音楽を聴ける環境についてはその時点で出来る範囲でがんばって来た感があります。

少しでもいい音で聴きたい…と。

50歳を過ぎて、今さらこんな音楽環境で半年以上も過ごすことはきっと出来ないだろう…ということでオークションで購入したのが上の写真のBOSE AW-1でした。

実はこのAW-1の存在は完全に忘れていたのですが、いつかぽるさんがブログに載せていて、そういえばああいうの、あったなあ…と思い出していました。

ヤフオクで調べると結構たくさん出品されていて、自分なりの上限価格を決め、絶対に熱くなって予定価格を超えて入札することはしないようにしていました。

すると、予想以上にいい状態のものをラッキーにも落とすことができました。

20年以上も前に発売された時にはキャリングケースを付けると25万円以上していたものです。

しかも、普通に市販はされてなく、BOSEの営業マンが会社を廻って実演販売をしていたものです。
(店頭に並べるだけで売れる価格ではなかったですしね!)

ラジカセで25万円なんて、考えられませんよね!

それが今なら、驚くような価格で購入できます。
しかも、劣化しやすいコンデンサーなどの修理も1万円程度で出来るようですから、壊れたらおしまい…でもなさそうだし…。

カミさんには、これ以上モノを増やさないように…といわれていたのですが、これだけは勘弁…ということで…。

正面から見ると、一体なんだかわからない箱ですが、
(グッドデザインだと思います)
上面を見るとラジカセとわかります。

そうなんです。

ラジカセなんです。

ラジオ付きカセットテープレコーダー。

エアーチェックなんて、今は死語ですよね!

当然、コレだけではCDは聴けないわけで…

AUX(外部)端子が付いているので、そこに通販で買える最も安いDVDプレーヤーを買って繋ぎました。
(きっとipodなどの音楽プレーヤーを繋いでいる方も多いのでしょうが、私は持っていないので…)


古いものなのでカセット部分の不良など、壊れているものも多いようですが、私が落札したAW-1は幸い動作はすべて完璧でした。

これでようやくCDも聴け、DVDも見られるようになったわけです。


しかし、このAW-1、うわさどおりの凄い音です!!

とてもあの小さな箱から出てくる音とは思えません。

よくもまあ、あんな重低音が出るものです。

もちろん、音の厚みや広がり、ステレオ感など、まともなオーディオに比べられるものではありませんが、一般的なラジカセの音質をはるかに越えたレベルです。


狭いワンルームの部屋ではボリュームは1目盛にもいきません。
0.5目盛くらいで充分な音量です。

ボリュームを上げたらどのくらいでかい音が出るのだろう?…と思っていたら、ほどなく試せる機会がありました。

カルマン100台ミーティングに持って行き、前夜祭の時に前回のミーティングのDVDの映像出力と音出しにこのコンビを使ったのです。

野外の前夜祭会場にガンガン音を出すのにもボリュームは1/3くらいしか上げる必要がありませんでした。

いったい最大にしたらどんな大きさの音が出るのでしょう?

計り知れないパワーを持ってますね。
このラジカセ…。

やはり、ラジカセというジャンルを超えてます。

落札したAW-1はフルコンプリートでキャリングケースや車のシガーライターからの電源、取説も附属していました。

キャリングケースの底の部分は電池室になっています。
単1電池が10個ぐらい入るようです。

このキャリングケースだけは来たときには色あせていてとてもかび臭く、何日もファブリーズしながら日光にあてていました。

ようやく最近はほとんど臭わなくなりました。

千葉に戻ったらガレージ専用にしたいと思っています。



昨夜のボクシングのタイトルマッチは2試合とも見ごたえのあるいい試合でしたね!

粟生も長谷川も、そして対戦者の二人もナイスファイトでした!


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 06:20 | コメント(6)| トラックバック(0)

旧有備館と岩出山城址



この日の2つ目の目的は旧有備館と岩出山城址に行ってみることでした。

岩出山というところは、今私が完全にはまっている伊達政宗に大変ゆかりのある地なのです。

今回、ワゴンRに自転車を積んでいったので、車は河川敷の駐車場に置いたまま、自転車で岩出山の街を散策しました。

折りたたみ自転車、なかなか便利です!

旧有備館の開館時間は8:30~。
私が着いたのは5分前でした。

そこで目の前にあるJRの有備館駅に行ってみると、



無人駅の駅前に政宗の騎馬像がありました。



この騎馬像はもともと仙台駅のコンコースにあったのが、平成20年にこの地に移されたそうです。



そうこうしているうちに8時半になりましたので、この日の一番客で入場しました。(入場料300円)
(私のすぐあとにご夫婦が一組入場しましたので独り占めというわけにはいきませんでしたが…)



旧有備館とは、旧仙台藩伊達家の学問所なんです。
いわゆる藩校というやつです。
現存する日本最古の学問所建築ということで、以前から行ってみたいと思っていました。

もともと岩出山伊達家の二代藩主宗敏の隠居所として1677年に岩出山城の二の丸に建てられたものが1692年にこの地に移転され、下屋敷、隠居所、そして家臣師弟の学問所として使用され、明治を迎えたということです。


書院造りという建物の座敷には伊達政宗の座像が置いてありましたが、有備館が出来たのは政宗が没したあと(1636年没)ですので、時代的には合いませんが…、ま、雰囲気作りということで…
(にもなってないか…?)



庭に面した表側の母屋は外から覗くだけしかできませんでしたが、裏側の附属屋には上がることが出来ました。
(江戸時代の旅に関する資料の展示をしていました)
もともと学問所として使われていたのは附属屋の方だったようです。




ここが附属屋にある式台(玄関)です。


当時はおよそ10歳で入学し、漢学・皇学・兵学等を学び、特に成績優秀な生徒は仙台や江戸の学問所で学ぶ機会を与えられたそうです。



かやぶきの質素な造りの建物です。(建坪208㎡)
もう少し早く来ることが出来たら、紅葉がとてもきれいだったようです。

庭園の地面は真っ赤なもみじの落ち葉で埋め尽くされていました。

この庭園は1715年に作られたそうです。
石橋でつながった島には茶室もありました。
池は巨大で5223㎡(約1600坪)もあります。


少し時間が経つと、わけもわからず、テーマパークか近所の公園にでも来たように騒ぐ子供連れなどの入場者が増えてきて騒々しくなってきたので、有備館をあとにして次の目的地へ…。


有備館の隣りは古い造り酒屋のようでした。

森民酒造というところで、見学もできるようでしたが、お酒はあまり好きではないので(ウソです)素通りしました。

このあたり、とても落ち着いた町並みで、車ではなく歩きや自転車で巡るのがちょうどいい感じです。


有備館の南側にある小さな山が岩出山城の城跡です。


この地にはもともと大崎氏の岩出沢城があったのですが、伊達政宗が米沢から秀吉の命により移ることになったときに家康が縄張りをし、岩出山城と名前を変えています。
(城郭建築における縄張りは基本設計のことを意味します)

政宗がこの岩出山城に居住していたのは1591年から1603年まで。
25歳から38歳までの壮年期をここで過ごしているのです。

伊達政宗といったら「仙台」という印象ですが、25歳までは米沢(一時期だけ会津)にいただわけで、それから12年間は岩出山で過ごし、仙台に入ったのは38歳の時以降なのです。

秀吉の朝鮮出兵に従軍したときも、関が原の戦いで家康側につき、上杉氏と戦った時も岩出山時代です。

そんな、日本の歴史が変わる時代を政宗が過ごした岩出山城跡地には政宗の大きな立像が置いてあります。
この立像はもともと仙台の青葉城にあったものなのです。

青葉城の有名な騎馬像は戦争中の金属回収命令で供出され、台座だけになっていました。
戦後になって、この立像が代わりに建てられたのですが、騎馬像が再建され、昭和39年にここに移設されたそうです。

政宗というと勇ましい甲冑姿のものばかりが目に浮かびますが、この像は平服です。
そのため、平和像と言われることもあるようです。



建物は大きく変わっているのでしょうが、政宗もこの角度で岩出山の街を見下ろしていたのでしょうね。


本丸があった場所の1段下、二の丸だか三の丸だかわかりませんが、なぜかSLが置かれていました。

C58の114号機です。
あまり手入れされていないようで、腐食が進んでいました。


岩出山城の城下には内川という堀を兼ねた川が流れています。

政宗の時代に灌漑と防衛を兼ねて作られた人工の川だそうです。

たくさんの橋が架かっていますが、中には木製の橋もあり、なかなか情緒があります。


政宗ゆかりの地をのんびり堪能したあとは、3つ目の目的の場所に移動しました。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:01 | コメント(2)| トラックバック(0)

本物と模型



バルーンフェスティバルの会場の脇には何機かの小型の飛行機が置いてありました。



パワードパラグライダーというジャンルだそうです。

バルーンが皆飛び立った後は2基のバルーンが体験試乗のため、上がったり降りたりしていて、その間はこれらの小型機は展示されて観客に自由に乗らせたり、触らせていました。

持ち主の皆さん、太っ腹です。



この飛行機のエンジンは不思議な形でした。
水冷っぽいのですが、ラジエーターは見当たりません。
もともと何用のエンジンなんでしょう?





こちらの飛行機には見慣れたステッカーが…。
確かにフラットフォーエンジンです。
ワーゲンのエンジンを改造しているのでしょうか?

バルブカバーはどう見てもワーゲンのエンジンと同じですね!





こちらの飛行機は水冷2気筒。
ラジエーターがよくわかります。




本物の飛行機の横には模型飛行機がたくさん並べられていました。



組み立てている様子を興味ありげにみなさん見ていました。



この2機がこの日、最も大きなスケールの機体でした。



こんな旅客機の模型も…。

機体は発泡スチロール製で、エンジンではなく電動モーターで飛ぶようです。

これらの飛行機が飛ぶ姿も見ようかな…と思って少し待っていたのですが…

本物のヘリコプターも飛んできて、何するのだろう…と思っていたら、この飛行機関係者の方たちを順番に乗せて遊覧飛行を始めて飛んだり降りたりしていて、つまらないので次の目的地に行くことにしました。

時間はまだ朝8時30分。
早起きをすると時間がたっぷりあります。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:44 | コメント(4)| トラックバック(0)

岩出山バルーンフェスティバル



先週の日曜日に岩出山という仙台の北西の方向にある町に行ってきました。

目的は3つありました。

結果、3つとも目的を達成でき、3~4日分のブログネタが溜まりました。

まずひとつ目が「岩出山バルーンフェスティバル」

東日本最大の熱気球の大会があるというので、ぜひ、見てみたかったのです。

こちらではテレビやラジオで放送される内容に、地元の話題がよく取り上げられ、「へ~、そんなことがあるのか…」と知ることも多く、このイベントに関しても何かの放送で知ったのでした。

熱気球の大会は佐賀県のものは聞いたことがありましたが、こちらのほうでもやっていることは知りませんでした。

今年で第25回目ということですから大変歴史あるイベントのようです。

調べると、競技開始は朝6:30から。

そういえばアフリカで乗ったときも夜明け前の真っ暗な時から準備を始め、気球のゴンドラの中で昇ってくる朝日を見ました。

6時半にフライト開始するとしたら、さらに早くから準備を始めるのだろう…

暗い中でバーナーを燃やすと気球の中が電球のように光ってとてもきれいです。
ぜひ、その写真を撮りたい…と、超早起きして、というより夜中に出発しました。

2時半くらいでしたっけ…、家を出発したのは。
着いてから寝ようと…。

1時間半くらいで会場となる川原の駐車場に着きました。

すでに何台かの車が止まっていました。
中に人がいるのはエンジンをかけて暖を取っていることからわかります。
暗くて周りの状況がわからず、とりあえずウトウトと仮眠を取りながら様子をうかがっていました。

ところが5時を過ぎて東の空が明るくなり始めて来ても、用意を始める気配はぜんぜんありません。

でも、おそらく見物目的で来ているのであろう、回りの車からは人が降りてどこかに歩いていきます。

なんだろう?…と私も車を降りて皆が行く方向に歩いてみました。

この日の朝は飛び切り冷え込んでいて、後で天気予報を聞いたらこのあたりは氷点下まで下がっていたそうです。



歩いている人たちが行った先は一つはトイレでした。


なんだ…、

でも、もっと奥のほうまで歩いている人たちがいるのでそちらに行ってみると、気球に体験試乗するための整理券をもらうために列を作っているのでした。
(先着200名限定ということでした)

真っ暗な中、トイレとそこだけは工事用の発電機付の照明がありましたが、とにかく寒い…。
子供連れの方もたくさんいて、おそらくすでに100名以上は確実に並んでいます。

看板を見ると整理券配布は6時半から。

あと1時間以上もこの寒さの中並ぶなんて考えられず、並んでいたら、気球の設営風景の写真も撮れないし、気球は一度乗ったことがあるし…

ということで、並ぶのはやめて車に戻って暖を取り、フェスティバルの開始を待っていたのでした。

気球のセッティングが始まったのは、結局空がかなり白くなった6時半からなのでした。

競技開始時間は飛び立つ時間ではなく、セッティング開始の時間ということのようです。


ワンボックスカーが間隔をあけて何台も川原にポツ、ポツと置かれてようやく準備が始まりました。

まずは、ゴンドラを降ろし、

ゴンドラの上部にバーナー部分をセッティングします。



セットが終わると程なくバーナーのテストが始まります。

ボー、ゴーっと、炎が立ち昇ります。



このバーナーの火力は家庭用のコンロの150倍くらいのパワーがあるそうです。



6時40分ごろ、朝日が昇ってきました。
空には雲ひとつありません。
放射冷却で周りの空気は冷え切っていて、足元の芝は霜で真っ白でした。



ゴンドラのセットとバーナーのチェックが終わると風下側に向けて横に倒し、その先に気球の本体を広げていきます。



広げた後、どうやって膨らますのかというと、まずは開口部から大きな扇風機で風を送るのです。



かなり膨らむまで扇風機の風を送り続けます。





まだ、扇風機からの風だけです。



まだまだ…

カラフルなオームのようです。



まだ扇風機の風だけです。



人が入れるくらい、開口部まで広がってくると、中を何か点検し、



このくらい膨らんで、ようやくバーナーの点火が始まります。



扇風機で膨らませ始めて10分くらい経っているでしょうか…



バーナーの点火が始まると程なく気球は直立します。





どんどんバルーンが起き上がってきました。



この大会では30機くらいの気球が飛ぶそうです。



起き上がると、すでに気球のひとつが飛び立ちました。



スタートの合図とか何もありません。



どうも、一斉にスタートするということではないようです。



6時半~8時までの間に飛び立てばいいということです。



でも、ちゃんと競技としてのスタートなんです。

最初に飛び立った気球が目標のマーカーをセットする気球のようで、他の気球はそのマーカーのなるべく近くに自分のマーカーを投下し、一番近かったチームが勝ちということのようです。



早ければいいという事でもないので、思い思いに準備が出来次第スタートしていきます。



この日は快晴で、風も微風でしたが、取る高度によっても風の状態は違うでしょうから、飛び立った気球はそれなりに広がっていきます。



いったいどこまで行く予定なのかわかりませんが、南東の方向に静かに飛び去っていきました。





大学のチーム、社会人のチームなど、日本中から集まってきているようでした。



気球が飛び立つと、ワンボックスカーはそれを追って走り去って行きました。





順調にどんどん飛び立っていき、8時までにはすべての気球が飛び去っていきました。



気球のなかの空気の温度は100℃くらいになっているそうです。




競技に参加の気球がすべて飛び立った後、試乗用の気球が組み立てられ始め、広々した川原には、ライトプレーンやラジコン飛行機などが準備を始めました。



長くなったので、続きます!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:39 | コメント(4)| トラックバック(3)

秋保電鉄



秋保大滝に行ったときに道路わきで見かけたこの電車。「なんだろう?」と調べてみたわけです。

仙台市内に路面電車が走っていたことは知っていましたが、この電車の車両は長崎のもののようだし…。

この電車は仙台で使っていたものを廃線後、長崎の路面電車として使い、最終的に仙台に戻り、この地で展示されているということなのですが、どうしてここ?というと、
この近くに駅があったそうなのです。

仙台の市電ではなくて秋保電鉄という路線が。

なんと、その路線は今私が住んでいるあたりの最寄の駅である長町駅と秋保温泉を結んでいる路線だったようなのです。


(クリックすると大きくなります)

秋保温泉はさわっちさんの実家があるそうですが、さわっちさんの実家と今私の住む町がつながっていたなんて…!!

きっとこれには何かある…(ワケないか…)


この写真は長町駅だそうです。



秋保電鉄はもともとは1914年(大正3年)に秋保石材軌道として馬車軌道で開業したようです。
温泉客だけでなく、秋保石という凝灰岩の一種を運ぶためにも使われていたようです。

長町⇔秋保温泉間は16kmくらいしかないのですが、当時の所要時間は2時間20分前後だったそうです。
さらに当然ながら馬の気分しだいで大きく前後したということで…。

時速に直すと約7km/hですから、歩くよりは早いというていどですね!

秋保石は建材用に掘り出されていたようです。

(秋保石を使って建築された東北学院大学礼拝堂)


大正11年に秋保電気軌道という社名に変更して全線電化を始め、大正14年に営業を始めました。

これがその当時の電気機関車。
なかなか味があります!

所要時間は1時間20分に短縮されました。
運賃は60銭。
長町駅と秋保温泉を1日10往復していたそうです。

途中には遊園地もあって、なかなか賑わっていたそうです。



1944年(昭和19年)に秋保電気鉄道に社名を変更しています。



ところが戦後経営が悪化して行き、近代化できぬまま1961年(昭和36年)に廃業しました。


写真を見てもわかりますが、パンタグラフではなく、トロリーボール式という古いタイプです。

仙台の市電と乗り入れの話もあったようなのですが、頓挫したようです。

今でもトンネルや車庫の跡などが残っているようでが、鉄道マニアでも、廃線マニアでもありませんので、このくらいにしておきます。



でも、ヒマなときがあったら見に行ってみるかな?

と、仙台に関係のある人以外にはどうでもいい話でした。



ロッテの優勝パレードの紙吹雪、すごかったですね!
2トンもの紙吹雪を撒いて、あのあとどうなるのだろう…なんて思っていたら、パレードを見物したファンが一斉に片付けて10分後にはきれいに片付いていたそうです。

そちらのほうに感動してしまいました!!

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 09:10 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋保大滝



これも数日前の話しですが、仙台の奥座敷、秋保(あきう)温泉のさらに奥のほうにある秋保大滝に行ってきました。

落差は約55mだそうです。

残念ながら紅葉はほとんど終わりで、葉が散った状態でした。
もう少し早く行くことが出来たらきれいだったのでしょうね!

それでも、平日にもかかわらず観光バスが何台も来ていたりして、観光地なんだなあ…と。


この写真は滝の向かって右にあたります。
写真の右上にはしごのようなものが見えますが、本来はこのルートで滝つぼまで下りられるようです。

行こうと思ったら、補修をしているので通行禁止となっていました。

残念…。



滝の入り口には秋保大滝不動尊があります。


社のすぐ横に大イチョウがあり、黄色に色づいた葉が日光に光ってとてもきれいでした。



このあたりは、平安時代の初期に比叡山延暦寺の慈覚大師が大滝不動尊を祀った霊場なんだそうです。








手水舎にはもみじ葉が落ちて風流してました。




滝から少し下ったところにめがね橋がありました。


小滝沢橋という橋で昭和14年に架けられたそうです。
残念ながら今は橋の上を歩くことは出来ません。




さらに下った秋保温泉の近くになぜか路面電車が…



どうも、長崎で走っていた電車のようです。

どうして?って、調べたらとても面白いことがわかりました。

上の写真のめがね橋の石も関係あるのです!


その話しは明日!!







みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:45 | コメント(4)| トラックバック(0)

ぼーじょれーぬーぼー



夕べは上司のアパートで部屋飲み…。
単身赴任二人でしみじみと…

というほどわびしくもありませんが、スーパーで買ったお惣菜と一応、季節モノということでボージョレーヌーボーを。

ボージョレーヌーボーって、毎年、「今年の出来はなかなかいい」と言ってません?

ま、それも、ご祝儀言葉と受け止めて、まあおいしくいただきました!


笑ってしまうのは場所はぜんぜん違うのですが同じ系列の家具付きアパートで基本が自分の部屋とまったく同じなこと。
置いてあるものがわずかに違う程度でなんだかヘンな感じです。



これは先日通った山形道。
こちらの地方は紅葉はほとんど終わりに近づいていますが、写真の近辺は見頃という感じでした。




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

独眼竜政宗



住んでいるアパートから歩いてすぐのところにこんな看板があるのは知ってました。

「ああ、こんなところにも城があったのか~」

程度にしか思っていませんでした。



単なる空き地で草が生い茂り、ほったらかしの状態で、なんにも面白くありません…。

ところが、
ところが…



今、バロンさんからお借りして昔のNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」を夢中で観ているのですが、その中に出てきたのですよ。

北目城が…。

大河ドラマの中では北ノ目城と言われていましたが、伊達政宗が関が原の合戦の直前、上杉勢攻略のための作戦をこの北目城でたてているのでした。

そんなことを知ってしまうと、この地を見る目も違ってきました。

アパートのすぐ近くを流れている広瀬川の対岸には古城という地名のところもあります。
そこには宮城刑務所があるのですが、もともと若林城というお城があったところだそうです。

若林城は伊達政宗が晩年居住していた城なんだだそうです。



実は今、NHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」にはおおはまりなのです。



放送は1987年ですので、もう23年も前のドラマなのですが、これがまあ実に面白いのです。

1話が45分で全50話ありますから、かなりのボリュームなのですが、寝る間を惜しんで数日で一気に観てしまいました。

今は2巡目です。
登場人物が多いし、関係も複雑なのである程度わかってから観なおすと、なおさら面白いのです。

何が面白いかって、

まず、物語そのものがドラマチックです。
一人の戦国武将の一生はまあ見事に波乱に満ちて物語や映画、ドラマになるのが納得できます。

伊達政宗に関して私が今まで知っていたことは今の100分の1にも満たなかったと思います。

ドラマを見ると共に、いろいろネットなどでも調べたりしていますが、かなり史実に忠実に作られているようです。
というか、この話しが真実だということが驚きです。


それから、演じる俳優陣が凄い!
まさにオールスターです。

伊達政宗役は渡辺謙です。

当時はまだ今ほど名の知れた俳優ではなかったそうですが、「目がいい」ということで政宗役に抜擢さたそうです。

そして、周りを固める俳優陣が凄い!

伊達政宗の腹心、片倉小十郎役は西郷輝彦。
伊達成実(しげざね)は三浦友和が演じています。
対照的な性格の二人を見事に演じています。

西郷輝彦には何度泣かされたか…
当時、赤いシリーズで山口百恵とも共演していた三浦友和もいい演技をしています。

豊臣秀吉役は勝新太郎。

一般的な豊臣秀吉のイメージとは違うのですが、さすがに勝新、「もしかしたらこんな人だったかも…」と思わせるような圧倒的な存在感です。

勝新太郎はすでに当時大スター。対する渡辺謙は売り出し中の若手役者。
この関係は豊臣秀吉と伊達政宗の関係にも似ていたようで、秀吉と政宗が小田原で初めて対面するときのシーンはそれらしさを出すため、本当に初対面となるよう、それまで勝新は謙さんの挨拶も受けなかったそうです。

確かに、見ごたえのあるシーンでした。

徳川家康役は津川雅彦。
老齢になるまで演じていますが、その顔が現在の津川雅彦そのままです。

政宗の父親、輝宗役は北大路欣也。
この3人はすべて時代劇を主役で1本撮れるレベルの役者ですから、それはもう、すばらしいです。

女優陣では、
政宗の母親、お東の方役は岩下志麻 、正室の愛姫(めごひめ)役は桜田順子、側室の猫御前は秋吉久美子、政宗の乳母であり小十郎の姉でもある喜多役は竹下景子が演じています。

愛姫はわずか11歳で伊達家に嫁いできているのですが、幼い頃の愛姫は後藤久美子が演じています。


また政宗の娘、五郎八(いろは)姫役は沢口靖子。

さすがに少し前のNHKドラマだけあって、女優の演技の時は夜でも何でも顔がきれいに写るようにライティングにとても気を使っているのがわかります。

女優人はいつまで経っても老けませんし…(笑)


そのほかの脇役人としては、
政宗の叔父にあたる山形の最上義光(よしあき)役は原田芳雄が演じています。
この役は当初は松田優作の予定だったそうですが、原田芳雄の方がピンときます。
義光はかなりの高齢になるまで出番がありますが、松田優作が爺さんになった姿って想像できませんから…。

政宗の家臣役には、金子信雄 、竜雷太、いかりや長介、八名信夫、平田満、大和田伸也 、佐野史郎 、萩原流行 、江夏豊(!)、イッセー尾形、東八郎など、

慶長使節団の代表として帆船サンファン・バウティスタ号でローマに渡った支倉常長役はさとう宗幸が演じています。
青葉城恋唄がヒットしたのは1978年、仙八先生を演じたのは1981年ですから、それよりもだいぶ後になります。

政宗の恩師、虎哉宗乙(こさい そういつ)和尚役は大滝秀治。
実にはまり役です。

秀吉の正室、北政所は八千草薫、側室の淀君役は樋口可南子 、

秀吉の後を継いで関白となった秀次役は陣内孝則でした。
このドラマでは政宗の子供の時の役を演じた子役とこの陣内だけが演技としては??でした。

石田三成役は奥田瑛二、


このドラマではちょい役程度の真田幸村役はなんと若林豪が演じています。

徳川の二代目将軍秀忠役は勝野洋、
三代将軍家光には若き日の宅麻伸が最終回のみに出ています。
政宗は家光の時代まで生きていたのですね。

超豪華な俳優陣を見るだけでもどんなに厚みのあるドラマか想像できません?
もうすでに他界している方も多いですね…。


そして次の魅力が、その俳優陣の話す言葉が実に、「美しい」のです。

特に、作戦会議などで首脳陣が発する言葉、その中でも政宗をいさめる言葉などが、難しい漢字を使う言葉なのですが、逆に簡潔で意味鮮明、しかも見事な敬語になっていて言葉としてとても美しいのです。

原作は山岡荘八、脚本はジェームス三木によるものなのですが、お見事です。
日本語の美しさを再確認している次第です。

実際に当時の人たちがあんな風に話していたかどうかは疑問ですし、東北の人たちなのにまったくなまっていませんし…(豊臣秀吉のみはちょっと関西風の言葉で話していましたが)

そんな見事なせりふが頻繁に出る政宗役の渡辺謙の演技ももちろんすばらしいのですが、特に片倉小十郎役の西郷輝彦はとても長いせりふがたくさんあるのですが、感動的に力強く、聴く者の心を打ちます。

輝宗役の北大路欣也もすばらしい!
政宗が元服して子役から渡辺謙に代わるまでは彼が主役です。

政宗は二本松城主、畠山義継に人質に取られた父親が殺されること承知で泣く泣く鉄砲で砲撃し、謀反を沈めるために弟の小次郎を斬り、それに加担した母親のお東の方を最上の実家に追放するという、肉親とも大変な修羅場を乗り越えています。


それから、それから、すばらしいのがセットなんです。
とりわけすばらしいのが雪。
米沢や会津、仙台が主な舞台になりますので、どうしても雪のシーンが多いのですが、その雪がすばらしい!

降る雪もいろいろな降りかたをしていてそれはもちろんなのですが、積もった雪の表現がすばらしいのです。

木々の枝に積もった雪が重さに耐えかねてザザッと落ちたり、外廊下にうっすらと積もっているところ、屋根の軒から今にもずり落ちそうな雪、人の背丈レベルまで積もった深雪など、見事に表現しています。
大道具さんの苦労がうかがわれます。

撮影された1987年というと、バブルの真っ最中で、きっと予算も有り余るほどあったのでしょうね…。

慶長使節団としてローマを目指すために作られたサンファン・バウチスタ号の話しも出るのですが、今なら復元船があるので、きっと撮影に使われたのでしょうが、23年前ではまだで、う~ん、残念という感じです。



平均視聴率は39.7%だそうで大河ドラマとしては今でも歴代1位だそうです。

さもありなん…の見ごたえあるドラマです。

仙台に来てニュースなどで各地の地名が出るたびに、政宗の話とダブってしまいます。
それほど、戦国時代の地名が今でもたくさん残っているわけで、高速道路を走っているだけで、「三春」なんて地名が出ると、「ああ、このあたりが政宗の正室の愛姫の出身地なんだ…」などと思いを馳せながら走るわけです。

亘理、丸森、白石、相馬、天童、二本松、岩出山、大崎…
どこもそのままの地名が残っています。

今週末の日曜は休みなので、出来れば政宗にとてもゆかりの深い岩出山というところに行きたいと思っています。
あるイベントがあるのです!

かなり楽しみです!

と、これほど、今、私の中の大ブームが伊達政宗なのであります。


バロンさん、完全に火をつけてくれましたからね!
当分の間、歴史マニアになりそうです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:30 | コメント(10)| トラックバック(1)

さあ、いつでもきなさい!!



昨日の朝、ふと駐車場を見ると両脇の車がいなく、天気もいいのでスタッドレスタイヤへの交換作業をしました。

貧相な車載工具だけでなんとかなりました。



4本とも装着が終わり、GSへ行って空気を補充、ナットの増し締めをしておしまい!


さあ、いつでもかかってきなさい!!




…でもね。

秋田の豪雪地帯の仕事の関係者が言ってました。

「軽で雪深いところは走らない方がいい。
 事故で潰されて死んだのを何台見たことか…」と。

雪による多重衝突事故はそれないに多いそうで、巻き込まれると軽はひとたまりもないということです。

そういえば、こちらの地方、もう関東では見ることが少なくなった大型RV車がよく走っています。

そういう理由もあるのでしょうね。

雪深いところに行く必要が出来たら無理せず電車で行くことにします。

なんせ、スキー場に行く道しか雪道は知りませんからね。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:27 | コメント(4)| トラックバック(0)

秋の広瀬川


(高いビルのあるあたりが仙台の中心部です)

言われっぱなし、やられっぱなし…って、腹立ちますよね!

いえ、政治の話しです。
このところ、ほんとうに民主党には政権能力はなさそうだなあ…と思い始めてきました。

でも、政府の外交姿勢が弱腰だ、弱腰だなどと散々いいながら、マスコミは繰り返し、中国の反日デモの様子やロシアの大統領が北方領土訪問の時の様子や尖閣での衝突映像を流していますが、あんたたちこそ、偏った報道ばかりしてませんか?と言いたいですね~。

だいだい、尖閣諸島や竹島がどういう経緯で日本固有の領土ということになっているか、日本人でさえよく知らないのでは?

北方領土がどのような経緯で現在ロシアが実効支配しているのか?

それに関してもよく理解している日本人がどのくらいいるのか?

日本人でさえ、正しく(少なくとも日本側の主張の根幹を)理解していないのだから、海外の諸国に理解してもらおうなんて所詮無理な話。

もちろん、教育の問題でもありますが、テレビだけでなく、メディアはあらゆる方法、あらゆる言語で尖閣諸島の問題、北方領土の問題、北朝鮮の拉致の問題などもっともっともっともっと他国にアピールする必要があると思うのですが…。

中国国民の反応や中国政府の反応をさもありなん…と理解を示すような訳知り顔の報道ばかりしているような…。

そして、自国の政府は批判するばかりで、自分たちが出来ることはほとんど何もしていないんじゃないかと思うメディアの姿勢にもとても憤っています。



で、今日の話題はそんなこととはぜんぜん関係ないわけで…。

もうだいぶ前の話になってしまいますが、休みの日の午前中、ちょっと自転車で出かけてきました。

といっても、すぐ近くを流れる広瀬川の川岸をどのくらい自転車で走れるのかわからなかったので、ちょっと走ってみたという程度です。


TJ輪駆堂で購入した折りたたみ自転車。
ま、ママチャリの折りたたみ版という程度の自転車です。
国産なので、造りは安心ですが、重い…、ギア比が大きすぎてスピードはぜんぜん出ません。
通勤用なので、それで充分ですが…。


広瀬側には先日からサケが遡上しているという報道がされていたので、じっくり探してみたのですが、残念ながらサケの姿はありませんでした。
見つけられなかっただけかもしれませんが…。


途中、広瀬橋という橋がありました。

ここは、江戸時代から架けられていた橋で、参勤交代の大名もここを通っていたそうです。

昭和34年(1959年)に現在の橋になり、昭和51年(1976年)まで路面電車も走っていたそうです。


広瀬川の川岸の自転車が走れる道はこの橋の少し上流で終わっていました。

仙台の中心部に届く前です。

私のアパートの近くから上流に向けてはほんの数キロしか道がないことはわかりました。

さて、下流方向はどうなっているのか…。

今度天気がいい休日にでも走ってみますかね!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:38 | コメント(9)| トラックバック(0)

峠は凍結?


(昨日の夕陽です)

昨日は時間がたつごとにどんどん寒くなっていき、こちらの地方は夕方には6~7℃まで下がりました。

蔵王では雪が降ったそうです。

朝にかけてさらに冷え込むそうで、天気予報では「峠を走る方は冬用のタイヤの装着をお勧めします。」なんて言ってます。

その、峠を走る予定なんです。
これから…。

最低気温は1℃前後らしい…。

ということは凍結していてもおかしくない…。


ワゴンR用のスタッドレスタイヤはすでに1ヶ月前くらいから用意していて、部屋の隅で積み重なっていました。


ヤフオクで9分山ホイール付4本で11000円。
安!!

さて、どうするか…。

出発前に取り替えて行くか、念のために積んで行くか、面倒だから夏タイヤのままで行くか…。


考え中です。


めんどくさいんだよなあ…
パンタジャッキで1本ずつ、取り替えるのって。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:24 | コメント(12)| トラックバック(0)

仙台ゴスペル・フェスティバル



土曜日のうちにいわきから仙台に戻ってきたのですが、仙台市内ではゴルペルフェスティバルが開催されていました。

急いで勾当台公園のメインステージに行ってみると、ちょうどジョン・ルーカスさんがステージに上がっていました。



彼は私たちの仕事を手伝ってくれているのですが、本職はプロのゴスペル・シンガーなのです。



パワフルなすばらしいステージでした。



このゴルペル・フェスティバルは今年で第9回になるそうです。



今回は合計70組、700名の参加者が市内の8箇所ある特設ステージで日ごろの練習の成果を披露していました。



メインステージ以外は商店街の通りそのもので、定禅寺ジャズフェスティバルのように、観客と一体感を持って音楽を楽しめます。

このフェスティバルもボランティアによる運営とカンパや寄付による運営費で成り立っているようです。

すばらしいですね!

ぜひ長く続いてほしいものです。




メイン会場ではシックなアーリーバスが営業をしていました。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:36 | コメント(4)| トラックバック(1)

小名浜港



いわき市での仕事を終え、上司と二人で小名浜港に立ち寄りました。



まき網船らしい漁船が何隻も骨を休めていました。


小名浜に立ち寄った目的はこの店。


地元の方に安くておいしいと教えてもらったお店です。

二人とも、ウニいくら丼の大盛りを食べました。



なんと大盛り無料なんです!
すごい量でしょ?

ウニもいくらもご飯もとてもおいしく、大満足でありました!

ハワイアンズには近寄りもせず、すでに仙台に戻ってきてます。

仙台ではゴスペルフェスティバルが開催されていました。

その話しは次回…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 18:21 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その4)



「国家機密を流出させたのは問題だ」なんて言っているマスコミはその国家機密?を繰り返し繰り返し流しています…。
これってどうなの??
(機密扱いにしようとしていた政府にもあきれ返りますが…)

報道姿勢ににむかつきながらも、気仙沼の話しも今日が最後です。

気仙沼といったらフカヒレ。
ま、フカヒレ自体、そんなに珍しいものということでもないですからわざわざ食べませんでしたが、上の写真はある場所の屋台の看板です。

食べてないのでわかりませんが、写真のように本当にフカヒレが入っているのだったら350円はバカ安ですね!


こちらのほうは珍しいので食べました!

「サメバーガー」
サメの肉のフライのハンバーガーです。

フィレオフィッシュのようなあっさりした食感でした。
パンの部分が冷えていたのが残念…。
ちょっと熱を加えるとさらにおいしくなると思うのですが…。



気仙沼から仙台への帰り道はあえて海沿いを走りました。
渋滞を避けたいのと天気もいいので海を見ながら走れれば気持ちいいかと思いまして。


リアス式の陸中海岸沿いを走るのは悪くなかったですね!
車も少なく、気持ちよく走れました。

写真は志津川湾です。



おそらく、牡蠣の養殖でしょう。
ブイが無数浮いていました。

そろそろ牡蠣のおいしい季節になりますネ!


ずっと海岸線を南下してきましたが、北上川の河口から川に沿って土手の道を走りました。

この道が長い距離ほとんど信号のない道でとても気持ちよく、カルマンで走りたいなあ…と思いつつのドライブでした。


景色も、人工物があまり見えない昔ながらの景色で癒されました。



途中1箇所ある新北上大橋という橋のたもとが北上水辺センターという自然観察園になっていました。

このあたりの北上川の岸辺近くはカヤが群生しています。


鳥もたくさんいました。


こういう場所でもう少しのんびりしていたかったのですが、夕方までに仙台に帰らねばならず、先を急ぎました。

こういう土手にはサイクリングロードも作ってほしいですね~。

土手は交差点が少ないし、高低差も少ないのでサイクリングロードを作るにはうってつけだと思うのですけどね…。

仙台の広瀬川にもなぜかサイクリングロードはありません…。

海岸沿いには1本あるようなのですが、どうも管理が悪くて荒れ放題のようです。

この近辺はスポーツサイクルにはまだあまり環境が整っていないのかな?

なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが(いつもか…)こんな感じでみちのく一人暮らし気仙沼編を終わります。

今週末はフラガールのいわき市に行ってきます!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:57 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その3)



2泊目に泊まったホテルが港のすぐ横だったこともあり、せっかく気仙沼に来たし、おそらく仕事でここにもう一度来ることは3月までにはないだろうということで、朝の漁港を見ようと、夜明け前に起きて出かけたのでした。

朝の冷え込みはかなり強くてあたりに止めてある車の夜露が凍りつきそうになっていました。

そんな中、漁港まで歩いていくとそこはすでに活気のある状況でした。



何隻もの漁船が岸壁に横付けする作業をしたり、すでに荷揚げの作業をしていたりしていました。



ここに止まっている漁船はカツオ漁船のようです。
カツオをガンガン水揚げしていました。



船からベルトコンベアーが走り、カツオの大きさによって自動的に仕分けられています。

向かって右から「小」「中」「大」と分けられ、それぞれ大きなプラスチックの箱に入っていきます。



箱の中は氷水が入っていてカツオは氷詰めになっています。

マグロやサメの水揚げもあったのかどうかわかりません。
余りにも長い岸壁なので…。



気仙沼らしい光景を見ることが出来て大満足でした。
早起きした甲斐がありました。




漁港をあとにしてフェリーが発着する岸壁のほうに行ってみました。

ちょうど朝日が昇るところでした。








大島行きのフェリーはおよそ1時間おきに出るようです。




予約制なんですね。
料金は軽自動車や小型車なら2000円程度です。
結構安いかも!と思ったのですが…、

もしも、大島にかかる橋が出来て、その通行料が2000円したら絶対に渡らないだろうなあ…とも思うわけで…。
(実際、大島は橋を架けようと思ったら架けられる距離しか離れていません)

同じ場所に行くのに、イメージはずいぶん違うものです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

気仙沼(その2)



私が気仙沼に行くと聞くと、誰もが「じゃあ、おいしい魚を食べられますね…」と、気仙沼=魚がおいしい という図式が多くの方にあるようで、

「お勧めの店は?」と聞いたところ、何名かの方が推薦してくれた店に行ってみました。

安くておいしくて、お店の人の感じがいいと…。

このお店はぽるさんだけがついてこれる「気仙沼ちゃん」のお兄さんがやっているお店だそうです。

間口は普通なのですが、入ってみると奥に長いお店でした。
入り口近くにあるカウンターだけかなり混んでいたのですが幸い1席だけ空いていてすぐに座ることができました。



とりあえず生ビール(350円)を頼んでメニューを見たりよく壁などに表示してある「本日のお勧め」などを探していると(壁には本日のお勧めは書いていませんでしたが…)…


「はい、これサービス。食べてみて」と出されたのがコレ。

ムール貝です。(すでに2~3個食べてから思い出して写真を撮りました)

「お客さん、コレ、食べたことある?」

「あるけど、こういう状態は初めてかも…」

「そう、じゃ、そのヒゲのところだけは絶対取って食べてね」



このヒゲのような部分をなんというか知りませんが、手でちぎると簡単に取れます。

「なかなか、いけますね~」
「お客さん、どちらから?」
「仙台から仕事で」
「宿はどちら?」

などと話していると、隣で飲んでいたおじさんが、

「この貝、なんという貝か知ってる?」
と話しかけてきます。
「ムール貝ですよね?」

「この辺じゃね、ニタリガイっていうんだ」
「何に似てるかわかる?」
「なんでしょう??」

すると、そのおじさんは貝の身を手に持って、
「ここをね、こうやって開くと、ホラ似てるでしょ…」
「ああ、なるほど!!」

何に似ているかは皆さんの想像にお任せしますが…。

そんなわけで気仙沼の夜は初めから面白そうな展開になりかけていたのですが、そのおじさんはすでにお酒がかなり進んでいたようすで、まもなく帰っていってしまいました。

ほぼ毎日のように来ている常連客のようでした。

というか、カウンターの客は私以外のほとんどが常連客風…。
仲間や彼女や店員とワイワイ盛り上がっています。

そういう空気の中で、よそ者がひとり座っていると、私のような小心者は居心地が悪くて早く帰りたくなってしまうものですが、おそらくこの店の大将らしい(ということは気仙沼ちゃんのお兄さん?)はそれなりに私にも気を使っていてくれて、落ち着いて飲めました。

ニタリガイも全部食べたので、
「刺身が食べたいけど、お勧めあります?」と聞くと、

「1000円くらいでみつくりましょうか?」

「ああ、お願いします…」

ということで出てきたのがこの盛り合わせ。

アワビまで入ってすごいボリュームです。

この一皿でかなり楽しめました。

で、さらに、

「気仙沼ならではのモノ、何かありません?」
と言って、出てきたのがコレ。



何だと思います?

気仙沼といえばフカヒレ用のサメの水揚げ日本一で有名です。

そうなんです。

これ、サメなんです。

モウカザメの心臓。

ハツ…ではなく、こちらでは「モウカの星」と呼ぶそうです。

「3日くらい元気になるよ!!」

「そんな元気、いりませんって。
 もてあましちゃいます!!(笑)」

なんて話しながら食べましたが、

食感はあっさりしたレバサシというような感じ?

熱燗が進みました!

そんなわけで、気仙沼の夜は大満足なのでした。

お店の名前は、「ぴんぽん」という居酒屋らしからぬ名前です。

このお店、お勧めです!


ひとり酒ですので、サクサクっと飲み、サクサクっと食べ、割と早い時間にホテルに戻り、翌日に備えたのでした。

いえ、仕事に備えたのではなく、朝の気仙沼港をぜひ観にいこうということで…。


つづく


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その1)



気仙沼でまずは一仕事が終わり、港へ行ってみました。
気仙沼といえば日本有数の漁港で有名ですからね!

天然の良港らしく入り江が深く切れ込んでいて港から大海原は見ることができません。

すぐ近くの大島とを連絡しているフェリーが出港していきました。




一番奥の岸壁で大型の漁船が静かに佇んでいました。

右奥の岸壁が水揚げをする漁港です。
気仙沼港の岸壁の長さは半端じゃありません。


対岸に浮見堂という建物がありました。

気仙沼で泊まった宿はこのすぐ近くでした。

日が暮れる寸前だったので見物もほどほどに宿に向かいました。

気仙沼での夜の食事の話はまた別途書きます。



翌日の早朝、同じところを散歩しました。



浮見堂の両側は遊歩道になっています。


この左側の崖の上には五十鈴神社という神社があります。

浮見堂のすぐそばには恵比寿像がありました。

立っている恵比寿像は珍しいそうです。

この港を出入りするたくさんの漁船の航海の無事を願っているのでしょう。


神社にも登ってお参りをしてきました。


山の上に登っても大海原を見ることはできません。
防波堤なんか必要ない天然の良港だというのがわかります。



とても静かな漁港に見えますが、時間が違えば見事に活気づいています。

この日も朝早かったのですが、その翌日はさらに早起きして夜明け前に漁港に行ってみると、そこはすごいことになっていました。

その話も別途書きますね!




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:30 | コメント(4)| トラックバック(0)

中尊寺



先週末は気仙沼での仕事でした。
気仙沼へは東北道を下り、一関ICで降りて向かいます。

ん?…一関??

ということは…

平泉が近い。

よし、いいチャンスだから中尊寺に行くぞ!

と立ち寄りました。

かねてから中尊寺の国宝金色堂はぜひ観てみたいと思っていたのです。

宗教的な興味はほとんどないのですが、古い建築物、美術品という意味で以前から大変興味があったのです。

時期を選んで行ったわけではないのですが、結果的には一番いい時期に行ったのかもしれません。
境内の紅葉がそれはもう、見事でした。

上の写真は中尊寺の参道入り口のすぐ近くにあるのですが、なんと、あの、弁慶のお墓なんだそうです。

楓が見事に色づいていて、この地にも中国人観光客がたくさん来ていたのですが、盛んに写真を撮っていました。




肝心の弁慶の墓ですが、

なんだか石碑が新しくてそれっぽくありません…。
もっとも、弁慶自体、実在の人物かどうか怪しいようですが…。
勧進帳をはじめとして物語や逸話は数多くありますけどね!

個人的には好きなんですが…。

後ろのほうにそれっぽい石が置かれています。


以前は五輪塔があったそうです。
その頭の部分だけが残っていますね…。




中尊寺は小高い山の中にたくさんのお堂で構成されているのですが、ここがその参道の入り口です。
入り口脇の公営の駐車場(400円)に車を止めたのですが、その駐車場の脇にたくさんの蕎麦などを食べさせる飲食店が並んでいるのですが、その客引きがうるさくて興ざめでした。

ま、気を取り直してゆるい坂を登って行きました。


参道はこんな杉木立が並んでいます。
花粉症なので春に来るのはやめときます。



ふと、木々の間から平泉の平野が見えるとことがありました。

平泉は奥州藤原氏が作った里ですが頼朝に滅ぼされて跡形もなくなったそうです。

かの松尾芭蕉がこの地を訪れ、この場所からこの景色を見て詠んだ歌が「夏草や つわものどもが 夢のあと」の句なんだそうです。



中尊寺は850年に比叡山延暦寺の慈覚大師によって開山され、その後奥州藤原氏初代の藤原清衡が1105年から再建に着手し、1124年に金色堂が竣工、基本的な伽藍が完成したのは21年後の1126年だったということです。

奥州藤原家は4代にわたって、この地にいくさのない理想郷を作ろうとしたようです。

そのひとつが中尊寺。
他に毛越寺や無量光院など、美しい建物を造ったようです。

中尊寺には全盛時には40くらいのお堂があったそうですが、現在は20程度のお堂が坂の両脇にぽつぽつと建っています。

たび重なる火災で創建当時の建物で現存しているのは金色堂だけだそうです。

これは坂の中ほどにある本堂。

明治42年に再建されたものです。

本堂の門の脇に目立たない感じで建っていた鐘。


参道のもみじはほんとうに見頃でした。





ようやく奥にある金色堂まで着きました。
ここは有料(800円)になります。
拝観券を購入する建物が讃衡蔵という史料館になっていてそこの入場料と共通です。
どちらを先に入ってもいいのですが、もうここまで来たら早く金色堂を観たいので、そちらを先に…。


金色堂はこの写真の奥にある鉄筋コンクリートで出来た覆堂の中にあります。

中に入ると、上野動物園のパンダのようにガラス越しに観ることができます。

光り輝く金色堂は想像していたよりも小ぶりでしたが(1辺が5.4m)その存在感たるや、尋常ではありませんでした。

まさにこの世のものとは思えないくらいに浮世だっています。
作り物というか(まさに作り物ですが…)異次元に存在するものというか、そういう非現実的、非日常的な空間でした。

写真は撮影禁止だったし、wikipediaにも金色堂の写真はないので、転載も出来ません。

中尊寺のHPに行くと写真がありますので、そちらをご覧ください。

長い年月の間にかなり痛んでいたようですが、昭和30年代に大規模な解体修理、補修が行われたそうで、今は創建当時のような状態です。

その修復の記録映画が史料館の讃衡蔵で観ることが出来たのですが、想像を絶する細かく、根気のいる作業だったようです。

皆さんの中でこれから金色堂を観にいこうと思っている方はぜひ、先に讃衡蔵を見学してから実物を観ることをお勧めします。
きっと観る目が変わると思いますよ!

金色堂の脇に旧覆堂があります。

この覆堂は鎌倉時代の1283年に建てられたといいますから金色堂が建てられて159年後ということになります。

義経をかくまったということで藤原氏を滅ぼした頼朝ですが、鎌倉幕府もこの金色堂の貴重さはわかっていたようで保護の必要性を感じたのでしょうね。

昭和38年に現在の覆堂ができて、今の場所に移築されたということです。

ここは中に入ることも出来ます。

後に中尊寺を保護した伊達政宗や松尾芭蕉をはじめ、昭和初期まですべての人がこの覆堂の中にある金色堂を拝観したわけです。

私たちにとっては伊達政宗も源頼朝も芭蕉も同じように「昔の人」ですが、伊達政宗からみた頼朝は4~500年も前の歴史上の人物なんですよね。


そんな時の流れに関して考えさせられました。



苔むした灯篭というのもいいですね!
5年や10年じゃできない風格です。


この鐘楼に吊るされている梵鐘は1343年の鋳造だそうです。

突かれる部分は長い年月の使用で相当へこんで変形しているらしく、現在は使われていません。



そんなわけで、思いがけなく中尊寺の金色堂を拝観することができました。
できればもっとゆっくり、そしてちかくにある毛越寺(もうつうじ)にも行ってみたかったのですが、時間がないので仕事先に向かったのでした。

機会があったらぜひ、もう一度ゆっくりと行ってみたいところでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:51 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋の海仙台編



仙台市内の街路樹もどんどん色づいて来ています。
この週末はどこもいい天気のようで、紅葉狩りには最適な陽気のようですね!

私は今、気仙沼に仕事で来ています。
道中で素晴らしい紅葉を観ることができたのですが、その話は後日ゆっくりということで、今日は仙台のお話しです。

そういえば仙台に来て2ヶ月になるのに1度しか海を見てないぞ…ということに気づき、これはイカン…と先日の夕方、行ったのでした。

前回行ったときはまだ夏…という感じで、サーファーが水着だけで海に入っていましたが、この日はまさに秋の海…という感じでした。

大きめの客船が仙台港に入ってくるところでした。


波が小さいということもあり、海に入っているサーファーは5人程度でした。

波頭が夕陽でオレンジ色になりかけていました。



海の反対側に日が沈み始めていました。

あの山の向こうは山形です。



久しぶりに夕陽が沈むところを見た気がします。







特に意味はないのですが、街中をこんな車が走っていました。
地元ナンバーでした。


雪が降ると走れないでしょうから今のうちに…ということかな?

あ、でも仙台は雪国ではないか…。
太平洋側ですからね。

そんなに降らないそうです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

赤レンガとポートタワー



これらの写真は秋田市の滞在中、ちょっと早起きして仕事前に行ってみた建物です。

現在は赤レンガ郷土館という秋田市の資料館になっていますが、元は秋田銀行の本店だそうです。



旧秋田銀行本店は、明治42年に着工し45年に完成した建物で、昭和56年に秋田市に寄贈されています。

私が行ったときはまだ時間が早いので中に入ることは出来ませんでしたが、窓越しに昔のカウンター周りなどがそのまま残っているのは見えました。

こちらはネットから借りてきた写真です。

大理石で出来た立派なものです。
金庫や暖炉なども昔のまま残っているようです。

こういう建物はずっと残してほしいですね~。



設計は秋田県の技師、山口直昭氏によるものです。
赤レンガの色が東京駅に似ているなあ…とおもったら、やはり同じ大阪産のレンガを使っているそうです。
レンガは二重になっていて内側は秋田産のレンガだということです。

戦後は一時、アメリカの進駐軍が使用していたようです。

ちょっと不思議だったのは、秋田銀行の本店にしては建っている場所が秋田市の主だった通りではないことなのです。
駅からも遠いし、ちょっと裏通りに入ったところにあります。

銀行というと最も利便のいいところに建てそうなものなのですが…。


仕事が終わって暗くなっていましたが、せっかくなので秋田ポートタワーに行ってきました。

1994年にオープンしたときは民営だったそうですが、後に秋田市が管理しています。

高さ143mで展望台は私が行った時間でも登ることができました。

民営のときは800円もしたそうですが、現在は無料です。

ならば…と展望台までのぼってみましたが、数組いる見学者は当然ながらカップルばかり…。

まあいいかと、夜景の写真を数枚撮りましたが全部ボツ…。

暗い中、日本海がなんとなく見えました。
考えてみたら、日本海を見たのは、数年前に能登のイベントに行ったとき以来かも…。

秋田市~仙台間は約250kmあり、仙台の自宅に戻ったときは日が変わりそうになっていました。


今週末は気仙沼です。
さて、どんなところか…。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:36 | コメント(4)| トラックバック(0)

久保田城



さて、先週末に秋田市に行ったときの話しです。

やはり仕事の合間に時間を作って久保田城跡に行ってきました。
久保田城は秋田城の別名ではありません。

秋田城も秋田市内に城跡がありますが、まったく別の城で、733年といいますから平城京時代のお城です。

久保田城は1604年に佐竹義宣が築城した城です。

佐竹氏はもともと今の茨城県水戸市のあたりを中心に栄えていたのですが、関が原以降、家康により水戸から秋田に転封されて久保田城を築城したわけです。
関が原では中立の立場を取って参戦していないのですが、家康には脅威と取られたのでしょう、水戸54万石だったのに秋田20万石に減封されています。

先に紹介した横手城、こんど是非行ってみたいと思っている角館(かくのだて)の角館城も佐竹藩の支城だったようです。

上下の写真は、2001年に復元された久保田城の表門です。

戦国時代の城らしく、門の上に武将が詰められるようになっています。


表門の脇に御物頭御番所(おものがしらごばんしょ)という建物がありました。
久保田城内で唯一残っている藩政時代の建物だそうです。


簡単にいえば門番と場内の警備番の詰め所のようなところのようです。

ここは自由に中に入ることが出来ました。

建物の中からの景色です。

同じ場所で同じ景色を江戸時代の人が見ていたわけで、不思議な感覚になります。


城内は千秋公園という公園になっていて当時を偲ばせるものは少ないのですが、8つあったという御隅櫓(おすみやぐら)のひとつが1989年に復元されていました。

御隅櫓とは見張り所兼矢倉、つまり武器庫としてつかわれていたそうです。

もともとは二層だったようですが、展望台を兼ねて三層造りで復元されています。

100円の入場料を払って入ってみました。

展望台からの眺めです。
久保田城は秋田平野の真ん中にある平城なので、360度見渡すことができます。
(生い茂った樹木で見えない部分もたくさんありましたが…)


下の階は展示室になっていて、久保田城の大規模な復元模型がありました。


久保田城は徳川幕府に配慮して、石垣も天守閣も持たない城だったようです。

本丸の中には平屋建ての建物があっただけのようです。



きっとこんな図面を元に作ったのだと思います。


う~ん、楽しそう!

模型じゃなくて実物大で完全再現してくれないですかね!
どうせなら…。

江戸城の本丸跡にしてもなにもない公園というか空き地になっていて、もったいないです。

税金を使って余計な箱物を作るくらいなら、こういう歴史的建造物を復元するほうがよほど意義があると思うのですが…。


表門の横に佐竹史料館というのがあって、こちらも100円の入場料を払って入ってみました。

展示物はすべて写真撮影が禁止だったので自分で撮った写真は一枚もないのですが、久保田藩の初代藩主佐竹義宣やその父親の佐竹義重の甲冑が見事な保存状態で展示されています。

この義重と義宣の甲冑はまことにどド迫力で圧倒されました。
なんか、こう、妖気が漂っているという感じです。

肉筆の書状や御旗の実物なども多数展示されていてとても見ごたえがありました。

なかなかゆっくり見ている時間がないのが残念でした。


この下の写真はネットでちょっと拝借。


義重の黒塗紺糸縅具足


義宣の人色皮包仏胴黒糸縅具足
(胴の下のほうの傷は銃痕だそうです。)


佐竹藩の話って、物語、ドラマ、映画になってます?


蔵王エコーラインは昨日から冬季閉鎖になったようです。
こちらはそういうところから冬になって行くようです。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:45 | コメント(4)| トラックバック(0)

カチ、コチ…



物心ついてからというもの、眠れなくて困ったということがほとんどありません。

車の中でも、
揺れる船の中でも、
狭い飛行機の座席でも、
公園でも、

まず、どこでも眠ろうと思えば眠れます。

ダイビングをやっている頃は、ウェットスーツを着たまま、雨の中を昼寝していたこともあります。

そういえば、海やプールの中に潜っているときも寝そうになったことがあります。

別に病気じゃないですよ。

寝ちゃいけないときに寝てしまうわけではありませんから…。

でもね、

コイツにはやられました…。

何って、上の写真の時計です。

部屋に時計がないのも不便で、

まあ、何でもいいや…と、100円ショップで買ってきました。

電池は付属していませんでしたが、100円なら安いもの…と、買ったのですが、

これがうるさいのです。

カチ、コチ、カチ、コチと…。


起きている間はテレビの音や音楽の音にかき消されて気にならないのですが、さあ寝ようと、すべてを消して電気も消すと…

カチ、コチ、カチ、コチが始まります。


今まで何かの音が気になって眠れない…ということもほとんどなかったので、すぐに慣れるだろうと思っていたのですが、これがなかなか慣れなかったですね…。

100円のくせして、音だけはやたら大きいわけで…。


仕方なしに、寝るときだけ電池を外して止めたりしていて、こりゃダメだということで、買い直したわけです。


今度は高級品です。
1000円もしましたからね!(割引後の価格ですけど)

あいつの10個分ですからね!

秒針はカチ、コチと動かずヌメ~っと、連続して動くタイプです。
ですから、まったく音はしません。
しかも、温度計、湿度計までついてますから…!!

これはお得!

でもね、いくつも同じ時計を売ってたのですが、どの時計の温度や湿度も微妙にみんな違う…。

どういうこと?

ま、だいだいの数値でいいか…温度の1度や2度、湿度の5%やそこら違ってても何てことないし…と買ったわけです。

1000円もする時計ですからちゃんと説明書や保証書もついていたのですが、その説明書には、

「温度や湿度が他の温度計や湿度計と比べて違っていたら調整してください」なんて書いてあって、

なんじゃそれ!!

と、ひとりで突っ込み入れてました。



元来、掛け時計に秒針はあまり必要ないんじゃないかと…。

腕時計も秒針がないタイプが好きです。
でも、デジタル時計は嫌いです。
クォーツも好きじゃない。
自動巻きや手巻きが好きです。

カチ、カチっと秒針が動くのがなんともね…。
ヌメ~っと動くのもどうにも…

どうせ秒針がついているのなら、チッ、チッ、チッ、チッと動くのがいいなあ…。

でも人生の中で秒針が役立ったことってほんとに数えるくらいしかなかったように思えるし…。

まあ、秒針がないと時計が動いているかどうかがすぐにわからないという理由でついているのかもしれませんが…

とにかく、時計がうるさくて眠れないということはなくなりました。


あとは布団が薄っぺらくて寝心地が悪いのをなんとかしなければ…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:15 | コメント(4)| トラックバック(0)

上杉伯爵邸



今日は米沢の上杉伯爵邸の紹介です。
このところ、たくさん書いている東北紀行文の多くの部分はにわか勉強によるところですので、間違いがあったら指摘してくださいね!

上杉伯爵邸は米沢城のすぐ脇、昔なら二の丸にあたるところにあります。
上杉家は代々、米沢藩の藩主だったわけですから廃藩後は貴族になったわけですね。

この建物はもともと明治29年に上杉家の14代にあたる茂憲(もちのり)伯爵邸として建てられたそうです。
当時は敷地約5,000坪、建坪530坪という壮大な大邸宅だったそうですが、大正8年の米沢の大火災で焼失ました。

今の建物は大正11年に着工14年に再建されたものです。

第二次大戦の戦火も免れ、戦後の一時期は米軍の将校の宿舎として使われていたそうです。

その後、米沢市に戻され、1979年より上杉記念館として開放され、米沢の郷土料理を食べることもできるようになりました。



私が訪れたのは夕方の遅い時間だったので、営業はしていませんでしたが、庭に入り建物を観ることができました。

伯爵邸というよりは、もともと旅館や料理屋さんとして設計されたような建物にも見えます。
1階と2階が同じ大きさだからですかね…。

立派な庭も残っていて、これは浜離宮を模して造られたそうです。



米沢では上杉謙信や上杉景勝よりも9代藩主の上杉鷹山が最も親しまれているようです。
上杉鷹山だけが「公」付けで呼ばれます。


というのも、鷹山は米沢を救った藩主としてたいそう尊敬されている人物だからです。

彼が17歳の若さで藩主になったときは米沢藩の台所事情は最悪だったそうです。

関が原以降、会津からこの地に転封された上杉家なのですが、15万石の石高にされたにもかかわらず、会津120万石時代の家臣6000人を抱えたままだったからです。

そんな状態で侍たちの生活を支え続けられるわけがなく、もう自己破産寸前だったところで、藩主になった鷹山は一生涯をかけていろいろな改革を行い、米沢藩を立て直しています。

自ら大変な倹約をし、藩の産業を振興し、陣頭指揮をとって農地改革をしていったそうで、政治家の鑑のような人だったようです。

ジョン・F・ケネディやビル・クリントンが最も日本人で尊敬できる政治家として名前を挙げたことでも有名になりました。


鷹山の名前は知らなくても、
「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」という言葉はよく知られていますね。

米沢城のすぐ前に上杉博物館があるのですが、ここの展示はなかなかのもので、この「生せば生る…」の書状も展示されていました。
撮影禁止だったので、写真は何もありませんが…。

鷹山公がどんな苦労をして改革をしていったのかなど、短編映画や動く人形で展示されていたりしてわかりやすく知ることが出来ました。
入館料は400円かかりますが、とてもお金のかかった展示内容です。

米沢に行かれた方はお勧めです。


しかし、日本の政治のこのていたらく…
鷹山公の爪の垢を今の政治家や悪徳官僚たちに浴びるほど飲ませてあげたいものです…。

中国にも、ロシアにもなめきられているし…
事業仕分けは何も効果を生み出さない政治ショーでしかないし…
天下りは根絶どころか今までよりもひどい状態にしてるし…
景気は一向に上昇しないし…
自分たちは贅沢ばかりしているし…



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

横手城



関東地方に台風14号が近づいていて風雨が強いようですが、ここ秋田市はとても穏やかです。
明日も雨の心配はなさそうです。
台風の影響がある地方の方はどうぞご用心ください。


せっかく東北赴任になったわけですから、この際出来るだけ東北地方を見聞しようと思って、仕事の合間になんとか時間を作って主だったところを訪問しています。

そのため、このブログが東北紀行文のようになることが多々あると思う点、ご了承ください。

これを逃したら今度いつ訪れることが出来るかわかりませんからね!

でも、ちゃんと仕事もしていますよ!!
ご心配なく!


さて、上の写真は秋田県横手市にある横手城です。

このところ、米沢の舞鶴城、上山の月岡城、山形の霞城、横手の朝倉城、そしてまだブログの記事にはなっていませんが、秋田の久保田城と続けざまに東北地方の城跡を訪れているのですが、どの城も関が原の戦いを前後としてそれぞれいろいろな関係があり、実に興味深いです。

改めて戦国時代の本を読んだり映画を観たりして、頭の中を整理したくなってきます。

この横手城ですが、昔は朝倉城といい、もともと小野寺氏の居城だったようですが、関が原の戦いで西軍についたため、徳川幕府により追放されます。

その頃水戸で大きな勢力を誇っていた佐竹義宣が同じように秋田地方に転封され、久保田城を築城すると、横手城も佐竹氏の属城となったようです。

その後もいろいろありますが、カット。

幕末には戊辰戦争の戦場となります。

佐竹氏が東北で唯一官軍についたからです。

仙台藩と庄内藩の攻撃を受け、横手城は明治元年に落城しています。

写真の天守閣は模擬天守です。
もともと横手城には天守閣は存在しなかったそうです。

1965年に展望台と郷土資料館を兼ねて建築されたようです。
模擬天守としては出来た時代が早いですね!
東北地方では初だそうです。


入場料100円を払って登ってみました。


眼下に横手市が見渡せ、遠くに鳥海山も見えてなかなかの絶景でした。

資料館としても入場料の割りに楽しめました。

その後、もう少し時間があったので、「ふれあいセンターかまくら館」というところに行ってみました。

横手城で支払った100円の券でそこも入場できるというので…。

横手といえばかまくらが有名ですからね!

かまくら館の駐車場にワゴンRをとめたら、隣りは箱スカのGTRでした。

同じ四角い感じのクルマでも、なんと雰囲気の違うことか…


さて、横手のかまくらですが、400年もの歴史があるそうです。
毎年2月15日~16日の小正月に行われるかまくら祭りも280年の歴史があるそうで、この時期は100個ものかまくらと無数のミニかまくらが作られるそうです。

今の季節、かまくらを見ることはもちろん出来ないわけですが、このかまくら館に行くと実はあるのです。

マイナス10℃に保たれた部屋の中にほんものの雪で出来たかまくらが常時展示されていて、中に入ることができました。



かまくらの中にはちゃんと水神様が祭られていました。

「かまくらの中は暖かい」なんていわれますが、それは外の気温に比べての話。
Tシャツ1枚でこの部屋に入った私はほんの数分で冷え切って早々に外に出ました。



館内の売店ではもうこれしかない…というくらい横手やきそばのお土産類が売られていましたが、とりあえずパスしました。



かまくら館の外に出たとたん、きっとあのGTRなんでしょう。
大きなエキゾーストノイズをたてて走り去る車の音がしました。

この2日後、GTRやZなどの旧車を山ほど見る事になるとはこのときはまったく予想もしていませんでしたとさ。


つづく




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

錦秋湖SA



この週末は秋田市に来ています。
市内のちょっと古めのビジネスホテルの部屋でこれを書いています。

部屋に冷蔵庫がないなんて…
当然のようにLANの設備もないし…

ま、それは置いておいて、

今日の話しはまた数週間前の話です。
やはり秋田県の横手市に行ったときの話しです。

カルマン100台ミーティング関連の記事を書いているうちにたまったネタがまだずいぶんありまして…。

上の写真は東北道の中尊寺SAです。
平泉、中尊寺にはぜひ行ってみたいのですが、寄っていく時間はなく、中尊寺SAにはなにかそれっぽいもののひとつでもあるのかな…?と思って寄ってみたのですが…

なんてことない、トイレがあるだけの最低限のSAでした。

北上JCTで東北道から秋田道に入ります。

しばらく走ると、秋田道唯一というハイウエイオアシスだというので、錦秋湖(きんしゅうこ)SAに寄ってみました。



本線からずいぶん入り込んだ湖の脇にあるSAなのですが、湖は見ることは出来ませんでした。


でも、道にこんなものがたくさん落ちています。


パンクするわけはないでしょうけど、踏みつけるのにちょっと勇気がいりました。(笑)

脇の林をよく見るとほとんどが栗の木のようです。

そして、こんな看板が…


「どうぞ好きに拾って帰ってください」ということのようです。

どうりで、交通量の割りに、このSAに止まっている車が多い理由がわかりました。

東京、神奈川方面の他県ナンバーも結構いて、不思議だったのですが、こういう訳だったのですね!

ついでに、こんな看板も…

「最近」というには、この看板自体錆び始めていますから、最近作られたものではなさそうです。

栗を食べにきても不思議じゃないですからね~。


見上げると、まだ青いイガがいくつもありますが、下に落ちているイガは全部カラです。




うろうろと探し回り、2つだけ中身の入っているイガを見つけました。


ワゴンRのダッシュにおいて、しばし、秋景色を楽しむこととしました。


で、次回は横手のレポートになります!

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:25 | コメント(0)| トラックバック(0)

秋の蔵王



このところ急に寒くなってきて、さすが東北…と思っていたら、日本中寒いようですね!
でも、ここ仙台は楽天イーグルスに星野監督が就任することになってずいぶん盛り上がっています。

そろそろ紅葉シーズンですが、蔵王のほうはきっときれいなんだろうな…とちょっと調べたら、蔵王の山中を走るエコーラインは11月から冬季閉鎖にはいるとか…。

行くのなら今のうちしかない…と、先日の休みに行ってみたのですが正解でした。

この数日の寒さで蔵王エコーラインは早くも積雪で通行止めになっているようなんです。

途中、遠刈田(とうかった)温泉なんて、冗談のような名前の温泉地を通り、エコーラインにはいりました。

紅葉にはちょっとまだ早いなあ…と思いながら走っていると、滝見台という標識があるので、行ってみました。

遠くに滝が見えます。


上の写真の部分だけが滝なのかと思っていたら、ちょっと角度を変えると、もっと下のほうまである滝が見えました。



姿の通り、三階滝というそうです。

右手のほうには不動滝という別の滝も見えていました。


滝をあとにしてどんどん登っていくと、
ありゃりゃ…
雲の中に入ってしまいました。


この前の日はドピーカの晴天だったのですが…。

まあ、仕方がないか…と走り続けると、山頂に向かう有料道路の入り口に着きました。

わざわざお金を払って上に登っても真っ白で何も見えないのでは意味ないな…と、手前で止め、料金所の係りの方に聞いてみると、頂上の方は晴れ間「も」見えているとのこと。

「少し待つとお釜も見えるかも知れませんよ」

という言葉もあり、せっかく来たのだからと行ってみました。



有料道路の終点にはレストハウスと駐車場があって、たくさんのバスや自家用車が止まっていました。

たしかに、雲が切れているとこともあり、日が差したりしています。



…が。

とうとう、蔵王の火口湖の「お釜」は見ることが出来ませんでした。

晴れているとこんな景色が見えるようです。(wikipediaより)

子供の頃集めた切手の絵にありましたね~。

実際に見てみたかったですが、またいつか、チャンスがあるでしょう。

反対側を見上げると、雲の切れ間に神社のお社が見えます。


刈田嶺神社という神社でした。
神社脇の社務所には神主さんがちゃんといらっしゃいました。
毎日、山頂まで通勤?するのでしょうね。
冬場はご神体はふもとの神社に移って越冬するそうです。



すぐ脇にこんなプレートが。

ここは蔵王連邦のひとつ、刈田岳の山頂、1758mの山頂なのでした。


しばらく頂上にいて体が冷えたので、レストハウス暖かいで蕎麦を食べ、下山することにしました。

山形の上山(かみのやま)方面へ降りました。


すると、結構こちら側は紅葉していましたね!

でも、車を止めてゆっくり見ることが出来るような場所がなく、どんどん降りていくと、



ようやく止められそうな場所があり、止まってみると、
そこはスキー場のようでした。



地図で見ると、蔵王ライザワールドというスキー場のようです。
12月10日からスキー場として営業するようです。



蔵王は樹氷で有名ですからね。
このあたりも冬は雪深くなるのでしょうね。

冬になったら樹氷を観に、ぜひまた行ってみたいと思います。

スキーもしたいなあ…



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:23 | コメント(8)| トラックバック(0)

山形城



もうだいぶ前になってしまうのですが、山形城に立ち寄ったときの話です。

山形城は別名霞城(かじょう)といい、1356年に羽州探題という人が築城していますが、1600年の関が原の戦いの後最上義光(よしあき)により拡大、城下町が築かれたそうです。

最上義光の妹は伊達政宗の母親になりますので、伊達政宗のおじさんになるのですね。

最上家が転封された後はどんどん盛り下がっていったようで、江戸中期以降は城の維持が困難になり幕末には本丸は更地で、御殿も二の丸に置かれ、三の丸の西半分は田畑となっていたそうです。

今でも二の丸は公園になっていて野球場などもあり、三の丸はもう民家が建ったり駐車場になったりしています。



徐々に昔の状態の復元が行われているようで、この大手門は平成3年に昔の工法のままで復元されています。

この門は相当に立派なものでした。
中にも入ることが出来、復元時の工事中の写真などが展示されています。



この本丸の正門に当たる一文字門に架かる大手橋が復元されたのは平成18年とのことです。
一文字門も今後復元されるようです。



一文字門を渡って本丸の手前までは入れますが、本丸の中は荒地になっていて残念ながら入ることも出来ません。

今後の予定でも建物の復元は資料がなくてできないので、建物があった位置がわかるような体裁で公園化するようです。

これらの写真だけを見ると静かな城址のように見えますが、写真以外の部分は普通に公園化していて、野球の応援のコンバットマーチなんかが聴こえてきたりしているし、
大手橋のすぐ脇ではフリーマーケットが行われていてロックがガンガンかかっていたりして、ちょっと騒々しい状態でした。

まあ、この日が週末だったので仕方がないのかもしれません。
よく言えば、市民に親しまれる場所になっている山形城址でした。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:33 | コメント(2)| トラックバック(0)

芋煮会



昨日、職場の仲間と芋煮会をやって来ました。

場所は秋保(あきう)温泉にある川原。
仙台市内から1時間もかからずに立派な温泉地があり、きれいな川が流れているところで芋煮ができます。

今回は、味噌味、豚肉の宮城風で。
食材と道具、燃料など全て現地でパックになっているので、飲み物と追加の食材を持っていくだけですみます。

この時期、宮城、山形県では大きなスーパーなどでは、芋煮用の大きなナベの貸し出しを普通にしています。



屋根つきの場所もあるので、雨でも大丈夫なのですが、天気がいいので川原で行いました。

石を組んで炉を作り、椅子もテーブルもなしで、そこいらの石を使う、もっともベーシックなスタイルのアウトドア料理。

ナベと鉄板でいろいろ作りました。

参加した地元の皆さんも、こういった川原でのオーソドックスなスタイルの芋煮は初めてとか、久しぶりという方が多かったです。
普段は公園などでやるとのこと。

雨の心配もあったのですが、なんの、なんの。

晴れて気温も22~3℃くらいまであがり、Tシャツ1枚で過ごせました。


こういうところで食べるとほんとうになんでもおいしく感じます。

東北赴任のいい思い出ができました。

この秋保温泉、日帰り入浴なども出来て、なかなかいいところのようです。


今日あたりからどんどん寒くなって行くようで、北海道はもう雪だとか?

こちらで雪が降るのはいつなのでしょう…。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:47 | コメント(4)| トラックバック(0)

冷やしラーメン



山形名物という冷やしラーメンをご存知ですか?

仙台から発祥した冷やし中華は今や全国区ですが、山形が発祥という冷やしラーメンは今でも山形でしか食べられないのでは?

出来たのはなんと、冷やし中華よりも古い、昭和27年(1952年)なんだそうです。

せっかく山形に行ったので食べてみました。
ピンボケ写真ですみません…。


で、食べてみた結果は…

うん、確かに冷たいラーメンです。

それ以上でも、それ以下でもないか…。

比較的さっぱりしたスープなので、普通に飲めました。

なぜか、卵かけご飯をお供に…。

夏場は汗をかきながら食べなくてもすみそうですが、やはりラーメンは熱いほうがいいかなあ…??

このラーメン屋さん、ゆで卵が1個10円と、バカ安でした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:21 | コメント(2)| トラックバック(0)

10万キロ達成(ワゴンR)



昨日の土曜日は全国的に天気がとてもよかったようですね!
イベントや、行楽に行ってる方も多いのでしょう!

こちらの地方では芋煮会をやった方も多かったようです。

私はというと残念ながら仕事です。
朝起きて窓を開けると澄み切った空にちょうど朝日が昇ってくるところでした。


週末は2日間とも山形での仕事で、ワゴンRで仕事先に向かっていると、オドメーターが10万キロとなりました。



高速道路だったので、走りながらの撮影で、カメラは見ずにシャッターを続けて適当に撮りました。



なんとか写っていました。
100キロ超えてますが、ほんの一瞬のことですよ!



7月に購入したときは93000kmでした。
約4ヶ月で7000km走ったことになります。

7000kmのうち、5000kmは仙台赴任になった2ヶ月間での距離です。

今は軽自動車のオドメーターにもちゃんと10万キロ台の表示があるのですね!

10万キロ台があるのかないのかではずいぶんイメージが違います。
0に戻ると、なんだか、作った側の想定よりも走りすぎているような感じがしますが、最初の数字が1なら、まだまだという気になります。

ワゴンRはいったい何キロまでがんばって走ってくれるのでしょうか?


それから、昨日は一日花粉症の症状に悩まされました。
今度のシーズンの杉の花粉は昨シーズンの数倍ということですが、まさかもう…?

いえ、きっとスギ花粉じゃないんでしょうね…。

どうにもうっとうしい状態です。

なんだかなあ…


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:28 | コメント(12)| トラックバック(1)

半田屋



仙台には半田屋という24時間営業の激安大衆食堂のチェーン店があります。

これが、貧乏単身赴任者がすばやく腹を満たしたいときには大変ありがたい存在なのです。

どの店も駐車場完備で、24時間営業で、とにかく安いのが魅力です。



よくある学生食堂や社員食堂のように好き惣菜を選んで精算するというパターンなのですが、ライス関連の価格を見ても驚きの価格でしょ。
まさに、社員食堂並みです。

ライスのミニというのがよくある普通盛りの量です。
小で大盛り、中は特盛りレベルの量です。
なぜか、大はありません。
昔はあったのですかねえ…。

かけそば、かけうどんは150円、てんぷらうどんで190円。
カレーライスは250円、カツカレーで350円。
ラーメン250円
ラーメンとカレーを1人前ずつ食べてもワンコインで済みます。

カツ丼は280円です。

これがそのカツ丼。

ドン汁をつけても385円です。

かなりの大食漢でも1000円分食べられないのではないかと思います。

味は?

まあ、必要充分なレベルです。

店内は、サラリーマン、タクシーやトラックの運転手、ガテン系、そしてカップルや家族連れでも賑わっています。

いくつかの店舗に行きましたが、どの店舗もまったく外装内装ともに違います。
きっと、廃業した店舗を居抜きで確保しているからでしょう。
そういうところは今、着々と店舗を増やしている「でん」と同じですね。


焼酎無料、生ビールも3杯目からタダという居酒屋革命の仙台店が近々オープンするということで、これも楽しみです!!

もう、ぜったい元取れる自信ありますから!!(笑)

居酒屋革命を知らない方はこちらを

http://izakaku.net/



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:10 | コメント(7)| トラックバック(0)

上山城



山形県米沢市と山形市の間に上山市というところがあり、上山城があるというので、仕事の帰りにちょっと寄ってみました。

別名月岡城ともいわれるこの城は1535年に武衛義忠が築城したものだそうですが、時は戦国時代、その後城主はいろいろ変わったようです。



藩主はめまぐるしく変わりましたが、上山藩は幕末まで続き、明治に入り1873年に取り壊されました。
その後、1982年に模擬天守が建立されています。
だからこの天守閣は上山城の復元ではありません。

中は郷土歴史資料館になっていました。
400円を払って入ってみましたが、料金ほどの展示内容ではありませんでした。

2枚目の写真の左端にチラッと写っていますが、天守の入り口横になぜか鬼太郎とかのマンガキャラクターの大きな出来の悪い人形が何体も展示してあり、雰囲気をぶち壊していました。

調べてみたら、かかし祭りというのが行われているようで、その名残りなんでしょう。
でも、あれは古城には似合いません…。


ちょっとガッカリして城をあとにしたら、すぐ近くに武家屋敷が4軒並んで残っていて、見学ができるようになっていました。



建物の中には入れませんが、塀の内側には入ることができます。
外から昔の雰囲気を垣間見ることができ、無料のこちらのほうが見ごたえがありました。



今も持ち主が住んでいる屋敷もありました。

どの家もとてもいい素材なのですが、あまりきれいに手入れされていない感じでちょっともったいない感じです。

住んでいるにしても、人に見られることを意識して庭の隅とかもきれいにしててほしいなあ…。

白川郷の合掌造りの家々はそういう気遣いをとても感じられました。
観光地としての意識の違いをちょっと感じたかな?

武家屋敷が4軒も昔のまま並んでいるようなところは少ないと思いますから、上山市は昔の状況の再現とその保存にぜひがんばってほしいものです!

上山温泉街のすぐ近くですから、きっと温泉客の多くが行くところでしょうから…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 09:12 | コメント(0)| トラックバック(0)

天童市と将棋



先月、山形県天童市に行ったときの話です。
天童タワーというところにちょっと立ち寄りました。

天童市は山形市のちょっと北にある町で、将棋の駒の生産が伝統工芸品になっているそうです。



なんと、国産品の95%がこの町で作られているとか…。

馬という字が裏返しになっている駒があるのですが、左馬(ひだりうま)というそうです。

左馬は「福を招く相伴繁盛の守り駒」といわれていて、家を新築したり、商売を始めた方への贈り物にされているそうです。

どうして反対に書かれた馬が縁起がいいのか…

「うま」の反対は「まう」
めでたい席で踊られる「舞い」「舞う」につながるからとか…。

そういえば、もうずいぶん長いこと、将棋はやってないですね~。

一応ルールは知っているのでさすことはできますが、ヘボです。

いわゆる定跡を知らないので、知らない同士ならいいのですが、少しでもしっている人と対戦したら、ひとたまりもないと思います。

子どもの頃は本将棋だけでなく、「山崩し」や「歩あがり」というような遊びもよくやっていました。

この遊びも全国区なのでしょうか?

みなさんはやりました?

恥ずかしながらチェスも囲碁もできません…。
五目並べとオセロくらい…。

あ、マージャンは学生時代はずいぶんやりました。
やっぱりヘボですが…。



天童市では観光ガイドで人気があると紹介されていた鴨ラーメンを食べてみました。


私的には正直、今一つでした。

鴨の肉が硬くて…
たまたまですかねえ…。

ということで、お店の名前は出さないことにします…。
観光ガイドはあてにならないなあ…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 18:44 | コメント(6)| トラックバック(0)

マフラー交換(ワゴンR)



これはカルマン100台ミーティングよりも前の話なのですが、ワゴンRのマフラーを交換しました。

素人補修はまだ大丈夫な状態でしたが、どうせ時間の問題だということを指摘され、どうせ換えるなら早めにやったほうがいいか…ということで、ヤフオクで落札しました。

例によって軽のパーツは安く手に入るもので、1諭吉ほどで新品が購入できました。


交換はアパートのすぐ近くにたまたまあったガレージでやっていただきました。



路地裏にあるような目立たないガレージなのですが、よく外車が入庫しているし、横にある駐車場の奥にはこんな車のドンガラが置かれていたりして、ちょっと興味があったのでした。



オーナーらしき人がたまたま外にいたので、尋ねてみたら、持込でも気軽に交換してくれるということでお願いしたのです。

お話を聞いてみると、やはり旧車もお好きな方でした。
アメ車の50年代の車がもともと好きでご自分でも所有しているそうです。
あのドンガラはたしかクライスラーで、他に持っている車のパーツ取りにしているそうです。

カルマンギアも以前所有しようと探したこともあるそうで、仙台に生息しているワーゲンの情報も、カルマン100台ミーティングのことも、なんとご存知でした。

というわけで、ワゴンRでもカルマンでも診てもらえそうなガレージが見つかり、安心です。

ワゴンRなんですが、ハンドルを大きく切って動かすとゴリゴリとタイヤのところから音が出ていて、なんだろう…と思っていたら、ロアアームとドライブシャフトの問題なんだそうです。

ゲッ!!、高くつきそう…と心配しましたが、
やはりヤフオクで調べてみると、ロアアームは5000円程度、ドライブシャフトも1万円程度で新品が手に入りそうです。


やっぱり、軽のパーツは安くていいですね~。
維持費が安く済みます。

近々、ここも交換していただこうと思っています。
毎日仕事で使っているので、なかなかドッグ入りするチャンスがなくて…。


本社で会議があるので、昨日、千葉に戻ってきました。
ワゴンRで千葉⇔仙台を3往復しましたが、TJさんが言ったとおり、マフラーを換えたら燃費がよくなりました。

高速中心で走ると13km/㍑くらいだったのが、16km/リットルくらいにまで伸びています。

10万キロも走った軽でターボ車、4WDではかなりいいほうではないでしょうか?

ワゴンR、がんばってます!


昨日、出発前にオイル交換をしたのですが、職場の近くの国産車のディーラーの建物の壁にこんな表示が…


ほんとかなあ…、何か裏があるのかなあ…と思いつつ、興味半分で行ってみると、他のメーカーの車でもOKということでやってもらいました。

たった1000円でオイル交換してもらうだけに行った私に何人もの方が丁寧に応対してくれ、女性のスタッフが、お飲み物をお持ちしますが何がよろしいでしょうか?…」と来るし、店長まで名刺持ってご挨拶に来るし…

やっぱ、何かあるぞ…と思っていたら、それ以上何もナシで、ほんとうに1000円だけ払って車が戻ってきました。

フロントのガタガタの件も絶対に何か言われるかと思ったら、それもなし。

う~ん、10万キロ近い他県ナンバーのワゴンRには係わり合いにならないほうが得策と考えたのでしょうか…(笑)

とにかくこちらが恐縮してしまうくらい、上客扱いされて仙台を後にしたのでした。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 10:20 | コメント(6)| トラックバック(1)

みちのく一人暮らし食べ物編その1



カルマン100台ミーティングのレポートを続けているうちにも東北地方のいくつかの町で仕事をしまして、それなりにブログネタも溜まっているのですが、いったい何から…と迷っております。

まずは、食べ物編から行きます。

東北地方にはおいしい食べ物はいくらでもあるようなのですが、一人で行った出張先で豪華でおいしい食事をする気にも、予算的にもできず、どうしてもB級グルメ方面に行ってしまいます。

上の写真は東北限定販売をしていたどん兵衛芋煮うどんです。

作ってみたら山形風のしょうゆ味でした。

なかなかおいしかったです。

来週、職場のメンバーで芋煮会をやることになりました!

しょうゆ味+牛肉の山形風と、味噌味+豚肉の宮城風の両方を作ろうということになっています。

楽しみです!


こちらは米沢牛を使ったカルビ焼肉丼990円。

米沢にも何度か行きましたが、有名な米沢牛は高くてとても食べられませんでしたが、バロンさんがリーズナブルに食べられるお店を教えてくれたので早速行ってきました。

一見、大衆食堂やラーメン屋さんのような気軽に入れそうなお店で、おいしい米沢牛を堪能することが出来ました。

旅行ガイドには載らないこういうお店の情報はほんとうに助かります。


秋田県横手市には3連泊しました。
横手というと横手焼きそばが有名ですが、ついに横手焼きそばは食べられませんでした。

というのも、行った仕事先ではイベントが行われていて、横手焼きそばやもうひとつ有名らしい男鹿やきそばのお店は一日中長蛇の列。
諦めざるを得ませんでした。


そこで食べたのが以下の3品でした。

まずは、稲庭うどん。
これは二味せいろ大盛り、確か1050円。

稲庭うどんでは最も有名な佐藤養助という名前がそのまま店名になっているお店の支店が仕事先にあり、食べてみました。

創業150年になるお店は現在7代目ということで、親から子、子から孫にだけ受け継がれてきたという伝統の製法は今でも守られていて完全手作りの麺はおいしいだけでなく、見た目も大変きれいでした。



醤油ダレ、味噌ダレ、どちらもいけました!



こちらは神代カレー、確か450円。

こちらも秋田のB級グルメのようです。
1950年代~60年代の昔の製法のままで作られたカレーだそうです。

よく言えば昔懐かしい味。
悪く言えばパンチのない味。

やはり、カレーはバキッと辛いほうが好きです。


こちらは角煮わっぱ飯 950円。

わっぱ飯は秋田の食べ物ではなく、新潟や会津のものらしいですね!

わっぱとは入れ物の名前です。
杉板を曲げて加工したお弁当箱のことです。

この器に入れればなんでもわっぱ飯となるわけですから、いろいろなバージョンがあるようです。


せっかく行っている東北地方ですからおいしいものを食べたいのですが、予算に限りもありますので、安くおいしいお店や食べ物情報があると助かります!

ご存知の方、ぜひ、お教えください!!


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:20 | コメント(2)| トラックバック(0)

マフラー補修



ショック…!!
デジカメが壊れてしまいました…。

不注意で落っことしたら写らなくなってしまいました。
直るまでブログはどうしよう…と思っていたら16日~17日はサーバーの交換でブログは停止なんですね。

ちょうどよかった?

これでホビダスのブログが少しでも軽くなるとうれしいですね!


さて、上の写真は15年落ちのワゴンRのマフラーです。
53年落ちのカルマンに比べたらまだまだですが、まあよくある経年変化でマフラーがやばいようです。

排気音だけがちょっと元気になってきました。

下を覗いてみると適当な補修がされていてそれがひび割れ、数箇所から排気が漏れていました。

ワゴンRのマフラーはまだ簡単に手に入るようですが、タダのような価格で買った車にお金をかけるのがちょっと悔しくて…


いい加減な素人補修をしてしまいました。

これで数ヶ月は持つかな?

結局取り替えることになるのかなあ…
だったら、さっさと換えたほうが利口なんですけどね!

まあ、遊び半分で補修してみたわけです。



さてさて、カルマン100台ミーティングの事前申込みは15日で一旦終わりになります。

でも、当日参加は大歓迎ですからね!!

ぜひ、ご参加くださいね!

お申込みが5台ありました!

AGさん
ムガテゥーさん
さとぴさん
kei59さん
りょうへさん

ありがとうございます!!

これで事前申込みの台数は88台になりました。
とりあえず、これで締めかな?

あとは当日何台のカルマンが来ていただけるか…
天候にかかる部分も大きいでしょうね!

晴れてくださいよ~!!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 20:21 | コメント(4)| トラックバック(0)

芋煮会



9月も中旬になった今でも暑い日が続いている地域もあるようですが、こちらは朝晩は涼しくて窓を開けて寝ると寒いくらいです。

確実に秋の訪れを感じることができます。

秋になると、こちらの地方では芋煮会というアウトドアでなべを囲んで家族や仲間が交流を深めるという行事が盛んに行われるようです。

特に山形県で盛んなようですが、宮城でも行われるようです。

でも、山形と宮城では内容は違うんだそう。
なんでも、山形は醤油出汁で肉は牛、宮城は味噌仕立てで肉は豚だそうです。

スーパーに行くと東北限定のどん兵衛芋煮うどんを売ってました。



作ってみたら、しょうゆ味でしたので、山形バージョンのようです。

なかなかおいしかったですよ!

本当の芋煮を食べる機会がほしいなあ…。



さて、カルマン100台ミーティングの事前申込みは9月15日で一旦締め切りとなります

前夜祭にご参加いただける方はぜひ、事前にお申込みくださいね!!


公式ホームページはこちら
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


ネット環境にない方はFAXでも申し込みができます。
近くにそういうカルマンオーナーの方がいらっしゃいましたら、お知らせください。
FAX(03-5940-7738)

ケータリング、スワップミートのエントリーは無料です!
カルマンでエントリーした方は自分のサイトでのスワップもOKです!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 21:20 | コメント(8)| トラックバック(0)

仙台の夜は今日も熱かった…。



今、外は雨が激しく降っています。
朝から降ったりやんだりだったのですが、今日も仕事帰りに定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバルに行ってきました。

夕方はほとんどやんでいた雨もフィナーレの時間には本降りになってしまいました。

でも、そんな中、たくさんの観客が生演奏を楽しんでいました。

夜7時くらいから始まったファイナルステージはバラエティに富んでいました。

デキシーランドジャズあり、

(ピザが食べたくなってしまいます…)

津軽三味線との競演あり、


タップダンスとの競演あり、




平均年齢70ン才のバンドというより、楽団の演奏あり…



いやあ、楽しかったです!!

こんなの、タダで聴いて楽しんでいいの??

って思ってしまいます。

だから、カンパしちゃいますね~!


こんな催しがあるというだけで仙台という街が好きになってしまいます。

街が広すぎないので、すぐに行ける点もいいですね!

同じようなことが東京であったとしても、すっと行けたかどうか…。

仙台という街のスケールがこのような催しにちょうど合っているのかもしれません。

街中でこんなにジャズがあふれている催しって世界でもそうないと、普段は海外で活動をしているというミュージシャンが言ってました。

たまたまそんな催しに遭遇できて本当にラッキーでした。


全ての演奏が終わって会場をあとにすると、たくさん出ていた屋台も店じまい中で、売れ残ったイカ焼きそばを100円で買って帰って食べたのでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 23:34 | コメント(6)| トラックバック(0)

定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバル



今日は9.11ですね…。
マスコミの露出もずいぶん少なくなりました。
私も、この話題は置いておいて、

仕事が終わってから仙台市内で行われているストリート・ジャズ・フェスティバルに行ってみました。

午後、少し雨が降りましたが、夕方以降は雨も上がり、関係者の皆さんはホッとしたことでしょう。

夜になって会場に到着すると、街のあちらこちらで演奏の音が聴こえてきて、もう、ワクワクです。

ああ、夜もあちらこちらでやっているんだとわかり、うまく車を止める駐車場も見つかり、ジャズ一色の定禅寺通りを徘徊したのでした。

上の写真のように大きなステージでビッグバンドが演奏していたり、下の写真のように小編成のバンドがビルの玄関前のスペースで演奏したりしています。


こちらのバンドはスタンダードジャズやラテンのスタンダードをやっていました。


このバンドはジャズではなく、ブルース一色でした。
ギターの音色、なかなか凄かったです。

どのバンドの前もたくさんの人だかりで、こういう音楽を聴く人がこんなに普通にいるんだ…とちょっと、不思議な感じ。

年配の方や子供連れもたくさんいます。

バンドの前はぐわっと人だかりがしていますが、下の写真のように、通行止めになっている車道でのんびりと演奏を聴いている人たちもいました。


よくあるお祭りのときのように、屋台がたくさん出て、近隣の店舗も特別営業しているのですが、普通のお祭りと違うのは、どこもジャズ…。

いいなあ…

とても、いい雰囲気です。

大きなステージのこの日のトリには東芝の社員で作っているビッグバンドでした。

普段は本社で秘書をしているという女性ボーカルも加わり、なかなかクォリティの高い演奏でした。

今年、参加したバンドの数はなんと776組だそうです。

仙台近郊だけじゃなく日本中から、演奏者、そして観客もこの時期、仙台に来ているのですね!



昼間からビールを飲んで、焼き鳥食べながら思い思いに好きな方向の音楽を聴きまくることができるなんて最高です!

仕事じゃなければね…。

明日も朝から仕事で昼間の会場には行けませんが、夜はまた顔を出してみようかな…と思っています。


この、大掛かりなイベントの資金は観客のカンパに支えられている部分も大きいそうです。
会場のあちらこちらにカンパをお願いする本部テントが設置されていりますし、演奏者も必ず、カンパのお願いを観客にしているようです。

カンパをすると、このようなものをくれます。


振ると、シャカシャカ音がして、演奏に合わせてこれを振って楽しんだりするようです。


見たとおり、フィルムのケースですね。

中を開けてみると、珊瑚のかけらのようなものや小石が入っていました。


名トロンボーン奏者でもあった谷啓氏が亡くなりました。

ガチョ~ン…。

心からジャズを愛した人がこの日になくなり、複雑です…。

ご冥福を心よりお祈りします。



カルマン100台ミーティングは事前申込みがありました。

hisadaさん、ありがとうございます!

エントリーはこれで83台になりました!


事前申込みは9月15日が締め切りとなります!


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みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 22:58 | コメント(4)| トラックバック(0)

ジャズ・フェスティバル



今週末、仙台の街はJAZZ一色に…。
というのはオーバーかもしれませんが、盛り上がっているのは確かです。

今年で20回目となるジャズ・フェスティバル、
定禅寺ストリートジャズフェスティバルがこの週末開かれるようです。

今日はその準備中でした。


20年前の第1回目は参加グループ数は25組だったようですが、この数年は700を超えるグループが演奏をしているようです。

行ってみたいのですが、土日とも仕事で…。
夜の部だけでも覗いてこようと思うのですが、ストリートで演奏するのは18:00まで。

間に合うか?

それに、天気もちょっと心配なのです。
雨天決行となっていますが、雨の中の楽器演奏はねえ…。

大変です。

イベントは晴れてほしいですね!!




仙台は杜の都と言われるだけあって街中には緑がおおく、フェスティバルのメイン会場となる定禅寺通りもこのように道の両脇だけでなく、中央分離帯にも大きな木が生い茂っていて、木々のトンネルになっています。



これは昨年の様子。

う~ん、やっぱり行ってみたい!!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 20:48 | コメント(12)| トラックバック(0)

米沢



今日は米沢に行ってきました。
仙台からは蔵王ICを降りて向かいます。
仙台はどんよりと曇っていたのですが、山形に入ると見事に晴れていました。
車の左手に蔵王連峰がずっと見えていました。



蔵王といえば温泉とスキー。
そして樹氷。
せっかく近くに行ったのだから一度は行ってみたいなあ…。



稲穂も秋の訪れを告げるようにたれ始めて茶色く色づいていました。




仕事が終わるともう夕方でしたが、せっかくなのでちょっと市内をまわってみました。

米沢は城下町。
通りは一直線ではなく、直角に折れ曲がっているところがあって、ああ、城下町なんだなあ…と感じます。

こんな、古い建物や蔵作りの建物がところどころに残っていていい雰囲気です。


米沢駅に寄ってみました。



駅の目の前に有名な米沢牛のお土産もの屋さんがあったので入ってみました。



牛肉は高いし、買って帰っても自分ではまともに調理できないので、こんなのを買ってきました。


レトルトなので、こらなら私でも作れます。

市内の道路には、なんと言う名前なのか知りませんが、冬になると水(お湯?)が出て道路の雪を溶かす仕掛けがはりめぐらされていました。
雪国の方には何も珍しいものではないのでしょうが…。

冬は雪深いところになるのでしょうね…。


米沢城址にも行ってみました。
上杉家、そして少し前に超有名人になった直江兼続ゆかりの城ですね!
それ以前は伊達家が納めていて、伊達政宗はこの地で生まれたそうです。

夕暮れ時、ほとんど人もいない本丸あとです。
今は上杉神社となっています。

境内や宝物殿は午後4時までしか開いていないようで、お参りもできず…。

この城は石垣がないんですね~。
土塁で出来ています。


関が原の合戦以降は徳川家への配慮で天守閣も建てずに地味にしていたようです。

観光客のいない時間に行ったからか、城の周りは落ち着いた雰囲気で、もっとのんびりしていたかったのですがどんどん日も落ちてくるので、出発。



夕陽を見ながら向かった先は、



熊野大社。
出雲じゃなくて、ここ、米沢の隣町南陽市にもあるのです。
伊達家、上杉家の頃からの由緒ある神社だそうです。



でも、残念…。
時間切れで日没…。
真っ暗…。

それでも、一応境内まで行ってみました。



やはり、真っ暗…。
街灯もなし。
それでも、上杉神社のように手前で閉ざされることもなかったので、お参りしてきました。


その後、山形市まで走った道が気持ちよかったです!

緩やかなカーブが続く山道で、信号はほとんどなく、4速中心で時には5速、時には3速という道。

明るくてもっと走って楽しい車だったら最高なのに…と思いつつ、ドライブを楽しんできました。

せっかくの東北赴任ですから少しは楽しみも捻出しないとね!



カルマン100台ミーティングは1台申込みがありました。

RUIKAさん、ありがとうございます!

これで、82台になりました!


事前申込みは9月15日が締め切りとなります!


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みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 23:29 | コメント(2)| トラックバック(0)

締め出し…



今日は休み。
朝から掃除や洗濯をしましたが、部屋は狭いし、洗濯物もわずかなもので、あっという間に終わってしまいます。

ちょっと、用足しに出ようとして部屋を出て、忘れ物に気づき部屋に戻ろうとすると…

あれ??

カギがどうしても開きません。

いろいろ試してみてもちょっと変わったカードキーは空回りするばかり…。

完全に締め出されてしまいました…。


結局、不動産屋さんを通して鍵屋さんに来てもらいあけてもらうことに…。

車で出かけるつもりだったので、車のカギや財布などを持っていたし、それなりの服装をしていましたのでよかったのですが、いい加減な格好で車のカギも持っていなかったら、外で何十分もボケ~っと鍵屋さんを待つ羽目になるところでした。

それに、携帯も財布も持っていなかったらいったいどうやって連絡を取ればよかったのか…。

不幸中の幸いでした…。

しかも、鍵屋さんは、「何か身分証明になるものをお持ちですか?」と聞いてくる訳で、ゴミ出し程度で何も持たずに出ていたら、どういうことになっていたのか…。



鍵屋さんはさすがプロで、特殊な道具を使ってあっという間に開けてくれ、新しい鍵と交換になりました。

昨日は、漏れるシャワーヘッドを交換してもらいましたし、アパート住まい、まあ、何かとあるものです。




2~3日前まで、真夏のような暑さで「あつい、アツイ!!」と言っていたのに、ふと見上げた道路わきの木々は紅葉を始めていました。

彼らはあの酷暑の中、ちゃんと秋の訪れを感じているのですね~。

えらいなあ…。

って、単に水不足で枯れかけているだけだったりして…。




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 16:52 | コメント(5)| トラックバック(0)

仙台の海



通勤途中、FMラジオを選曲していると、
「あれ~っ!!??」
と、聴きなれた声が…

J-WAVEのパーソナリティをしている別所さんの声が聴こえてきてビックリしました。

しかも、本放送だけでなく、道路交通情報もそのまんま流れています。

首都高の渋滞情報を仙台で聴いて、なんだかヘンな感じです。

伊豆七島に行っている時も東京のラジオを聴いているわけで、渋滞情報が別世界の話に聞こえてヘンな気がしたのを思い出しました。


交差点でふと脇を見ると、公園にこんなものが…

イルカが乗っている車は356に見えません?

ま、どうでもいいことですが…。


とりあえず、元気に仙台での仕事をこなしています。


夕方、仕事の下見で寄った先の近くに海があるので、ちょっと行ってみました。


ちゃんと舗装された無料駐車場に車を止めると…



おお~っ!!
予想以上のちゃんとした海が広がっていました!

浜のすぐ左には仙台港があるのですが…



いい波が立つようで、サーファーがたくさんいました。



親子のブギーボーダーも。



水温がかなり高いのか、ほとんどのサーファーが水着だけで海に入っていました。



ちょっと高台から海を眺められて、階段を降りていくと砂浜の海岸が広がっている…

私にはかなり理想的な状況です。
この近くにも今住んでいるのと同じような条件の物件はあったんですよね~。
見に行く時間もありませんでしたが…。

この海が西に面していたら夕陽が見えるのでもっといたのでしょうが、東に面していますから、きっと朝日はきれいなんでしょうね…。

職場にはちょっと遠くなるのですが、この環境ならアリだったかも…とちょっと複雑な思いで海をあとにしたのでした。




民主党の党首選に関してはたくさん言いたいことがたまってきているのですが、ちょっとだけ…。

まず、一国の首相を決定するスケジュールが党の党首の任期に左右されるという点がまず、おかしい。

管さんの実力がどうのこうのいう以前に、まだ何もしていない(できていない)ほんの少しの間しか務めていないわけで、もうなんだか、理由にならない虚無感を感じてしまうわけです。

首相を選ぶ人は限られた党員だけで、演説を無理やりニュースなどで聞かされるほとんどの人は投票権もない蚊帳の外の人。
国民なのにね…。

明らかに政治の仕組みが現実に則していないのにそこは何にも議論されない…。

それは自民党時代からも同じで、一国の首相を料亭での密会で決めたりと、もう、めちゃくちゃな決め方なのに、そこは議論されない…。

議会制民主主義の悪い点が思い切り露出しているようで面白くないですね~。

そして、検察に捜査されている人が立候補することも考えられないし、それを「小さなこと」とする支持者が国会議員にも民主党員にもたくさんいて、結局どっちの船に乗ったら自分に得かしか考えていない、私利私欲利権だけに興味のある連中が選ぶ首相に何を期待すればいいのか…。

う〇ちの味がするカレーと、カレーの味がするう〇ちのどちらを選ぶかに近いような究極の選択を迫られてるような…。

失礼…

だからね、やめとこうと…




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 20:33 | コメント(10)| トラックバック(0)

キーホルダー



今まで使っていたキーホルダーです。
なんだかんだ、どれも意味のあるものなのですが、こちらに来てからはほとんどどれも使う必要がなくなり、必要なカギだけを取り出すと…



こんなになっちゃいました。



部屋のカードキーとワゴンRのカギ、
これだけしか必要ありません…。

キーホルダーがないので、とりあえず、針金で結んで使ってます。

これで必要充分なわけで…

ある意味、いろいろなものから開放されているともいえるのでしょうか…


民主党の党首選に関して言いたいことがたまってきてますが、がまん、ガマン…



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 20:03 | コメント(6)| トラックバック(0)

みちのく二人旅



引越し作業が思いのほか簡単に終わってしまったので、翌日は二人でミニみちのく観光に出かけました。

まずは伊達政宗の霊廟、瑞鳳殿へ。

朝から暑い日ざしが照りつけていましたが、つくつく法師が秋を宣言するように鳴いている中、急坂を登り、石段を数十段登った先に瑞鳳殿はあるのですが、周りは樹齢の長い杉の木ばかり。

春は近づかないことを誓ったのでした。


残念ながら、戦争で消失してしまった建物は再建されたものなのですが、そのため創建当時の鮮やかな色彩を見ることができます。

これは涅槃門。
屋根からオーラがほとばしるような写真になりました。


ある意味、日本的な情緒からはちょっと遠いのですが、伊達政宗の派手好みを象徴しています。

門でこれですから…

本宅(?)になると、この派手さです。


2代目、3代目の霊廟も別棟であり、そちらも十分派手なのですが、政宗のものよりはだいぶ地味に感じます。

小学生が社会科見学でたくさん来ていて、落ち着いた雰囲気で見ることができず、ちょっと残念。
でも、勉強も大事ですからね。

それよりも残念だったのが、ふもとの瑞鳳寺に付属している幼稚園。
なんだか大きなボリュームで音楽をかけて、園児に話しかけているのですが、うるさ過ぎ!

それが瑞鳳殿まで聞こえてくるのですから…。

あれは似つかわしくありません。
あんなに大きな音は必要ないかと思うわけです。




その後、仙台を後にして石巻からコバルトラインという道を走って牡鹿半島へ。
途中石ノ森漫画館も遠くに見えました。

コバルトラインなんていうからには、海沿いの景色のいいところを走れるのかと思っていたら…。

カーブばかりの単なる山道。
1箇所だけあったまともなビューポイントが上の写真です。

写真の向きは半島の付け根に向かっているのですが、この左側に金華山という有名な島が見えました。

ここ以外は止まって見るような景色も、場所もなく海岸線に下りたのでした。

この日の折り返し点はその金華山に向かう船が出る港町。

海を見ながら走っていると、なんだか西伊豆の海岸線を走っているような錯覚をしてしまいます。

ここだけに限らず、静かな入り江や少し起伏があるような海岸線の道はどこも西伊豆に似ていると思うわけで、つまりは、西伊豆に似ているというより、どこも似た雰囲気があるのでしょう。


少し前まで海水浴客でにぎわっていたであろう砂浜はカモメたちが「やれやれ、やっと静かになった…」とでもいうように、のんびりと休んでいました。

気温や水温的にはまだまだ十分に泳げるのでしょうが、見事に「だれもいない海」でした。

ここでトワ・エ・モアの歌声が聞こえてきた方は、おじさん、おばさんの合格証を差し上げます!



走る車も少ない海岸線の道を進むとほどなく鮎川港という港町に着きました。

まずは腹ごしらえのため、レストランへ直行。

これは私が注文した三品定食。

三品のうち、二品は鯨肉でした。
鮎川港は昔は捕鯨船の基地としても栄えたそうで、今でも鯨の肉が港にあるいくつものお店で売られています。


こちらはカミさんが注文した海鮮丼。

海辺に来たのですから、魚介類を食べないとね!

レストランには他に、金華山に行ってきたであろう、団体客もいました。
金華山には3年続けて通うとお金持ちになるという言い伝えがあるそうですが、あの団体客はきっと2回以下なのでしょう…(失礼!)。

4回めはきっとベンツやフェラーリで観光ですね!


港の脇には捕鯨船が展示され、

その脇には捕鯨関連の展示館がありましたが、有料のため、パス。
まあ、どんな展示内容か、ある程度想像できましたので…。
和歌山の太地にあるくじら博物館にも行った事ありますし…ということで。


牡鹿半島の付け根当たりですが、もう1箇所寄ったところが結構面白かったです。

宮城県慶長使節船ミュージアムというところ。


古い形の帆船が展示されています。
この帆船の名前は、サン・ファン・バウティスタ号といいます。

ご存知ですか?

サン・ファン・バウティスタ号は伊達政宗が建造させた船で、1613年に日本人の使節180人を乗せてこの地のすぐ近くから出帆し、メキシコに渡り、使節団はさらに大西洋を渡ってローマまで行って帰ってきています。



ここではその船を復元して展示しているのですが、なるべく当時のままの材料や建造方法で作られているのがすごいです。

形だけ復元しているのではないのです。

当時、スペイン人の指揮で作られているので、形は西洋の帆船ですが、船首には龍、両脇に獅子頭が飾られていて、そこだけ日本してました。



航海そのものも、ローマについてからも相当にいろいろな苦労があったようで、それを実物大模型、スケール模型、映画、体験ミュージアムなどでいろいろな角度で紹介していてなかなか見ごたえがありました。

建物も、展示物も実にお金がかかっているミュージアムで、いったいどこが作ったの?と、パンフレットを見たら、公益財団法人でした。

かなり寄付も集めたようですが、総工費はものすごい金額だったろうと余計な想像をしてしまいました。


このミュージアムの敷地で、10月17日にクラシックカーミーティングがあるようです。

できれば行ってみたいのですが、どうも仕事のようです…。

そんなわけで、しばしのみちのく観光をした後、カミさんは仙台を後にし、私の一人暮らしがついに始まったのでした!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 21:48 | コメント(6)| トラックバック(0)

川のそば



5時間で仙台に到着、軽自動車1杯分の荷物はあっという間に片付きました。

ひと段落して近所の散策に…。

上の写真はすぐ近くを流れる広瀬川の土手です。

自転車に乗って走ると快適かな…と思える道があります。
でも、自転車は持って来れなかったので10月のカルマン100台ミーティングが終わった帰りに持って来ようかな…と思います。

しかし、考えてみると私は生まれてからずっと川のそばに住んでいることがほんとうに多いです。

小倉に住んでいるときは2箇所とも紫川のすぐ横でした。
今の実家も紫川の川沿いです。

東京に出てきてからは多摩川。
そして江戸川、今は新川。
今度は広瀬川のすぐ近くなんです。

狙っているわけではないのですけどね…。

やっぱり、名前も関係している??



昨日のブログではみちのく一人旅なんて書いてしまいましたが、実は今、カミさんが一緒に来ています。

どんなところに住むのか見たかったのもあると思いますが、観光も兼ねて?

でも、いろいろと準備や片付けをしてくれて助かりました。



夜は駅前のお店に繰り出し、お疲れさん会。

おしゃれなお通しに始まり、


何人もの方が「おいしいよ!」と教えてくれた牡蠣や、


野菜の焼き物や、


てんぷら茶漬けなどを食べたのでした。


函館から思わぬ方とご一緒のデブ早さんから電話がありました。

ラリー、楽しんでくださいね!!

帰りに仙台に寄ることができるということだったのですが、部屋に帰ってスケジュールを確認すると…
う~ん、どうしても抜けられそうもない仕事が入っていて…

残念です…。



カルマン100台ミーティングは2台のエントリーがありました!

カツヤマさん
八田さん

ありがとうございます!!

事前エントリーは79台になりました!

そのうち約50台がポスター製作に参加してくださいました!
出来上がりが楽しみですね!!




ミーティングの事前受け付けは9月15日までです。
まだ、大丈夫ですよ!!

ぜひ、前夜祭からご参加ください。
トレーラーハウスは5人用が1台のみ空きがありますが、ホテルのほうはまだ大丈夫です!


公式ホームページはこちら
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ネット環境にない方はFAXでも申し込みができます。
近くにそういうカルマンオーナーの方がいらっしゃいましたら、お知らせください。
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みちのく一人旅



積み込みが完了しました。
明日からみちのくの旅に出ます。

といっても、なんだか、夜逃げのようだなあ…

思えば、19の春、サニーセダンに布団とわずかな衣服を載せて小倉から東京に出てきたのでした。

それから30年ちょっと…。
同じようなことをすることになるとは…

想像もしませんでしたね。

まあ、みちのくからのブログをお楽しみに!!




地元ともしばしのお別れの夜、少し前まで同じ職場で働いていた元同僚が始めたつけ麺屋さんに行ってきました。


今、流行のこってり系のつけ麺。
なかなかおいしかったですよ!

このスープを完全なるオリジナルで創ったということで、たいしたものだなあ…と感心しました。

奥さんと二人三脚で元気そうに働いている姿はなかなかいいものでした。


そんなわけで、しばらくみちのく一人旅に行ってきますね!!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 05:21 | コメント(16)| トラックバック(0)
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