カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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自動車運転事始(その3)



大学に入り、下宿(今や死語ですね!)生活が始まったわけですが、初めて上京するときにはあの1400ccのサニーの後部座席に1組の布団とわずかな着替えを詰め込んで、母親と二人でフェリーに乗って行ったのでした。

小倉から東京の有明ターミナルまでなんと2泊3日の旅です。
小倉を夜たち、徳島に翌朝着きます。
そして東京には翌々日の朝到着するわけです。

そういうのんびりした旅は今でもできるようです。
徳島~東京間は太平洋を走りますから結構揺れます。
お風呂に入ったら、ゆれで湯船からお湯が外に出るものですから、そこのほうに30cm程度しかお湯がなかったのを覚えています。

そんな長旅でようやく東京に着き、いきなり自分で運転して初めて行く下宿先に地図を頼りに向かったのでした。
しかし、まったく迷うことなく行くことができました。
まあ、ほとんど環七(環状7号線)一本道でしたから…。
フェリーの港も私の下宿先も環七沿いだったわけです。

母親は生活必需品をかったり、下宿のおばあさんに挨拶をしたりして2~3泊し、入学式を見て帰りました。
一組しかない布団で私を母親がどうやって寝たのか、記憶にありません…。
きっと、忘れてしまいたい状況だったのかもしれません…。

帰りは車をフェリーに積み込み、母親と一緒に帰したのでした。

大学に入ってしばらくは車なしの生活でしたが、クラスで親しくなった友達がみな自宅通いで車を持っていたため、車にはあまり不自由しなかったですね。

当時、友達が持っていた車は、
ギャランGTO
2代目コスモ
初代レオーネクーペ
サバンナRX3
オースター
ダルマセリカ
といった顔ぶれでした。

 

 


大学で私はダイビングのクラブに入ったのですが、当時のダイビングクラブは使用する機材をすべて自分たちで持っていました。
数十本のタンク、それに空気をつめるコンプレッサーを2台、レギュレーター、ウエイト、etc…
それらを運ぶためにクラブで車が必要だったのです。

その車が一番上の写真の同型車、初代のミツビシデリカだったのです。
愛嬌のある顔で、まつ毛をつけたら似合いそうでした。

もちろん、中古車で、すでにそうとう年季が入っていて、ポンコツの部類に入っている車でした。

海水でびしょびしょのまま乗ることも多かったので、床はサビサビで穴が開いて地面が見えているところもありました。
掃除は楽でしたが…
ホウキでその穴から砂などを落とせばいいわけですから…。

そんなオンボロデリカにダンクだのウエイトだのコンプレッサーだの重い荷物を満載して、人も6人目一杯乗るわけでまあ車には相当過酷な使用状況だったと思います。

あるとき、伊豆からの合宿の帰り道、私が2年生の時だったと思いますが、私たちの学年が車を託されました。
毎週末、伊豆から東京方面に向かう国道はひどく混むのですが、その日はいつもに増して混んでいました。

トレーニングで疲れた体で乗っている私たちもぐったりしていたのですが、そんな時、「東京への近道」という看板を見つけ、よし、こっちだとその看板が示す道に入ったのでした。

あとからわかったのですが、その道はいったん伊豆半島の尾根に向かって登っていき、箱根を越えて小田原に向かう、ターンパイクという有料道路への誘導だったのです。

まだ当時、そんなに伊豆方面の道に慣れていなかった私たちは後戻りもできずにどんどん山道を登って行きました。

後ろの板バネが逆ぞりするくらい荷物を満載していましたから、デリカは悲鳴を上げながらもなんとか上りきったのですが、地獄は下りでした。

箱根ターンパイクは走ったことがある方ならわかると思いますが、そうとうな急坂が続きます。

新車のインプレッションのテストコースによく使われていますね。
カーグラTVなどでもおなじみのコースです。

いつか観光バスで登ったら、観光バスがオーバーヒートしてしまいました。

そんな坂道を荷物と人を満載のオンボロデリカが下っていったわけです。
運転は私でした。

コラムの4速仕様だったのですが、2速で降りようとするとエンジンの回転が上がりすぎてオーバーレブしそうになるし、3速で降りると今度はブレーキを酷使することになり、フェードを起こしそうになるのです。

エンジンか、ブレーキか、どっちかが今にもダメになりそうな状況でした。

ターンパイクの下り坂にはやたらと「エンジンブレーキ使用」とか、「オートマ2速」とかそんな看板が目に付きます。
きっと、トップギアのままでブレーキを多用して降りる人が多く、昔のドラムブレーキではよくフェードしていたのでしょう…。

そのためか、ターンパイクには何箇所も緊急避難するための上りのスロープが作られています。



ほんとうにそこに突っ込むしかなくなりそうな、ギリギリの状態でした。

緊急避難路は砂でボコボコの状態で、一度入ったら自分たちでは絶対に脱出できない雰囲気です。
最後はそこに突っ込むしかないけど、その後は相当面倒そうでしたから…。

小田原に無事降りたときにはブレーキからもエンジンからもかなり臭いがしていました。
まさにどちらも焼きつき寸前だったようです。

この車で二度とターンパイクには入ってはいけないことを誓ったのでした。

そんなオンボロデリカをひとりで運転して片道1000kmを小倉まで帰ったことがあります。


その話はまた…


日記 | 投稿者 赤の’57 21:11 | コメント(10) | トラックバック(2)
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