カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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富士山とサクラエビの旅(完結編)


山道をあっちをウロウロ、こっちをウロウロしているうちにお昼も過ぎ、お腹が空いてきました。
よ~し、今回の目的のメインの旨いもの食べるぞ!と、行った先は「倉沢屋」というサクラエビ料理の店。

正直、辺鄙なところにあるのですが、ずいぶん多くのお客様が順番待ちをしていました。
行ってみて知ったのですが、あの「おいしんぼ」という有名な漫画の92巻で紹介されている店でした。(歩瑠さんお持ち?)
だから、人気もあるのですね~。

例によって、並んでまで食べるのは苦手なのですが、ここは仕方がないとあきらめて待ちました。

カルマンを店の前に止めたため、順番待ちの方にずいぶんみられてましたね。

1時間近く待ってましたかね~。
ようやく店内に通され、やはり、名物の掻き揚げを頼みました。
私はちょっと贅沢してセットものを頼んだら、

小鉢にすでにさくらえびが入っています。
こちらは釜揚げのサクラエビのようです。
釜揚げのサクラエビを大根おろしと一緒に食べるとおいしいそうです。


そして、生サクラエビ、第2弾。
こちらのサクラエビは昨晩の宿のものよりもさらに上質でした。
これをこの器の5倍分くらいをどさっとご飯にかけて食べたい!


で、メインの掻き揚げです。
これは掻き揚げ丼。


こちらは単品。
ほとんど衣が付いてなく、さくさくと心地よい歯ごたえで香ばしく、とても美味です。
荒塩をつけて食べると甘さが引き立ちます。

う~ん、さすがに名物だけあります。
名物に旨いものなし何てことではなく、激うまでした。
このサクラエビの掻き揚げも「郷土料理100選」の一つになっています。
でも、今まで食べていたものは一体なんだったんだろう…と思えるくらい、別次元でおいしかったです。

今度機会があったら、サクラエビ饅頭、サクラエビの釜揚げ丼も食べてみたいと思います。

そうそう、この2日間、結局生シラスも食べることができませんでした。
憶えてろよ~。
また食べに行くからな~。
でも、生シラスなら江ノ島近辺でも食べられますからね!

大満足の昼食の後は、さった峠を探して、またしてもウロウロ。

2台ともカーナビが付いてないし、地図を見てもこの辺、正直わかりにくいです。
まあ、カーナビがないおかげで、思いがけない景色に合えたことも事実で、「旅」という感覚になりますね!
カーナビ使うと良くも悪くも「目的地に直行」になりがちですからね~。



そういうわけでさった峠を探している合間にもこのくらいの絶景は見ることができました。

あんな景色が見れたのだからいいか…、
さった峠はあきらめて帰るとしますか?
などと、フカさんと相談していたら、また地図を発見。

ぜんぜん違うところを探していることがわかりました。
それでもそんなに遠くなさそうなので、やっぱり行ってみようということになりました。




この近辺は昔の東海道の面影をかなり残していて観光地にものなっているようです。
昔ながらの街並みであるだけに道幅が狭く、対向車が来るとカルマンでもすれ違うのが大変でした。

そうして、ようやくたどり着いた薩埵峠。
こんな見晴らしがバーっと広がっていました。

山道を歩いてここにたどり着いた昔の人は感動したでしょうね!


薩埵峠で売っていた甘夏。
1個100円じゃないです。
1袋100円です。
びわ畑もみかん畑の間にたくさんありました。
びわは1個1個丁寧に紙でくるんでありました。


帰りは富士ICから東名へ。
東名に乗る直前、ダメ押しの富士山の勇姿が目の前にぱーっと広がりました。

富士山とサクラエビの旅の最後はお約束の渋滞20km。
ま、良しとしましょう。
ETCのGW割引で高速代半額でしたから。


フカさん、お疲れさまでした~!!


5月だというのに、すぐ近くに台風がいます。
台風自体はこの時期でも発生しているのは珍しくはないのですが、関東近海に来るのは聞いたことないです。


暫定税率10年維持を今日、衆議院で再可決?
暫定税率が必要だといっている理由と、10年という期限をつけることにまったくリンクしてません。
一般財源化なんてとっくに閣議決定しているのに…。

たった45分の会談のために3日間140万円の支出を平気でする政治家にはまともな金銭感覚なんてどこにもないのでしょう…。

と、朝からブツブツ…。
天気も気持ちもすっきりしませんね~。

| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(18)| トラックバック(1)

富士山とサクラエビの旅(山登り編)


結局、この日も生シラスはいわしが食べたせいで獲れなかったようです。
宿をチェックアウトして、次の目的地に向いました。
天気は最高です。
右側の松林が千本松公園というところで海は田子の浦です。
海に沿って松林が続き、東海道でも景勝地として知られていたようです。
雲がかかっているところは富士山の山頂です。


松林の中には有名な歌人の歌碑などがたくさんあるそうです。



富士市近辺の国道1号は高速道路のように走りやすい道路です。
80~100km/hで流れています。
こういう道路を作っていったら高速道路、いらないのに…。
国道4号の埼玉~栃木のバイパスも同じように走りやすいですね!
時間が経つに釣れ、富士山の頂上が徐々に見え始めてきました。

この日の目的地は由比。
富士山の眺めとしつこく、生シラスやサクラエビを堪能しよう作戦に出たのでした。

国道を右に折れ、山道を登ってまずは「銚子口の滝」でマイナスイオンを浴びてきました。

想像していたよりは大きな滝でしたよ。

さあ、ここから有名な薩捶(さった)峠に行くのに、滝のそばにあった簡単な案内板をみて、このまま山を登って抜けられると思ったのが後で考えると甘かったです。

道はどんどん狭くなり、林道という感じになってきました。
それでもコンクリートの舗装をしているので、まあ大丈夫だろうと進んでいくとその舗装もところどころ崩れているところがあり、「うわあ、これは大変だ」ゆっくり走りましたが、1箇所、かなりの段差のところがあり、ついに下をガンとぶつけてしまったのでした。

心配ではありましたが、そのまま走り続けると、ふっと視界が広がり、行き止まりの駐車場に出ました。

ここは浜石岳(707m)の山頂近くです。

2台のカルマンの間は富士山です。
下界に富士市方面もはっきり見えます。







素晴らしい景色に感動しながらも、気持ちは少しへこんでいました。



今日はこれからフラバグという大磯ロングビーチで行われるイベントに行ってきます。
雨、あがらないかな…。


| 投稿者 赤の’57 04:27 | コメント(10)| トラックバック(0)

富士山とサクラエビの旅(散歩編)


酒を飲んだ翌朝は普段よりもスッキリと目が覚めることが多いです。
この日も5時半に目が覚めてしまい、もうすっかり明るい窓の外を見ると目の前の港からシラス漁の船がちょうど出るところでした。


このあたりでサクラエビやシラスを漁るときには「めおと漁」といって、2隻の船が仲良くピッタリくっついて移動します。


魚がいるところで2隻は別れ、網の両端をそれぞれ持って引き網を引っ張るのです。

生シラスが揚がることを期待して見送り、朝の散歩に出ました。

この先はぷらぷら歩きながら適当に撮った写真の羅列です。





同じ伊豆半島でも東伊豆と西伊豆では雰囲気がずいぶん違います。
西伊豆は入り組んだ入り江が多いので、強い西風が吹かない限り海はとても静かです。
東伊豆は開けて華やかな雰囲気がありますが、西伊豆は田舎っぽさが残ってひなびた雰囲気です。





こういう静かな漁村の朝に、漁船のエンジン音はとても似合います。
これは日本だけじゃないですね。
いろいろな国の漁港で同じような思いをしながら朝の海を見ました。




小さなトンネルの向こうにマリーナがあります。






静かにオーナーが海に連れ出してくれるのを待っています。
こんな立派な船を持てる人って、忙しく働いている人も多く、意外と稼働率が低いんですよね。
私に言ってくれればいくらでも乗ってあげるのに…(笑)




コンクリートで固められた上はちょっとした広場のようなスペースで、津波の際の避難所になっています。






この爽やかな空気の中をクルージングに出られたらほんとうに気持ちよかったでしょうね~。

こうして2時間くらい、朝の海を楽しんでいました。


| 投稿者 赤の’57 06:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

富士山とサクラエビの旅(夕食編)


この車のオーナーがカルマンデー関東を主催されているMEXさんです。
相当なコカ・コーラグッズのコレクターのようです。
いつも、お世話になります!

さて、お昼も過ぎてお腹もすき、次の予定もあるということでいつもは夕方近くまでいるカルマンデーですが、一足先に会場を出ました。


今年のGWの小旅行はカルマン仲間のフカさんと一緒に行動しました。
フカさんのカルマンのハブキャップに写る私とカルマン。


まずは腹ごしらえに本牧にあるこの中華料理屋さんに…。
なんでも、このお店自体はHPも持っていないのに、ブログなどの口コミで人気が高まって有名になったお店だそうです。
探すのに時間もかかりましたが、お店が見つかってからもだいぶ待ちましたね~。
並んでまで食べるのは苦手なんですが、この際、ガマンしましたよ!

この店の名物はトマトタンメン。
カミさんとフカさんはそれを注文しましたが、あっさり系のラーメンよりもチャーハンが食べたくて、一人で名物でもないチャーハンを食べるひねくれものでした。
例によって、食べ物の写真はなし。

と思いましたが、どなたかのHPから写真を拝借。
赤くて見た目辛そうですが、まったく辛くありません。
少しだけ食べましたが、まあ、おいしいですよ!


お腹がいっぱいになったあとは目的地に向かって東名をひとっ走り。
連休3日目の午後となるとさすがに空いてましたね!
御殿場の山越えの間は雨が降っていましたが、沼津ICを降りる頃にはすっかり上がっていました。

目的地はここ、西伊豆のひなびた漁村にある宿。
部屋からの眺めはなかなかですが、部屋の方は民宿レベル…。
まあたまたまキャンセルか何かで空いていた部屋ですから文句は言えません。

さて、お楽しみの夕食。
すごい船盛りが出てきましたよ!

3人前でこれですから。なかなかのボリュームです。
でも、これはその日の主役ではありません。


出ました!!
なんだかご存知ですか?
地元ではひっぱたきというそうです。
正式にはゾウリエビですね。
セミエビをさらに平たくした感じのエビです。
この辺の海でも、潜るとたまに、洞窟の壁なんかにくっついています。
めったに獲れないのですが、この日はたまたま水揚げがあったということで食べることができました。
でも、これもその日の主役ではありません。

さてさて、主役は…





ジャーン!!

出た~!!

生サクラエビです。
これを食べに来たのです。
サクラエビは皆さんご存知でしょうが、基本的に駿河湾でしか獲れないのです。
しかも、生となると、獲れたその日のものしか食べることができませんから、行くしかないのです。
さらに6月~9月は禁猟ですから、もう今しかない!

というわけで、待望の生サクラエビにありつけて大盛り上がりな3人だったわけです。

イトヤンさん、さすがの能登でもコレは食べられないでしょ!
ホビダスの皆さん!今度、食べに来てください!

いやあ、おいしかった!
醤油も何もナシでそのまま食べてもおいしいです。

ほんとうはさらに、生シラスを食べる予定だったのですが、どうも獲れなかったらしいのです。
なんでも、イワシがまわってくると食べてしまって獲れなくなるらしく、「親が子ども食べてどうすんだ!」って思いますが、そういうことらしいです。

「明日の朝も漁に出るから、獲れれば朝、食べられるよ」という旅館の方の言葉によーし、と期待をするのでした。


部屋に戻ってからはフカさん持参のこの春鹿(奈良の酒です)と私が持っていった一ノ蔵をチビリチビリやりながら夜更けまで話し込んでしまいました。
どちらも辛口で旨かったですね!


暫定税率の復活はさっさと決めて、公務員改革法案は見送りですって。
まったく、なんという…。
もっとみんな、怒らなければダメです!




| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(10)| トラックバック(0)

ちょっと船遊びに

朝からいい天気です。
| 投稿者 赤の’57 06:47 | コメント(6)| トラックバック(0)

雪国から帰っても雪国だった…


雪国から帰ってきたら、家の周りも雪だらけでした。
けっこう降ったようですね。
首都高の通行止めは今朝は昨夜よりも範囲が広がっています。

首都圏ってどうして雪が2~3cm積もったぐらいで通行止めになるのでしょう?
いつも言われますが、軟弱すぎますよね!



これは帰る間際、石打近辺で食べたへぎ蕎麦です。
へぎ蕎麦って、ご存知ですか?

「へぎそばとは、新潟県魚沼地方発祥の、つなぎに布海苔(ふのり)という海藻を使った蕎麦のこと。へぎ(片木)と呼ばれる器に載せて供されることからこの名が付いた。また、盛りつけの美しさにも定評がある。」
以上、Wikipediaより

布のりをつなぎに使っているので、茶蕎麦のような色が薄くついています。
写真の4人前のを3人で食べたのですが、私以外は女性で一人は79歳の方なので、二束くらいしか食べず、4分の3くらいを私一人で食べてしまいました。

密かにホビダスのブログ仲間で結成のうわさがある?エロメタボ軍団の有力候補者の一人であるという自覚は一応ありますです…。



| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(24)| トラックバック(0)

雪見酒

今日は東京も雪のようですね。
スキーにも行かず朝からおはらしょう助してます。
| 投稿者 赤の’57 14:18 | コメント(6)| トラックバック(0)

雪国に来てます

今シーズン最初で最後かな?
| 投稿者 赤の’57 12:21 | コメント(12)| トラックバック(0)

春の日差しに誘われて


今日は皆様に我が家の写真の紹介です!

…なんて、いいたいところですが、これは我が家ではないんですね~。
昨日は春のように暖かな太陽に誘われてカルマンで湘南に行ってきました。
上の写真は昨年のGWにも行ったHANAという、ハワイの雑貨を扱っているお店です。
駐車場に止めたカルマンが似合いますよね!
写真に写っているのは1階、2階ともお店になっていて、同じデザインのさらに素敵な母屋が右に建っています。


お店の中にはハワイのアクセサリー、ウェア、サーフボードやアンティーク小物が展示販売されています。
アンティークモノは結構いい値段してますね~。
写真の左側のスケートボード(アンティークとはいえないレベルですが…)4諭吉くらいです。
カミさんはここでちょっとした小物を購入、
葉山マリーナまで移動しました。

ここもGWに同じ場所で写真を撮りました。
マリーナ内のマリンショップでまたまた小物を購入。
葉山マリーナにはFM局があって、そのスタジオがガラス張りで外からよく見えるのですが、そのスタジオで使っている家具が素敵で、どこの家具か探していたのですが、ようやく判りました。

STARBAYというメーカーの家具でした。STARBAYは、元々ヨーロッパの人々が、航海の時に船上で使用していた家具をモチーフに作られているそうで使用されている木は無垢のローズウッド。一つ一つ手作りされています。
ウッドデッキやベランダなどでも使いやすいように、天然木の部分は、デッキなどでの使用に合うようにコーティングを施し、丈夫な帆布を使用する事により、海辺で使っても手入れがしやすいように考えられています。
理想的ですが、いい値段がするのでそうそう手がでません。

さらに次のお店へ。

このお店は雑誌で見て、初めて行ったのですが、フランスから輸入した家具や写真パネルを展示販売しています。
すべて海にまつわるもので、クジラの尻尾の形をしたテーブルや椅子、パネルは帆船や灯台、サーフィン関連のものが主です。
ここではちょっとした大モノ(中モノ?)を購入しました。
家具を見に行くだけのつもりだったのですが、探していた横長の素敵な写真のパネルがあったからです。

それが、コレです。

なんだか判らないですね。
アップにすると

これでも写真ではよくわからないですね。
古いヨットの写真なんです。

壁の反対にあるパネルとこれで対になりました。



お気に入りのモノを購入できていい気持ちになってちょっと遅めのランチへ。
ここは、昨年のお正月から1年ぶりです。
海が見渡せる高台にあるテラスでのイタリアンランチ。
アマルフィというお店です。
ポカポカと暖かく、風は地上よりもあったのですが、南風で暖かく、まるで地中海にいるような(行ったこともないのに…)気分で食事ができました。
昨年行ったときも暖かかったのですが、昨日は昨年以上に暖かでした。
あ、ビールのように見える飲み物はドイツのノンアルコールビールです。
ノンアルコールにしては美味しかったです。

  
左の方には葉山や三浦半島が望め、右の方に目をやると江ノ島、富士山が見えていました。


ちょっと遅めのランチを終わって江ノ島の近くまで行くと、もう日が傾いて夕陽になっていました。
今年初めてのサンセットウォッチングになりました。
右手に見える富士山は日が落ちるにつれてくっきりと見えてきました。
いつも見えるわけではないので、ラッキーです。
夕陽が無事に沈むのを見届けて、この日最後の目的のお店へ。

ここは、日本で一つだけという、灯台関連の小物の専門店です。
まあ、ありとあらゆる灯台の小物が置かれています。
オーナーの方は有名な灯台研究家の方で、趣味が高じてお店を開くことになったそうです。
セミナーや灯台ウォッチングツアーなども定期的に行っているそうです。
カミさんはここでまたまた小物を購入し、お店を出ると、
富士山がさらにくっきりと西の空に浮かんでいました。

お正月休みのラストとして、いろいろなことが予想以上に思い通りに適った1日でした。

鎌倉まで行って、鶴ヶ岡八幡にも、長谷観音にも、長谷大仏にもお参りに行かなかった不届きモノではありますが…。
(初詣は地元の神社にちゃんと行きましたよ!)

今日は春の七草ですが、七草…言えません…。



| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(1)

門司港レトロ


三が日、ほとんど出かけずに、ウチの中で食+飲→寝→飲→食+飲→寝という正しいような正しくないようなダラダラした正月を過ごしていたのですが、唯一、元旦の午後に門司港に行ってきました。

このあたりは古いものを残していたというより、開発から取り残されていたような場所だったのですが、最近のレトロブームで見直され始め、観光用の施設ができたり、他から古い建物を移築していまでは「門司港レトロ」として人気のスポットになっているようです。

上の写真はその発端となった門司港駅です。
子どもの頃、たまに前を車で通りかかりましたが、古臭い建物が申し訳なさそうに建っている感じだったのが、今や門司港レトロのシンボルとして誇らしげに建っているように見えます。
映画のロケにもよく使われているので、映像でご覧になった方もいるかもしれませんね。
1914年(大正3年)建築で国の重要文化財になっているそうです。
今も現役の駅舎として使われています。


門司港は九州の玄関口。
海岸に出ると関門大橋が見えます。
この橋は高速道路専用で、一般道はこの下に関門トンネルという海底トンネルが昭和33年に開通しています。
「海底トンネル」という言葉の響きに子どもの頃は通るときにワクワクしたものです。
「このトンネルの横をきっと魚が泳いでいるんだろうなあ…。透明だったらよかったのに…」と思っていました。
車道とはまったく別に歩道もあって、歩いて渡ることもできるんですよ。


これは旧大阪商船の建物で、今回の最大の目的でした。
というのもこの建物の2階にカミさんが大好きな、わたせせいぞうのギャラリーがあるからです。
わたせせいぞうはご存知ですか?
こんなイラストを書く方で、旧車が好きなようでいろいろな旧車がよく出てきます。



なぜ、わたせせいぞうのギャラリーがここにあるかというと、彼は高校まではこの隣町の小倉に住んでいたからなんです。
小倉出身の有名人は他に森鴎外、松本清張、松本零二、芸能人では原口あきまさ、中尾ミエ、草刈正雄、山本リンダ等があげらるでしょうか。


旧門司税関の建物です。
明治45年の建築。
3階部分はたたみ2枚程度の展望室になっていました。


こちらは「1902年(明治35年)帝政ロシアが中国・大連に建設した東清鉄道オフィスを、北九州市と大連市の友好都市15年を記念として1994年に複製建築したもの」ということです。
1階は中華料理のレストランとして使われています。
標識が邪魔ですみません。


こちらは1921年(大正10年)に三井物産の社交クラブとして建築されたものを今の場所に移転したものだそうです。 大正11年にアインシュタイン博士夫婦が宿泊した由緒ある建物を移築復元したものです。


門司港駅の駅前をルノーキャトルが走っていたので思わず撮りました。
このあたりはカルマンを入れて撮ってみたい場所でした。

他にもレトロな建物がたくさんあるのですが、雪まじりの強風が吹いていてとても寒いし、暗くもなってきたので、この辺の名物になった焼きカレーを食べて帰途につきました。



| 投稿者 赤の’57 08:41 | コメント(16)| トラックバック(1)

モミジ狩り


先週の日曜日は車検上がりのカルマンを引き取ってそのままモミジ狩りに行きました。
久慈川という川に沿ってどんどん上流に遡って行きました。
暖かくてドライブには最高の日和でした。

上の写真の橋はほぼ1年前、買ったばかりのカルマンの足回りとステアリングギアボックスを交換してもらい、試運転がてらに同じ道を走り、同じ場所で写真を撮った覚えがあります。

あの時はまだダブルバンパーでした。


とても済んだ川の水で、「きれいだねえ…」などといいながら川を眺めていると、
「あれ?、あれなんだろ…」
50cmくらいありそうな大きな魚が死んで沈んでいます。
よく見ると橋脚のまわりに数え切れないほどたくさん沈んでいます。
力なくまだ泳いでいる魚も2匹いました。

「なんだろう…、鱒かなあ…鮎にしては大きいし…」と話していたのですが、家に帰ってテレビを見ていてわかりました。
サケでした。
今は利根川にもたくさん遡上してくることをテレビで知り、ああ、あれはサケだったんだとわかった次第です。
自然に泳いでいる天然のサケを見たのは初めてかもしれません。

獲っちゃいけないんでしょうね。
誰も獲ろうとしていません。




さらに山奥に車を進め、奥久慈パノラマラインという林道に入って行きました。
きれいに紅葉した楓がありました。
この日はこれが目当てです。

さらに進んでいくと視界が開け、左にこんなあばら家があるのですが、


その向かいは開けたいい景色が広がっていました。

あの家の人はこんな景色を毎日のように見ていたのですね~。
家はボロボロで荒れに任せてあるのですが、周りはきれいに刈り込まれて手入れがされていました。

目を下に落とすと葉がほとんどなくなった柿の木に実がたくさんなっていました。

持ち主が収穫していました。
渋柿じゃないそうです。


男体山という山です。
見事に秋色してましたね~。
ハイカーもたくさん歩いていました。

きれいな楓があるたびに止めて写真を撮りました。


この楓はほんとうに見事でした。



16:10、常磐道友部PAで日が沈んでいきました。

神宮外苑の銀杏並木にも行きたいのですが、チャンスがありません。
もう散ってしまったかなあ…。



| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(22)| トラックバック(0)

秋色を感じに…


先週末は湯沢の知り合いのところに行ってました。
ダイビング仲間です。
仲間というには失礼かもしれません。もう80歳近いおばあちゃんです。
7月以来の再会でした。


部屋からの景色も秋色してました。
もう少しすると雪景色になります。

  
先日のブログの八海山の写真の左側にある八海山ロープウェイと八海山スキー場です。
同じところから撮った写真です。
ロープウェイの終点は八海山の四合目にあたります。
八海山の標高は1778mだそうです。


こちらの方は秋が来たというより、もうすぐ冬…という空気になっています。


大源太湖というところです。
大正時代に作ったダムのダム湖です。
この湖の向こう岸の奥におしゃれなレストランがあります。
この日はここが目的地でした。

Taverna Viciniというお店です。

前に紹介した岩原スキー場にあるPittoreと同じ経営です。
古材を生かした店内はとても落ち着けます。

この釜で焼く焼き立てのパンを出してくれます。
モチモチでとてもおいしいです。
パスタ類ももちろんGOODです!

外にテラス席もありますから、ワンコ連れでもOKです。

でも、残念なことにこの地はもうすぐ雪で覆われるため、このお店の営業は11月11日で今年は終了となり、再開は来年のGW直前になってしまいます。


前回来た時に湯沢の駅前で見たボンネットバスが運行していました。

私たちはこれには乗らずに歩いて帰ることにしたのですが、じきに真っ暗になってしまい、大変でした(笑)。


| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(2)

小さい秋みつけた


金曜日は仕事から帰るのが遅くなり、そのまま出かけてしまったため、週末のブログ更新ができませんでした。
土曜日はこんな夕日を見ていました。


この山の名前をご存知の方はいらっしゃいますか?
見たことがなくても聞いたことはある名前だと思います。

ヒントは
一つ一つの峰に名前がありますが、まとめて付いた名前の方が有名です。
ちなみに八ヶ岳ではありません。

って、引っ張ってどうする?という内容ですが、
答えは後ほど!


ヒストリック・オートモビルの話題が実はまだ終っていません。
次回は続きを書きます。
もう、飽きちゃいました?


| 投稿者 赤の’57 00:50 | コメント(18)| トラックバック(1)

岐阜の旅(最終回)



今回でようやく岐阜の旅の報告の最終回です。
標高2702mでしばし身体を冷やしましたが、下界に降りるとまたもや猛暑が待っていました。
乗鞍へのバスターミナルがある朴木平スキー場のゲレンデにはコスモスがたくさん植えられていました。

見頃は9月だということですが、すでにたくさんの花が咲いていて風が吹くといい香りがしていました。

このスキー場の駐車場で今回の旅で唯一見たワーゲン仲間がこの車です。

駐車場に止まっていた車のナンバーを見ると、かなり皆さん遠出していることがわかります。

「おっ!三重ナンバーだ!」
「何言ってんの、三重の方が千葉より近いでしょ」
「ああ、そうか」

数日いただけで自分が遠くから来ていることを忘れていました。
福島ナンバーもありましたね~。
関東のナンバーもけっこうありましたよ。

乗鞍岳はタッチして帰ってきたという程度ですませてしまい、いよいよGmundさんと待ち合わせている奥飛騨の神岡町を目指すことにしました。

これは途中で昼食に寄った時の飛騨ラーメンです。

有名な高山ラーメンは食べ損なってしまいました。
飛騨ラーメンも油が多いわりにさっぱりしたスープで美味しかったですよ!
隣のカレーもなかなのアジでした。

このときの隣の車はカイエンでした。

こうして並ぶとカルマン、低いですね。

カイエンのタイヤを見てあれっと気づいたのですが、

フェンダーアーチの内側にライトが点くようになっています。
これ、何のためなんでしょう?
ご存知の方、教えてください!

神岡町には待ち合わせの時間より少し早く着いたので、神岡城に行ってみました。

小ぶりなお城でしたが、板壁で、なかなか趣があります。
やはり、眺めは最高ですね。


待ち合わせ場所の「あすなろ」に行くと、Gmundさんはすでに到着していました。
一番上の写真が「あすなろ」です。
廃線になった神岡鉄道の終着駅「奥飛騨温泉口駅」を改装して、本格的な時価焙煎の喫茶店になっています。

正直、もっと古風な建物かと思っていましたが、内装などは駅の面影が随所に残っているようです。
でも、私たちはGmundさんとのお話に夢中になって、あまりよく見てなかったです。

お店の人から「すみません、もう閉店なんで…」と言われてはっと周りを見たら、すでに私たちだけになっていました。
Gmundさんのポルシェ356への熱い思い、ホリデーへの意気込みはすばらしいです。
ボランティアでそこまでやっているとは…。
ほんと、好きじゃなきゃできないですよね!
私もそっちの方へ足を踏み入れていしまったようですし…。

私たちはお店を追い出されて?外に出てからもさらに車の前でしばらく話し込んでいました。
夕方になってすこし涼しくもなってきていましたね。

元駅舎の向こうに回ってみると、以前のホームや線路はそのまま残っていました。


そうして、私が神岡に来るきっかけになったアレがありました。

線路の最後はテレビや新聞で紹介されていた自転車を改造して線路を走る、「レールマウンテンバイク」の車庫になってました。

結局、日が傾くまでGmundさんと話し込んでしまいました。
Gmundさん、楽しい時間をありがとうございました!

そんなわけで、帰りに時間があったら寄ってみようと思っていた平湯大滝も今回は断念して松本経由で一気に千葉に帰りました。
一気にとはいっても、八王子の手前が渋滞していることもあり、ところどころで仮眠を取りながらのんびり帰りました。
ウチに着いたのは午前2時をまわっていました。

ということで、今年の盆休みはカルマンのおかげでとても満足な72時間を過ごすことができました。
岐阜の旅が全体を通して「古いものを残す努力をしながら上手につきあう」というテーマになっていたように思えます。
カルマンを購入したことで旅の方向性も少し変わってきている気がします。
自然、建物、文化遺産、それを取り巻く環境に今まで以上に関心度が高まっている自分がいます。
そういった意味で、今回の岐阜の旅はいろいろな意味で「ど真ん中」でした。
カルマンの似合う古い町並みを探して、またいつか旅に出かけたいと思っています。

ここまで、長々と書いてしまいましたが、お付き合いいただいた皆さん、ほんとうにありがとうございました!

終わり


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岐阜の旅(その5)



岐阜の旅も最終日となります。
この日も朝からすばらしい天気に恵まれました。
駐車場のカルマンの隣はまたしてもニュービートル。


出発前の予定ではこの日に高山散策をしてイトヤンさんお勧めの豆腐ステーキを食べ、Gmundさんと待ち合わせた神岡に向かうというものだったのですが、前の日に高山の散策はしてしまったので、予定変更となりました。
いろいろ考えた結果、乗鞍スカイラインを走って乗鞍岳に行くことにしました。

その前にまずは、鍾乳洞見学に。
泊まった宿の近くにある飛騨大鍾乳洞というところに行ってきました。
この酷暑の中、洞内は13℃です。

入った直後は半そでのシャツ1枚では寒く感じるくらいでしたが、洞内を上ったり降りたりしているうちに、出口のほうではうっすら額に汗をかいてしまい、あきれられてしまいました。
まるでデブやのように汗かきなんですよ。

で、乗鞍スカイラインなのですが、以前は自分の車で行くことができたのですが、平成15年から償還が終わり、無料になるのを契機に、マイカー規制がされるようになり、バスかタクシーでしか登ることができなくなりました。
有料でも渋滞していたそうですから、無料になったら大変なことになったでしょう。
なんせ、2702mという、日本でもっとも高いところを走ることができる自動車道路として有名でしたから、以前から一度行ってみたいと思っていました。

乗鞍スカイラインへは朴ノ木平スキー場の駐車場から30分おきにバスは出るのですが、頂上付近の畳平まで約50分、往復で2000円でした。
積み残しが出るほど混んでましたね。

私たちは通路の補助席です。
同じ料金で椅子は悪いは景色は見にくいはないだろ…とは思いましたが、まこれは仕方がない。

昔、知り合いが車やバイクで登り、空気が薄いので調子が悪くなる車も結構いたというような話を聞きましたが、今の車はほとんどインジェクション仕様ですから、そんなこともないでしょう。
ただ、カルマンで行ったらどうなったでしょうね~。
きっと調子悪くなったでしょうね。
私たちが乗った最新式の低公害型バスも時には1速までギアを落として、必死で登っていました。
実際に行ってみて、「カルマンで行かなくてよかった」と思いましたよ。

マイカー規制はいいのですが、真っ黒な黒煙をガンガン吐きながら登る観光バスも規制していいのではないでしょうか?

乗鞍スカイラインを走るバスの中から見たものでもっとも驚いたのが、この険しい上り坂を自転車で登っている方がたくさんいたことです。
行っても行っても上りばかり。
しかもどんどん空気が薄くなってくるわけですし…。

すごいです。
高校生のとき、自転車で九州を半周したのですが阿蘇山の外輪山を登るとき、確かに空気の薄さを感じたのを覚えています。
ぜいぜい苦しくて、パワーが出ないんですね。
乗鞍ですから、阿蘇の外輪山なんてもんじゃないでしょうし。
バスの中でも、そのせいでうとうと居眠りをする人が大半でした。

一番上の写真が畳平です。
さすがに2702mです。畳平の気温は約12℃。鍾乳洞並みです。
ここにいると、もしかしたら、下山しても涼しいのかもしれないなんて思えてきます。
でも、下界は酷暑なんですよね~。
日差しは暖かく感じるのですが、山の頂上付近ですから、雲が次から次に霧のように流れてきます。
高山植物のお花畑がとてもきれいでした。
 

周りの観光客は大きく2グループに分かれます。
ちゃんとした装備でしっかり山を楽しもうと訪れたグループ。
もうひとつは、サンダルやヒール、半袖シャツ姿で、お気軽にバスで登ってきたという山をちょっとなめたグループ。
私たちは完全に後者。
午後の予定もあるので、早々に下りのバスを待つ列に並びました。

長くなったので続きは明日にします。
ようやく次回で最終回となりそうです。




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岐阜の旅(その4)



岐阜の旅の二日目です。
この日も朝からよく晴れていて猛暑日になるのは間違いなさそうでした。
泊まった民宿は温泉で24時間入れたのですが、夏の間は湯船にはまず浸からない私は昨夜一度入っただけで、のんびり温泉浴はせず、早々に白鳥を立ちました。
温泉は嫌いじゃないんですけどね。
この暑い日に浸かろうとは思わないのです。
あがってすぐにビールを飲めるというのなら話は別ですが…。

この日は白鳥(しろとり)から高鷲(たかす)を経由し、世界遺産の白川郷を散策、その後飛騨を経由して高山までのドライブの予定です。
予定走行距離は約120kmです。
上の写真は白鳥から白川郷に向かう途中の国道からきれいなスキー場が見えたのでそこで許可を得て撮らせていただきました。
日本じゃないような美しさです。
こういうところでカルマンを並べられたらな~と思います。

 
白川郷までの国道は右手にいくつもダム湖が出てきます。
ダムは嫌いですが、とても快適なドライブができる区間です。
ここも、カルマンで連なって走ると気持ちいいでしょうね~。
郡上~白鳥~高鷲と走っている間も川があり、私たちは川の上流に向かって走っているつもりでしたが、同じ道なのにこのあたりになるといつのまにか下流に向かっています。
もう川は日本海に向かって流れているわけです。


白川郷に着く前に1軒の合掌造りの家があり、内部を公開してました。
観光バスのスペイン人らしい団体がこの家と、私の車を珍しそうに見ていました。

白川郷の中は車両規制されていて一般の車は入れず、大きな駐車場に止めて、歩いて見学をすることになります。
もう、そこは、箱庭のような世界でした。
合掌造りの家の住人の方はそこで生活もしているのですが生活感をあまり外に出さないように気を使っているからでしょう。
お金をいただいて公開している家ならまだしも、毎日のように観光客が覗き見をするように家の周りをウロウロされるのって、どうなんでしょう?
もう、慣れているのでしょうか?
「すみませんね~ジロジロ見させていただいて…」という気分で歩いてました。

 

最も大きな合掌造りの建物は明善寺というお寺の庫裡なんですね。
約200年経っているそうです。

さすが、世界遺産です。
よくもこんなにたくさんの合掌造りが残っていたもんだなと思っていましたが、違いました。
努力して一生懸命残したのです。
今のように世界遺産というような考え方やレトロブームというような言葉がうまれるずっと前から、この地域の住人の皆さんは自ら住む建物の貴重さをわかっていたのですね。

 

ここ、白川郷も村じゅうに水が豊富に流れ、手をかざすとしびれるくらいに冷たく、手先を濡らすだけでもありがたかったです。
 

これがもっとも正しい?スイカの冷やし方です。

ビールも十分に冷える冷たさです。

車両規制のため白川郷ではカルマンを入れての写真は撮れませんでしたが、飛騨に向かう道の途中で、撮ったのがこの写真です。

合掌造りが3棟並んでいて、かわいいですね!

この先白川郷から飛騨に抜けるルートはかなりハードな峠道が待っていました。

アルプスを望める展望ポイントでひと休み。

予定よりすこし早めに高山についたので、宿に入る前に高山の古い町並みを散策しました。
ここは春と秋の年2回、有名な高山祭りが行われるところです。
 
やはり、昔ながらの街並みを見事に残している通りは趣があります。
ただ、郡上八幡、白川郷よりも垢抜けているというか、ちょっと商業的なノリを感じてしまいましたかね。
5時になるとお店はどんどん店じまいをしていきますので、私たちも今夜の宿に向いました。

食い意地がはっているせいか、いつも食事の写真は撮り忘れてしまいます。
ある程度食べてから、いつも、「あ!写真撮るの忘れてた…」となってしまうのですが、この日は珍しく撮りましたよ!
 
岐阜は朴葉味噌が名物なのか、どこでも売っていますが、これが旨い旨い!
宿では飛騨牛の朴葉味噌焼きが出ましたが、これがまた美味しかったですね~。
カミさんは肉を食べられませんので、2倍楽しめました。
この晩は冷酒もいただいちゃいました!
部屋に戻り、BSでやっていた昨年の嬬恋コンサートのかぐや姫や拓郎の歌を懐かしく聴きながら、途中で買った豆腐を肴にビールをもう少し…。
ふと見ると、カミさんはもうスースーと寝息をたてています。

とこんな感じで岐阜の旅の2日目はおしまいです。

つづく



今朝は久しぶりに雨が降っています。
昨日と10度の気温差。
で、また明日は暑くなるようです。
子どもじゃなくても体がおかしくなりそうですよね。
みなさん、ご自愛ください。



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岐阜の旅(その3)


(夜8時、いよいよ徹夜踊りの始まりです)

郡上八幡の町を散策していて、ふと気づいたのですが、建物や町並みが昔ながらというだけでなく、何かが違う…。
どうして、祭りの前というのにこんなに落ち着いているのだろう…
何だろう…

 

わかりました。

どこの町にも当たり前のようにあるものがここにはまったくないのです。
だから、町が落ち着いて感じるのかもしれません。
何だと思います?

それは、コンビニやファーストフードのお店なんです。

たとえば川越のような同じようにレトロを売りにしている町にもコンビニはありました。
ただ、目立ちすぎないように建物の外観などには気を使っていますが。

 
きっと、郡上八幡はそういうお店を一切入れない町の方針なんでしょうね。

とても大事なことだと思います。
町全体で、伝統、文化を継承していこうという思いで満たされています。
旧庁舎もそのまま保存され観光案内や売店として活躍しています。
2階では郡上踊りの講習会が行われていました。


お祭りにつき物の屋台も昼間はどこにもありません。
夕方6時過ぎになってようやく準備が始まります。
4日間連続して徹夜踊りが開催されるにもかかわらずです。
ここにも役所の心遣いが感じられました。

そんな地域ぐるみの伝統としてずっと守り伝えられてきたのが郡上踊りです。
郡上踊りは400年も前から伝えられてきているもので、7月中旬から9月上旬にかけてなんと32夜にわたって踊られる長い長いお祭りです。

その中でもクライマックスとなる徹夜おどりは、8月13,14,15,16日の4日間です。
私たちが行った16日はちょうどその最終日に偶然あたったのです。
4日間も連続して徹夜で踊るなんて、郡上八幡の方たちの体力はどういうことになってるんでしょう!!

8時近くになってその日の踊りの会場の方に行ってみるともう始まっていました。(日にちによって踊りの中心地が変わります)
 
やぐらを中心にして輪になってすでにたくさんの人が踊っていました。
時間が経つにつれ、どんどん踊り手は増えていき、輪はだんだん大きくというより、道路ですから、とても長い楕円形になっていきます。
見ている私たちも自然と引き込まれる感じで踊りの輪の中に入りたくなってしまいます。

踊りの種類はあとで調べたら10種類くらいあるようですね。
1曲がかなり長く、私たちは帰りの電車の時間もあり、徹夜で参加することはできませんが2~3曲真似て踊りました。
ただ、散策中に買ったお土産や壊れた下駄を入れた袋、カメラがじゃまで踊りにくい、踊りにくい…。
お酒をガンガンやりながら熱狂的に踊って…という感じではありませんでした。みなさん、とてもジェントルに踊っている感じです。
(もっとも、夜更けの状態は見ていませんのでわかりませんが…)

電車の時間が迫ってきたのでしかたなく、会場をあとにしました。
駅の方角はわかっていましたが、行きはバスだったので、初めて通る道です。
普通は駅に近づくほどにぎやかになっていくはずなのに、ここは駅に近づくほど、寂しくなっていきます。
とうとう不安になって、閉店の作業をしているガソリンスタンドの人に聞くと、すぐそこが駅でした。

長良川鉄道、郡上八幡駅。

静かなローカル線の駅でした。
周りにはネオンのひとつもないし、タクシーの1台も止まっていません。
時刻表を見ると1時間半に1本くらいしか走っていません。
しかも、のぼりは20時49分、下りも22時14分が終電です。
でも、この郡上踊りの時だけは臨時列車が出るようです。

3時、4時まで踊ってこの電車で帰る方もいるんですね。
私たちは明日の予定もあるので、とても無理でした。
ホームに入ってきたのは1両編成のディーゼル車でした。

ワンマンカーで、線路の上を走るのでなければまるでバスの車内でした。
ローカルな路線バスや列車に乗り、旅気分を満喫できました。
岐阜の旅の長い1日目はこうして終わりました。


つづく



今朝、会社の近くの楓の木きをふと見たら、色づき始めていました。
秋はやはり近くまで来ているようです。




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岐阜の旅(その2)


郡上八幡の中心地らしいところで路線バスから降り立った私たちはどこに何があるのか、方角すらよく分からず、まずは適当に歩き回りました。
(市内の地図はダウンロードして持ってましたが…)

この町ではほんとうにいろいろな驚きや発見がありました。

まず、驚いたのが町の中心を流れる川の水のきれいさでした。
上の写真は最も中心部にかかる二つの橋の間の部分です。
この澄んだ水の中で子どもたちが水遊びをしています。
大きなコイや鮎などの川魚も一緒に泳いでいます。
私も服を脱いですぐにでも飛び込みたい気分でした。
なんせ、40℃ですから!

飛び込むといえば、ほんとうに飛び込んでいるのです。
向こうに見える橋から子どもたちが飛び込んで遊んでいました。
橋の欄干には注意を促す看板が置いてあるのですが、禁止にはなっていないようです。
 
読めますかねえ?

8月14日だけで4人もケガをしている。
個人の責任において注意して飛び込むように。

ということです。
画期的です!
ケガ人なんてでたら、すぐに禁止にしてしまうのが役所的な考え方です。
ここではそれ以前にこの橋から飛び込むという遊びが「伝統」「文化」として古くから根付いているからなのだろうと思います。
きっと役場の人たち、町会議員方たちすべてが同じ遊びをして大人になったのでしょう。

  
子どもたちは勇気やワザを競い合うように繰り返し、飛び込んでいました。
この橋から水面までは12mもあるので、飛び込むには相当な勇気が必要です。

まだ橋から飛び込むことができない子どもたちは、岩から飛び込んでいます。
初級コース、中級コース、上級コースがきちんと分かれているようです。
 

先週末の24時間テレビでこの橋からの飛び込みに関する放送があったのではないでしょうか?
予告だけ聞いて、実際には私は見ていません。

子どもたちを見ていて自分の子ども時代を思い出しました。
私が少年期に住んでいたところは街中で、昭和30年代ですでに川で泳ぐなんてことはすでにできなくなっていましたが、両親の田舎に行くと、どちらにもすぐ近くに川があり、夏休みには何日か泊まりに行き、よく川で泳いだものです。

家から水着とサンダルだけで川に行き、冷たい水の中にガタガタ震えるまで入って遊んでいました。
大きな木に結び付けられたロープでターザンごっこをひたすら繰り返してました。
寒くなると大きな石の上で甲羅干しをし、温まったらまた川に入る…。
それと同じことを平成19年の郡上八幡の子どもたちはしていました。

街中を散策していると、真っ黒に日焼けした子どもたちが紺のスクール水着姿で浮き輪を持って家に帰る姿をたくさん目にしました。

小学生だけでなく、中学生クラスの女の子も川で遊んでいました。
こういうところがまだ残っていることになんだかホッとしましたね~。

「あれ、そんなの、ウチの近くでもやってるよ!」という方もきっとたくさんいらっしゃるでしょうね!
でも、私にはとても新鮮でした。

さて、町の散策に戻ります。
 
大変な暑さのためということもあるのでしょうが、街中にあまり人は歩いていませんでした。
お祭りですから、昼間から人がわさわさしてにぎわっているのかと思ったら、中心から少し外れると観光客さえほとんどいなくて、ひっそりとしていました。

町のあちらこちらに水を飲めるところがあり、道の両脇の溝にはきれいな水が豊富に流れています。

郡上八幡の住人は昔から、この水を上手に炊事や洗濯などに利用していたようです。
今はそれに使うことはないでしょうが、その名残がそこここに残っています。
 

水路にはコイや金魚だけでなく、岩魚や鮎まで泳いでいます。
 

歩き疲れたら、足をつけて休憩できるところがありました。
 
仙台では「足湯」でしたが、こちらでは「足水?」で疲れを癒しました。

下駄履きで歩き回り、とうとう私の下駄の歯が1本かけてしまいました。
でも、町のあちらこちらで下駄は売っていて、簡単にまた安く、新しい下駄を確保できました。(郡上踊りには下駄がつきものなのです)

夕方には山の上にある郡上八幡城に行ってきました。
さすがに上りはタクシーを使いましたが、帰りは下駄で下山しましたよ!
 
郡上八幡城は昭和8年に再建されたものですが、木造でたいへん趣があります。
木造建築の再建天守閣としては日本最古のものだそうです。
東京の青山の地名はここの藩主の青山氏と関係があるそうです。
また、この城や郡上八幡は山之内一豊の妻の話やNHKの大河ドラマ「功名が辻」でも有名なところです。

天守閣から町を見下ろすと、天下を取った気になれたでしょうね~。
見渡す限り自分の領地…。
どこの町でもそうですが、もっとも見晴らしのいいところに天守閣は建ってますから、最高の眺望を得ようと思ったら天守閣に登ることですよね。

そうこうしているうちに、ようやく日が落ちて夕方になってきました。
郡上の祭りは8時からです。
夕方になって、ようやく浴衣姿の地元の人たちが増えてきました。
いよいよ、郡上踊りが始まります!


つづく


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岐阜の旅(その1)


(郡上八幡の古い町並み…祭りの前の静けさです。電柱がなかったらさらに素敵な町並みに見えるでしょうね~)

今日から何回になるかわかりませんが、2泊3日の岐阜の旅を振り返ってみようと思います。
日記代わりにだらだら書いてしまうと思いますが、よろしければお付き合いください。

ひとことで言えば、岐阜はほんとうにいいところでした。
岐阜に足を踏み入れたこと自体が生まれて初めてなのですが、日本地図で見るとまあ、普通に山奥の方ですし、冬は豪雪で有名な方面ですから、昼間は暑くても朝晩は涼しいだろうと思っていったら…
まあ、暑い暑い!
すごい暑さだなあ…と思っていたら、夜のテレビで観測史上最高の温度だったなんて言っているではないですか!
40度なんて、こりゃまた、なんという…。

よりによって、最も暑いときに、最も暑い所に行っていたわけです。
そんな中、カルマンは元気になんのトラブルもなく私たちを運んでくれました。(密かに期待していた方、いません??)
クーラーがどれだけありがたかったか…。
これがなかったら、きっと干物になって帰ってきたでしょう。

さすがにこの3日間、旧車の姿はほとんど見なかったですね~。
唯一といっていいのが3日目に見たレイトバス、あとはベンツW123のセダンを見かけたくらい。
ま、そうですよね!
あの暑さですから…。
普通は走らせません!

さて、出発まで話を戻させてください。

なるべく涼しいうちに距離をかせぎたいのと、せこくETCの深夜割引を利用したいので、出発は午前3時でした。

まだ暗いうち、最初の休憩は富士山の裾野の駒門PA。
ここはあえて、寄りました。
というのも、

ここで、おいしい富士山からの湧き水を補給できるからです。
深夜でもトラックドライバーや知っているドライバーがたくさんの空のペットボトルなどを持ってきて水を汲んでいます。

今回の旅は「水の旅」といえるくらい、岐阜の各地は水に恵まれたところでした。
雨が少ないにもかかわらず、いたるところで手がしびれるほど冷たい清水を補給することができ、二人してがぶ飲みしながら歩き回っていました。
この清水のおかげで猛暑の中、元気に動き回れたのだと思います。

太陽が出た頃、静岡の由比パーキングでおにぎりの朝ごはん。

ここは以前、TJさんが伊豆大島の写真を撮っていたところですよね!
海の間近のPAなので私もよく寄るところです。
この日は漁船の姿がまったくありませんでした。
朝は雲が多かったのでそんなに暑くならないかな?と思っていたら、甘い甘い。
このすぐあとからガンガン矢が降り始めましたよ!
そんな中、カルマンは順調に50~70マイルで巡航。

SAでのちょっと珍しい食べ物2種。
浜名湖のうなぎアイスと岐阜の冷たい葛きりバーです。
 
私には、どちらも「へんなの…」 

450kmくらい走り、東海環状線の美濃加納SAで給油。
燃料計の針はすでに左に寄り切っていましたが、入ったのは30リットル。
あと10リットルくらいは残っていたようです。
燃費はやはり15km/㍑。
パジェロの倍近く走ってくれる省エネなヤツです。
高速のSAの給油所なのにセルフでした。
それでも154円/㍑。
まったくもって、高すぎです。
地元では145円で入れられたのに…。

カルマンにはガソリンを、私はとにかくひたすら水を補給、補給。
カルマンは空冷ですが、私は水冷。

東海北陸道に入り、郡上の手前から10km近く渋滞していて、予定より若干遅れて郡上八幡の少し先、白鳥(しろとり)の宿に午前11時ごろ到着。
バタバタと、カミさんは浴衣に、私は甚兵衛に着替えて下駄履きで路線バスに乗り、郡上八幡まで戻りました。
わざわざ浴衣に着替えたわけは、その夜、郡上八幡では「郡上踊り」という有名なお祭りのフィナーレともいえる日だったからです。

ローカルな路線バスに地元の高校生やおばあちゃんなどと一緒に乗るのもなかなか旅っぽくてよかったです。

郡上八幡の中心地でバスを降りたら、そこは町全体がテーマパークのような、タイムスリップしたような世界が待っていました。



つづく




| 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(22)| トラックバック(1)

ただいまです!


2泊3日の岐阜の旅から無事、戻ってまいりました!

午前3時に出発して、自宅に着いて寝ようとしたのが午前3時。
充実した72時間を過ごすことができました。



走行距離はおよそ1000km、記録となるような暑さの中、カルマンはずっと快調に私たちを運んでくれました。

昨日はGmundさんとお会いし、楽しい時間を過ごせました。
Gmundさんありがとうございました!

旅の報告はまたボチボチとアップさせていただきます。
まずは、無事帰還の報告をさせていただきました。


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夏のスキー場


スキー場の中腹にあるイタリアンレストランです。
特注の石釜で焼かれるピザは特に絶品です。
窓の下の薪は石釜に使われるもののようです。
パスタの麺も絶妙な茹で加減でした。
ワインの種類もかなり豊富にありますし、送迎もしてくれるので、運転の心配なくお酒も楽しむことができます。

内装も柱や梁はすべて古材を使っていて落ち着ける雰囲気です。。
来年のサミット会場の洞爺湖畔にもお店を持っていて、オーナーの話ではもうすでに、なんだかんだのサミットの影響がはじまっているそうです。



天気が悪かったのですが、雲でかすんだスキー場はそれはそれで趣がありました。

 

古い消火栓はまるでオブジェのように建物の隅を引き締めていました。






さてさて、この人はいったい、何をしようとしているのでしょう??








こうしたかったんですね。
フロアパンとボディを別々にすることをパンオフといいます。
最近のモノコックシャシーではできない芸当です。
普通はボディを外す前に、エンジンを降ろすと思いますが…。





こうやって、別々に手を入れてレストアをすると、完璧に仕上げることができるんでしょうね。
この方も、イメージは新車同様のカルマンに乗っているんでしょう。






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ボンネットバス


湯沢の駅の近くに懐かしいボンネットバスが置いてありました。
自由に見ていい状態でしたので、じっくり見させていただきました。


昭和34年式なので、私のカルマンより2歳年下です。
カルマンにも少し前まで付いていたKOITO製のシールドビームが装着されていました。
現役中は愛媛県の今治市を走っていたということです。
瀬戸内海を臨みながら走っていたのでしょうね。

隅々まで完璧にレストアされていました。
下回りもピカピカでした。
車検も取ってあり、いつでも走ることができる状態のようです。

縦のいすゞのロゴが懐かしいです。

エンジンは6120cc、120馬力が積まれています。
エンジンまでオリジナルかどうかはわかりませんでした。

 
アポロ社製の腕木式方向指示器(ワーゲンではセマフォーといいますね!)が付いています。
オレンジのウィンカーは後付けのようです。

運転席にも自由に座ることができました。
ハンドルは乗用車のように直立しています。
きっと、ハンドル操作は相当重いんでしょう。
男の仕事場…という感じです。
 
120kmまで目盛りのあるスピードメーターの中のオドメーターは9016kmとなっていました。
レストアしてから9000km走ったのでしょうか?
シフトパターンを見るとギアは5速になってますが、通常は2速発進なんでしょう。

子どもの頃、ストロークの大きなクラッチをダブルで踏みながらこれまた大きなストロークのシフトを操作する運転手さんをじっと観察していた覚えがあります。
ダブルクラッチのイメージは子どもの頃に完璧に焼きついていました(笑)。
幼稚園の頃まではバスの運転手さんになるのが夢だったようです。

ハンドルポストに赤いブザーのボタンがあります。
車掌さんとはあのブザーで合図をし合ってました。
(この車の場合は、ホーンボタンかもしれません)
1回鳴らすと、次の停留所に降りる人はいない。
2回鳴らすと、次で降りる人がいるという具合でした。
ブザーのあと、「次、停車~」とか「はい、次通過~」と、鼻にかかった声を出していました。