水上生活

昨日はたくさんの暖かいコメント、ありがとうございました!
カミさんもこのブログは読んでいますので喜んでいました!
昨日は黄砂と雨が両方降ったようで、仕事帰りに車に乗ろうとすると、ギトギトに汚れていました。(もともと、パジェロはたまにしか洗いませんが…)
花粉症と共に、厭な季節ですね~。
もっと、こう、スッキリ爽やかにならないものですかね!
そういうわけで今日は敢えて、土や砂やスギ花粉とは無縁なリゾートの話をすることにします。
タヒチやモルジブなどの高級リゾートにはよく水上コテージなるものがあります。
ハネムーナーに人気のようですね!
私も何度か泊まった事はありますが、ロマンチックな雰囲気で泊まった事は一度もないかな?
大抵一人か男の人と同室でした。
写真のマブールというリゾートはリゾートの一部が水上というのではなく、リゾートそのものがすべて水上の施設になっています。
客室だけでなく、レセプションも、レストランもバーもダイビング施設もすべて水の上。
ヘリかボートで訪れるリゾート客は砂粒ひとつつかない生活をします。
場所はオラウータンで有名なボルネオ島のマレーシア側、といってもほとんどインドネシアとの国境です。
この近くの海域は長い間インドネシアとマレーシアにフィリピンも加わって領海問題でもめているところのようです。
ここまで来るのはなかなか大変です。
まずはバリまで飛び、バリで一泊、翌日バリからコタキナバルというところまで再び国際線に乗ります。(最近はコタキナバルへの直通便もあるようですが)
コタキナバルからタワウというところまで国内線で飛びます。
この国内線はボルネオ島をほぼ西から東に横断するのですが、ず~~~っとジャングルが続きます。
タワウの空港からセンポルナという港まで車で1時間半くらい揺られて着きます。
そこからさらにボートで1時間以上走ってようやく到着します。
移動するだけで行きと帰りで4日間必要になるのです。
お金のある方はタワウからヘリコプターで一気にマブールまで飛ぶこともできます。
それでも往復4日の行程に変わりはありませんが…。

ここはラウンジです。
もちろん、海の上です。

こんなこと書いていますが実は、私はマブールには泊まったことがありません。
このページの写真はダイビングのついでのときや経由したときに撮った写真なのです。
いつも、ここからさらにボートで走っていくシパダンという島には数回訪れています。
リゾートとしてはシパダンよりもマブールのほうがずっと快適なようなのですが、周りの海が面白くないのです。
小物ばかりで…。
そういう海を好む方もいますが、私も私のお客さんもそれよりももっとダイナミックな景観や魚を好む志向だったため、いつもシパダンに行ってました。
このシパダンというところは大変面白いところで、そこについてはまたの機会にじっくり書こうと思います。
環境保護のため、今ではシパダンには滞在することができなくなっているようですね。
結局私の海の話は「昔はこうだった…」という話になってしまいます。
タヒチやモルジブの話もいつかしたいと思っているのですが、なんせ写真の取り込みが進んでいません…。
3月4日はなんの日?
・ミシンの日…語呂合わせですね!
イギリスのトーマス・セイントが世界で初めてミシンの特許を取得したのは1790(寛政2)年だそうです。
・サッシの日…これも語呂あわせ
・三線の日…さんしん(沖縄の三味線)の日、これも語呂合わせです。
○○の日…なんて、結局語呂合わせやこじ付けで作っているのがほとんどなんでしょうね~。
ま、それはそれでいいか…。
環境保護団体のテロ行為は許せんゾ!!!
もっと、他にやることあるでしょが!!
ピンクヮイ(氷塊)

台北から国内線で台東まで乗り継ぎ、そこからさらにローカルなラインで緑島まで行ってダイビングをしたですが、台湾では予想以上に英語が通じなくて困りました。
台東の空港内で、自分たちの荷物がスルーで緑島まで行くかどうかを確認したくて、バゲージクレイムのカウンターに行き、「誰か英語話せる?」とヘタクソな英語で聞くと、そこにいた2~3人の職員は顔を見合わせ、誰かを呼びに行きました。
結局、出てきた係りの人も英語はほとんどできない人だったのですが…。
「バゲージbaggagr」とか「ラゲージluggage」などという、飛行機関係では基礎的な英語も通じないのです。
尤も、私の発音が悪かっただけなのかもしれません。
う~ん、困りました。
でも、こういうときに助かるのが、お互い漢字民族だということです。
紙とペンで筆談が始まりました。
で、ラゲージをどう漢字で表現するか…。
「荷物」「鞄」で通じなかったのです…。
こうなるともう、文字でもダメで、絵です。
スーツケースを絵に描いて、ようやく「ああ…!!」と係りの人はわかったようで、(もっと早くわかれよ!)書いた漢字がなんだったと思います??
「行李」だったのです。
Luggage=行李なんですね~。
ちなみに、酒店=ホテル
大飯店=大きなホテル
になったと思います。
○○耬という名前がついてるとレストランのようです。
まあ、そんなこんなで無事に緑島には着いたのですが、私たちにとってこれだけは押さえておかなければいけない言葉、これは台北にいる時に現地のガイドさんに習って完璧に覚えてました。
「ビール=卑酒(ピーチュ)」
よしよし、この言葉さえ通じれば生きていける!!
と、安心しきっていました。
幸い、ピーチュは見事に通じました。
ただ、現地の人は平気で常温のビールを勧めてくるのには困りました。
帰る頃には常温のバドワイザーの味にも慣れましたが…。
ところが、ウイスキー用の氷を手に入れるのが大変でした。
雑貨屋さんでは「アイス」という英語さえ通じないのです。
その日はとうとう氷は手に入りませんでした。
アイスという英語も通じないことにビックリ、ガッカリしましたが、翌日、現地のダイビングガイドにアイスはなんというのか聞くと、「氷塊(ピンクヮイ)」だと教えてくれました。
よ~し、これで氷にありつけるぞ!と意気揚々と雑貨屋さんに行き、「ピンクヮイ、ピンクヮイ」と壊れたレコードみたいに繰り返すと、これが通じました!
「着いて来い」という店員さんに連れられて店の奥のほうに行くと、業務用の冷凍庫があります。
「やった~!!」これこれ、と思っていると、
出てきたのはなんと、
アイスキャンデー…
そうか、これもピンクヮイか~…
もう、ここからはパントマイム大会です。
最後はこれしかありません。
最終的になんとか通じ、冷凍庫の底の方から何回溶けたり凍ったりを繰り返したのだろう…というようなひとかたまりになった元ロックアイスがめでたく出てきたのです。
よかった、よかったという一席でした。
しかし、その雑貨屋さんで買った紙パックのウーロン茶に砂糖が入っているのには参りました。
現地の人も絶対に生水は飲みません。
誰でもがペットボトルに入ったビニール臭いミネラルウォーターを飲んでいました。
ですから、海岸などで一番目につくゴミはカラのペットボトルでした。
もうひとつ、ここだけで経験したこと。
普通ボートダイビングの場合は港から船に乗ってダイビングポイントに向かいます。
こんなの、あたりまえです。
ところが、台湾全域で港がかなり厳しく管理されているようで、私たちよそ者ダイバーは簡単に港から船に乗って出港できないそうなんです。
で、どうしたかというと、最初に港に行ってタンクなどのダイビング機材を船に積み込みます。
マスクやフィンなどは積み込みません。
その後、車で海岸に移動し、そこから海に入り、沖合いで船と合流して乗り込むのです。
あほくさ!
ダイビング終了後はまた、私たちは沖合いで船を下りて海岸まで泳ぎ、港に車で向かう必要がありました。
これは、外国人だけでなく、台湾人のダイバーも同じことをするそうです。
今も同じかどうかはわかりませんが、台湾は今でも半戦争状態なんですね。
台北の映画館など、大人料金、小人料金の他に、軍人料金という料金設定がありました。
軍人が一番安かったと思います。
近い割りに、外国に行ったぞ~、言葉通じないぞ~という海外旅行気分を満喫できた?緑島の旅行でした。
ところで、海の中は??
…ぜんぜん覚えていません。
というより、わざわざ行く価値なしでした。
「西表島よりも、南の島ですから…」といいう旅行社の甘い誘惑にだまされました…。
でも、台湾料理はどこに行っても美味しかったです。
宿で出してくれた朝のお粥が最高だったかも…。
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「カルマンギア100台きららミーティング」

2008年10月18日(土)~19日(日)
※18日は前夜祭のみ
公式HP:http://www.karmannghia100cars.com/
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カジキの突きん棒漁

昨日はリザードアイランドのトローリングの話しでしたが、リザードで釣るカジキの種類ははシロカジキといいます。
英語名はBlack marlinとなります。
シロカジキがブラックマーリン…??
そうなんですね~。
で、和名でクロカジキといういカジキもいてその英語名はBlue marlinなんです。
ややこしいですね~。
日本に多いマカジキはStriped marlin、メカジキはSword fish。
有名なバショウカジキはSail fishといいます。
ソード・フィッシュというジョン・トラボルタ主演の映画がありましたね。
あれ、結構面白かったです。
それぞれのカジキがどんな形をしているかはこの図をご覧ください
クリックすると大きくなります。
和名と英語名が混乱している魚の名前って他にもあるのですが、例えば、シイラという魚、最近沖縄で取れすぎて困っているようですが、ハワイではマヒマヒといって高級魚として料理に出ます。
このシイラは英語ではDolphin、そうイルカと同じなんですね。
英語のメニューで魚料理にDolphinと書いてあるのを見てイルカ料理だと思う日本人がいるそうです。
「なんだ、欧米でも食べるんだ~、でもイルカって魚?」なんて。
ヘミングウェイの「老人と海」で彼がこのシイラを釣る場面があるのですが、イルカと訳されている本があるようです。
シイラは釣り上げられると七色に輝いてとてもきれいで、老人と海でもそんな記述があるのです。
イルカが七色に輝くか~??って、不思議に思いながら読んだ人もいらっしゃるのではないでしょうか?(でも、これは初期の訳本に限ったもののようですね)
あれは、明らかに誤訳だったわけですが…。
英語のメニューにDoiphinが出てきても驚かないでくださいね!
話しがちょっと、それてしまいました。
このカジキの日本の伝統漁法に「突きん棒漁」というのがあります。
日本中のいろいろなところに残っているようですが、私が見聞きしたのは伊豆諸島の三宅島の突きん棒漁です。
どんな漁法なのかというと、漁師が船の先端に立って長いモリでカジキを一突きにして仕留めるという実に男っぽい漁法なのです。

写真が鮮明でないので、この図をご覧ください。

最近の日本の漁船はもともと、磯渡しをしたり乗り降りしやすいように船のへさきが長く伸びた形のものが多いのですが、突きん棒漁をするときにはへさきにさらに長いへさきのユニットを乗せて突き出します。
その先端部分には半円形の足を引っ掛けるフットストラップというか、便所ゲタの鼻緒というか、そういうのがついています。
銛を突く漁師は船の先端に仁王立ちに立って銛を構えるのです。
超、カッコいいです!
船を操船する漁師さんもすごいです。
カジキを追いかけるため、見えやすいように先端部分のやぐらの上にある操縦席で船を操船します。
そこに立ってみるとハンパじゃなく高く感じ、なんせ揺れます。
ほとんどいつも海の上にいるような感じです。
揺れる幅もハンパじゃありません。
操船する漁師さんも、銛を突く漁師さんもどちらも「これぞ、海の男!」と男も惚れます。
どこからともなく「兄弟船」が聞こえてきます。
で、私が一番疑問だったこと。
「そんなに都合よく、カジキが水面にいるの?」ということなのですが、漁師さんに聞いてみたところ。
「カジキが疲れて水面でボ~とするまで追い掛け回すんだ」ということでした。
ホントかどうかわかりませんよ!
漁師さんはすぐに素人をからかいますから…。
私にはそう教えてくれました。
しかし、実際三宅島の船はものすごく速いです。
カジキ漁のためだけということではなく、出港時間が決められている漁もたくさんあって、朝はヨーイドンで漁に向かうのです。
人よりも少しでも早くいい場所を確保しようと思うと船が速くないとむりです。
そこでエンジンの馬力競争なのです。
う~ん、どこかの世界に似ている…。
「オレの船はこんど何馬力積んだ」と自慢合戦です。
実際、一人か二人で漁に行くような船(ダイバーなら8人くらい乗れますが)に500馬力とか700馬力とか積んでます。
そりゃあ、速いです。
デッキにあぐらかいて座っているときにフル加速されると、後ろにゴロンゴロン転がってしまいます。
まあ、よほどのイタズラ好きな漁師さんでない限り、フル加速はしません。船に慣れた人だけが乗っているときの本気の加速はほんと、すごいです。
全速で走っているときはへさきでかき上げる波しぶきで船の姿は何も見えなくなるくらいです。
遠くから見ると、水しぶきだけが走っているようです。
と、そんな船でカジキを探して追い回すわけです。

(1337ポンド、606kgのクロカジキ ほとんどクジラ並み?)
見事、仕留めるとまず、あの尖った角というか鼻というか上あごを切ってました。
「暴れると危ないかんな!」ということで。
1匹で中古の軽自動車なら買えるくらいの値段で売れていたようです。
噴火のあと、一度も三宅島には行っていませんが、まだ突きん棒漁はしているのでしょうか?
港で車座になって一緒に酒、飲みたいなあ…。
リザードアイランド(その2)

昨日の雪は午前中だけで午後にはみぞれになり、せっかくうっすら積もった雪も溶けてしまいました。
雪が好きというよりも、降っている様子、積もった雪景色が好きなんでしょうね。
その後のベチャベチャ状態やカチカチ状態は困りものです。
寒い日が続いていますので、久しぶりに暖かいところの話題を。
リザードアイランドの続きの話です。
リザードアイランドはオーストラリアのグレートバリアリーフの中でも北のほうに位置していて、この近辺の海は9月下旬から12月上旬にかけて世界に数箇所しかないブラックマーリン(シロカジキ)の産卵場所なのだそうです。
その巨大なカジキを狙って世界中から釣り師のチームがたくさん集まって毎年トーナメントが開かれます。
私が行った時は年末年始でしたので、そのお祭り騒ぎが終わってようやく落ち着いたところでした。
私は釣りはほとんどしないのですが、このカジキ釣りのトローリングには男の狩猟本能をかき立てられる気持ちがわかる気がします。
この大会でどのくらい大きなカジキが釣られるのかというと、驚くことに計量をする最低の重さが450kgだというのです。
450kg以上の魚を誰とも交替したり手伝ってもらったりせず、ひとりで釣り上げないと大物賞記録として認めてもらえません。
それより小さいものは印をつけてリリースされるようです。
上の写真はリザードで釣り上げられたカジキで剥製にされたものです。
パーティー会場になるようなホールの天井近くに展示してあります。
500kg以上ありますから、ハンパな大きさではありません。
通常は食べずに捨ててしまうそうです。
どうせ食べきれないので、その日のうちに食物連鎖の及ぶ海域に投棄することになっているそうです。
う~ん、ちょっと複雑です…。

こういうトローリングの専用船をチャーターして7日間戦います。
50チームくらい出場し、トータルで100匹以上のカジキが釣り上げられるようです。
大半はリリースされるようですが。
1日のボートのチャーター料は20万円くらいしますから、お金も体力も必要です。

ビーチには計量用のやぐらが常設されています。

ボートが走るとカモメ(ウミネコ?)がずっと後を着いて来ます。
何かいいことがあるのでしょう…。
ま、そんな大掛かりな釣りは普通の人には縁遠いのですが、
島を訪れた普通のリゾート客はこんなボートで遊びます。

こんな、5馬力程度の船外機がついたボートが20艇ほど置いてあります。
ボートのそばには黒板が置いてあって、ナンバーが書かれています。
ボートを使いたかったら、その黒板に部屋の番号と名前を書くだけでいいのです。
(リゾート内はダイビングやトローリングなどの特殊な遊びを除き、すべて無料というか、リゾートの滞在費に含まれています。)
ランチも頼んでおくと、指定した時間にパックランチを用意しておいてくれます。
朝、それぞれボートに乗って、三々五々と好きなビーチに行きます。
一日のんびりビーチで過ごして夕方戻ってきます。
どこに行ってもプライベートビーチで、基本的に一つのビーチに一組だそうです。
どこのビーチに行くかも、黒板に書いておくようです。
リザードアイランドのリゾート客はそんな感じで1日を別の場所での~んびり過ごしますから、昼間のリゾート内は静まり返っています。
私たちも通常はまる一日ダイビングに出かけていましたから、そんなリゾートの様子を知ったのは最終日、帰る日の夕方までずっとリゾート内に滞在していた時でした。
昼間は水着にTシャツ程度で過ごすリゾート客ですが、夕食となると男性は上着を着、女性はドレスを着てレストランに集まります。
食事もビュッフェスタイルなんかではなく、コース料理を運んでくれます。

働いているスタッフの多くはヨーロッパからのワーキングホリデーの若者でした。
英語が達者でないと接客とは離れたガーデニングのような仕事をしていますが、みな明るく陽気で、私なんかよりはるかに英語は達者でした。
ワーキングホリデーでさまざまな国を渡り歩き、気に入った国に住むつもりだなんて話すスタッフもいました。
日本から持っていった「餅」や「海苔」がどういう食べ物なのか、説明するのに苦労しました。
ダイビングの話などはまた別の機会にしますね!
海辺に住みたい

昨日は成人の日でしたね。
ご本人、ご家族、お知り合いが成人式だった方にお祝い申し上げます。
30年前に自分の成人の日を迎えた私ですが成人式には出ませんでした。
出なかったというより、東京に住民票を移していなかったので、当然案内は届かず、同じ状況の同郷の友人と二人で何とはなしに過ごしていたように記憶してます。
二人とも貧乏学生で、飲みに行く金も持っていなかったように思います。
まだまだ外は寒いですが、少しでも気持ちを暖かくと、成人の日の朝は先日買ったハワイアンのCDをかけました。
コレをかけると、気分だけはハワイです。
ケアリイ・レイシェルという人のCDなのですが、お正月休みに行ったHANAというお店でかかっていて、「これ、いいねえ…」と欲しくなったのですが、お店では品切れ中でアマゾンで購入しました。
さすがに平日にハワイアンをかけてもピンときませんから、週末専用CDですね!
ケアリイ・レイシェルというアーチストは初めて知ったのですが、なかなかすごい人のようです。
ビクターによると、
「彼のミュージシャンとしての成功は、ハワイ語とハワイの文化を学んできたことに起因している。
ハワイ、マウイ島出身、在住。
17歳からチャント(詠唱)を独学で学び始め、19才で自身のフラ団体(halau)を結成、その後、文化、芸術における州基金からの援助を得て正式にチャントを学んだ。
同時に文化のバック・ボーンにある言語に目を向け、その間にハワイ大学でハワイ語を勉強し、ハワイ語復活のプログラムであるPuana Leo のマウイ校の設立に関ってきた。
また、ベイリー博物館のハワイ文化に関するディレクターやマウイ・コミニティー・カレッジでハワイ文化について教えるなど、主に文化的側面で公に活躍してきた。
1994年、ハワイの歴史的なグループであるマカハ・サンズのメンバーの紹介により、プロデュサーのジム・リンクナーと出会い、それからミュージック・シーンでのキャリアがスタートするや否や、ハワイの音楽的歴史を塗り変える記録を続々と誕生させていく。
1995年、彼のデビュー作『Kawaipunahele』が当時セールス・チャートのトップにいたマドンナを抜いてNO.1を獲得、彼の次の作品がリリースするまで首位をキープし、アルバムから4曲のヒットを出すという前例のないヒットとなり、ハワイの音楽史上過去最高のセールス記録を樹立。
その年のハワイ版のグラミー賞にあたるナ・ホク・アワードでアルバム・オブ・ザ・イヤー他、収容5部門を受賞し、またホノルル・アドヴァタイザー紙がその年最も活躍した人におくるスター・オブ・ジ・イヤーに輝く。
音楽を始めて僅か3ヶ月半でワイキキ・シェル・シアターに6,000人の観衆を集めるという、異例のスピードで一躍スターダムに駆け上がった。」
ということです。
そんな、すごい人だとは知りませんでした。
ハワイには三度行っているのですが、住めるものなら本気で住みたいと思えるすばらしいところです。
知り合いがクリーンカードの抽選に当たって、渡り住んでいますがうらやましい限りです。
せめてもと、ハワイの素敵な家や内装を集めた写真集を買って時々眺めています。

中は、ため息が出るような家や部屋ばかりです。
部屋から海が見えるところに住むのが夢です。
塩害?
愛車が錆びやすい?
ぜんぜんOKです!
錆びるほどに渋くなりそうな車を選びます。
ま、でも塩害の少ない高台なら尚理想ですが…。

もう1冊、これは「Beach Weekend Homes」という本です。

こちらはハワイだけではありませんが、地中海やアメリカなどのビーチに面して建てられた家やその内装を紹介しています。

高級家具を使ったり、華美な装飾はまったく必要ありません。

そこに吹く風が、太陽が、星空が、さらに荒れ狂う海まで幸せを満たしてくれそうです。
おもちゃ博物館で有名な北原氏の家はご存知ですか?
横須賀にあるのですが、それはそれは、理想的な住まいです。
昭和初期に竹田宮家の別荘として建てられた家なのですが、きちんと手入れされていた家は海のそばであっても築70年以上経ってもなんてことなさそうです。
左の写真の向って左端はボートハウスなんです。
なんと自分の家から直接海に出ることが出来るのです。
氏は船は所有せず、ここから直接スノーケリングやカヌーで出て遊んだりしているようです。
建築基準法の関係で日本に唯一だそうです。
プールもあるし、言うことなしです。
石原裕次郎が泊まった事もあるという部屋もそのまま残っています。
大成功すると、日本でもこんな素敵なところに住めるといういい見本です。
いつかは…と思い続けます。
思っているだけじゃ、ダメですけどね!
ま、夢見るだけならタダということで…。
リゾートの1日(エルニド)

フィリピンのパラワン島の北西部にあるエルニドリゾートの夜明けです。
熱帯地方なのに爽やかな空気がそおっと溜まっていて、ゆっくりと時間が過ぎていきます。
鳥の声に混じってリゾート内を掃除するスタッフの控えめなほうきの音が聞こえてきます。
太陽が出てくる直前のその瞬間が一番好きです。

ブーゲンビリアが咲く桟橋の先は豊かな珊瑚礁の海です。



海辺のリゾートは世間の事件や日本に置いてきた仕事のことなどとはまったく無縁に、太陽と地球の大きな動きにのみ左右されて1日が過ぎていきます。
テレビ、ラジオ、新聞、電話etc、一切の文明とのつながりを断ち切られると1日をこんなにも充実した時間として過ごせることに気づかされます。

日没は一日の終わり。
寝る時間まで、その日のことをじっくり振り返ることだけに使うことができます。
文明は何もいりません。
この程度の明かりとスコッチさえあれば…

あれ~? スコッチって、文明?
日本のプロ野球がメジャーリーグの二軍化してきているようです。
こんなのでいいのでしょうか…。
選手に行くな…とはいえませんが、なにか方策を考えるべきでは?
今日は朝から冷たい雨が降っています。
ぽんこさんちの方は雪のようですね。
オーロラ(その2)

今日もカナダのイエローナイフに行ったときの未公開写真です。
オーロラって、英語かと思っていたら、違うのですね。
カナダで、「日本からオーロラを見に来た」と言っても向こうの人には通じませんでした。
きっと発音が悪くて通じないのだろうと思っていたのですが、オーロラが英語じゃないことは帰ってきてからわかったのでした。
英語では"Northern lights"というのですね。

イエローナイフは1800年代のゴールドラッシュでたくさんの人が来て町が形作られたそうです。
ゴールドラッシュというと、チャップリンの「黄金狂時代」を思い出します。

映画の中でチャーリーと大男が過ごした小屋のような趣です。
上の写真もそうですが、昔からの街のオールドタウンでは建物の壁やドアの上に目に付くものを飾っている家がたくさんありました。

この道はアイスロードと呼ばれる湖の上の道路です。
冬は氷が1m以上の厚みになるため、象がのっても、トラックが走っても大丈夫です。
現地の車はこの氷の上をノーマルタイヤで走ってます。
寒くて氷はぜんぜん溶けないので滑らないようです。
穴掘ってワカサギ釣りなんて絶対無理ですね!

イエローナイフの空港から見た朝焼け。
たぶん朝の10時ごろです。
この写真は昨日の日本の写真です。
千葉県の稲毛というところに行っていたのですが、ガソリンがこの価格でした。

これは入れて帰るしかないですね!
でも、この価格が破格に安く感じること自体、どうかしてますね。
その理由が先物買いの投機というのですから、呆れます。
そんな中、暫定税率を10年維持しようという自民党の隔絶した考え方はもう呆れ果てます。
暫定税率を発案したのも、重量税を作ったのも田中角栄氏だそうですね。
道路作ってもガソリン代高くて走れなければ意味ないです。
飛べない飛行機(イエローナイフ)

飛べない自動車のことを書いたら飛べない飛行機のことを思い出しました。
上の写真はカナダ、イエローナイフのグレートスレーブ湖に浮かぶ?水上機です。
冬の間は飛べそうにありません。
晴れていますが、気温はー30℃くらいです。

オーロラを見に行ったときのことは以前書きましたが、今回はその未公開写真です。
普通の民家の入り口に粋なオブジェが…。

五大湖の一つ、エリー湖からの眺め。
よく、氷の上に座り込んで一休みできるものです。
対岸はアメリカです。

凍りついたナイアガラフォール。

これは出始めのオーロラ。
待機小屋から出たらすぐに見えました。
冬の時期、明るい時間は11時~4時くらいの間だけです。
夜更けまでオーロラを見て朝がたホテルに帰っても、しっかり寝られます。
日の出が11時ですから…。

ホテルの窓から見たイエローナイフの市内。
割と近代的な町です。
ごっちゃに書いていますが、イエローナイフとナイアガラは数千キロ離れています。
こちらはグレートスレーブ湖の湖畔にある、オールドタウンと呼ばれるイエローナイフの古い町です。


半端じゃなく寒いですが、それほど雪深いわけでもありません。
まったく音のない世界でした。
このページの写真で音があるのはナイアガラの写真だけです。
その他はすべて無音の世界でした。

こちらは日本の都会とカルマン。
冬といっても日本の関東は暖かいものです。
寒いけど…

今日はジョン・レノンの命日です。
27年目になります。
生きていれば67歳。
どんな曲を書いていたでしょう…。
Imagine
Imagine there's no heaven
想像してごらん 天国のないことを
it's easy if you try
もし君がトライすれば簡単だよ
no hell below us
僕たちの下には地獄なんてないよ
above us only sky
僕たちの上には空だけがあるんだ
imagine all the people
想像してごらんよ みんな
living for today
今日のために生きることを
Imagine there's no countries
想像してごらん 国々がないことを
it isn't hard to do
そうすることは大変だけど
nothing to kill or die for
殺人や死をなくすために
and no religion too
そして宗教もね
imagine all the people
想像してごらんよ みんな
living life in peace
平和な生活を生きることを
You may say I'm a dreamer
君は僕を夢想家というだろう
but I'm not the only one
だけど僕は一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us
いつか君も僕達に加わることを望んでるんだ
and the world will be as one
そうすれば世界はひとつになるんだ
Imagine no possessions
想像してごらん 所有のない世界を
I wonder if you can
もし君ができるなら嬉しいよ
no need for greed or hunger
欲や飢えはいらないんだ
a brotherhood of man
人類の兄弟達にたいしては
imagine all the people
想像してごらんよ みんな
sharing all the world
世界をわけあうことを
You may say I'm a dreamer
君は僕を夢想家というだろう
but I'm not the only one
だけど僕は一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us
いつか君も僕達に加わることを望んでるんだ
and the world will be as one
そうすれば世界はひとつになるんだ
オセアニック・グレイス(その1)

ダイビングの楽しみ方のひとつにダイブクルーズというのがあります。
クルーズ船に乗って宿泊しながらダイビングし放題というわけです。
ホテルごとダイビングポイントの真上に行って潜り、寝てる間に次のポイントまで移動しているわけですから、効率がいいことこの上なしです。
船に酔いさえしなければこんなに極楽なダイビングはありません。
私は子どもの頃は船に弱く、親父に連れられてたまに船釣りに行くとたちまち酔っていたのですが、ダイビングの仕事でリーダー的な存在として船に乗るようになってからは小さな船でも大きな船でもまったく酔わなくなりました。
「自分が酔ったらシャレにならないだろ…」と自己暗示にかけているうちに酔わなくなったようです。
ダイブクルーズといっても、いろいろな船があります。
小さいものだと2~30フィーとのクルーザーから数百人のダイバーを一気にオペレーションできるカリブ海の大型船まで多種多様です。
船中で寝られないといけませんから、それなりの大きさです。
沖縄、フィリピン、タイ、インドネシアなどでダイブクルーズを経験しましたが、今日は上の写真のオセアニック・グレイスという豪華客船のダイブクルーズの話をします。
オセアニック・グレイスという船は今は日本郵船に吸収合併された昭和海運という船会社が持っていました。
船の運航は昭和海運でしたが客室や食事に関してはパレスホテルが担当していました。
パレスホテルといえば日本でも屈指の一流ホテルですからそれはもう、すばらしい接客でした。
オセアニック・グレイスはもちろん、もともとダイブクルーズ用に作られた船ではなく、普通のクルーズ船です。
約5000トンの排水量は5万トンもある飛鳥などの大型客船から比べるとクルーズ船にしては小さい方ですが、売りが、全室オーシャンビューの一等室というだけあって、決して広くはありませんがすべての部屋がホテル並みのバス・トイレ付きの豪華なツインルームでした。
ダイビングに出かけるときには普通はTシャツ、短パンくらいしか持って行かないのですが、この船では2度、船長主催のカクテルパーティーがあるというので、タキシードまで持参して行きました。
もちろん、貸衣装でしたが…。
パーティー以外のときでも夕食時にはそれなりの服装が必要で、ダイビングバッグ以外に大型のスーツケースまで持って行くことに。
その時のダイブクルーズは自社で企画したツアーでこの船を借り切って小笠原まで行ってダイビングをしようというものでした。
途中で、孀婦岩(そうふいわ)、ベヨネーズ(マヨネーズじゃありませんよ!)や鳥島などに寄り、普通では絶対にできない場所でのダイビングも楽しみ、豪華な船上生活も楽しもうという、今考えるととてもバブリーで冒険的な企画でした。
参加費は結構いい値段がしたにもかかわらず、集客には苦労しませんでした。
やっぱり、バブルだったんですね~。
孀婦岩 ベヨネーズ
(伊豆七島の最南端の八丈島から小笠原までは地図のように小さな島や岩が転々と続いています。)
当時のこの船の料金相場はどこに行くクルーズでもたしか1泊9万円でした。
参加者に聞いてみたら「交通費、一流ホテルの宿泊費、一流レストランでの食費込みで1泊2日9万円なら納得できる」という答えが返ってきました。
それでも、5泊もしたらいい値段になります。
客室のアメニティや食事はさすがにパレスホテルですばらしかったです。
3食の食事以外に、早起きの方用から夜食まで、いつでも食べるものに困ったことはありませんでした。
朝から、和洋中すべてのジャンルの食事が用意されていました。
メインの料理で魚か肉か選べるとき、当時食べ盛りの私は「両方!」というと、いやな顔ひとつせず、両方持ってきてくれました(笑)
ダイブクルーズに行くと必ず、酔って食事どころじゃなくなる方がたくさん出るのですが、この船では揺れを防止する装置が高性能だったのか、船酔いした人はまったくいませんでした。
ですから皆さん、食事にちゃんと出てきてましたね!
小笠原に行く定期便など、少し揺れると船酔いだらけになり、そういう時はレストランがとても空いていましたがこの船だけはそういうことがなかったです。
今は身売りして外国籍になり、クリッパーオデッセイという名前で南太平洋のほうを走っているようです。
そうそう、高○沙○さんという女優さんにフリーダイビングを教えて結婚のうわさまであったダイビングインストラクターのSさんは当時この船に乗ってダイバーのケアーをしていました。
夜はドラムたたいて歌ったりして、モテモテでしたね!
う~ん、ダイブクルーズの話を書こうと思ったのに、ダイビングの話まで行きませんでしたね。
写真もあるのですが、まだPCに取り込んでいません。
中途半端な内容ですみません…って、いつもか…。
いつか、その2を書きます。
リザードアイランド(その1)

今日はリザードアイランドというリゾートの紹介です。
リザードアイランドはオーストラリアの北東部、グレートバリアリーフの最北端あたりに位置します。
何度かご紹介しているヘロン島はカジュアルなリゾートですが、このリザードアイランドはオーストラリアのリゾートの中でもかなり高級な部類に入るようです。
どういうところが高級志向か…あたりも追い追いお話させていただきますね!
上の写真はコテージです。
立派な作りで中も広々しています。
ここでも昼間はほとんどのリゾート客は裸足で歩き回ります。
コテージの入り口の階段の下には大きなシャコガイが置いてあって常に綺麗な水が入っています。
ここで足を洗って部屋に入るわけですが、一度洗うとそのシャコガイの底は砂で汚れるのですが、次に見たときにはほとんどまた綺麗に掃除されていました。
テラスのテーブルには氷を入れる容器がビルトインされているのですが、初日に、「夕方帰ってきたらいっぱいやりたいので、氷を入れておいてね!」とスタッフの方に言っておいたら、完璧に毎日氷が用意されていました。
建物に大理石や金を使っているから高級…などということではなく、いろいろな面でソフト面の高級感を味合わせてくれたリゾートです。

リザードアイランドのリザードとはトカケのことです。
ほんとうにオオトカゲがリゾート内をうろうろしています。
見つけると写真を撮ろうとカメラを持って追いかけたのですが、なかなかうまく撮らせてはくれませんでした。
ビーチからの帰り道にあるシャワーの横にはこんな看板が立てられていました。

この鳥はハミングバードという世界最小の鳥です。
日本名はハチドリです。
レストランのある建物の軒下に巣を作っていました。
ほんとうに今まで見たどんな鳥よりも小さいです。
ハチのように花の蜜を吸います。
くちばしも蜜を吸いやすいようなカーブを描いていますね。
ギブソンというメーカーにハミングバードという名前のフォークギターがあるのですが、憧れたギターのひとつです。
多くのフォークシンガーが使ってましたが、そのギターのピックガードにはハミングバードの絵が掘り込まれていました。

リザードアイランドはダイビングでも有名ですが、カジキのトローリングではさらに有名な島だそうです。
毎年世界大会が開かれるそうです。
ダイビングに使う船もトローリングに使う船と兼用です。

ビーチには釣り上げたカジキの重量を測ったり記念撮影をするためのクレーンが置かれています。
大阪のUSJにはこれに吊るされたジョーズの作り物がありますね!
いくつかあるレストランのひとつで、トローリング大会のときにパーティーをやったりする会場には今までに釣り上げられたカジキの中で歴代3位か4位あたりのカジキの剥製が壁にかけられていましたが、それはもう、クジラのような大きさでした。
こんなものを何時間も(ヘタをすると十数時間も)かけて一人で巻き上げるなんて考えられません…というくらいの大きさでした。
(その写真がまだ見つかりません…。)

リザードアイランドへはケアンズからこの小型機で行きます。
リゾートには滞在せず、リザードアイランドから出るクルーズ船に乗ってニューギニア方面にクルーズに出発するダイバーも一緒に乗り合わせます。
リザードから船に乗るとすぐにダイビングポイントなので効率がいいのです。
リザードからニューギニア方面のコーラルシーあたりをダイビングし、クックタウンに戻ってくるようなクルージングがたくさんあります。

これはリザードアイランドに行く途中で撮ったさんご礁です。
ケアンズに滞在して水上機でダイビングに行く人たちもいます。
水上機のフロートに機材を積み、ダイビングポイントの真上に飛行機を下ろし、フローとの上で機材をセッティングし潜るのです。
ダイビング直後に飛行機に乗るのはタブーなのですが、小型機の高度では問題ありません。

向こうに見える窓の外にハミングバードの巣がありました。
ヘロン島(その2)
エンストしてエンジンをかけようとしていたら火が出てきたということですから、きっと燃料漏れだったんでしょう。
バスはエンジンルームから出火すると、ガソリンタンクも後部にありますから、早く消さないと大変です。
ワーゲンだけが決して燃えやすいというわけではないでしょうが、消火器は必携ですね!
私はたまたまですが、納車される前に買ってしまいました。
ずっと、使わずにすむことを祈ります。

さて、今日もグレートバリアリーフの中のダイビングリゾートの一つ、ヘロン島について少し書きたいと思います。
ヘロン島へはほとんどの観光客はヘリコプターを使って入ります。
グラッドストーンという小さな町の空港からヘリが飛びます。
ヘリの種類は大小いろいろあって、大きいものは乗客が10人~12人くらいは乗れたと思います。
飛行時間は3~40分程度です。
ヘリのパイロットが上着は肩章のついたシャツで、下が短パンにハイソックスという姿でそれが実にカッコいいのです。
オーストラリアでは短パンでもハイソックスをはけば長ズボンと同じ扱いになるそうです。
空港関係者、バスの運転手、おまわりさん、パイロット、レンジャーなど、みなさん短パン、ハイソックスです。
(これは1983年の写真です。今は別オジン28号です)
ヘリの機内かなりの騒音で、会話などとてもできません。
ヘッドホンからは音楽が流れています。
ヘリはヘリポートではほぼ垂直に上昇や下降をしますが、滑走路のある空港では滑走路に沿って離発着するんですね!
一度、副操縦士の席に座ったことがあるのですが、ヘリの前席は足元にも窓があって、下が丸見えなんですね!
高所恐怖症の人は生きた心地がしないですよ。きっと。
「くれぐれも、ペダルやレバーは触らないように」と注意されました。
軽飛行機の時は操縦させてくれたこともあるんですけど、ヘリは相当に操縦が難しいらしいですよね。
飛行機のライセンスは単発、双発とエンジンの数や種類によるみたいですけど、ヘリの場合は機種ごとにライセンスを取らなくてはならないらしいですね。
そんなこんなで、島に着くと係りの方がドアを外から開けてくれ、頭を低くして降りると、すぐにグラッドストーンに戻る乗客を乗せて、ヘリは飛び立っていきます。
ヘリがだんだん小さくなっていき、爆音がフェードアウトしていくと、それと入れ替わりに無数の鳥の鳴き声、風の音、波の音がフェードインしてきます。
シーン…という無音の音の中にそれらの自然な効果音がミックスされているという感じです。
ヘロン島は自然をそのまま生かしたリゾートで、コテージにはエアコンも、テレビも、電話もなく、島にある動力のついた乗り物は船以外はこのトラクターだけです。
リゾート客のスーツケース、ダイビングのタンク、ボートの燃料、船便で着いた食料、客室のリネン類など、すべてこのトラクターで運びます。
ヘリという文明の最先端の乗り物で降ろされたところは、電気的な文明とは隔離された、別世界になります。
モルジブなどのヨーロピアンが多いリゾートはどこでも、リゾートにいる間、はだしでいる人が多いです。
シパダンなどのように、サンダル類禁止のところさえあります。
そういうところでは建物のすべての入り口に足を洗う水桶が置いてあり、皆、そこで砂を洗って上がります。
足洗の水桶は、係りの人がしょっちゅうきれいにしてくれます。
暑いところですから、濡れた足のままうろうろしていても、すぐに床は乾きます。
サンダルを脱いだり履いたりするよりも楽ですし、そのほうがずっと床も汚れないんですね。
ガラスやクギのようなものは一切落ちていませんから、皆さんも今度ぜひ、やってみてください。
とても気持ちがいいですよ。
最初は違和感があっても、すぐに慣れます。
帰る日になって、靴下や靴を履くとき、まるで「ウルルン滞在記」のレポーターが裸の生活から服を着るときのように、ああ、これから違う世界に帰るんだ…というような感慨があります。
これは、ヘロン島のレストランです。
3食すべてここで食べます。
最初に案内されたら最後の日まで同じテーブルで食事をします。
テーブルごとに係りが決まっているので、すぐに顔を覚えてくれます。(最終日にまとめてチップを渡します)
おおよそどこのビーチリゾートでも、朝、昼は、水着にTシャツのようなラフなスタイルでOKですが、夕食は男性は長いズボンにエリの付いたシャツ、女性も簡単なドレスを着る方が多いです。
3食とも同じ格好をしているのは日本人などのアジア系だけです。
グレートバリアの中でもリザードアイランドというかなり高級なリゾートでは夕食は上記程度のドレスコードがありました。
男性の上着は必携ではありませんが、ほとんどの方が着てました。
Tシャツ、短パンだけを持っていくと追い返されはしませんが、恥ずかしい思いを毎日することになります。
ケニアで泊まった「マウントケニアサファリクラブ」での夕食は上着着用でした。
ここでの夕食のためだけにサマースーツと革靴を持って行ったのを覚えています。
オン、オフというか、メリハリを楽しめるとリゾートもより楽しいと思います。
普段の生活とはまったく違う日常を愉しむ中に、西洋的な服装に関する「お約束」のようなものを垣間見たとき、文化の違いを実感するのでした。
女性の方で注意していただいたいのがキュロットスカートです。
あれは、向こうでは「短パン」とみなされます。
マニラのホテルのバーでもキュロットで行くと断られてしまうことがあります。
ドレスコードという感覚が日本ではあまりないので、海外に行くときにはちょっと注意が必要ですね!
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カルマン100台ミーティング」計画中!
http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/24758.html
開催日決定!!!
2008年8月9日(土)~10日(日)
場所 中部地方の予定
現在、カルマンギアのオーナーの方の把握に努めています。
現在の確認数 145台(着実に増えてます!)
ぜひ実行委員長tosioさんまでご連絡ください!
また、オーナーの方をご存知でしたらお教えください。
tosiomm@peach.ocn.ne.jp
ドイツで行われたカルマンギア50周年行事の映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=wiz10sHHl2w
ドイツではカルマンカブリオレの50周年イベントを今年の8月に行うようです。
http://www.vw-karmann-ghia.de/suedheide/
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ヘロン島

これは、オーストラリアのグレートバリアリーフの南の方にあるヘロン島というところで撮ったアジサシです。
昔撮った写真を少しずつパソコンに取り込んでいます。
目に付いたものから適当に取り込んでいますのでめちゃくちゃに順不同ですが、思い出したことを書いてみようと思います。
グレートバリアリーフは長さが約2500kmを超えますから、日本列島がすっぽり入る大きさです。
グレートバリアの島々はみんなさんご礁の上にあるのだろうと思われがちですが、大きすぎるので、リーフ(さんご礁)の上にある島というのは意外と少ないのです。
グレートバリアの島のデータを見ると必ず、リーフまでの距離が示されています。
船で30分とか1時間とか、遠いところは水上機で30分とかそうやって魚が多いリーフまで移動をしなければなりません。
ヘロン島はグレートバリアの中でリーフの真上にある数少ない島のひとつです。
ですから、一番近いダイビングポイントまでボートで1分です。
岸から泳いで行ける距離ですが、それは禁止されています。
ヘロン島のことはたくさん書きたいことがあるので、何度も登場してくると思います。
ヘロン島は小さな島ですが、リゾートはそのまた一部だけで、それ以外は鳥たちの島です。
ヘロンとはシロサギのことで、シロサギもいますし、リゾート中にはクジャクも放し飼いされていますが、リゾートから出ると、上の写真のアジサシたちの島となります。
ものすごい数のアジサシが木の上に巣を作って人を上から見下ろしています。
水かきがあるのに器用に木に止まります。
人間に危害を加えることはありませんが、「お邪魔して、ごめんね~」という気分になるくらいものすごい数がいます。
下の写真は1987年ですから、ちょうと今から20年前に行った時のもので、今でもあると思いますが、cancamというファッション雑誌の企画でした。
読者モデルにダイビングを教え、ヘロン島で潜らせようというものでした。
書類選考や面接で最終的に5人女の子を選んで都内のプールで講習し、初めての海のダイビングをここでやらせたわけです。
素人の娘のはずなのですが、みんなカメラが向くとちゃんとカメラ目線になり、それなりにポーズをとっていました。
(ちょっと!オバちゃん、じゃまじゃま!)
左の写真は雑誌のプロのカメラマンの真横で同じように撮ってみた写真で、構図的にはそっくりな写真が当時の雑誌に掲載されたはずです。
しかし、写真の出来は、とても見比べることが出来ない差がありました。
プロは違うな~と、本心から思いました。
露出まで聞いてみたんですよ。
ボートの後ろのヒゲの男性が当時のヘロン島のダイビングサービスのボスでイアンという名前でした。
彼の英語のオーストラリア訛りはすごいもので、ただでさえ英語が得意じゃないのに、聞き取るのが大変でした。
クロコダイルダンディ以上の訛りでした。
”Good day!”が「ゲダイッ」
" yesterday"が「エスタダイ」
”OK”は「オウカイ」に聞こえます。
この頃はキャピキャピしていたこの娘たちもこの頃から20年経っているわけですから37~8のオバさん(失礼!)になっているわけです。
今頃、どこで何してるんでしょうね?
このブログ読んでたらすごいですね!
もし、読んでたらコメントくださいね!
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カルマン100台ミーティング」計画中!
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ニド・スープ

これはエル・ニドというところで撮ったイワツバメの写真です。
イワツバメは日本によくいるツバメよりも一回り小さいツバメで、現地ではニドといいます。
ニド・スープという料理の名前を聞いたことはありますか?
いわゆるツバメの巣のスープです。
ニド・スープの原料のツバメの巣はこのイワツバメの巣を使うそうです。
イワツバメは断崖絶壁の岩の隙間などに巣を作ります。
ですから、普段は飛んでいる姿を見ても巣を見つけることはありません。
昔の人はどうして、このとんでもないところにあるツバメの巣を食べようなどと思ったのでしょうか?
イワツバメは海草を食べるそうです。それを半分消化したような状態で、口から出して唾液と混ぜて巣を作るということです。
このゼラチンが固まったような巣をお湯で戻してスープに入れるのです。
春雨のような食感です。
ニドの巣は採取が困難なため、高額で取引されます。
不純物の交じりが少ない、きれいなものほど高額です。
真っ白な中に血の混じった赤みのあるものが最高級のものといわれています。
ニドの巣採取を仕事にしている人たちのことをニド・ハンターと呼びます。
ニド・ハンターは、なんとゴムぞうりと、ひと巻きのロープを肩に担いだだけで、100m、200mの断崖絶壁をするすると登っていって巣を取ってきます。
彼らにとっては新宿住友ビルの屋上まで登ることなんて、何てことないことだと思います。
エル・ニドという地名もこのニドから来ているわけですが、国はフィリピンです。
フィリピンは戦前、スペイン領の時代もあり、スペイン的な地名や名前もよくあります。
エル・ニドは7000もあるといわれるフィリピンの島の中では比較的大きい方のパラワン島という島の北西部にある黒大理石で出来た小さな島々です。
そこに、エルニド・リゾートがあります。
このリゾートに建設当時から関係していました。
(左は私の写真ではありません。同じところで撮ったものがあるはずなのですが…)
イワツバメの写真はエルニド・リゾートのフロントビーチで撮ったものです。
時期はぜんぜん違いますが、上の写真のボートが止まっている辺りです。
朝、まだ太陽が昇る直前の夜の静けさが残った静かで丸い空気が感じられる、1日の中でほんのわずかなけだるい時間です。
台風でも来ない限り、朝の海はベタ凪で気温も低く、とてもさわやかです。
太陽が顔を出した途端、暴力的にギラギラと肌を刺してきます。
太陽が昇る直前の海が、海の1日の中では一番好きです!
ニド・スープのことを書いていてふと思い出しました。
影山民夫の「ウミガメのスープ」というエッセイを読んだことのある方はいらっしゃいますか?
「時間をもてあましているときに、カップルなどで以下の問題を会話を交わしながら解いていくと面白いよ!」という内容です。
アメリカのアイビーリーグのどこかの大学で流行ったものらしいです。
その問題とは、
「船乗りがふと立ち寄ったレストランで海亀のスープを注文した。
運ばれてきたスープを一口飲んだ船乗りは驚いた表情を浮かべ、それ以上スープを飲むことなく店を出て行ってしまった。
そしてその晩、その船乗りは自殺をしてしまったという。
さて、どうして船乗りは自殺をしてしまったのだろうか?」
答えを知っている出題者は解答者の質問には「はい」「いいえ」「関係ありません」のどれかしか言ってはいけません。
解答者は質問をたくさんして少しずつ謎の紐を解いていくのです。
本気でやると、不思議と答えまでたどり着けます。
主題者はむやみにヒントを出すと面白くないです。
解答者は頭を柔軟に発想してみることです。
答えに行き着くまでの過程を愉しむちょっと知的なゲームです。
どなたか、私とやってみますか?
ちょっとだけヒント
●出された海亀のスープ自体はおいしい普通のスープだった。
●船乗りの過去が自殺と関係していて、もちろんスープも関係ある。
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夕日を見るということ

(西表島の夕日)
刻々と色や表情が変わる空を見ること自体も好きですが、夕日をゆっくり見ることが出来るシチュエーションそのものが好きなのかもしれません。
私自身そうですが、普段の生活では夕日を見るという行為が1日のスケジュールに組み込まれている人はほとんどいらっしゃらないと思います。
たまたま気がついて、「ああ、夕日がきれいだ…」となるわけです。
私が過去に訪れた場所で、2箇所ほど、この「夕日を見る」という行動が天候が許す限り、毎日行われている場所がありました。
ひとつは小笠原の父島です。
ここには、ウェザーステーションと呼ばれる、無人の観測所がある丘の上が、夕日や星を見るポイントになっています。
毎日、島の住人や観光客が夕日を見に訪れるため、デッキも作られました。
デッキの下は垂直の崖になっていて、眼下は太平洋の荒波、島の周りは船さえほとんど通りません。
聞こえてくるのは風の音と、静かに1日を振り返る見物客の話し声だけです。
夕食前のひと時を、地元の人、観光客が入り混じってまったりと過ごしています。
ここから、東京に帰るおがさわら丸を見るのも一種の感慨があります。
その船がもう一度島に戻ってくるのは1週間後です。
それまで、島は一切の人の入れ替えはありません。
今いる人たちだけの1週間が始まるわけです。
見知らぬ観光客同士も一種独特の一体感を持って島に滞在します。

(これは、自宅から見た夕日です)
そして、もう1箇所はキーウェストです。
アメリカ、フロリダ半島の先端から南西に向ってたくさんの島々が並んでいます。
その島々の間をマイアミからの国道(H1)が1本貫いています。
有名なセブン・マイルズ・ブリッジという右も左も海の中をまるで水平線まで続くように続く長い長い橋はこの国道の一部です。
テレビのコマーシャルフィルムなどで見たことがある方も多いと思います。
子どもの頃から、この橋をV8エンジンのアメ車でブロロロと渡るのが夢でした。
実現したのは1989年でした。
(この時代ですでにマイアミでV8エンジンのレンタカーを探すのは案外大変でした。西海岸にはたくさんありましたが…)
(右側の写真は昔の鉄道用の橋です。今は使われていません)
細長い島の真ん中をまるでホットドッグのウィンナーのように国道が貫いていて、その両側にダイビングショップが軒を連ねています。
まさに、ダイビングのメッカです。
(国道に面したショップの裏手は船着場になっています。おおきなペリカンが日本のカモメのようにどこにでも普通にいます)
この「キーズ」と呼ばれる島々の一番先端にある、国道の終着点がキーウェストという島です。
この島は、あのヘミングウェイが晩年過ごし、「老人と海」を執筆したことで大変有名です。
ヘミングウェイの家はそのまま保存されていて、中も公開しています。
たくさんのボランティアの方たちが待機していて無料で案内をしてくれます。
なぜか、ネコだらけです。
島の先端には「アメリカの最南端」ということが書かれたモニュメントがあります。
空気が澄んでいるときには遠くキューバを肉眼で見ることが出来るそうです。
夕日を観るポイントはこの島の西の外れです。
夕方になると、島にいる観光客の大部分がここに集まります。
まだ明るいうちから大道芸人がたくさん集まり、楽しませてくれます。
夕日が沈む時間になると、ほとんどの人が岸壁のようになった海ベリに座り、海を眺めます。
夕日と海岸の間はたくさんのヨットやクルーザーが右に左にのんびり走ってやはり夕日見学をしています。
夕焼けに浮かぶヨットのシルエットがまた絵になっていて雰囲気をさらにアップしてくれます。
太陽が水平線に沈む瞬間、みな話をやめ、一瞬の静けさが訪れます。
完全に見えなくなった、そのとき、誰からともなく拍手がおき、みな満足そうな顔をしてそれぞれの夕食を食べる場所に散らばっていくのです。
これが、毎日、たぶん今でもその島では繰り返されているのでしょう。
なんと、贅沢な時間の過ごし方でしょう。
その、同じ場所で、「この夕日を観るためにここに来たんだ」とシカゴコネクションという刑事ものの映画の中でグレゴリー・ハインズが相棒に言うシーンがあったと思います。
映画の中でも見事な夕日が沈んでいました。
普通に仕事をしながらも、夕日を落ち着いて毎日見る事が出来るような生活スタイルに憧れますが、なかなか難しいことですね!
どちらの場所もそこで写した夕日の写真があるのですが、スライドをまだパソコンに取り込んでいません。
また、別の機会に紹介したいと思います。
これは、キーウェストの保安官の車です。
おしゃれですね~。
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「カルマン100台ミーティング」計画中!
http://mk7054.blog.hobidas.com/archives/article/24758.html
委員長提示の骨子案です。
・日本の中間点地区での開催
・カルマン100台の確保と並べる場所の確保
・ギャラリーVW車駐車場の確保
・遠距離からでも参加してもらえるように宿泊が可能な所
モービルキャンプ場も近場にあればベスト
・展示とツーリングをメニューに入れる
・可能なら、村・町おこし、あるいは地震後の復興応援など
地域にプラスになる
現在、カルマンギアのオーナーの方の把握に努めています。
現在の確認数 125台
ぜひ実行委員長tosioさんまでご連絡ください!
また、オーナーの方をご存知でしたらお教えください。
tosiomm@peach.ocn.ne.jp
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100年前の海
GWの2日間、海のそばで過ごして、以前から思っていることを書いてみたくなりました。

(竹富島 ボートは沖縄の伝統的な舟、サバニ)
45億年の地球の海の歴史の中で、今のように海が汚れてしまったのはたったのこの100年間だけです。
いえ、もっというと戦後の60年かもしれません。
それ以前の44億9千9百9十9万9千9百年間近くはず~~っと自然のままで、多種多様な生き物たちがその豊かな自然を謳歌していたわけです。
それが、たったこの100年間で…。
現代人の罪は大きいと思います。
たった10年に1度、100年に1度の水害を防ぐために、海には防波堤を作り、川にはダムや堤防を築き、ほとんどの水辺を破壊しました。
浅瀬は埋め立て、川にはなにもかも垂れ流し、傲慢に人間だけが住みやいと感じる環境に作り変えてしまいました。
それも、ほとんどはこの100年間だけで。
プールや水槽の濾過槽は時々攪拌してあげないと、ろ過能力が落ちてしまいます。
海や川も同じように嵐や洪水で時々攪拌することでろ過能力を保持することができます。
嵐や洪水は自然を維持するために必要不可欠なものだったのです。
私たちは数年に1度の自然災害を防ぐために自然のろ過能力が回復するシステムをほとんど壊してしまいました。
これでは、海や川が汚れるのは当たり前ですね。

(石垣島白保海岸。この場所に空港を作ろうとした話は有名ですね。防波堤なんてこんな程度でいいんです)
私がダイビングを始めた約30年前でも今の海とはずいぶん違っています。
沖縄の離島に行くと、港の中でも船が空中に浮いているように見えるくらいに海底まで水が透き通っていました。
もっと前はもっときれいだったんだろうなあ…、
江戸時代の東京湾(江戸湾)ってきれいだったんだろうなあ…
じゃあ、室町時代は?
平安時代は?
と考えると、江戸以前の海はずっと同じようにきれいでほとんど変わっていなかっただろうと気づいたわけです。
海外に比べて、特に日本の海岸線の破壊状況はひどいですね。
一見自然な浜に見えても、沖にはテトラポットが並んでいたりします。
テトラポットなどの人工の構造物を水中で見ると、不気味ですよ~!
定置網なんか、命の危険を感じるほどの不気味さと恐怖感を味わえます。
新しくできた防波堤の内側の海はみるみる死んで行きます。
土建業者や政治屋だけでなく、地元のひとさえ、その防波堤をみて「よかった、よかった」と言ってたりします。
地元以外の人が、「防波堤なんて…」というと、「部外者が好き勝手なことを言う…」となってしまいます。
「お前たちは災害にあわないからいいだろうけど」と。
そんなに災害がイヤならもっと奥にすめばいいだろ…と、いう言葉がのどまで出てしまいます。
日本には河口までダムや堰が一つもない川は釧路川と四万十川の2つしかないそうです。
ダムができるとその下流の水温が極端に下がり、生態系が破壊されます。
3面張り(底と両側を全てコンクリートで固める)の工事で川を道路の側溝のようにして、きれいになったと喜ぶ人たちが今もたくさんいます。
とにかく、少しでも早く少しずつでも海岸や川岸からコンクリートを排除して自然な状況に戻していかないと、人類だけでなく、地球上の生物が息絶えていく方向にどんどん加速度的に進んでいくんじゃないかと懸念するわけでした。
と、今日は趣味ともカルマンともぜんぜん関係ない話でした。
歳をとるごとに文句が多くなる…と、カミさんに言われています。
テレビを見てても文句ばかり言ってると。
いいんだ、もんくたれジジイになってやろうじゃないですか!

(ヤップ島の夕日)
このところ、日が長くなって、通勤の帰りも明るい状態で自転車を漕ぐことができるようになってきました。
夕日を見ながら土手を走ると「3丁目の夕日」のミゼットを思い出します。
昨夜、注文していたものが届きました。
パーセルシェルフ、買っちゃいました。
エアコンを避けて、どう取り付けるか、考え中です。
それから、ひび割れていたウィンカーとライセンスプレートライトのガスケット、Hellaのロゴが入ったレンズです。
オーロラ
イエローナイフというところです。
バンクーバーからエドモントン経由で入ります。

オーロラの写真は何とか撮ることができたのですが、なんせ素人ですから何秒くらいシャッターを空けるか難しかったです。
寒くてカメラの電圧もすぐに下がってしまうし、分厚い手袋をした状態じゃないと金属を触るのは危険だと言われたので、ボタンやダイヤル触るのも大変でした。
待機小屋で食べたカリブーのスープはとてもおいしかったです。
(臭くて食べられないという方もいましたが…)
行ったのは2月の終わりから3月の初めにかけてでした。
気温は昼間でもマイナス30℃、夜になるとマイナス40℃にもなりました。
↑
市内の温度計です。日中晴れていてこの温度です。
ダイヤモンドダスト現象は普通に市内で見られました。
驚いたことに、車のタイヤのほとんどはノーマルタイヤでした。
4WD車はオールテレイン、乗用車はノーマルタイヤ、私たちが移動に使った黄色いスクールバスのようなボンネットバスも全くノーマルのタイヤで走っていました。
チェーンをつけた車は1台もなかったと思います。
気温が低すぎて、降った雪はまったく溶けず、つるつるにはならないわけで、パウダースノーがそのまま圧雪されてるという路面状態でした。
湖も完全に凍って1メートル以上の厚みがあり、自動車用の公道も走っています。

ちゃんと標識まで立ってます。
↓

夏は水面から突き出しているんでしょうね。
湖岸の水上飛行機も夏までお休みなんでしょう。

犬ぞりも体験しました。

顔はすべて覆って完全防備です。
この格好で銀行入るとマズイです。

かなりのスピードで走ります。
そりを引く犬たちも結構楽しんでいる様子でした。
空気に切られそうな寒さで、終わったときには鼻もまつげも凍っていました。
オーロラ見学の後、東に飛び、トロントから移動し、カナダ側から冬の凍ったナイアガラも見てきました。

夏の間は観光客を乗せて滝つぼまで行く観光船は陸揚げされて冬眠状態です。
しぶきがすべて凍り、すばらしく幻想的な光景でした。
ライトアップされた夜もすばらしかったです。
滝の近くによると、

すごい迫力でした。
地球のエネルギーを肌で感じる瞬間でした。
トロント郊外の民家です。

けっこう古めのSクラスとめちゃくちゃ古いフォード?、そしてキャンピングトレーラー。
豊かで余裕のある生活がうかがい知れます。
しかし、ガレージも柵さえないところに、この車です…。
そこまで天候も治安も問題ないのでしょうか。
カナダの車はすべて日中でもヘッドライトを照らして走っていました。
安全のために義務付けられているそうです。
バッテリーが早く寿命が来そうですね。
ひどい天気の日曜日の朝、ちょっと昔を思い出して書いてみました。
