カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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ナナ・サン・マル


今からちょうど30年前、1978年の7月29日まで、沖縄では自動車は右側通行をしていました。
上の写真は昔の国際通りの写真です。(wikipediaより)
撮影日は不明ですが、おそらく1960年代でしょう。

それが7月30日から左側通行に変更になったのです。
もともと、沖縄は日本の国土でしたから左側通行だったのですが、太平洋戦争によりアメリカの統治下となり、右側通行に変更されてしまったのです。
しかもその変更はまだ日本が無条件降伏していない戦時中の1945年6月24日ですよ!
強引ですね~。

通貨もドルにしましたからねえ。当時アメリカは沖縄を本気でアメリカ領にするつもりだったのでしょうね~。
強引ですね~。
英語を公用語にしなかっただけマシか…。
いえ、どうせなら日本全国統治下にして英語を第1言語にされてたら、日本人は今の国際社会でもう少し優位に立てたかも…。

おバカブログですからね!
こういう文章にムキになってはいけませんよ!

それから四半世紀が経って1972年にようやく本土復帰することができたわけです。
そのときに日本政府はアメリカに3億2000万ドル(1ドル360円計算で1兆1520億円)を特別支出金として支払ったそうです。
当時の首相の佐藤栄作氏はこの功績を称えられてノーベル平和賞を後に受賞しています。
それでも沖縄には未だにたくさんの米軍基地が存在していますが、その話しは今日は置いておきます。

ちょうど沖縄返還の頃沖縄出身の17歳の女の子が「17才」という歌で鮮烈なデビューを飾りました。好きだったですね~。今は篠山紀信夫人です。

ニックネームがシンシア。
吉田拓郎が「シンシア」という彼女に向けた名曲を作っています。

返還により、通貨がドルから円に戻され、本土との行き来にパスパートも必要なくなったわけですが、車の通行は復帰以降もずっと右側通行だったわけです。
当然、左ハンドルの車がたくさん走っていて、国内メーカーも輸出向けだけでなく、沖縄向けにも左ハンドルの車を作っていたのです。
沖縄から逆輸入した左ハンドルの国産車をヒトとちょっと違う車ということで自慢げに乗っていた方もいましたね!

話しはそれてばっかですが、沖縄の方は自分たちのことをウチナンチュー(島人(シマンチュ)ということもあります)、本土の人をヤマトンチューと呼びます。
この言葉の響き、好きです。
漁師のことは海人(ウミンチュー)と呼びます。

私が学生時代にダイビングクラブの合宿で初めて沖縄に行ったときはもちろん復帰後でしたが、車は右側通行の最後の年でした。
合宿が終わって少し延長して滞在し、同学年の仲間とレンタカーを借りて右側通行の外国気分を味わおうということになりました。
レンタカーは左ハンドルと右ハンドルの両方があり、好きなほうを選ぶことができました。
いきなり右側通行で左ハンドルだとワケ解らなくなりそうだということで、右ハンドルのベンチシートのクラウンに6人乗りでドライブしました。

(この写真も国際通りでしょう。おそらく1970年代?)

初めての右側通行でしたが、思ったより混乱しないで走ることができましたね~。
当時、日本で唯一だったドライブスルーのハンバーガーショップ(マックじゃなくA&Wでした)が嘉手納にあり、わざわざドライブスルーで購入して、店内で食べたのを覚えています。

そのハンバーガーショップにめちゃめちゃかわいい女の子がいて、私たちは…
と、今日はその話ではないのです。

で、復帰から6年後の1978年にようやく右側通行から左側通行に変更になったわけです。
なぜ、7月30日にしたのかはわかりませんが、730(ななさんまる)というキャンペーンを張ってそこいらじゅうでアピールしていました。

上の写真はその記念碑で、石垣島の離島行きの船が集まる港の近くの交差点に置かれています。

現代のように交通機関が発達した状況で通行区分を変えるというのは相当に珍しく、大変な作業だったようです。
29日の夜10時~30日朝6時まで県内全域通行止めにして、すべての信号や標識を右側通行用から左側通行用に変更したそうです。
とはいっても左側通行用をすべてあらかじめ設定しておいて、カバーをかけておいて、それをはいでいったわけです。

変更しなければいけなかったのは信号や標識だけではなく、車そのものもだったのです。
普通の車はハンドルがどちらだろうと、通行はできますが、バスやタクシーはドアの位置が違いますし(タクシーは自動ドアの方向)左ハンドルでは不都合ですから、全取っかえになりました。

一斉に放出された左ハンドルのタクシー仕様の車が大量に中古車で出回って、若者が安く買って乗っていた時期がありました。
当時の沖縄のタクシーはほとんどがピンクと肌色の中間のような色をしていました。

都市部の中央分離帯や中央線があるところはまだ混乱も少なかったようですが、田舎の中央線もないような道ではかなり事故もあったと聞いています。
それも、バスやタクシーの正面衝突の事故の方が多かったとか…。
慣れすぎていると、無意識に動いてしまいますからね。

この、プロジェクトに要した総費用は、一説には8000万ドル(288億円)にもなるそうです。


で、世界中で右側通行と左側通行とはどのくらいの比率になっているのだろう…とちょっと調べてみました。


青:車両の左側通行を行っている地域
茶:車両の右側通行を行っている地域
水色:車両の右側通行を左側通行へ変更した地域
オレンジ:車両の左側通行を右側通行へ変更した地域
紫:領域内で車両の通行区分が異なっていたが現在は右側通行である地域

青系が左側通行、赤系が右側通行という感じです。
見たところ、やはり右側通行の方が断然多そうです。
Wikipediaによると、人口比率で行くと34:66で右側通行、道路の総延長距離で比較すると27.5:72.5と右側通行の圧勝です。

やはり、イギリス連邦系が左側通行が多いようです。
でも、カナダ(1920年)や中国(1949年)のように右に変わった国もあるようです。
近年では1967年9月3日にスウェーデンが左から右に変更していますが、それ以降では沖縄くらいのようです。しかも、右から左に変更はさらに珍しいようです。

でも、どうしてそれぞれの国が右側通行にしたのか、また左側通行にしたのか、日本を含めてよく解っていないようですね。
Wikipediaでは「欧州大陸諸国の右側通行については、馬車の馭者は右手で鞭を振るうので、対向する馬車に鞭を当てないために自然と右側通行になったという説や、フランス革命の際に教会の定めた左側通行に対抗して右側通行にし、その後、ナポレオンがヨーロッパ各地を占領していったことで普及した説がある。しかし、どの説も決め手に欠け、なぜ右側通行・左側通行になったのかはっきりとわかっていない。」と書かれています。

船や飛行機はすべて右側通行です。
鉄道は車のようにさまざま…。

鉄道や車よりもはるかに歴史のある船のルールが世界で統一されているのに、どうして車は統一できなかったのでしょうかね?


昨日、100台ミーティングの申し込みが2台ありました。
これで73台になりました!
junさん、コルレオーネさん、ありがとうございます!


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夕べは久しぶりに熱帯夜じゃなかったようです。
クーラー無しで寝ることが出来ました。
この記事を書いている途中で、間違って昨日の記事を消してしまい、へこんだ状態で寝ました。
今日、復活を試みます。
というより、書き直します!



日記 | 投稿者 赤の’57 08:31 | コメント(18) | トラックバック(0)
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