カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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ホノルル・センチュリーライド



今日はF1富士GPの決勝ですが、遠くハワイではホノルル・センチュリーライドという自転車レースが行われているはずです。
もう、4年も前になってしまいましたが、2003年に参加することができました。
今日はその時のことを書きますね。

センチュリーライドとはホノルルマラソンの自転車版といった感じのレースで、最も長いコースでセンチュリーマイル、約160kmを走るレースです。
種目は、20マイル、25マイル、50マイル、75マイル、100マイルと体力に合わせて自由に選べます。

トップレベルの選手は本気モードでかっ飛ばしてますが、多くの出場者は走りそのものを楽しむ感じで、そのあたりのノリもホノルルマラソンに似ていると思います。

私はいきなり、最長の100マイルに出場しました。


スタートはホノルル動物園の脇にあるカピオラニ公園。
午前6時15分スタートということで、まだ暗い5時ごろからたくさんの選手が公園に集まってきます。
忌野清志郎さんを始めとして有名人が何人も参加しているということでしたが、暗いのでまったくわかりませんでした。
自転車のタイプはもちろんロードレーサーが多いのですが、実にいろいろな形のバイクが集まっていました。
子どもが乗るカプセルを引っ張る自転車、二人乗りの自転車、リカンベントという仰向けになって漕ぐ自転車、そしてお決まりのコスプレスタイル…。
スタート前からチームごとに写真を撮ったりして盛り上がってます。

出場コースごとに、スタートラインが決まっていて、長い距離の選手から順にまとまり、ようやく明るくなってきた6時15分、ドン!というような大きな音など何もなく、スタートしていきました。
きっと最後の選手がスタートするまでに30分はかかっていると思います。


コースはオアフ島の東側をほぼ海岸線に沿って走ります。
出発してしばらくはダンゴ状態なので、完全に道路は交通規制をしてくれていて安心して走ることができました。
スタート直後にダイヤモンドヘッドの横の急坂があり、キラウエアの超セレブが住む高級住宅街を抜けて少し行くと上の写真のような快適な海岸線に出ます。
心地よい風を受けながら快適に1時間も走らないうちに最初のエイドステーションに着きました。


ここが最初のエイドステーション、サンデイ・ビーチです。
エイドステーションは折り返し点も兼ねていてここは25マイルコースの折り返し点となります。
エイドステーションでは到着した証明となるステッカーをゼッケンに貼ってくれます。
バナナやレモン、飲み物などをここで補給することができます。
トップグループの選手たちはこんなエイドステーションなどステッカーももらわずにどんどん先に走っていくのですが、のんびり派は写真を撮ったりして超リラックスムードです。



コースはすべて快適な道ばかりというワケにはもちろんいかず、心臓破りの坂もいくつかありましたし、遠くへ行くほど走っている自転車もばらけてミスコースをしてしまったこともありました。
(下の写真のようにわかりやすいマップも渡されていたのですが…)
それでも無事、100マイルの折り返し点、Swanzy Beach Parkに到着しました。
午前9時代だったと思いますが、日差しはもう強くなってました。
上の写真はその折り返し点から見た海の風景です。
すぐに帰るのがもったいなく感じ、海を眺めて少し長めに休んでいました。

復路の途中でちょっとしたハプニングがありました。
走っていて、突然左の乳首に激痛が走りました。
私は自転車専用のウェアではなく、ごく普通のTシャツを着て走っていたのですが、「イテッ!」と胸を押さえるとシャツの首からなんとハチが飛び出してきたのです。
どうしてそんなことになったのかわからないのですが、よりによって乳首??
それにしても痛いなあ…と思いつつ、走り続けました。



ゴールの直前ではさすがに疲れて両足がつる寸前になっていて、強くペダルを踏むことができなくなっていましたが、ほぼ自分自身の予定通り、午後2時ごろ、無事にゴールにたどり着きました。
乳首の痛みははしばらく続きましたが、そのうち収まりました。


結構へたばってます。

これは出場記念Tシャツ。

普通に着ているので、ヨレヨレになってしまいました。

折り返し点のシールが張られたゼッケンを大会本部に持っていくと、一番上の完走証明書と、お弁当をもらえました。

久しぶりの気持ちのいい達成感でした。
泣けるほどかな…と思いましたが、そこまでではなかったですね~。
ビールが最高に美味しかったのは言うまでもありません!

毎年でも参加してみたいと思うのですが、なかなかそうも行かないですね~。
大きなおもちゃを買ってしまったし…。


「ん? それって、私のこと…?」


今日は朝から雨がしとしと降ってます。
1日雨らしい…。
川越のイベント、たいへんだあ…
主催者の方、参加者の方、気の毒です。
雨に日のイベントがどんなことになっているか見に行ってこようとは思いますが、カルマンで行くか、パジェロで行くか、考え中です。




自転車 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(15)| トラックバック(2)

いろんな仕事があるものです


(昨晩の月は中秋の名月ではありませんがなかなかきれいでした。)

今日は朝から雨模様で涼しいです。
F1会場も雨でしょうか?
明日の決勝は降らないでほしいですね。

少し前に、泡だらけの水槽に飛び込む仕事の話を書きましたが、世の中、ほんとにいろいろな職業があるものです。
今日は私が過去に知ったちょっと変わった職業の方を紹介します。

ダイビングインストラクターの養成コースをやっていたときのことなのですが、受講生の中にひとり、ウェットスーツやその他の機材が白いペンキだらけの方がいました。
ペンキ職人の作業着ならわかりますが、ダイビングの機材がどうしてペンキだらけ??


聞いてみると、その方は作業ダイビングの仕事で、原子力発電所の排水口が海に面した部分の塗装をしていたそうなのです。
何でもその塗装をしないと冷却水ですから水が温かいため、貝などがたくさん張り付いて塞いでしまうからだというのです。
そのペンキを水中で塗るというのです。
「えっ!水中でペンキ??」って思いますよね!
それが専用のペンキがあるらしいんですね。
専用とはいっても水中に飛び散りますから、それがウェットスーツなどの装備にピトピト付いてしまったのですね。


ペンキといえば、これは、ダイビングのお客様の話ですが、高圧電線の鉄塔のペンキを塗る専門業者だという方もいらっしゃいました。
いつも山奥の高いところのさらに高い塔のてっぺんで仕事しているから、余暇はダイビングで水面下に潜ってバランスを取るんだと、わかるような、わからないような話しをしていました。

水中作業関連では、海底トンネルの漏れを探す作業の話を聞いたこともあります。
「気泡が出ているとな、そこから漏れているわけだ。それをどうやって止めると思う?」とその私よりも年配のプロダイバーの方は聞きます。
「わかりませんが、専用のシーラントのようなものがあるんでしょうね。」
「ちがうよ。雑巾をはさむんだ」
「………」
たぶん、からかわれたのだと思うのですが…。

作業ダイビングのことは実はあまり知らないのです。
もっともやりたくないダイビングの仕事は遺体捜索や引き揚げだと思いますが、それを依頼される業者の方は車用に緊急灯とサイレンを持たされていました。
ごく普通のワンボックスカーなどの緊急車両を見かけたら、刑事じゃなくて現場に向かっているダイバーなのかもしれません。

そういえば、デニーロ主演の映画「ザ・ダイバー」という映画、なかなかよかったです。


それから、高速道路のトンネルの照明の掃除をするのが専門だという方もいました。


空港の滑走路の端には飛行機が降りたときにつくタイヤの跡がたくさんありますが、あの汚れを取る専門の業者もあるそうです。
かなり頑固にこびりついているあれを落とすのは特殊な技術の為、世界中の空港から引き合いがあって、けっこう儲かるらしい…です。

ウェットスーツを作りに来た方のなかで、ダイビングはしないけど…という方もいました。
何に使うのか聞いてみると、冷凍庫の中で作業をするためだということでした。

東京ディズニーランドの大きな客船、マークトゥエイン号はご存知ですか?

あの船は水に浮かんでいるわけではなく、実はレールの上を走ってるんですね。
で、そのレールの点検を毎晩閉園したあとの夜中にスタッフが行っているわけですが、毎年新入社員の方がダイビングの講習に来て覚え、毎晩、レールが見えないように濃く着色されてほとんど視界がきかない水中に潜り、水中ライトで点検をする担当になっていました。
冬の寒い時期はそうとうつらい作業のようで、1年でお役ごめんとなり、また次の年は新入社員が数名選ばれてその役をおおせつかっていました。

皆さんのほうがもっといろいろと変わったお仕事のことをご存知かもしれませんが、私が知り得たお仕事の話でした。


日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(0)

まる1年



カルマンが納車されてまる1年が経ちました。(9月26日でした)

幸い救援を呼ぶような大きなトラブルは一度もなく過ごすことができました。
電気系統のトラブルで2度、パーコレーションで一度、立ち往生はしましたが、何とか自分で復旧することはできましたし、ヒューズボックスを取り替えて以降、電気的なトラブルは皆無になりました。
1年間の走行距離は1万キロとちょっとです。

カルマンのおかげでこの1年、とても新鮮な経験をたくさんすることができました。
また、このホビダスのブログを通してたくさんの方とお知り合いになることもできました。
ブログを書くことが新しい習慣となり、楽しみにもなりました。
読んでいただいている皆様、旧車道楽を支えてくれるカミさん、そしてカルマンに感謝、感謝!です。


さて、秋のイベントの季節がやってきました。
予定が目白押しで遊んでいる暇がありません…(?)

9月30日(日)  川越High&Low(エントリーはしていません)
            (本当はF1観に行ってみたかった)
10月6日~7日 地元のクラシックカーフェスティバルエントリー
            (本当は356ホリデーに行きたかった)
10月8日(祝)  カルマンデイ(3日連続は…)
10月13日(土) ミッレミリアのスタート(ぜひ行きたい)
10月14日(日) 山中湖ミニツーリング(言いだしっぺだし)
10月21日(日) ところざわクラシックカーフェスティバル
           (一応エントリーしていますが出ないかも)
10月28日(日) モテギヒストリックカーフェスティバル
           (一番楽しみにしています。パレードランに出ますし、皆さんに会えます)
11月2日~4日  アエロバティックス日本グランプリ
           (飛行機のイベントですが、ぜひ見てみたい)
11月10日~11日 ルマンクラシック(ああ、行きたい…)
11月18日(日) 八王子いちょうまつりクラシックカーフェスティバル
           (昨年は出ましたが今年は…どうしよう?)
           小布施ハイウェイオアシス
            (こちらは一度行って見たいと思っていましたが…)

赤字のイベントは確定です。
StreetVWのジャンボリーは3~4月になったようですね。
これは100台ミーティングの宣伝もあるから絶対出たいところです。

10月28日はモテギでLet's PlayVWジャンボリーがヒストリックカーフェスティバルと同時開催のようです。
ダブルエントリーできるようですが、離れた東パドックになるようなので、どうしようかと迷ってます。

それから、ビッグイベント、「車検」も12月には控えているのでした。
(今のところ基本整備だけですみそうですが)

たいへんだ~!!……お金が。




イベント | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(47)| トラックバック(1)

モータースポーツ・ジャパン2007(最終回)



モータースポーツ・ジャパン2007のレポートの最終回です。

今回デモ走行をした車の中で、F1以外に私的にとてつもない車が2台ありました。
その1台が上の写真の車です。
トヨタスープラのハイブリッドマシンです。
今年の7月15日~16日に北海道の十勝で行われた「十勝24時間レース」で優勝したマシンです。

480馬力のエンジンに加え、後輪を駆動する強力モーター、左右前輪にはそれぞれ独立したモーターをつけた車だということです。
ブレーキングの時に電気を貯め、それを加速のときに一気にモーターに送り込む方式だそうです。
ですから、レースの時にモーターだけで走ることはありえないのですが、やろうと思えばできるらしく、その姿も見せてくれました。
GTマシンがヒュルヒュルと静かに走る姿は実物大のラジコンカーといった感じで、そのおもちゃ的な雰囲気に皆、笑ってました。
エンジンを再始動すると、そりゃまた、大迫力でしたが。



もう1台がこのくるまです。
スズキスポーツXL7。
パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムという毎年7月にアメリカのコロラド州で行われるヒルクライムレースに出場するために作られた専用の車です。
約20kmの距離ですが、標高2,862mのスタート地点から4301mまで標高差1,439mを一気に駆け上がるたいへんなレースです。
 
この車はスズキスポーツの田嶋社長が1988年から挑戦し続けている中の2007年モデルで、馬力はなんと1007馬力!!
F1以上です。
このモンスターマシンで田嶋氏は10分1秒というコースレコードを出して自身3度目の総合優勝を果たしました。
目標は10分を切ることだったらしいですが、すごい記録です。
20kmを10分で走るということは平均速度は120km/hということになります。
ほとんどがオフロードの坂道をですよ!

実際、走ってくれましたが、ロケットエンジンでも積んでるの?というくらいの飛び出すような加速でした。
音もF1マシンとはまた一味違う、とんでもないものでした!


会場には、お子さま用に「レースカーのコクピットに座れるよ」的なサービスをあちらこちらでやっていましたが、ミシュランのブースで大人の方もどうぞと言うので座ってみました。
車はMR-Sでした。
車内はロールバーだらけでとてもタイト。
ハンドルを外さないと乗り降りは無理なわけです。
クラッチの重さはやはりレースカーですね。
カミさんは、「動かないように固定してるのかと思った」などと言ってました。

 
フードコートは最近はやりのエスニック料理が多かったですね。
タイ料理、アフリカ料理、トルコ料理、中華料理などバラエティに富んでいて、なかなかよかったです。
(カルマンのイベントにも来てくれないですかね。こういうの、どうやってお誘いするのでしょう?)
私はトムヤムクンラーメンを食べましたが、なかなかおいしかったです。パクチーはじめ、香草系大好きです!
(例によって食べるのに夢中で、写真は撮り忘れ…)

コカコーラやコカコーラグッズを売っているブースにレトロないい感じの自動販売機がありました。
実際に100円玉を入れて購入できました。

他にもたくさん車の写真は撮ってきたのですが、こんなところでレポートはおしまいにしましょう。


これは会場の写真ではありません。

いつも通る国道沿いに、英国車を中心として扱ってる風の修理工場があって、ジャガーのマーク2やダブルシックスなど販売もしていて、いつも目で追ってしまうのですが、あの日は店の前に素敵なジャガーが置いてありました。
ちょうど信号で止まったので写真を撮ろうとすると中の方がにこっと手を振ってくれました。
XK120でしょうか?
としたら、カルマンとほぼ同世代の車です。
きれいなラインの車ですね~。
ミッレミリアに向けて準備をしているのかもしれません。

ミッレミリアは10月13日スタートですね。
スタート地点に見に行くか、東北道を追っかけるか、思案中です。



モータースポーツ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(0)

モータースポーツ・ジャパン2007(その3)



モータースポーツ・ジャパン2007のレポートの第3回です。
会場では最近の車もたくさん展示されていましたが、どうしても旧車から目が行ってしまいます。
きっと、新しい車のリポートは他の方が私よりもよくご存知で、どこかでより詳しくレポートしてくださるだろうということで、わたしは今日も旧車方面の写真ばかりです。
でも、このブログを書くにあたっていろいろ調べて勉強し直しました。
間違いがあったらご指摘くださいね!
詳しい方が多いので助かります。(つまり、釈迦に説法してる?)

上の写真は言わずと知れたポルシェ906です。(1966年)
小学生のときに1/24のプラモデルを作ったので結構細かいディテールまで覚えています。
最新のGTカーなどに比べるととてもコンパクトなボディに感じます。

 
運転席も大変シンプル。
サイドシルのFRPは塗装さえしていませんでした。
テールランプにはHellaのロゴが読めました。
総生産台数は67台。日本には3台が輸入され、現存は2台だけ。
1967年の第4回日本GPに3台とも出場し、生沢徹がこの同型車でニッサンR380を打ち破り、優勝しています。
総排気量   :1911cc
最高出力   :210hp/8000rpm
最高トルク  :20kg-m/6000rpm

いいなあ…。レース用に作られた車ですが、その気になればナンバー取れそうな雰囲気です。
(あのノーズではガソリンスタンド、入れないか…)


1967年の日本GP、R380で負けたニッサンは翌1968年、このR381で本気で勝ちに行きます。
レギュレーションが変わったこともあり、このR381はなんとシボレー製V8、5.5リッターを積んでいます。
もう、勝つためには手段を選らばない体制だったのでしょうか。
この写真を写したとき、実際にエンジンをかけていました。
写真ではあの大迫力の音をお届けできないのが残念です。

この年、トヨタもトヨタ7で日本GPに参戦しています。
このR381はニッサンの期待通り、2位の車さえ周回遅れにしてぶっちぎりで優勝することができました。
このゼッケン20番はそのときの車両かもしれません。
でも2位のポルシェ910(906の発展型)は2リッターのままだったというところもすごいです。

怪鳥のあだ名の通り、巨大な可変リアウィングが特徴です。
左右が別々に可動し、コーナリング時の加重を調整したそうです。
ニッサンはその後、V12の6リッター自社エンジンをこの車に積み、R382へ発展していきます。
R383はトヨタ7のターボ車同様、1970年の日本GPの中止に伴い、レース参戦はできずに終わりました。

  
これも、有名な車ですね。
どちらもサファリラリーに出場した車です。
左の510ブルーバードSSSは1970年に、右の240Zは1971年に総合優勝しています。
日本GPは中止になりましたが、ニッサンはサファリラリーなどのラリー出場で市販車の性能をアピールしたようです。
70年代はつや消しのFRPボンネットが流行りましたね!
(って、知ってるのは私とイトヤンさんくらい?)

 
時代は遡り、1963年に行われた第1回日本GPではニッサンフェアレディ1500が優勝したのですが、左の車はプリンス自動車が第2回日本GP出場のために作ったスカイラインGT-Bです。
この車は63年発売のスカイライン1500のノーズを200mm延長してグロリアの6気筒2000ccにウェーバーを3連装して積み込みました。
しかし、優勝をさらったのは式場壮吉が運転するポルシェ904でした。
日本の車メーカーの打倒ポルシェ作戦はここからスタートです。

右のスカイラインGT-Rは説明の必要ないですね。(1969年)
ロータリーエンジンの台頭まで国内50勝の記録を作ったすごい車です。
この車だけは若い頃、友達が持っていたので乗ったことがあります。
クラッチを踏むと体が浮きそうになるくらい重かったのが印象的でした。
低速ではすぐにかぶるので空いている夜中か、郊外でしか乗ることができませんでした。
ガソリンタンクは100リッターでしたが、車にお金を使い果たしていた友達はまず満タンにできたことはありませんでした。

 
時代はさらに遡り、これは1958年のオーストラリア1周ラリーに出場したダットサン1000です。
このとき、富士号と、桜号の2台がエントリーし、見事富士号はクラス優勝を果たし、桜号もクラス4位入賞を果たしました。
写真の車はそのときの富士号そのものだと思います。
ボディの大きな凹みがレースの苦労を物語っています。


運転席は驚くほどシンプルで、市販車とほとんど変わらない感じでした。唯一、時計らしい小さな計器がダッシュボードにありました。


このバイクはどこかのブースになんの説明もない状態でおかれていましたが、HONDA CR-110でしょうか。
本物かどうかは私にはわかりませんが、すごいバイクで復刻版のバイクが出たことは知っています。
マン島のレースを意識して作られたバイクで、50ccなのに4バルブDOHCで、8.5馬力もあります。
リッター換算で170馬力のハイスペックなエンジンで、8速ミッションを介して最高速は130km/hにも達したそうです。
すご!

レポートはまだ、つづきますよ!


夕べは中秋の名月だったということでしたが、普通の月でした。
それもそのはず、満月じゃなかったんですね。
ほんとうの満月は明日だそうです。
どうして、満月じゃない日になったんでしょう?


モータースポーツ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(0)

モータースポーツ・ジャパン2007(その2)


トヨタのブースにはトヨタ7が展示されていました。
トヨタ7にはカンナム仕様と日本GP仕様があるようですが、これは日本GP仕様です。


(こちらがカンナム仕様、この車は現存していません。)
このトヨタ7の開発では1969年に福沢幸雄(福沢諭吉のひ孫)をヤマハのテストコースで喪い、1970年には鈴鹿サーキットでテスト中に川合稔が亡くなった悲しい歴史があります。

上の写真の車は70年のターボ車だと思います。
日本GPが中止になって、レースには出られなかったそうです。

また。数日前に、このブログで私のカルマンが発売された年のことを書いた折、初代クラウンと初代スカイラインの写真をウェブから探して載せたのですが、今回のこのイベントで期せずして、2台ともまったく同じ車が展示されていました。


トヨタのモータースポーツの活動は、1957年オーストラリア・ラリーにクラウンで出場したのが最初で結果は47位だったということです。
この車は、実車ではなく、その時の車を再現したもののようです。
内装を見ると計器類らしいものは装備されてなく、ラジオまでついていました。ですから、雰囲気は外見だけだと思います。
セマフォー仕様でしたので、最初期型でしょう。
餅焼き網のようなストーンガードがついています。
市販車のエンジンは1500ccで48馬力。




こちらは1957年に新発売になった初代プリンススカイラインです。
高級車らしく、すでにバックアップランプも備わっています。
直列4気筒1500cc60馬力。最高速度は125km/h。
アメ車を意識したテールフィンが時代を感じさせます。
この時期はメルセデスでさえ、フィン付き(通称ハネベン)のスタイルになっていましたから、いかにアメリカの影響力が強かったかわかります。
1960年のマイナーチェンジでデラックスのヘッドライトは4灯式に、テールランプも丸型2灯になります。


この車は有名な2000GTの中でも、ボンドカーに匹敵するくらい有名な2000GTかも。
1966年にスピードトライアルで連続72時間世界スピード記録(206.03km/h)を打ち立てた車です。
200km/hでまる3日間走り続けられるなんて、すごいですね~。
でも、これ、ヤマハのエンジンなんですよね。

トヨタ7も2000GTも実際に会場で走らせてくれました。
しかも、当時実際にその車に乗っていた方々がハンドルと握っていました。
初老のドライバーが感想を聞かれ、「もう少し、あとに生まれたかった」と言っていたのが印象的でした。
 


トヨタ7のヤマハ発動機開発の5リッター、V8ターボ、800馬力のエンジン音を聞くことができました。
今のF1マシンやフォーミュラ日本のマシンに比べると回転数が低いからか、野太いとても力強い音でしたが、会場が狭いこともあり、かぶり気味で本領発揮とはいっていませんでした。
ホイールベースの短さとF1並みの不釣合いなほど太いタイヤが印象的でした。

つづく


今日は中秋の名月だということですね。
天気はどうでしょう?
観られるといいですね!



モータースポーツ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(18)| トラックバック(3)

モータースポーツ・ジャパン2007(その1)



お台場で行われたモータースポーツ・ジャパン2007に行ってきました。
今回初めて行ったのですが、予想以上の内容で、とても楽しめました。
これだけの規模のイベントを入場無料で開催していることは驚きです。

たくさんのブログネタを仕入れてくることが出来ましたよ!

上の写真はメインイベントともいえるHONDA F1 RA107のデモ走行です。
F1では珍しいアースカラーです。
運転はバトンではありません。
ジェームズ・ロシターという若いドライバーでした。
F1が走行するのも初めて近くで見たのですが、それはもう、なんというか、とんでもない機械ですね。あれは。
 
会場はいつもカルマンデイで使っている広大な駐車場なのですが、アクセルをほんのひと吹かししただけで、反対側まで行ってしまいます。
アクセルをボンと吹かせてブレーキ。
曲がってひと吹きでまたブレーキという感じでしたが、それでも暴力的ともいえる音と速さに圧倒されるばかりでした。

F1マシンが最新鋭のジェット戦闘機としたら、カルマンは複葉機というところでしょうか。
帰りのカルマンのエンジン音がなんだかとても静かで平和な音に感じました。

しかし、とんでもなく貴重な車がものすごい数、惜しげもなく展示されていて、さらにそれを目の前でエンジンをかけたり、走らせてくれたりするのですから、私はずっと子どものように興奮状態でした。
たくさん、車の写真を撮ってきましたので追い追いアップしますね!


まずは、買ってきたおみやげから。
 
ベシ(イセッタ)をまとめて5色。
リアキャリアにトランクが載ってます。

右はカルマンがエリバ引いてます。
これがほんとうにできたら楽しいでしょうね~。
実際にしている方が湘南にいらっしゃるんですよね。

356のコンバも同時購入。
全部、超格安で購入できました。




モータースポーツ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(10)| トラックバック(1)

1957年(昭和32年)


(1957年型ロールスロイス・シルバークラウド・シューティング・ブレイク…フェンダーライン、カルマンと似てますね!)

今日は私と私のカルマンの共通の生まれ年、1957年について調べてみました。
1957年、昭和32年はどんな年だったのでしょうか?

Wikipadaで出来事を調べてみると、
1月29日に日本の南極越冬隊が南極大陸初上陸を果たしています。
2月25日に安倍首相のおじいさんにあたる岸信介内閣が成立。
2月27日 カルマン嬢誕生
4月24日 赤の’57誕生
7月6日に日本における高速電車の先駆けとなった小田急3000形・SEが運転開始。

7月8日に有名な砂川事件が起きています。
8月27日に茨城県東海村の原子力研究所で原子炉が臨界点に達し、「原子の火」がともる。原子力発電の始まった年だったんですね。
10月1日 五千円札(聖徳太子の肖像)発行。
11月15日 名古屋に地下鉄1号線(現:東山線)が開業
12月7日 立教大学・長嶋茂雄選手の巨人軍入団が決まる。
12月11日 百円硬貨発行。
12月17日 上野動物園にモノレールが登場。

う~ん結構、いろんなことが起きてますね!

第38回芥川賞を開高健の『裸の王様』がとっています。

同じ年に生まれた有名人では
2月4日 - 石破茂、政治家
4月4日 - 桑野信義、タレント
4月19日 - 石原伸晃、政治家
5月8日 - かたせ梨乃、女優
6月25日 - 松居一代、タレント・エッセイスト
7月12日 - 北別府学、元プロ野球選手
7月12日 - 森永卓郎、経済アナリスト
7月16日 - 篠塚和典、元プロ野球選手
7月17日 - 大竹しのぶ、女優。
8月18日 - 名取裕子、女優
9月16日 - 東国原英夫(そのまんま東)、宮崎県知事
9月18日 - うじきつよし、タレント
12月17日 - 夏目雅子、女優

夏目雅子も生きていれば50歳ですか…。

また、この年に亡くなった有名人は
1月14日 - ハンフリー・ボガート、俳優
10月24日 - クリスチャン・ディオール、ファッションデザイナー

これは1957年の羽田空港の様子

左の写真で駐機している飛行機は何でしょう?
垂直尾翼が3枚あります。
珍しいですね。

これですかね?

(ロッキード・コンステレーション)

 
これはカナダのアブロカナダ社が開発した全天候迎撃機。
初飛行が1957年。マッハ2.5。すご!


これは当時の新宿駅西口広場だそうです。
未舗装の道路に水溜りがあります。
想像つきません…。


金色のオブジェで有名なアサヒビール工場がある吾妻橋の付近です。
当然首都高もなく、隅田川が今よりも幅広に感じます。


日比谷公園で行われた第4回全日本自動車ショウ

 
「戦場にかける橋」も1957年の作品です。


松竹映画「喜びも悲しみも幾年月」木下恵介作品。
(観てませんが…)


第2回浅間火山レ-スの様子

ここから先は1957年製の製品の数々です。

トライアンフ T110

 
コニカ III MXL           OLYMPUS WIDE E
ライカに追いつけ、追いつけ状態?
マミヤも新製品を出しています。


ギブソン・レスポール・カスタム 1957

 
オメガのスピードマスターも1957年に発売。後にNASAに正式採用されたことで有名な時計です。
右はハミルトンというキャデラックのテールフィンデザインを手がけたリチャード・アービブ氏デザインの時計だそうです。
斬新なデザインですね。


マサンドラ・トカイ・1957年 95000円
う~ん、全部ほしい…


最後に1957年製の車たちです。


フィアット500


MB300SL


ダイハツミゼット


シボレーベルエア


スチュードベーカー


ダットサン1000

調べるといろいろなことが出てきます。
これは続編ありかも…。


日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(20)| トラックバック(2)

いつもの場所に


久しぶりにまったり夕陽見学ポイントに行ってきました。、











そんなに期待していなかったのですが、ちょっとの間だけきれいに焼けました。
上から2番目はちょっとお気に入りです。





日記 | 投稿者 赤の’57 21:00 | コメント(14)| トラックバック(1)

ワンオーナーの角テール



シンノスケさんのブログでも紹介しているようにアメリカで第1回So-Calビンテージ・トレッフェンというイベントが開催されました。

このイベントはドイツで行われるBad Cambergのようにエントリーの敷居が大変高く、タイプ1はオーバルウィンドウ世代(つまり1957年)まで。タイプ2はプレスバンパーの世代まで。カルマンギアは角テールの1959年型まで。さらにキューベルワーゲン、シュビムワーゲン。ポルシェ356、そしてロメッチュ、ヘップミューラー、デンゼル、エンズマン、ダネンハウアー&スタウスなどのコーチビルドのみがエントリーを許されるというものだそうです。

So-Calというのは、South Californiaのことです。
日本でやったら何台集まるのでしょうか。
私のカルマンは一応エントリーできますね。

上の写真はそのイベントにエントリーしていた、私のカルマンと同じ歳の1957年型の角テールなのですが、なんと新車からのワンオーナーカーなのだそうです。
すごいですね~。
1台の車に50年間乗り続けているのです。
20歳で買っても70歳…。

前においてあるプレートを見るとその車の説明や昔の写真が貼ってあります。
女性オーナーなのでしょうか。ドレス姿で運転席に座ってます。
Dadが買ってくれたのですかね。
大きな羽根のついた超大型の車ばかりが走っていた時代ですから、今で言えば軽自動車を買ってあげた感覚でしょうか?
  



パネルには他にもなかなか興味深いことが書いてあります。

ワンオーナーカーである。
30年間は毎日のように乗っていた。
大きなレストアはしていない。
そして、購入時の価格が2650ドルだったというのです。
値段がわかってるということはプレゼントじゃないということ?
ま、それはいいとして、
現在のレートの1ドル115円計算で換算すると約30万円ほどですが、当時のレートは1ドル360円。
そうすると954000円ということになります。
1957年の95万円はかなりの高額商品でしょうね。

  
左の車は同じ1957年に発売された初代プリンススカイラインです。
スカイラインも渋いですが、カルマンがいかに洗練されたスタイリングかわかります。
ま、4ドアセダンと比べても仕方がないですが…。
このスカイラインは発売当時の価格で120万円もしていたらしいですね。

右の1955年発売の初代クラウンが約100万円。
1955年ごろの大卒の初任給が5600円程度だそうで、現在を20万円とすると、約35倍。
同じように車の値段を35倍にすると、
クラウンで3500万円相当。
スカイラインになると4200万円相当の車ということになります。

同じ計算で行くとカルマンは3325万円。
フェラーリやロールスロイス並みということですね。

いささか乱暴な計算ではありますが、当時の車がいかに高嶺の花だったかわかります。
スバル360のような大衆車が望まれたワケですね。
スバル360は1958年に発売されました。

大衆車とはいえ、スバル360の発売当時の価格は425000円です。
同じ計算で1487万円。
ポルシェ並みです。

当時のサラリーマンはスバル360を買うのに、今で言えばポルシェを買うくらいの決断が必要だったんですね!

そうか~、新車当時3300万円の車に乗っているのか~

カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(1)

ColaniGT(その2)



有名なデザイナーのルイジ・コラーニがデザインしたビートルベースのキットカー、ColaniGTをガルフカラーに塗った個体の特集です。
この車は前回の雪の中のラリーに実際に使われた車両のようです。

 
後姿はなかなかの迫力です。
吸気ダクトが中に納まるエンジンがタダモノではないことを主張しているようです。

 
エンジンのスペックはわかりませんが、ポルシェファン、タコ足が迫力です。
フロントサスはワーゲンのトーションバーのようです。

 
トノカバーはありますが、ロールバーは装備されてませんね。
ひっくり返ったら…、覚悟を決めるしかなさそうです。

 
REMUSはマフラーのメーカーですよね。 

 
ヘッドライト周りはちょっとポルシェ906風?
スピードメーターは220km/hまで刻まれてます。
レブカウンターは6500回転からレッドゾーン。



しかし、暑い日が続きますね。
朝からギラギラ太陽が照り付けています。



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10月14日(日)

カルマンギアミニツーリング in 山中湖

09:00 中央高 談合坂集合(現地集合もOK!)


コーチビルド | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(2)| トラックバック(2)

カルマンでミニツーリングに行きませんか?



カルマン100台ミーティングのポスターができました。
まだ、場所も日程も決まっていないのですが、来年秋、開催予定で動いています。

このポスターはMAXXさんの作です。
すばらしい~!!

とにかく今は、開催場所を探すことと、カルマンギアオーナーの方の把握に努めています。

カルマンギアの、オーナーの皆さん、ミーティングに参加できる、できないは別として、ぜひ、以下のサイトにアクセスして愛車の登録をしていただけないでしょうか?
タイプ3カルマンの方もぜひ、お願いします!
お知り合いにカルマンオーナーの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、この件をお知らせください。

ハローカルマニスト http://www.karmannghia.jp/

カルマンギア登録サイト http://www.karmannghia.jp/syoukai.html




で、今日はカルマンギアでのミニツーリングのお誘いです。

100台ミーティングの有力候補地として浮上している山中湖の湖畔の施設「山中湖交流プラザきらら」まで現地視察を兼ねて一緒にツーリングしませんか?

○日程  10月14日(日)
○目的地 山中湖
○集合  中央道 談合坂SA 09:00
     (もちろん、現地集合でもOKです)

当日は、ジョイントしたいと思っているイベントが現地で開催されています。
フリーマーケットを中心とした交流イベントです。
どんなイベントか直接見てみる予定です。

他に、近くの観光スポットを訪ねたり、山中湖の湖畔をドライブ、名物ほうとうを賞味しようというものです。

秋のこの季節、カルマンギアの窓を全開にして走ると最高に気持ちのいい季節かもしれません。

ご参加いただける方は、コメントで参加表明していただけると嬉しいです。

KAKAAさん、クロムヘッドさん、k-ghiaさん、DENNISさん、他、カルマンオーナーの皆さん、お気軽にご参加ください!

フカさん、参加表明ありがとうございます!



100台ミーティング | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(20)| トラックバック(0)

実験君


昨日、トドの話に絡んで撮影の話が出たことで思い出したことがあります。

これは社会人になってからのヘンなお仕事の話です。
それは、都内のある浄水施設からの依頼でした。

水道に送る水をきれいにするためには多くの過程を経ているのですが、その最後のほうの段階で、専門的な名称はわかりませんが、水をいれたタンクの中に泡を大量に発生させてその泡の力で水をきれいにするという過程があるのです。

深さが5mくらい、直径が20mくらいある大きな水のタンクの中をものすごい勢いで泡が発生するようになっているのですが、もしもそこに人が落ちたら、水とはいえ、泡だらけですからほとんど浮力が発生せず、あっという間に水底に吸い込まれてとても浮き上がることはできないというのです。
サーフィンでもスープと呼ばれる泡ばかりの部分は浮力が減って乗りにくいそうですね。

で、依頼というのは、そのように誤って落ちると大変危険なのだが、もしも落ちてしまったらどういうことになるのか、実際に人を落としてそれをフィルムに収め、研修のためにその映像を使うので、作業員の変わりに落ちてくれないかというものでした。

普通の人なら危ないが、長く息こらえができるプロのダイバーなら危険が少ないだろうというのです。

で、その落っこちて大変なことになる作業員役を当時まだ20代でバリバリ若手だった私に「お前、やれ」ということになったのです。

「いくらダイバーでもそんなことして大丈夫なの?」

と思ってくださった方、やさしいですね!
大丈夫なんですよ。
ダイバーにはウェットスーツという強い味方がありますから。
あの、ウェットスーツというのはすごい浮力があるんです。
スーツの厚さや型にもよりますが、おおよそ体重の1/10くらい。
60kgの人でしたら6kg程度の浮力があります。
それがどのくらいの浮力かというと、水面に仰向けに浮かんで楽々本を読んでいられるくらい。
泳ぎがあまりうまくない人でしたら、潜ろうと思っても絶対に潜れないくらいです。
ダイバーはその浮力を消すために腰に鉛のウェイトをつけて潜ります。
緊急時にはそのウエイトを捨てるだけで、ウェットスーツ全体がライフジャケットの役目を果たすわけです。


(この写真の施設は本文とは関係ありません)

さて、実験に戻ります。
ウェットスーツを着ていれば安心と言っても、沈まなければ撮影にならないわけで、まずはどの程度沈むのか試してみました。
浄水場の担当の方は万一のことがあってはいけないので、とても慎重になっています。
「もし、沈んで苦しくなったときはどうしましょう。何か合図を出していただけますか?」
「じゃあ、窓越しにバツのサインでも出しますか」
「わかりました。そうしてください。すぐに泡の放出を止めますから。くれぐれも無理なさらないで」
とやたら心配します。

当時の私は5m程度でしたら3~4分は息を止めてじっとしていることができましたから、なんてことはないのですが…。

笑ってしまうのが、やはり作業員が落ちたところとしての記録フィルムですから、作業着姿でということで、私はウェットスーツの上にベージュの作業着を上下着て、ダイビング用のマスクをつけた上からヘルメットをかぶった姿にさせられたのでした。

で、まずはリハーサル。
係りの方の合図でどわーっと泡が一面に出てきました。
ドライアイスを水に入れたときのようにすごい勢いです。
「では、お願いします」と言われてボトンと落ちてみるとびっくり!

あっという間に5mの水槽の底です。
6~7kgの浮力なんてなんの役にも立ちません。
「おおぉ!面白~!!!」と楽しむのも束の間、合図は出していないのに泡がすぐに止められて、ズワンと水面に浮いてしまいました。

「大丈夫ですか~!!」と係りの方。

「もっと長い時間でもぜんぜん大丈夫ですよ~!」

「いえいえ、沈んだところが撮れればそれで十分ですから」

「それでは、着替えて本番お願いします。」

濡れた作業着ではダメだということで1テイク撮るたびに真新しい超ビッグサイズの作業着にお着替えです。

何回落ちたか忘れましたが、5~6回は落ちたでしょうか。

冬の寒いある日のヘンな仕事の話でした。




日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(13)| トラックバック(0)

トドのつまり


Gmundさんのブログを読んで思い出したことがあります。

大学生のときに、トドという大きな海獣に乗ったことがあります。

「とどのつまり」のトドではありません。
この場合のトドは魚のボラのことです。
ボラという魚は出世魚のひとつで大きくなるにしたがって名前が変わっていきます。
ハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→そしてトドとなります。
「とどのつまり」という慣用句はそこから来たという話です。

海獣のトドの話に戻ります。
大学のダイビングクラブにテレビ局から連絡があり、よかったらテレビに出演しないかというのです。

最近はなくなりましたが、以前よくあった番組で、学生に大学対抗でおバカな競い合いをさせる類の番組でした。
クラブの仲間5人と他の大学のメンバーも一緒に渋谷から大型バスに乗り込んで西伊豆方面に向いました。

どういった経緯があったかは忘れましたが、その対抗戦のメインの種目となるトドに一体何秒間乗っていられるか?というおバカな競技には私が出ることになりました。

写真のトドはそのときのものではありませんが、よく似た施設です。
一応、芸を仕込まれたトドが観客席とプールの間にある通路に水から上がってドテドテっと歩いてきます。
そこで首に丸いわっかをかぶせて、選手はそれに捕まってトドの背中に飛び乗ります。
とどはそのままプールの横まで駆け上がり、プールにドボンと飛び込むのです。
トドから振り落とされずに誰が一番長く乗ってられるかというバカバカしい競技でした。

本番直前「誰が一番に行きますか?」「君行く?」というディレクターの誘いに、皆、「いえ、私は…」と引いているので、「オレ、いいっすよ!」と自ら志願して一番バッターになりました。

アメフトの防具を競泳用の水着の上に着けた恥ずかしい格好で、ステージの上でトドを待っていたら、出てきたなり私を見て、低い声で吠え掛かってくるのです。
近くで見ると結構でかいです。
体重は1tを超えてましたから、カルマンよりも重いのです。
トドというと上あごに長い2本の牙があるのですが、さすがにそれは切っていますが、結構な迫力です。

すると、その施設の関係者は「逃げて、逃げてっ!」

その後、「ちょっと、興奮していて危険なので、他のトドに替えましょう」ということになりました。
ゲッ!マジ危ないの??
と思いつつ、2頭目のトドに果敢につかまりましたよ!

 
(注:画像と本文は何の関係もありません)

トドの背中はびっちりと長い毛が生えていてザラザラしてました。
結構、獣臭かったです。
私を乗せたトドはドテ、ドテっと滑るように歩き、予定通り水中に頭から飛び込みました。
ディレクターからは「水に飛び込むまでつかまってられても、深く潜ったりして危ないですから、すぐに手を離してください」と言われていたのですが、当時、水中で2分や3分平気で息を止めてられましたから、しばらくトドと一緒に水中を潜っていて、そろそろいいか…と手を離して浮かんだら、まあ、怒られました。
タイムは完璧1位でしたよ!
大学対抗ということで、それなりにむきになってやってしまうんですね。

だからって、なにもなくロケ弁食べさせてもらえただけでした。
一通りいろいろな競技を終わってから、
「それでは、応援シーンを撮りますので、各チーム固まって観客席に座ってください。元気にやらないと写らないよ~」というディレクターの指示。
私たちは目の前には何も起こっていないのにディレクターの合図で、「わーっ!!、がんばれ~!!」などと歓声をあげて応援しました。

後で、オンエアーを見ると、自分が出場している種目に自分が応援してました(笑)。

で、一番最後に撮ったシーンが「準備体操シーン」
「ちょっといい? 準備体操しているシーンも一応撮撮っておこうと思うののでよろしく!」と言われ、すべて終わってから、水着にアメフトの防具姿で準備体操…。
ここもしっかり放映されていました。

番組作りの裏側を見てしまい、「ま、テレビなんてこんなもんなんだな」と若干興ざめした感覚を覚えています。

その後、ダイビングが仕事になって何かのついでにお客さんを連れてこの施設に行く機会があるたびに、このときの話を笑い話にしてました。


とどのつまり、何を書きたかったの?

「………」



日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(0)

カルマン100台Mの視察


昨日は早朝からカルマン100台ミーティングの会場候補地の視察に行ってきました。
カルマニア親分のtosioさんのカルマンと私のカルマンのツーショットです。
この写真では、どこだかわからないですよね!

これで、どうでしょう?
って、わかるわけないですよね。
紅白カラーでなんとなくめでたい雰囲気?

実はまだ詳しいことは書けないのですが、ここはけっこういけるかもしれません。
私たちの希望する条件をかなりの部分で満たしていました。
うまく行くと面白い方向に発展できる可能性もあります。

これから実行委員の方々のご意見を聞いてどうするかを決めて行くことになります。

施設の方にいろいろお聞きした後、tosioさんとは現地解散となり、私たちはここで少し早い夕食を食べました。
 
新宿の近くの幡ヶ谷というところにもともと2軒あったイタメシ屋さんなのですが、ここや最近江ノ島にも姉妹店が出来、どんどん店舗数を増やして、前は「知る人ぞ知る」だったのが、今や、「みんな知ってる」お店になって、嬉しいやら寂しいやら複雑なのですが…。

ここで絶品だと思うのが、
 
この二つの料理なんです。
行くと必ず注文してしまいます。
左はサラダなのですが、美味しいのは奥のビンに入った自家製のドレッシングなのです。
このドレッシングとシーフードサラダとのマッチングは最高です!
(ビールのような液体はノンアルコールビールです。念のため(笑)

右の料理は「洋風ネギトロ」という料理です。
ネギトロをオリーブオイルベースで味付けをしているのですが、これがまたうまいうまい。
バケットにつけて食べると最高のオードブルになります。

もちろん、パスタやピザも美味しいですが、上の二つはほんとうにお勧めです。
 
お店の外はこんな景色。
行ったことがある方でしたら、これでどこだかわかりますね!
スワンボートの手前に本物のスワンが泳いでました。

実は行きも帰りもとんでもない大渋滞にはまり、大変だったのですが、行きのサービスエリアにこんなトライクが止まっていました。
 


ホンダのゴールドウィングをベースにしているようです。
水平対向6気筒。
まあ、なんともお金がかかってそうな仕様です。

このトライク、日本ではバイクに分類されないんですね。
だから、ヘルメットは着用しなくていいのです。
サイドカーはバイクだからヘルメット着用が義務付けられています。
へんなの。

トライクって、ある意味、バイクの機動力も車の快適性も荷物運搬等の利便性もなにもない乗り物です。
上の写真のトライクも一人乗り仕様でした。
贅沢ともいえるし、無駄ともいえる、不思議な乗り物です。

あのトライクは初老の紳士がそれまで着ていた長袖のシャツを後ろのトランクにしまい込んで、さっそうと乗り出していきましたよ!




100台ミーティング | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(1)

オイル交換をしました。


昨日、オイル交換をしました。
購入してほぼ1年、4回目のオイル交換です。
走行距離は約1万キロ。
週末限定としては、距離多いほうでしょうか?

主治医がまだ決まらない私は、また新しいところに持っていってやっていただきました。

こちらの自動車修理工場には上の写真のように、専門店として看板を出しているわけではないのですが、ポルシェ、しかも356ばかりが入っています。
356乗りの方なら知らない方はいない有名なメカさんの工場です。

カルマン嬢は「ちょっと、場違い?」と少しはにかみながらとてもきれいな62年の356の横で作業をしていただきました。

Gmundさんのブログでこの工場を知ったので、Gmundさんのお名前を出しました。
「ああ、Gmundさんね!」と笑顔で社長さん。
(Gmundさん、勝手に名前を使ってすみません!)

とても丁寧に作業してくださったにもかかわらず、料金は「そんなんでよろしいんですか?」というくらい安かったです。
(しっかり、ネットで50%割引券を印刷して持っていったこともありますが)

社長さんは私のカルマンのエンジンの状態にはとりあえず、太鼓判を押してくださいました。

よかった!とそんなことより、ここにはものすごい車が何台も何気なく置いてあり、私はもう、イベントに行ったときのように興奮状態で、自分の車はほったらかして写真を撮ってしまいました。
(社長さん、勝手に写真を撮ってすみません)

中でもおおっ!と声を上げたのが、この車です。
 
年式聞くのを忘れましたが、ベンドウィンドーのプリAですし、フロントウィンカーの位置などから、1953年式あたりじゃないでしょうか?
(写真じゃわかりにくいですが、プリAクーペのフロントウインドウは真ん中で折れ曲がっているのでベンドウィンドウと呼ばれてます。)
レストアの途中のようですが、オーラが出ています。
 
テレフォンケンのラジオは鳴るのでしょうか?
右はこの時期のコーチビルダー、ロイター社のエンブレムです。
プリAのボディはすべてこのロイター社が作っていたそうです。
後にポルシェに吸収合併されます。

 
エンジンは外された状態でした。(OH中?)
ボディの状態はペイントの一部の剥がれやへこみが1箇所ある他はとてもいい感じでした。
ため息が出ます。すごい存在感でした。

その他にもこんな356が…



う~ん、見ていると時を忘れてしまいます。
このハードトップスタイルはカミさんが特に気に入ったそうです。
色もいいですね!

お店の中のショーケースも雑然としていますが、お宝がたくさん!
 

いやあ、それにしてもすごい工場でした。
創業は昭和24年、ほぼポルシェと同じ歳なんですね。
用がなくても遊びに行きたいお宝工場でした。

オイルが新しくなって若干軽やかに回るエンジン音も心地よく、工場を後にし、わたしのガソリン兼オイル(早い話がビール)を買いに行きました。


今日も、朝からいい天気です。
早起きして、これからちょっと出かけてきます!


トラブル修理、メンテ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(0)

ColaniGT


今日はビートルベースのコーチビルダーの車のひとつ、ColaniGTについてです。
ルイジ・コラーニといえば有名なデザイナーですので、ご存知の方も多いと思います。
ジウジアーロのように、何でもデザインします。
車に関しては相当奇抜なデザインのものばかり作るので、実際に量産されたものはほとんどないようです。

 
(これは、コラーニがデザインしたトラックです。斬新ですね!)

ColaniGTはこんな車です。
 

 
コラーニがデザインした車で唯一量産されたのがワーゲンベースのこの車、ColaniGTだったようです。
コラーニにしてはおとなしいデザインです。
でも、’50年代にこのデザインはやはり斬新かも…。
量産といっても、キットカーとして500セットが限定生産されたようです。
キットカーだからなのか、現存する車の写真を見ても相当に改造度が高い感じで、どれがもっともオリジナルに近いかよくわかりません。
(いろいろ、チョイスできたのかもしれませんしね!)

 
エンジンを見ると、ああ、ワーゲンベースだなとわかりますが、ポルシェファンなどをつけてパワーアップしている車も多いようです。
ボディはFRP製です。

 
ラリーにも参加していたようです。
この車高で雪道を走ったんですね~。
この、ガルフカラーのコラーニGTの細かいディテールのわかる写真がたくさんありましたので、それは次回に特集しようと思います。


もうすぐ敬老の日ですが、わが国では100歳以上の方が3万人を突破したということですね!
3万人ですよ!
すごいですね~。
私はまだ折り返し点?
やった~!!
などと、浮かれているわけにはまったくいかないわけで。
人生100年なんてことになったら、その半分ちょっとで仕事はできなくなり、給料はなくなります。
その先は年金頼みということになっても、頼みの年金は役人が使い込み、政治家は転用し、どうにもならなくなっています。

何とかしてほしい政治の世界もぐちゃぐちゃで…。

安倍首相の突然の辞任に関して、浦島太郎だったのですが、帰ってきていろいろ読んでみてもやはり、わかりません。
どうして、今の時期に???
小泉首相のときから官邸ののメルマガを受け取っていますが、安倍首相の最後のメルマガも辞任にはふれていますが、原因は体調不良とは書いていません。

なにか、裏がありそうな気がしてなりません。
何があったのでしょうか?
「これか~、原因は…」というようなことがあとから出てきたりして…。



コーチビルド | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(8)| トラックバック(0)

アルプスのカルマン


アルプスへカルマンでのツーリング、いい感じですね!
標高はどれくらいなんでしょう。
写真で見る限りでは相当高いところのようです。


トレフェンもいいですが、こういうツーリングって楽しそうです。
ラリーイベントまでいかなくても、こういうカルマンだけの単純なツーリングをしてみたいですね~。
以前はあったのかもしれませんが、少なくとも私がカルマンを買ってこの1年の間には開催されていないようです。


ここまできれいな景色は望めませんが、関東なら山中湖や本栖湖方面へのツーリングなんて手軽にできそうです。
コースを決めたり、昼食の場所を探したり、セッティングする方は手間かもしれませんが…。
そんなに綿密な計画じゃないお気軽ツーリングもいいかもしれません。

4~5台でも充分楽しいんじゃないでしょうか。
秋はイベントが多くてみなさん忙しいかもしれませんが、日帰りで山中湖ツーリングなんていかがですかね?

美味しいパスタを食べて帰ってくる。
それだけ。
名物のほうとうでもOKです。

あれっ?
なんだかツーリングのお誘いの文章になってきてますね!


こんな古い写真もありました。
気圧の低いところまで行って、エンジンの調子は大丈夫だったんですかね。
皆さん、あたりまえのようにプラグを替えて登るんですかね?





(これは昨日の夕陽です)

「テロ特措法」って「テロリスト対策特別措置法」程度の略かと思っていたら、元々の法律名ってすごいことになってますね!

「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」

というのが正式な名前だそうです。
正確に言える国会議員は何名いるのでしょうか?

そんなこと、とりあえずどうでもいい状態ですね。
今の永田町は。



カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

ミッキーバス


世間は突然の首相の辞任で大騒ぎだったようですが、昨日、今日と1泊2日で研修に行っていたので、かなり浦島太郎状態です。

どこで研修をしていたかというと、上の写真のバスが走っているところです。
ディズニーリゾートに行ったことがある方でしたらきっと見たことがあると思いますが、このバスはディズニーリゾートの周辺のホテルを巡回する無料のシャトルバスです。

私はこのバスのちょっとクラシカルな雰囲気が大好きで、今回あちこち写真を撮ってきました。
別にミッキー大好きオジサンではありませんよ!
バスのフォルムや随所にあるオリジナリティが好きなんです。

前から見るとこんな感じです。

スプリットウィンドーがいいですね!
屋根の先端にはミッキーがいます。


 
テールライトはやサイドマーカーはミッキーの形をしています。


そして、排気管までがミッキーの形をしているんです。

それでも、後姿はなんだか、かっこいいのですよ。
 

内装もなかなか凝っています。
特に照明がクラシカルなデザインでとても好感が持てます。

ディズニーランドの中だけでなく、周辺を走るモノレールやシャトルバスも雰囲気作りに一役買っていて、テーマパークとしてのレベルの違いを見せ付けてくれます。


会議の後は、オジサンたちで夜のディズニーシーへ。
おかしな会社でしょ?


新しいアトラクションの「タワー・オブ・テラー」にも乗ってきました。
単なる絶叫マシーンにしないディズニーらしい味付けがなかなか楽しかったです。

ディズニーランドの方では「ハロウィンイベント」をやっているため、コスプレ姿で楽しむ人たちもたくさんいましたよ。




こーいちさんのリクエストで室内の写真を載せます。
乗っている人がいるので天井の写真しか撮れませんでした。
吊り輪もミッキーで通風孔にもマークが。
徹底してます。
写真はありませんが、椅子もかわいいですよ!



日記 | 投稿者 赤の’57 17:07 | コメント(21)| トラックバック(0)

「サイドウェイ」を観ました


「サイドウェイ」を週末にDVDで観ました。
これも、映画館で見逃していた映画でした。
このところ、DVDを含めて映画をよく観ていますが、ロードショーでも秋以降、いい映画がたくさんくるようで楽しみです。

さて、「サイドウェイ」ですが、「リトル・ミス・サンシャイン」のように、それぞれが少しずつ心の傷と将来の不安をを持つごく普通の人たちが主人公のロードムービーです。
4人の登場人物のすき間をカリフォルニアのワインが埋めてくれます。

観終わって改めて考えてみて、「映画にするような特別な何かってあったの?」という気はするのに満足感はしっかり残る、大作にはない肩の力を抜いて安心して観ることができる映画でした。
こういう映画を作るのもアメリカ人は上手ですね。

絵的にもカリフォルニアのワイン畑の美しい景色がたくさん出てきます。

親友の結婚前の記念として男二人でカリフォルニアのワイナリーを訪ねて回る旅行をしているうちにそれぞれが惹かれる女性と出会うわけですが、4人のうち3人がバツイチの身です。
アメリカの離婚率の高さをうかがわせます。



私はワインは飲むのは好きですが、知識は全然ないので、映画に出てくるワインの薀蓄にはぜんぜんついていけませんでした。
この映画の原作者はそうとう、ワイン好きなんでしょう。
絶対主人公に自分のワインの嗜好を代弁させていると思います。

また、あんなにワインをがぶ飲みした後で車を運転していいの?
と思えますが、当然アメリカでもいいわけはないでしょう。
日本の映画だと非難を浴びるでしょうね~。
後ろのシートもきちんとシートベルトをしたシーンになりそうです。

その、主人公が乗っている車は赤のサーブ900のコンバチブルです。
(タイプ2もチラッと出てきますよ)

映画では登場人物が乗る車の車種はかなりその人の性格や社会的地位などをあらわしていて興味深いのですが、サーブというのはなかなか、うまいです!
研究以外興味がないような学者肌の人だったら、なんでもないアメ車の中型セダンあたりを運転させるのでしょうが、ワインだけでなく、モノにもちょっとこだわりを持つ人物だということをサーブが表しています。

彼は作家を目指す英語の教師(アメリカですから国語?)で、バツイチのため、アパートで一人暮らしをしています。

アメリカの映画を観ると、一人暮らしの人でも日本人からみると驚くほど立派な部屋に住んでいるか、逆にとんでもないスラムだったりすることが多いのですが、この映画に出てくるアパートはほんとうの庶民を感じさせる、アメリカのごく普通の暮らしってこんなところだろうなという雰囲気の部屋でした。
相手役の女性のアパートもそうでした。
玄関を入ってすぐがダイニングキッチンになってました。

そんな等身大のアメリカ人の喜怒哀楽を一緒に笑えたり泣けてきたりします。

この作品はアカデミーやゴールデングローブでノミネートされたり実際に賞も取っているようですが、こういう作品を評価されるのは共感もてます。
大きなセットやCG、有名俳優にお金をかけた大作じゃなくても観終って爽やかな気持ちになれる映画は貴重ですね。

この映画、R15指定だったんですね。
「この手の映画がどうして?」って思いましたが、
数箇所、ありましたね。「これかあ!」という場面が…。


茨城ゴールデンゴールズ、優勝おめでとう!!

横領した年金、返金しているから処分できない…
退職金の返還も要求できない…
おかしいですよね!

泥棒しても返せばそれでいいんでしょということです。
それじゃ、道理は通らないでしょ

理事会を批判する人は取材させない?
相撲協会は戦前の感覚のままなのでしょうか?

まったく、へんな世の中です。


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映画 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(8)| トラックバック(0)

あれから6年


あれからもう、6年になるんですね。
皆さんも、「ああ、あの時は○○で○○していたな~」と鮮明な記憶があるのではないでしょうか?

2001年9月11日、私たちはタイのタオ島というところにダイビングに行っていました。
タオ島や近くのサムイ島は一般的なリゾートとはちがい、訪れる人のほとんどがダイバーです。
しかもヨーロピアンのバックパッカーのような、若いダイバーがほとんどでした。

タオ島に渡る船に載せる荷物の大半は彼らの大きなリュックサックやボストンバッグ状のバッグで、私たちのスーツケースはとても場違いな荷物に見えました。


(タオ島の写真はまだスキャニングできていないので、この写真も私が撮ったものではありません。)

タオ島に滞在したホテルに宿泊している日本人は私たちだけで、周りはほとんどがヨーロピアンかオージーでした。
その日、彼らに混じってホテルの広いレストラン(というより食堂)に昼食を摂るために入ったですが、いつもとは違い、たくさんの人が天井近くに設置されているテレビを食い入るように見入っています。
なにか、特別なスポーツ中継でもやっているのかと、画面を見ると、なんとも驚く光景が映し出されていました。

それが、なんなのか、すぐにはわかりませんでした。
映画なのか、ニュースなのか、いったい何の放送なのか、ナレーションを必死になって聴くと、何千人もの人が亡くなったとかそんなことを言っているようです。

これはショーでも何でもなく、シリアスな大事件らしいということはそれを見入っている人たちの表情でわかりました。

同じ年の春、私はニューヨークに行く機会があり、貿易センタービルにも登り、最上階の展望台から自由の女神像を見たり、屋上のにも出てみたりしていたので、ほんとうに衝撃的でした。
南の平和な島にも重い空気は漂っていました。
それでもみなさん、いつもどおり遊んでいましたけどね!

詳しく事件の全容がわかったのは、帰途の途中のバンコクの空港内でインターネットで日本のニュース関連を見ることができた時でした。
同じ日程でメキシコ方面に行くプランもあったのですが、あちらに行っていたらしばらく帰ることができなかったことでしょう。

タイだったからか、帰りのセキュリティーチェックもいつもどおりという感じでした。
グァムに行っていた人も帰れずに大変だったと言ってました。

テロやそれに対するアメリカの報復活動についてここで触れると、大変長い文章になってしまいそうなので、やめておきます。
ただ、この事件を契機に世界で大きく変わったことがたくさんあるということは事実です。

この事件で亡くなったすべての方のご冥福を心より祈ります。
また、マイケルムーアのSickoでもレポートされていましたが、救助活動をした消防士やボランティアの方々が今でも肺や精神に相当なダメージに悩まされ続けていることも知りました。

アメリカはこれを基に、日本の原爆の問題をもっと身近に感じてほしいと思います。
戦争中とはいえ、あの爆弾で犠牲になった人のほとんどは9.11と同じように何の罪もない一般市民だったのですから。
しかも、貿易センタービルの数十倍の規模で…。




日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

にきびの手入れ(その2)


土曜日に引き続き、日曜日は右のフェンダーのニキビのお手入れです。
こちらにも左よりは数は少ないですが大きなのが二つ、小さいのが一つできています。


大きい方はだいぶ進行していました。
クレーターのようにぼっかり凹みができてしまいました。
ここはさすがにパテを入れるしかありません。


サビチェンジャー処理をしてクレーターをパテ埋めして、さらっとペイント。
で、昨日はここまで。
色が違うので、染みみたいですね。


左側はこの程度までにはなりました。
こちらも補修痕は写真よりは肉眼の方がずっと目立ちます。
とりあえず、錆の進行を少しでも遅らせることができればいいのですが。

イトヤンさんもおっしゃるようにきちんとプロに頼んでやってもらったほうがいいのでしょうが、費用の節約も含めてなんとなく自分でいじってみたいところでもあります。
(コツコツ自分でいじっているという実感がほしい部分で…)

以前所有していた280TEもこの部分がもっとひどい状態で錆を削っていたら、ズドンと角の部分が落ちてしまいました。
ほうっておくとそうなるわけですね。

同じ色の塗料が手に入ったらもう少し悪あがきしてみたいなと思っています。(って、オイオイ、だから言ってるでしょ!byイトヤン)


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トラブル修理、メンテ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(17)| トラックバック(1)

「武士の一分」を観ました


「武士の一分」をDVDで観ました。
全体的な感想としては山田洋二監督の作品らしく、卒のない、いい仕上がりの映画だと思います。
観終わっに単純にすっきりすることができる私の好きなタッチです。

公開されてだいぶ経ちますので、ネタばれになる部分があってもご了承ください。

キムタクはなかなか好演していたとは思いますが、どうしてもきれい過ぎて貧乏な下級武士には見えませんでしたね…。
たそがれ清兵衛に引き続き、真田広之が演じた方がキャスティングとしてはよかったのではないでしょうか。

「○○でがんす」といった山形弁(庄内弁?)の温かみのある方言がこの映画の空気にはとても合っていたと思います。

キムタクの奥方役の檀れいさんはきれいな方ですね!
山形弁も自然に聞けました。(方言って、地元の人が聞いたら、絶対ちがうよなあ…と思うのでしょうが…)



キムタクよりも、なによりも中間(ちゅうげん)の徳平役の笹野高史さんの演技がとても光っていてこの映画を力強く支えてました。
最優秀助演男優賞ものです。

中間(ちゅうげん)に関してよく知らないので少し調べてみました。
「中間とは、若党、中間、小者とある武家奉公人のひとつで、若党は士分の扱いを受け、中間は士分と平民の間であり、小者は平民扱いとなる。
原則一代限りのお抱えであるが、江戸時代の初期までは、若党、中間は戦闘にも参加し、実質譜代で仕えるものも多かった。
江戸中期以降になると譜代はほとんど無くなり、年季契約や、中には必要な時のみ口入れ屋から雇い入れるということも行われた。多くは自領の百姓の次男以下などが奉公したが、江戸屋敷では渡り中間のような屋敷を渡り歩く奉公人を雇うことも多かった。
大名行列等で奴(やっこ)と呼ばれるのもこれである。」
以上、Wikipediaより。

う~ん、なるほど!


夏の蒸し暑さの中、蚊やハエがたかってきたり、準主役の檀れいの首筋にまでじっとりした汗を光らせた描写は今までの時代劇にはない表現でNHKの大河ドラマなどには感じない現実感を出していました。

主な舞台となるキムタク演じる三村新之丞の家の中や外の雰囲気がいかにもセットという感じで、セミの鳴き声やハラハラ落ちる落ち葉も量が多すぎて季節感やその他の効果を出そうとしすぎる演出に不自然さが増幅されてしまったのは若干残念に思います。

ま、でもそんなことは小さなことで、最初にも書いたように全体的には心地のよい映画です。
「武士の一分」とは、侍が命をかけて守らなければならない名誉や面目の意味なのですが三村新之丞にとっての命がけで守るものは何だったのか…、これは映画を観てのお楽しみです。


映画 | 投稿者 赤の’57 11:28 | コメント(4)| トラックバック(0)

にきびの手入れ


昨日の夕方、江戸川の土手に行ってみたら、川がすごいことになってました。
台風9号の雨の影響で大変な増水状態です。
上の写真の川幅のほぼ半分は普段は川原としてスポーツや駐車場に使っている部分です。
駐車場に降りていく道が途中で終っています。

(この、車を止めているあたりは上の写真の中央部分の所くらいです)

ここまで水が増えても、江戸川の堤防はまだまだ充分に余力があります。
たいしたものです。
江戸川が決壊したら何万個の家が浸水することになるか、検討もつきません。

昨日は以前から気になっていた、フェンダーにポツポツ現れているニキビのような錆を何とかしようと素人補修を始めました。

ここは、左のリアタイヤのフェンダー部分です。
ぷくぷくと始まっています。
下の方をちょっとだけ削ってみました。
このまま放っておくとどんどん奥に進行していって、フェンダーに穴を開けてグサグサにしていくんでしょう。
 
放っておくとこんなになってしまうかもしれません。
(これは私の車じゃないですよ!でも、まったく同じところに錆が発生しています。ここまで行くと切り貼りするしかなくなってしまうようです。)

というわけで、スクレーバーでカリカリ塗装を剥いでみました。


なんせ、素人の応急処置ということで、はがす範囲は最小限にして、錆びている部分にサビチェンジャーを塗りました。
ほんとうなら、もっと広い範囲に下地までサンドペーパーかけて、パテ埋めして、サフェーサー塗って、研磨して、塗装して…とやりたいところなのですが、いかんせん、同じ色の塗料がないのです。

で、近い色の市販のタッチペイントを使うため、最小限の塗装にとどめておきたいということなのです。


昨日はとりあえずここまで。
今日も雨が降る前に続きの作業をしたいと思います。
右側も似たようなニキビがあります。
しかし、ぜんぜん、色、違うなあ…
ま、何もしないよりは少しはマシということで…。


トラブル修理、メンテ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(13)| トラックバック(0)

ブログの価格


(これは昨日の台風一過の夕陽です)

ブログの価格を査定する無料のサイトがあると聞き、興味本位に試してみました。

http://www.sitestock.jp/parts/

右下に出ているのがそれです。

今日の時点で64926円です。
う~ん、どういう根拠なんでしょう?
脳内なんとかみたいにあまり根拠はないんでしょうかね!

サイトの売買を仲介するようなことも書いてありますが、どういうことかよくわかりません。
ブログなんて売り買いする意味なんてないでしょうし。

もうちょっと遊んだら消しましょうかね。
皆さんも、話の種に、査定してみてはいかか?


日記 | 投稿者 赤の’57 12:09 | コメント(6)| トラックバック(0)

女性とカルマン(その2)



直撃台風も過ぎ去って、やれやれですね。(西日本の方は関係ないと思いますが)
今日は、女性とツーショットのカルマンの写真の紹介、第2弾です。
カルマンギア50年の時代の変遷とともに変わり行く女性をお楽しみください。

一番上の写真は50年代のものでしょうね。
小さなレディが船から降ろされたばかりのdaddyのカルマンと一緒に記念撮影…といったところでしょうか?


冬のどこかの公園でのショットでしょうか。このカルマンはラゲッジキャリア、フェンダーポール、フロントマスク、フォグランプなどオプション満載ですね。
後ろに356の姿も見えます。


こちらはご主人と外出中に撮った…という雰囲気です。
ご主人が新車で購入した角テールなんでしょうね。
写真のためのモデルにはない、カルマンとの距離の近さを感じます。


年代とともに、どんどん女性が活発になってきます。

 
70年代っぽい服装ですね。
リアルタイムなのか、それ風に撮ったのかはわかりませんが…。
誰が何のために撮った写真なんでしょう…。




こうなると、主役の座は完全に女性のほうですね。
カルマンは単なる引き立て役です。
カルマンに格納式のリアウィングがあったらきっと反応していたでしょう!(TJさん、使わせていただきました!)


世界で一番幸せな女性と。
カルマンもなんだか嬉しそうです。
えっ!まさか、そのドレスで運転??


これは、カルマンではなく、ビートルのようですが、私のお気に入りの写真なので、あえて載せちゃいます。



最後はやっぱり、アグネス・ラムを入れておきます。
ハワイで彼女が裸足でこのカルマンを乗り回していたというのはオジサンたちにとって、今や伝説?

「100台ミーティングのスペシャルゲストは彼女に決定!」
なんていったら、オジサンがたくさん見に来ますかね~??



カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(6)| トラックバック(1)

Enzmann506



今日は久しぶりにビートルをベースにしたコーチビルダーが作った車の紹介です。

Enzmann506は1957年のフランクフルトモーターショーでデビューしました。

今まで紹介した車と違い、この車はすでにFRPでボディが作られていたようです。

上の写真のようなオープンタイプと下の写真のクーペタイプとがあるのですが、クーペタイプの屋根が実に斬新です。
 
戦闘機のキャノピーみたいに屋根全体が後ろ方向にスライドするんですね。

そういえば、ドアらしきものが見当たりません。
強度を確保するため、ドアはあきらめたのでしょう。
サイドシルをまたいで乗るしかありません。
ドアの横のへこみはステップとして使うようです。

降りるのはもっと大変そうです。
雨の日は絶対に開け閉めしたくないですね!


エンジンはノーマルVW用の1.2リットルモデルと1.3リットルモデルがあったようです。
1.3リットルモデルでも45馬力でしたが、車重が540kgと軽量なため最高速は160km/hに達したそうです。
写真を見ると、車体に干渉するため、エアクリーナーを曲げて装着しています。


漫画に出てくる宇宙船のような斬新なフォルムですね!


外見のわりにダッシュボードはシンプルです。


レースにも参戦していたようですね。



どうも、この車は現代版にリメイクされてもいるようです。
 

 
ガルフカラーも似合いますね!
写真はたくさん出てくるのですが、詳細は不明です。

この車も日本には1台もないのでしょうね。


ビートルベースのコーチビルドが作った車は実はまだまだあります。
そのうち、アップしますね!

この時間、台風は通り過ぎたようですが、まだ風雨ともに強いです。
東北地方の方、ご注意ください!



コーチビルド | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(6)| トラックバック(0)

台風接近


台風9号はどんどん接近してきているようですね。
TJさんがいろいろな台風情報のサイトをこの前の記事にトラックバックしてくださっています。
いろいろなサイトがあって面白いですね!
名前の一覧なんかもありました。
いろいろな国が順番でつけてるんですね。
ちなみに今回のFitow(フィートウ)はミクロネシアでつけた名前で花の名前みたいです。

以下のサイトもわかりやすいですよ。
http://www.imocwx.com/typ/typ_9.htm

特に、動画は台風の発達の具合がよくわかります。
http://www.imocwx.com/typ/tyani_9.htm

この歳になっても台風が来るときって能天気にちょっとワクワクしてしまいます。(おバカですね)
被害がないことは本当に祈る気持ちですが…。



それはそうと皆さんは台風の定義ってご存知ですか?
中心気圧の低さ(強さ)でも大きさでもないんですね。
中心付近の最大風速が17mを超える熱帯性の低気圧を台風というんです。
前線を伴わないのも特徴です。


日記 | 投稿者 赤の’57 15:44 | コメント(10)| トラックバック(0)

台風と小笠原


台風9号フィートウ君がどんどん関東地方に近づいているようです。
昨日は1日新宿にいたのですが、台風の影響で天気がめまぐるしく変わる1日でした。
上の写真のように晴れているかと思えば、


このように、すごい勢いで雨が降ったりしていました。

この分でいくと、明日の朝には関東に再接近しそうです。
昨日は小笠原や八丈島の様子などがテレビに映し出されていましたが、画面を見ながら小笠原のことを思い出していました。
「今頃、ヤギが飛んでるんだろね~」などと、カミさんと話していました。
(小笠原には野生のヤギがたくさん住んでいます。)

小笠原は今でこそ、BS放送がありますので、テレビが映りますが、BSがなかった頃から各家庭にテレビがありました。
でも、普通の放送はまったく映らなかったのです。
アンテナ立てても電波はぜんぜん届きませんから。

そのため、当時の小笠原はビデオ普及率が日本一だったのです。
テレビの台数と同じだけビデオデッキがあったのです。
小笠原にあるレンタルビデオ屋さんは普通のレンタルビデオ店とちょっと趣が違ってました。
主に扱っているソフトはNHKの連続テレビ小説だったり、大河ドラマだったり、水戸黄門だったり、ザ・ベストテンなどのテレビ番組を録画したものだったのです。

そう、普通のテレビ番組を小笠原の人たちは最低でも数週間遅れでビデオで観ていたのです。
もちろん、映画のビデオなどもありましたが、人気はそういった放送ものでした。

村営放送もあり、「今日、夜6時から集会所で○○がありますので、お集まりください」というような手書きのテロップが深夜放送の放送事故のようにじっと動かずに流れているというようなものでした。

昨日のような台風のときは雨戸も締め切り、ビデオなどを見ながらじっと耐えるわけです。
停電になると、外の風の音を気にしながら、さらにひっそりと通り過ぎるのをじっと待つのです。
民宿ではクーラーのついている部屋は少ないのですが、暑くても窓を開けることはできません。

小笠原に来る定期船は1週間に1本程度ですから、新聞はまとめて1週間分来ます。
それをまとめ読みするんですね。
BSのテレビが映るようになるまでは、短波のラジオだけがリアルタイムのニュースが聞けるソースで、それ以外はそうとう遅れた情報を共有していました。
そこにいる人みんながそうですから、それでよかったんですね。


(小笠原のイソマグロ。ドラム缶のような大きさのマグロが群れて泳いでいる様は圧巻です)

1週間に1本の船が台風が来るとさらに遅れたりします。
その可能性があると、島民はみな、食料の買いだめにスーパーに走ります。
なんせ、ほとんどの食材はその定期便に頼っていますから、船が来ないとなるともう数日分、買いだめしておかないとお店も全部閉まって、何も手に入らなくなってしまうからです。
パンなどは島についた時点ですでに賞味期限になってたりしていましたね!
今では焼いて売るパンやさんもありますが。

旅行者も民宿でじっと台風が過ぎるのを待ちながらお昼は買いだめしたカップラーメンをすすったりするのです。
そんなときに、ビデオは必需品でした。

電話も海底ケーブルを使っていたため、回線数が少なく、電話をしたいときには当時の電電公社に申し込みをしていました。
例えば、朝10時に申し込みをしたとしても、いつつなげてもらえるかわからないのです。
順番がきたら電話が鳴り、ようやくつなげてくれます。
15時ごろ、「小笠原におつなぎします」とオペレーターから告げられ、ああ、そうだった、小笠原にでんわ申し込んでいたんだ…となるわけです。

電話そのものも、国際電話のようにタイムラグがあり、妙な間が空いて、話しづらかったですね。

小笠原は20年くらい前まで、そんな状況でした。
ですから、下手な海外よりも、俗世間から離れた気がしました。

東京から1000km南、もう少し南にはグァムやサイパンなどのミクロネシアがあります。
小笠原には「南洋踊り」という独特の踊りと歌が残っています。
ミクロネシアのように腰みのをつけて、今ではその意味は誰もわからない言葉の歌に合わせて踊ります。

伝統的な船はこれもミクロネシアのボートようにアウトリガーが付いたカヌーです。
ジョンさん、というようなネイティブともいえるくらい昔から住んでいる白人系の住人もいます。

動植物も海中の魚にも小笠原だけの固有種がたくさんいて、日本の中で一番異国情緒というか、完全な亜熱帯域の自然を味わえるところが小笠原です。

船で24時間ガマンして1週間から12日間くらいの休みを取れる人だけが味わうことができます。
ある意味、どんな外国よりも遠い日本の土地かもしれません。





日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(1)

おバカルマン(その2)



今日はまた、おバカな改造をしたカルマンギア、おバカルマンを紹介します。
今回のカルマンのおバカ度は前回ほどではありませんが、それでもかなり個性的です。
45万台作られたカルマンの中でこういう数奇な運命をたどっている個体も相当数あるわけで、彼らは果たして幸せなのか、どうなのか…。


一番上の写真と同一の車です。
お金、かけてますね~。こんなことに。
後ろのトランクリッドをコンチネンタル風にしたがるアメリカ人って多いようですね。
ま、ゴージャスといえばゴージャスですが…
カルマンの軽快感を見事に(?)なくしています。
こういう車はアメリカ人しか作らないでしょうね!

 
チョップドコンバチというか、ロードスター風というか…
私が乗ると、風をすべて顔で受けてしまいそうです。(笑)
左右の車は似ていますが別の車だと思います。




この3台はバハ仕様といえるのでしょうか。
ビートルにもよくあるバギーに改造した車ですね。
右上の青い車の横にはペンキのようなもので「4 Sale」と書かれています。
走らせると結構楽しい車かもしれません。


Beutlerのようにピックアップ仕様にしてます。
これもアメリカ人らしい改造ですが、荷台部分のフェンダーなどカルマンらしさがまったくないのが残念…。




50年代に限らず、羽根が好きなアメリカ人は今でもたくさんいるようです。

最後に形は普通なのですが…

サイケ調とか、サイケデリックという言葉は若い方には通じるのでしょうか?
70年代はこれが流行りました。
当時、ジョン・レノンがロールスロイスをサイケ調に塗って大ひんしゅくを買っていましたね!


カラフルついでにもう1台。

乗ってて、目がチカチカしそうです。

アメリカは自由の国です。
カルマンもどうぞ自由に楽しんでください!
というところですが…
これらの車も100台ミーティングに来てくれたら楽しいでしょうね!
おバカルマン大集合!って?


カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(20)| トラックバック(2)

「コンドル」を観ました


以前、100円ショップで販売されていた200円の古い洋画のDVDを思わず購入したことを書きましたが、そのDVDをようやく観ました。
「コンドル」という1939年製作の映画です。
主演はケーリー・グラント。「シャレード」のヘップバーンの相手役の俳優といえばわかる方も多いのではないでしょうか。

アンデス山脈を越えて郵便を運ぶ飛行機乗りの話なのですが、聞いたことのない題名だったこともあり、正直、そんなに期待はしていなかったのですが、なんのなんの、それが面白かったのです。
よ~くセリフを聞いていないとついていけなくなるくらい、ストーリーがどんどん展開していきます。
とはいっても、場面そのものはその飛行機の基地兼飲み屋兼ホテルという設定の建物でのシーンがほとんどです。

状況設定は、アパッチに襲われるような危険を冒して大事なものを運ぶ駅馬車というような西部劇によくありそうな話を飛行機に置き換えたような感じです。
アパッチの代わりに悪天候に対して男っぽさの象徴のような飛行機乗りたちが果敢に戦うストーリーに女性が控えめに絡む展開となります。
ジョン・ウェインのように、「もう、女にはうんざりだ…」というような顔をしながら、なぜかもてまくる男がケーリー・グラントなのです。



こんなことを書くとつまらないお決まりの映画のようですが、主役以外の登場人物の個性も比較的深く表現していて映画に厚みを出していました。

飛行機が飛んでいるシーンはほとんどが模型を使っていたり合成なのですが、1箇所とても見ごたえのあるカットがありました。
アンデスの断崖絶壁の山の稜線を這うように着陸地点を探す飛行機を映したシーンなのですが、1939年の撮影とは思えない臨場感を出していました。
ここは模型ではなく、決死の(?)撮影だったのではないでしょうか?
1939年といえば、「風とともに去りぬ」や「駅馬車」も作られた年なんですね。

う~ん、ハリウッド映画、やるな…という感じです。
最後はもちろん、私の好きなハッピーエンド。
観終わって気分がとても爽やかでした。


テレビのCMで一流の家電メーカーが「30年以上前に作られた扇風機は発火の恐れがあり、危険なので使わないように」とお知らせしています。
これを見てどう思いますか?
古いものは使わないで捨てて新しいものを買えと言っているように聞こえます。

(この扇風機は本文とは関係ありません)

良識あるメーカーだったら、「30年以上もお使いいただいてほんとうにありがとうございます。つきましては今後も安心してご利用いただけるよう、○○を交換させていただきますのでお近くの電気店にお持ちください」くらいいえないのでしょうか?
もちろん、有償でいいと思いますよ。
メーカーに責任があるとは私も思いません。
使い続けたいユーザーのために何をすべきか…ということなのです。

部品がない??
部品だけ作ればいいじゃないですか。
でも、コンデンサーくらいあるでしょ。

すべて新しいものに買い換えさせなくても。ね!
エコとか、省資源といわれる中、ちょっと気になるメーカーの姿勢なのでした。


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映画 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(10)| トラックバック(0)

あれから1年



9月の第1日曜日、あれから1年が経ちました。
そう、カルマンと思いがけず出会ってからちょうど1年なのです。
出合った時の経緯はこのブログの始めの方で詳しく書きましたが、あの日に出かけて買ってきたものが上の写真の灯台の置き物だったのです。

雑誌か何かで江ノ島に灯台関連のグッズだけを置いた店があるのを知って、「行ってみようか」となったわけです。
行きの道中で突然見かけるまで、カルマンギアを買おうなどとはこれっぽっちも思っていませんでした。
コペンの試乗を繰り返していたくらいですから。

いきなりの出会いから1年、自分のもとに来てまだ11ヶ月ですが、この1年でとても多くの新鮮な経験をすることができました。

感謝を込めて1年前の気持ちに戻り、昨日はメッキ部分を磨いてあげました。


(これは購入直後の写真です。まだダブルバンパー姿です。)


先日の傷も素人補修ですが、仕上げました。
ここまででとりあえずおしまい!

写真ではキズの痕はわかりづらいですが、触るとバレバレです。

昨日の午後、ツインリンクもてぎで行われた昨年のヒストリックカー・オートモビルのイベントのDVD(カーマガジンの付録についていたヤツです)を改めてみたのですが、Gmundさんが車だけでなく、ご本人が大写しされているシーンがあったのですね!

あの大きなイベントに参加できるなんて、またまた楽しみになってきました。
今年の目玉は何になるんでしょうね!

カルマンをお持ちの方、(もちろんワーゲンすべてですが)今年は、フォルクスワーゲンだけのパレード走行会があるようですから、ぜひ、出場側で参加しませんか?

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パソコンの強化


昨日は久しぶりに落ち着いてウチにいたので、以前からやろうと思いつつなかなかできなかった作業をしました。

パソコンのハードディスクの入れ替えです。

私のパソコンは相当前(4~5年前?)に組み立てた、パソコンとしては今やビンテージモデルともいえるスペックの自作パソコンです。
車のエンジンは分解してもパソコンは…という方もいらっしゃると思いますので、内部を紹介しますね。
(私はその逆です)

上の写真がパソコンの内部です。
CPUという車でいうとエンジンにあたる最も重要なパーツは写真の真ん中左の黒い四角のファンの下にあります。
もっとも熱を持つパーツなので専用のファンがついています。

パソコンの作動音のようなものはほとんどがあちこちにつけられた冷却ファンの音です。
私のパソコンにはなんだかんだ7つぐらいのファンが回っています。

ほとんどのパソコンは空冷ですが、これを水冷にするキットも販売されています。
車と同じで、ファンを使いませんから水冷の方が静かです。
でも、パソコン内部で水漏れが発生するとそりゃもう一大事でしょうね。

私のパソコンのCPUはペンティアムⅢの800メガというもので、車のエンジンでいえば昔の2000cc100馬力みたいに、その当時は充分でしたが、今では「そんなんじゃちょっとかったるいだろ…」といわれそうなスペックとなってしまいました。

それでも3Dのゲームなどはやらないので使用する分にはまったく問題ありません。
ま、通勤や買い物程度に使うだけだから、それでも充分という感じです。
CPUやその他の心臓部だけ取り替えてレース仕様にすることもできるのですが、その必要を感じないので、そのまま使い続けています。

今回、取り替えたのはハードディスクです。
パソコンの記憶装置ですね。
ハードディスクは上の写真では右下の部分につけています。

小さめのお弁当箱のような感じですがこのハードディスクを二つ使っていました。
このケースには最大で7個までハードディスクを取り付けることができます。

1個は70GB、もうひとつは30GB。
合わせて100GB。
これを120GB×2に拡張しました。

最初に作ったときは30GBで組み、足りなくなって70GBを追加したわけです。
それでも足りなくなったわけではないのですが、知り合いがさらに大きいハードディスクに替えて余ったというものをいただいてきたのです。
最近、写真をどんどん取り込んでいることもあり、容量を増やしておくのも悪くないかなと思ったわけです。

ハードディスクの入れ替えは、パーツの移し変えよりも中のデータの移し変えの方が意外と面倒で時間がかかっていたのですが、今はいいソフトができていて、ほんとうに簡単に、短い時間で新しいディスクをクローン化することができます。

(クローン化中の画面です)

場所は取りますが、こういうことが簡単にできるのがデスクトップタイプの自作パソコンの良さですね。
いらない機能は最初からつけないし、必要なものだけを好きなだけ強化することもできるわけです。
車にも通じるところがありますかね!


オカメインコの「ぽんた」が、「お!今日は珍しくウチにいるじゃん…」という顔をしてこっちを見てました。


町田編集長のブログを読んでいたら、ビートルズの初期のアルバムを聴きたくなり、久しぶりにターンテーブルを回しました。


月並みな言葉ですが、やはり、"Beatles is forever"です!


日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(13)| トラックバック(0)

「Sicko」を観てきました。



マイケルムーア監督の「シッコ」を観てきました。
アメリカの医療保険制度の問題点の提起なのですが、映画を観る限りにおいては想像以上に深刻ですね~。
隣のカナダとの違い、イギリスやフランス、果てはキューバまでがすばらしい医療制度を現実のものとしているのに、アメリカときたら…という視点ですが、どうしても日本の制度と比較してみてしまいます。

一応、ま、いちおう日本も皆保険とはいえますが、カナダやイギリス、フランスなどの制度とは程遠い感じです。
制度を利用して、一部の組織や人間がおおきな利益を吸い上げていく構図においては日本もアメリカの現状にかなり近いものを感じました。

皆保険とはいいながら、保険料が払えないと健康保険証はすぐに発行停止になりますからね。
保険でカバーされない治療もたくさんあるし、差額ベッドなんてのもあります。

どんな制度を作ってもそれを悪用して偏ったところに利益がいく構造になってしまいがちなのを、国民の監視の目でどこまで食いとどめることができるか…。
これは民主主義を実現維持していく能力がある民族かどうかの分かれ目なんでしょうね~。

果たして日本は…、

映画 | 投稿者 赤の’57 00:05 | コメント(3)| トラックバック(0)

赤道でのパフォーマンス


今日から9月です。
9月に入ると今年の夏も終わってしまった…とあきらめざるを得ない気持ちになってしまいます。

8月後半からテレビの化粧品などのCMが秋っぽい映像を流しだしたり、ミンミンゼミよりツクツクボウシの数のほうが増えてきたり、朝晩ひんやりして虫の声が聞こえてきたりしたら、ほっとする方も多いのでしょうが、私はたまらなく寂しくなるほうです。

若い頃は夏なんて無限に何度も味わえるような気がしていましたが、50歳になった今、今後積極的に楽しめる夏の数には限りがあることに気づきはじめ、若干あせりさえ感じる今日このごろなわけです。

特に今年の夏は梅雨明けが8月にずれ込んだこともあり、とても短く感じました。
強烈な暑さだった岐阜の旅行がもう、懐かしくさえあります。

あ~あ、終わっちゃった~…。


さて、気を取り直して今日は昨日に引き続き、アフリカネタです。
写真のスキャニングが少しだけ進みました。
ケニアの国土の真ん中にはちょうど赤道が通っていて、その赤道の下では面白い商売をやっていました。


北半球と南半球では渦巻きの巻き方が反対になるというのは皆さん聞いたことがあると思います。
実際、台風などの低気圧の渦などは本当に逆になります。
それを実際に見せてあげるというのです。

ちょっと怪しげなお兄さんが来て、そのパフォーマンス用の道具を見せてくれます。
簡単に言えば底に穴の開いたボウルのようなものです。
その穴を指で塞いで中に水をいれ、まず、赤道の北か、南か、どちらかのサイドで塞いだ指を離します。
水が下からこぼれ、ボウルの中の水は渦を作るわけです。
それを反対側でも同じようにやって、「ほら、逆に回るでしょう?」
というわけです。

 

その場で見た限りはほんとうに逆にまわっていました。
ほんとうに赤道の南北10m程度で渦は逆にできるのでしょうか?

そんなはずはないですよね!
だいたい、春分の日や秋分の日でない限り、太陽は赤道上にはいないわけですから。

低気圧のような大きな渦は本当に南北で逆になるようですが、洗面所やボウルの中の水のようなものは、そのときの何かのちょっとしたきっかけでどちらにも回るようです。

では、彼らの実験はどういうことか…。
おそらく、右回り、左回りに渦を作るちょっとしたきっかけのコツを持っているのだと思います。
それがなんだかはわかりませんでした。

でも、赤道上のパフォーマンスとしてワーっと盛り上がるのにはいいですね!
ここは素直に驚いて喜んでおきましょう…ということで楽しんできましたよ!

彼らはボランティアでそんなことをしているわけではなく、このあとしっかり彼らが所属するおみやげ物屋につれていかれたのでした。


そういえば、バルーンサファリがその2で続きになって、まだ着地していませんでした。
着地してから大事な話題があるのですが、それはまた、いつかの機会に…ということで。





アフリカ | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(0)
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