カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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トライアンフTRシリーズの系譜


一昨日、MGのTシリーズの系譜をアップしてしまったついでに、最近気になるトライアンフのTRシリーズもまとめてみようと思った次第です。
例によってもともと持っている知識はほとんどないので、これをベースに少しずつ、書き足して行こうと思っています。
詳しい方はぜひ、お助けください!

上の写真は1952年型TR1です。
TR1はどちらかというと次の年に発表されるTR2のプロトモデル的な性格の車だったようです。
実際に市販されたのはTR2からです。


1954年型TR2
グリルが奥まったところにあって面白いです。
ルマンを初め、レースにもたくさん出ていたようです。
  
TR2は1953年から1955年まで8636台が作られました。
エンジンは1991cc、90bhp
コンパクトな車体に大きなエンジンを積んでたんですね。


1956年型TR3
TR3は1955年から1957年まで13377台が作られました。
TR2と大きな違いはないようです。
奥まったところにあったグリルが普通の位置に来ています。
エンジンは1991cc、95bhp
後に100bhpの仕様も出たようです。
すごいです!ワーゲンは38bhpの時代です。


1959年式TR3A
TR3Aは1957年から1962年まで58309台が作られました。
TR3よりもグリルの幅が広がりました。
このモデルからドアハンドルがつきます。
エンジンは2138cc


1962年式TR3B
TR3Bは1962年のみの製造。3334台が作られました。
TR4が出たあとですが、ラブコールにより北米を中心に販売されたモデルということです。
エンジンは最初の530台は1991cc、95bhp、
531台目以降は2138cc、100bhp


1963年式TR4
TR4は1961年から1965年まで40253台が作られました。
ミケロッティデザインのボディです。
エンジンは2138cc、100bhp
1991ccもオプションで用意されていたようです。
(日本には税制上、1991ccが主に輸入されたようです)


TJさんが教えてくださったサリートップ。
ハードトップの仕様もあったようです。


1967年式TR4A
TR4Aは1965年から1967年まで28465台が作られました。
このモデルから後輪が独立懸架IRSになりました。
外観的にはサイドマーカーレンズで見分けがつきます。
エンジンは2138cc、104bhp


1968年式TR5
TR5は1967年から1968年まで2947台が作られました。
エンジンはTR5から6気筒となります。
ルーカスのインジェクション仕様です。
2498cc、150bhp

TR250はTR5と同じく1967年から1968年に8484台が作られました。
アメリカ向けにTR5のゼニスのキャブ仕様のものがTR250です。
エンジンは2498cc、105bhp


1972年式TR6
TR6は1968年から1976年まで91950台が作られました。
ボディはなんとカルマン社だそうです。
カルマンですが、個性が薄くなった感じです。
たくさん作られていますが、見かけた記憶はありません。
エンジンは2498cc、1969年~1971年は104bhp、
1972年~1976年は106bhp
アメリカ仕様以外は初期モデルが150bhp、後期モデルは124bhpでした。


1980年式TR7
TR7は1975年から1981年まで作られました。
フルオープンのボディもあったようですが、こちらの方が日本ではよく見たような気がします。
エンジンは1998cc、アメリカ仕様は92bhp、以外は105bhp


TR8は1978年から1980年まで1497台が作られました。
エンジンはV83528cc、137bhp
インジェクション仕様は148bhpでした。

TR8のレース仕様やラリー仕様の写真がありましたので、紹介します。






車(カルマン以外) | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(28)| トラックバック(0)

秋深し…


今日はジョージ・ハリスンの命日です。
2001年ですから、もう6年になるのですね。
初めて12弦ギターを手にした時、また初めてボトルネック奏法を知ったときに弾いたのが彼のマイ・スイート・ロードでした。
ヒア・カムズ・ザ・サンも一生懸命コピーしました。
サムシングの間奏も…。



先日、本社の入っているビルを出たら、こんなどでかいトラックが止まってました。
何を積むでもなく、宣伝用のようです。
w-indsと書いてあります。

恥ずかしながら、知りません…。
オヤジですね~。

秋も深まり、職場の近くの桜の葉も色づきは終わってほとんど散りかけています。



もう、年の瀬突入なんですね。
クリスマスイルミネーションを庭やベランダに飾る家が増えてきました。




日記 | 投稿者 赤の’57 08:41 | コメント(10)| トラックバック(2)

MG Tシリーズの系譜


1936年式TA

以前のページでオープンホイールの車は見分けがつきにくいなんて話が出ていました。
旧車イベントでちょくちょく目にするMGのTシリーズさえ、私には見分けがつきにくく、この機会に並べて比べれば一目瞭然かと思ってやってみたら…


並べてみてもわかりません!(笑)

MGはMorris Garagesの頭文字です。
Tシリーズは安価なスポーツカーとして開発されたようですが詳しいことは調べていません。
調べる時間がなかなかなくて…(と言い訳)

これはCream Cracker‘sのTAですかね。
当時レースやヒルクライムに活躍したチームの車です。
4気筒1292cc、50bhp/4500rpmでタコメーターはベルトで駆動されたダイナモの後ろに付くギアボックスを介して駆動しています。
つまり、エンジン直ではないんです。後のヒーレースプライトMk-1などもこの方式でした。



1938年式TAの室内。
ウッドとスミスの計器でしょうか?
いい雰囲気ですね~。
TA Tickfordでスペシャルコーチワークの物。
幌の後部がランドウジョイントを使った物で、座席の上のみ開ける事が出来ました。911タルガの感じと言えばいいのかな。



これもTAのようです。
でも、上の写真とぜんぜん違いますね~。


1939年式TB
TBまでが戦前戦中の車のようですね。
4気等1250cc,
54,4bhp/5200rpm
XPAG型エンジンを採用し、このエンジンはTFまで利用されました。



1946年式TC
TCは1945年~1949年まで作られました。
エンジンはOHV4気筒1250ccでパワーは54.4ps
MG-TCは1945年秋に発売されました。
エンジン出力とも変わらず、XPAGが使用されました。
TBとTCは構成がほぼ同じで可倒式ウインドーなどはTBと同じですが幅が4インチ広くバッテリーが12Vとなりました。
足回りにも変更があり、ルバックス ガーリングの油圧式レバータイプダンパーが、リーフスプリングの後端が一般的なシャックルタイプになりました。
価格も戦後のインフレで375ポンドとTB比160%と上昇、英国の購入税が100ポンドも掛かる為英国での販売が落ち込みました。
そのため当時スポーツカー不毛の地超大国アメリカへと輸出されました。
ハンドルは右のままでしたが(資金不足で左用部品の開発が出来なかった。)1948年末に発売されたテールランプ、ブリンカー式方向指示器の付いた北米仕様が大いに喜ばれ、大ヒットとなりました。製造台数10000台のうち平行輸出が約2000台、正式輸出が2001台オーストラリアやアフリカなどに4600台が送られました。




1951年式TD
TDは1949年から1953年の間に29664台が造られました。
Tシリーズのなかでは最も多く作られたモデルです。
このモデルからホイールがスポークからスチールになってますね。
生産台数の80%がアメリカに送られたTD.
その理由はまず為替の変動による価格がTCの2395$から1850$となったことが大きかったようです。
そして左ハンドル仕様が生産された事。
エンジンは初めTCと同じXPAGが搭載されましたが、1951年8月にエンジンが57bhp/5500rpmになり、クラッチが7,25in→8inに。

これ以降の物はTDⅡの名が与えられました。
1952年末にオイルパンの増量、クラッチリンケージがロッドからワイヤーに。
後年カムシャフトのプロフィール変更が行われ、静かなエンジンに成りました。
車体ではC型鋼材ラダーフレームから鋼板ボックスラダーフレームに大きく変更になりました。
そして最も良い変更は、フロントがダブルウイッシュボーン+コイルになりトレース性が向上した事、15inホイールの採用とステアリングギアボックスがラック&ピニオンになり「あいまい」さが減りました。
ただ車重は重くなったので、ギアレシオを下げることで運動性を下げることを防ぎました。
しかしなぜデフで下げずにコストが掛かるギアボックスで下げたのかが疑問です。


ハイパワーバージョンのTDMk2というのもあったようです。
これはレーシングユースを前提としたもので、TDⅡとは別のものです。
ディック ヤコブがブランフォードキャンプのレースでクラス優勝をしたのをきっかけに、数台のレース用の元となるモデルを製作したものです。
改良した足回り、冷却用の穴あきホイール。
1 1/2SUツインキャブ9,3:1の圧縮比で60bhpを発揮し、レースでよい成績を収めました。
この結果を受けてTD Mk2をカタログモデルとして販売、1952年のルマンにこのシャーシに流線型のボディ着せたEX172を参加させました。

  
1952年式EX172             1952年式EX175


1954年式TF
このTFがTシリーズの最終の型で、1953年から1955年まで約9600台作られたようです。
エンジンは当初1250ccから最終的にでは1466cc、63ps、最高速142kmになったようです。
この後、MGAにモデルはバトンタッチされます。

MGのTシリーズはトータルで約53000台が製造されその多くがアメリカ向けに輸出されたそうです。
だから、左ハンドルが多いのでしょうね!

今のところ日本ではあまり人気が無いTFですが、個人的には好きな車です。
最初は相変わらずXPAGエンジンでしたがこれも少し変更がされています。

圧縮比が7.3:1から8.0:1に上がりキャブもSU H2×2からSU H4×2となり、馬力は変わりませんがトルクが8.8kg-m/2600rpmから9.0kg-m/3000rpmと実用域で使いやすい物になりました。
フロントサスペンションにはスタビライザーが採用され、操縦性の向上が見られました。
さすがにこの頃になると、TDの旧さが目立つようになりアメリカでの販売も下降線をたどりました。

1952年にMGの属するナッツフィールドグループとオースチンモーターCoが合併してBMCと成っていた。
EX172の市販車を作りたかったのですが、オースチンのヒーレー100と似ていると言うことで生産が認められませんでした。

1955年式オースチンヒーレー100ルマン
そしてTDの改良型としてTFが製作されました。
TFはTDより低くスマートに見えたが、スカットルからドア、リアにいたる部分は同一の形状でした。

ラジエターグリルは残されたが、キャップはダミーであった。
喜ばれた物は、ワイアーホイールの復活であった。
メーターパネルは右左どちら側のハンドルでも使えるように中央に置かれた。

価格は英国で550£、アメリカでは2250$でMGとしては標準的な物であったがトライアンフTR2が僅か5£高いだけでより現代的で早い為販売競争力は弱かった。
これを解決する為、エンジンのボアを72mmに拡大1466ccとしたTF1500を発売した。
これは1954年夏、ソルトレイクで速度記録に挑戦したEX179と基本的に同じであった。


1954年式EX179
スペックは63Hp/5500rpm、10.5kg-m/3000rpmで、さらに価格も1995$に引き下げた。
生産台数 TF 1250 6200台
     TF 1500 3400台
内65%がアメリカに送られた。

Ttypeは20年にわたり生産され、TDで採用されたFダブルウイッシュボーンサスはMG RV8まで使用された。

1992年式RV8

デブでも早いんだ!さんのMGはJ2ということですから、このシリーズとはまったく違うわけですね。
歴史が長いメーカーなので、深すぎてまだまだ勉強不足の私です。

ところが、デブでも早いんだ!さんのおかげで大変充実した内容となりました。
保存版レベルです。
デブでも早いんだ!さん、ほんとうにありがとうございました!

私が書いた文字数よりも、デブ早さんの文字数の方が多いという、掟破りのページとなってしまいました。

※赤字はあとから加えたデブでも早いんだ!さんのコメントです。



車(カルマン以外) | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(22)| トラックバック(0)

低~いのはお好き?


どんな車を買っても車高を落とさないと気がすまないという方も中にはいらっしゃるようですが、今日は極端にロワードされたカルマンの特集です。
アメリカではslamed(slammed)というようですね。

個人的には少し低いのは好きですが、ここまでベタベタにするのはどうも…




















みなさん、いったい、どこ走るんでしょ?



しかし、ガソリン、高いですね。
ガソリン税、6000円億円も余るのなら、暫定税率下げるべきです。
6000億円の砂糖にもう蟻んこが群がってきてます。
あんたたちの顔と名前は忘れないぞ…。

ガソリン税にも暫定税率にも消費税課税するの、違法だろ!
って、どうして問題にならないのでしょ?




カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(19)| トラックバック(0)

小春日和の午後は


午前中の仕事を済ませた午後、風もなく温かな小春日和に誘われ自転車で土手を走ってきました。
カミさんと走るのはかなり久しぶりかもしれません。
パジェロの後ろに自転車を積んで準備完了です。
(隣りは代車の日産ホーミー。沖縄では絶対に付けられない名前なんです。)

昨日は東京側の土手を河口に向って南下しました。
私の住む町から江戸川を南に下るとおよそ13~4kmでサイクリングロードの終点に着いてしまいます。

終点付近の川原には江戸川区営のポニーランドがあります。

馬の知識はぜんぜんありませんが、そんな私から見てもポニーランドといっても本物のポニーはあまりいなさそうに見えます。
手前の一番小さな馬はポニーっぽくはありますが…。
ま、そんなことはどうでもいいですよね!

奥で一人で乗っている子はかなり上手でした。
パカポコッと速足で走ってましたよ!


初めての子はこうやって引かれて1周してきます。
天気もよくて人手が多く、かなり順番待ちをしていました。
奥のほうでは馬車も稼動していました。

いったい、いくら払えば馬に乗れると思います?

乗馬教室も含めてさすが、区の施設です。
料金はすべて無料なんです。
乗馬クラブは中学3年まで。
残念…。

土手の反対側に馬を飼う施設があり、馬たちは毎日土手を越えてこのポニーランドでお仕事してます。


自転車を終え、お決まりの水元公園へ。
紅葉がだいぶ進んでいて綺麗でした。


シロサギと釣りのおじさん。


銀杏がまっきいろに染め上がってました。
この公園は、いつ来てもなんだか落ち着きます。


木立の中に夕陽が沈んでいきました。
4時15分です。
日が短すぎます。
明るい午後ってこの時期、たったの4時間しかないのですから…。




所得控除見直しは先送り…、理由は選挙があるから…。
ヘンな国です。



自転車 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(24)| トラックバック(0)

初めての車検


こちらは、毎日いい天気です。
本格的な冬の前の3連休で天気もいいということで、皆さんおでかけモードのようで、高速道路も一般道もどこもそうとう混みあっているようです。

そんな中、カルマンを車検整備に出してきました。
ユーザー車検にするか、どこかにお願いするか…。
お願いするとしたらどこにするか…。
結構迷いました。

結局、購入後、初めての車検なのでこの機会に一通り点検していただくことと、若干お願いしておきたいこともあり、一番遠い、購入直後に足回りをまとめてやっていただいたところにお願いしました。
片道110kmの距離で、着いたときにはもう暗くなっていました。
引き取りは一週間後です。
一週間もカルマンがそばにいないとなんだか寂しいですね~。

次回の車検までに、基本整備はできるようになってユーザー車検に行けるよう、勉強しようと思います。


代車に乗って帰るころは満月が高く輝いていました。
きょうはこれから半日仕事に出かけてきます。



トラブル修理、メンテ | 投稿者 赤の’57 08:23 | コメント(16)| トラックバック(2)

Chicago


昨日の午後は久しぶりにシカゴを聴きました。
今でも活動しているストーンズのように長生きなバンドですが、一番右のファーストアルバムは1969年です。
もう40年ちかいんですね。
ファーストアルバムからいきなり2枚組みで、2nd、3rdアルバムも2枚組みで、中学生のお小遣いではなかなか買うことができませんでした。

ファーストアルバムでは、まだ「シカゴ・トランジット・オーソリティ」という名前です。(1枚目出した後にChicagoに変わりました。)
シカゴはロックバンドにホーンセッション(トランペット、トロンボーン、サックス)を組み込んだことで独特な曲を演奏し、当時ブラスバンドでアルトサックスを吹いていた私は大いに憧れたのでした。

この頃はオーディオの世界では4ch方式が流行っていて、ディスクリート方式とかマトリクス方式とか言って、もともと2chで録音されたレコードを無理やり4chにして音が出るようにしていました。(4ch録音のレコードも若干ありましたが…)
オーディオ売り場の視聴コーナーに、ビートルズではなくシカゴのアルバムを持っていってよく聴いていました。
当時、自宅にあったステレオは真空管式の大きなセパレート式のステレオでしたが当然2chで、

(こんな感じのステレオでした。)
4chのギミックっぽい音に喜んでいましたが、4chステレオはその後すぐにすたれましたね。

最近でこそホームオーディオの5.1chが出ていますが…。
Lカセットなどという中途半端なカセットテープの機器もソニーが開発しましたが完全に失敗に終わってました。

シカゴの他にトランペット4本組みのチェイスというバンドもありましたが、「黒い炎」が1曲ヒットした程度だったでしょうか。
超パワフルな演奏は好きでしたが…。

シカゴは音楽だけでなくロゴが好きで、下敷きやカバンなどいろいろなところに模して書いていました。
ジャケットのデザインや中身もなかなか凝っていました。

ボーカルでリードギターをやっていたテリー・カスがなんとなんとのロシアンルーレットで1978年に死んでからは、聴かなくなりました。
このグループの中で一番好きなアーチストだったからです。
テリー・カスのいないシカゴなんて…という感じでした。
その後ピーター・セテラも脱退するし。

ところが、1995年にこのアルバムを出してビックリしました。

ビッグバンドのスタンダードジャズばかりを演奏したアルバムです。
このアルバムはお気に入りです。

音楽を聴いていたらあっという間に夕方になってしまいました。
昨日も天気がよかったので、そろそろ富士山の頂上に夕陽が沈むのを見られるかな…と、江戸川に向いました。
ここは、9月始めの台風での増水で川原が全部水に浸かったところを写真に撮った場所です。
ほぼ中央にパジェロがあるの、わかりますか?

その時の写真がこちら。
ほぼ同じ位置で撮っています。
サッカーのゴールが完全に水没しているのがわかります。


この写真は11月20日の写真です。
太陽は富士山の向って右側に沈んでいるのに、

11月23日にはもう左側に沈んでました。
Xデーは21日か22日だったわけですね。
残念…



音楽 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

富士に沈む夕陽

これからの季節、日本海側と太平洋側では天気が大きく異なって、雪が降る地域もあるのに関東地方は晴れ渡ることが多いですね。
すでに雪がたくさん降ったところもあるようですね。

数日前、たまたまいつもより早い時間に自転車で帰ることになったのですが、その途中、きれいな夕陽が輝いていました。

日が沈む頃、よく見ると下の方が斜めに切れて行きます。
あれ!もしかして…、
とよく見ると、夕陽が富士山の裾野に沈んで行きました。

しばしの天体ショーでした。






富士山まで直線距離で120km。


もうあと数日すると富士山の頂上に日が沈むのが見られるのかもしれません。
見てみたいものですが、なかなかチャンスはなさそうです。

4時半には完全に沈んでました。
その後、あっという間に暗くなってしまいます。
日が短くなりましたね。



自転車 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(6)| トラックバック(1)

2000GTのレプリカ





並べるのは酷かもしれませんが、ルマン・クラシックで見たロードスターベースの2000GT仕様がとてもよくできていたので、並べてみました。

下の写真はノスタルジックカー・ショーで展示されていた2000GTです。

上のロードスターの改造車は、ロードスターガレージというところで作られているということをTJさんが教えてくださいました。

車の名前はロードスターHIROSHIというそうですが、どうしてそういう名前になったかなど、この車に関する詳しいことがHPに書かれています。
ここまで作るのに相当な苦労があったようですね。
ぜひ、ご覧ください。



(HPから借用しました)
こういうインパネまで作ってますからすごいです。
雰囲気出てますよね!

(こちらは本物のインパネ)


実車と同じサイズで作ったら売れると思いますけどね!
356やコブラみたいに、レプリカはレプリカで認められるくらいの名車ではないでしょうか?


雪がたくさん降っている地域もあるようですね。
皆さんの所はいかがですか?
関東地方は先週末から毎日ほんとうにいい天気が続いています。
寒いですけどね。
天気はいいです。


車(カルマン以外) | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

ルマン・クラシック(番外編)


ルマン・クラシックのレポートの最後です。
レースには出場していなかったけど、私的におおっ!と思った車たちです。
パドックではレース参加車以外にパレードランにだけ参加する車やクラブミーティングで集まった車、レース関係者の車などが置いてありましたが、さすがにそこには面白い車がたくさんありました。

上の写真は最後のプログラムのパレードランのスタート前の整列風景です。
これ、参加するだけで5諭吉くらい必要だったと思いますが、たくさんの車が参加してます。


アルピーヌのクラブミーティング。
こんなにまとめてA110はじめアルピーヌを見たのは始めてです。


同じブルーでもみな色が違います。


こちらはモーガン軍団。
最終的にこの倍くらいの数が集まっていたでしょうか?


草太兄ちゃんのコブラの隣に置いてあったシェルビーGT350。
ゼッケン、似合いそうです。
走らせてほしかった…。


トライアンフTR3ですよね!
1955年か1956年式だと思います。
1957年にTR3Aとなり、グリルが幅広になります。
この車も初めて間近に見ました。
とてもきれいなコンディションでした。
いいですね~。TR3。


トライアンフTR4A。
1964年にTR4から後輪を後輪懸架のセミトレーリングアーム(IRS)に進化させたバージョンです。
サイドのマーカーが目印ですね。


フェラーリ250GT2+2ですよね?
ピニンファリーナのエンブレムがサイドにありました。
3000ccのV12がフロントに収まっているはずです。


車自体そうとうに珍しいし、こんな色のフェラーリも初めて見ました。
写真ではわかりにくいですが微妙な黄色というかからし色でした。


こちらは展示車です。
実物を見てもなんだかまったくわかりませんでした。


フードのエンブレムを見ると、FACEL VEGAと書いてあります。
あれ?聞いたことがあるぞ…と調べたら、この車の写真は見たことがありました。

フランス車です。
こういうコンパクトなファセル・ベガもあったんですね!
かなりレアな車ではないでしょうか?


アルファロメオのワンボックス。
日本では珍しいですよね!


これはなに???
なんと、パレードに参加してました!
場内放送の方が車名をアナウンスしてくれてましたが、聞き逃しました。
イセッタの仲間でしょうか?


TOYOTA2000GT前期型のオープンモデル?
んんん???
なんか変…。
ノーズが短いしフロントグラスも違います。
よく見るとユーノスのカスタムカーでした。
結構、よくできていましたよ!
ダッシュボードやテールもそれっぽく作っていました。


ポルシェCLKルマン。
デモランから早々に引き上げてきました。


ピットに入ると後ろから煙が…。
消火器ですぐに消えましたが何があったのでしょう…。

カミさんいわく、「こういう車も燃えるんだ…」

「そうだよ。燃えるのは古いワーゲンだけじゃないんだよ。」




そんなわけで、レースに出た車以外にも相当に珍しい車に出会うことができたルマン・クラシックでした。
大満足の1日でした。


次の開催は再来年ですね。


ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(30)| トラックバック(0)

ユニクロのCMにカルマンが



ユニクロのダウンジャケットのCMにカルマンギアが出ています。
カルマンがCMに出るのって初めてでしょうか?

こちらで見られます。
   ↓
http://www.uniqlo.com/jp/tv/down/index.html
(WEB限定の2分のロングバージョンがアップされてます。)

タイプ1やタイプ2は見ることありますけどね!
カルマンは珍しいです。



ルマン・クラシックのレポートは実はまだ終わっていません。
しつこいかなあ…。
でも、珍しい車、面白い車があったんですよ!



カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(28)| トラックバック(1)

ルマン・クラシック(クラス4編)


クラス4は1972年~1979年までに出場した車です。
クラス3とクラス4は一緒に走ってました。
その中でも群を抜いて目立っていたのが、この1972年式マトラMS670です。
今回のルマンクラシックのポスターでも一番目立っています。

ポスターマトラはMS650ですね。
1969年のルマンで4位になっています。


1950年以降、ずっと自国のレースに優勝できなかったフランス車ですが、フランス政府の援助のもと、1972年、22年ぶりにルマンで優勝したマシンです。
この車はその優勝マシンそのTカーだそうです。


運転席にいるのはリシャール・ミル氏のようです。
レースの時にはローラT70の方を走らせていました。
このマトラは72年から3連覇したそうです。


コクピットは意外なほどシンプルです。


V12、2993cc。450HP、32kgm/8400rpm
12気筒のデスビはすごいことになってますね!

目の前でエンジン音を聞いていると、耳を覆わなければ鼓膜を破損するのではないかと思えたほどでした。

実際に速かったですね~。
ラップは1分50秒を切っていたと思います。
今回のルマン・クラシックでは最も早いタイムを出したのではないでしょうか?


こちらは1979年式ポルシェ936。
936はルマンでは76年、77年、81年に優勝しているそうです。
マルティーニカラーは馴染み深いですね!
お父さんが車をバックにお子さんの写真を撮っていたら、ドライバーの方が、お子さんをひょいっと抱えて運転席に座らせてあげました。
本人よりもお父さんの方が大喜びです。
いいなあ…。
あの子は大きくなってからわかるのでしょうね。


世界に4台しか現存しないそうです。


いろいろな車を撮ってきたつもりでしたが、ウチに帰って整理してみるとクラス4の車はこの2台だけでした。
911もたくさん出ていましたが、写真はなしです。

次回はレースには出ていなかったけど、おっ!と思った車を紹介します。

昨日は1日最高にいい天気でしたね。
そんな中、ずっと仕事してました。
小布施や八王子でイベントがあったのですが、天気に恵まれてよかったでしょうね!
行きたかったなあ…。

ストリートVW'sのジャンボリーは来年3月のようですから、今年のイベントはもう終わりかな…。
なにかありましたっけ?



ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(0)

ルマン・クラシック(クラス3編)


クラス3は1966年~1971年に出場した車です。

906は2台出場していました。
この906は9月にお台場で開催したモータースポーツジャパンで見た車両です。


今回は全開で走る姿を見ることができました。
いいエンジン音ですね~。


どちらも1966年式です。


太いタイヤですが、バイアスです。


1970年式アルピーヌA110 1600。
パドックではアルピーヌのクラブミーティングでたくさんのA110が集まっていました。
一般駐車場にも1台来てました。


向って右は1966年式フェラーリ330GT2+2。
後期型の4リッターV12気筒、4人乗りのフェラーリです。
(前期型は4灯)
この時代に、エアコン、パワステ、パワーウィンドー装備だそうです。


1967年式フィアットアバルトOT1600。
OTは他に1300や2000もあるようです。
ルマンには実際には出場していないということです。
ベースはフィアット850です。


1967年式オースチンヒーレー・タルガフロリオ・スプライト。
昨日は車種がわからなくて質問していたらボールチェアーさんが教えてくださったオースチン・ヒーレー・アシュレー・スプライトにもよく似ていますね!
スモールライトやリアウィンドーの形状など違うようです。


1969年式ローラT70MKⅢB。


海外からのエントリー組の1台です。
めちゃめちゃ速かったです。
1分50秒前後でラップしてました。








今日は残念ながらこれから仕事です…。




ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(10)| トラックバック(0)

バルーンサファリ(その3・キリン編)


今日は久しぶりにウチでゆっくりしている週末なので、しばらくご無沙汰だったアフリカのことを書きます。
バルーンサファリの話も途中のままでした。


熱気球は一番最初、どうやって膨らますかですが、すべて横向きに広げてセットし、しばらく扇風機で風をバルーンの中に送り込みます。
奥のほう(立った時に一番上にあたる所)まで風が行き渡ってすき間ができるるとバーナーで暖めた空気を送ります。
長い時間をかけて少しずつ、膨らませて生きます。


バルーンサファリは気流が安定している早朝に行います。
明るくなると動物たちはすでに元気に活動しています。
キリンの親子が上から見えました。


バルーンのパイロットは無線で常に地上班と連絡を取り合っています。
進んでいる方向などを伝えているようです。
予想を立ててあらかじめ着陸地点を決めていくのでしょう。
着陸した地点では地上班が先回りしていて草原の真ん中にテーブルや椅子をセッティングして朝食の準備をしていました。

降り立ったら、まずはシャンパンで乾杯です。
複葉機の頃から空の旅をして地上に降りたときは無事を祝ってシャンパンで乾杯をする習慣があるそうです。
それだけ、空の旅は危険も伴っていたのですね。

360度草原しかないところでコンチネンタルブレックファストをいただくのも乙なものです。
ホテルで食べるのとほとんど変わらないレベルの食事を出してくれました。

「ライオンが襲ってきたりしないのかな…?」などと冗談を交わしますが、内心ちょっと心配でした。
ま、そんなところにゲストを降ろすようなことはしないと思いますが。


後ろの山はキリマンジャロです。」ケニアとタンザニアの国境にあるアフリカで最も高い山です。
標高5895m、富士山よりもはるかに高い山で、頂上付近には万年雪があります。


キリンは野生動物の中でも割りといつでも普通に観られる動物です。
でも、あれだけの大きさの動物が生まれてからこのかた誰にも拘束されずにそこいら辺を歩き回っている姿はどうにも不思議な感覚です。
日本ではニホンザル以外の野生の哺乳動物を見ることなんてまずないですからね。




地平線まで続く道。
ケニアは日本と同じ、左側通行です。
遠くに何本も竜巻が見えたりしていました。


グレート・リフト・バレー(大地溝帯)からの眺め。
スケール感がマヒしてしまいます。



アフリカ | 投稿者 赤の’57 16:02 | コメント(18)| トラックバック(2)

ルマン・クラシック(クラス2編)


クラス2は1949年~1965年に出場したクラスです。
前に書いたコブラ2台もこのクラスで、これらの車と一緒に走りました。

上の写真は1965年式アルファロメオ・ジュリアスプリントGTA。
サーキットが似合いますね!


356は3台出場していました。
これは1957年式356Aスピードスター1500GSーGT。


356Aスピードスターのカレラ仕様です。
初めて見ました。
1500cc、100HPのエンジンが積まれているはずです。


1955年式スピードスター。
プリAボディでしょうか?
スピードスターのハードトップも初めて見ました。
1300cc、60HPのエンジンです。


1061年式356B。
ガルフカラーがいい味です。
1600cc、60HPだと思います。
ドライバーは女性でした。


1958年式、リスタージャガー。
モテギにも来ていました。
調子が悪かったのか、ルマンでは結局出走していませんでした。


1961年式、オースチンヒーレー3000Mk2。
残念ながら途中リタイアでした。


このほかに写真を撮り忘れているのですが、ポルシェ904も出走していました。
3位に入ったアルピーヌM63も速かったです。
レースの最後に第1コーナーでスピンしてガードレールに右前フェンダーをぶつけてしまいました。
MB300SLロードスターも出ていました。
ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(10)| トラックバック(0)

ルマン・クラシック(クラス1編)


今日はルマン・クラシックのクラス1、1923年~1939年に出場した車そのもの、もしくは同型車を紹介します。

すごいなあ…と思いつつ、正直、勉強不足の世界なので、解説などできません…。
ご存知の方は教えてください。
私としては、本物が目の前にあるというだけで舞い上がっている状態でした。

上の写真はベントレー軍団。
3台ともナンバーがついてます。
ちゃんと車検とってるんですね~。
実際にレースに出たのは真ん中のラジエターグリルに8と書かれた車です。


1924年式ベントレー3リッター スピードモデル。
ベントレーは1924年~1930年にルマンで5回の優勝を飾ったそうです。




クランク棒はついたままです。
ミッレミリアのバッジが渋いですね。
右はベントレーのクラブのバッジのようです。


おそらく1926年式のベントレーとなんでしょう。




1934年式MG Magnettae K3


1928年式 Riley Brooklands 9
いいなあ…、渋茶のようです。


1934年式 MG Magnette K3


1928年式 Riley Brooklands 9
この車は朝から夕方までこの状態で、ついにコースを走ることはありませんでした。
残念…。


1933年式 Alfa Romeo 8C
レースのあとの写真です。
排気管の後ろの真っ黒な汚れががんばった証拠です。



昨日も一日いい天気でした。
昨日は夜までずっと新宿のビルの中にいましたが、抜けるような青空を見ると欲求不満になってしまいます。


ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(1)

青い東京タワー


時々行く夕陽見学スポットに昨日は夜行ってきました。
いつもと違うところが1箇所あります。

そう、タイトルのとおり、東京タワーが青くライトアップされています。

どうして?


昨日は「世界糖尿病デー」だったそうです。
糖尿病を根絶するためのイベントが各地で開かれ、運動のシンボルカラーであるブルーに世界中の有名な建造物がライトアップされたそうで東京タワーもそのひとつだということです。

右下に見える船は伊豆諸島と東京を結ぶ東海汽船です。
船のマストのようなものは竹芝桟橋の目印となるオブジェです。
そういえば、数日前におがさわら丸が航行中に放火されたというニュースが流れていましたが、犯人は見つかったのでしょうか?

いつもと違う雰囲気に確かに目立ちますが、どうしてかを知っている方は少なかったでしょうね。

ポスターは鶴太郎氏の作だそうです。

このあたりもどんどんビルが増えてきて、場所を選ばないと東京タワーが見えないようになってきました。


上の写真のさらに右の方に目をやるとこんなビルがありました。

手の込んだことをやってますね!
赤坂にあるホテルでは11月に入ったらすぐに窓の明かりがクリスマスツリーになっていました。



次回はルマン・クラシックのレポートに戻りますよ!


日記 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

ルマン・クラシック(コブラ編)


ルマン・クラシックには2台のコブラが出場していました。
本物のコブラ自体、見ることができるのは少ないのに、2台が本気で走っているのを見られたのはすごい経験でした。

上の車は草太兄ちゃんの1964年型シェルビーACコブラです。
4.7リットルの前期モデルだと思います。
モテギのヒストリック・オートモビルにも出場していました。
朝一番のウォームアップ走行をしてきて、タイヤを取り替えたところです。
その間、草太兄ちゃんは車に乗ったままでした。
同型の車が1964年のルマンに出場しています。


ルマン・クラシックはルマンに出場した年に基づき、4つのクラスに分かれます。
今日ご紹介するコブラはクラス2という、1949~1865年に出場した車のカテゴリーになります。

わたしとしてはこのカテゴリーがど真ん中!です。
横にさりげなくGT350が置いてありました。


この、1965年型シェルビーACコブラ、化け物でした。
後期型の7リットルモデルの427SC(生産はたったの348台)だと思いますが、ストックでも390HPもあるのにさらにチューンしているのではないでしょうか。
排気音はこの日に走った数々のレース用マシンの中でもトップクラスのド迫力でした。
決勝レースでは1分54~55秒くらいでラップしてました。
2位以下をすべて周回遅れにしたくらい、ダントツに速かったです。


金属製のトノカバーをつけていました。




レース結果ではこのコブラ2台がワンツーフィニッシュでした。
この写真を撮っているとき、上では表彰式が行われていました。


モテギにも来ていたエアストリーム。
横にシェルビーのステッカーが…。
もしかして草太兄ちゃんの車?

黒いコブラは別のキャンピングカーに引かれた台車に乗ってましたが…。


夕べの「なんでも鑑定団」にワンオーナー、ノンレストアのディーノが出てましたね!
珍しいエンジ色でした。
塗装はヤレてましたが1600万の価値はあるのでしょうね。
ほんとうにいいものは価値が落ちないんですね。
きちんと乗り続けていれば買った時と同じかそれより高く売れるということはイニシャルコストはタダだったとなるわけですよね。

でも、ディーノは黄色が好きだなあ…



ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(15)| トラックバック(0)

ルマン・クラシック(356LM編)


ルマン・クラシックのレポートですが、何から行こう…、
やっぱり、一番楽しみにしていた356LM他のポルシェミュージアムからはるばる来たクルマのことからにしますね!
ブログ容量が500MBになったということで、ガンガン写真を載せますね!
今回、動画も初登場です。

ポルシェのブースには上の写真のように4台が並べて置かれていました。
後ろに見える白い壁はトランスポーターの車体です。
あまりに大きくて壁のようにまっすぐだし、うまくタイヤも隠しているので、トランスポーターと気づかなかった方もいるかもしれません。
356LMについては先のブログで触れているので省きますね。


1973年911カレラRSRです。
2992cc、330HP、最高速度280km/h。

「911カレラRSRは1973年にデビューし、またたく間に世界中のGTカテゴリーを制しました。
世界選手権として最終となった同年のタルガ・フローリオで、リス・ファン・レネップとヘルベルド・ミュラーのドライブによって歴史的な総合優勝を遂げるなど、三つの国際選手権。7つの国内選手権を獲得。さらにデイトナ24時間レースでも優勝しています。」
と、説明書きにありました。

お昼に行ったデモ走行の時のこの車の排気音と走りのすごさはまさに度肝を抜くものでした。


1998年911GT1。
1998年のルマンで総合優勝をした車です。
3200cc、550HP、最高速度340km/h。

「1998年911GT1は1996年から始まったポルシェのGTカーコンセプトの第3世代型にあたるモデルです。
シャシーにはポルシェのレーシングカーとしては初めて、カーボンファイバー製のモノコックが採用されています。
これにより従来型よりも100kgもの軽量化に成功し、高い剛性とエアロダイナミクスの最適化というメリットをもたらしました。
この年のルマンでポルシェは4つのメーカーのワークスチームを相手に911GT1でワン・ツーフィニッシュを達成。創業50周年を自らの手で祝いました。
この年の勝利によりポルシェのルマンの総合優勝は通算16勝目を記録しました」


1987年 962C
2994cc、640HP、最高速度340km/h
「1987年のルマンではレギュレーションで使用が義務付けられていた正規の燃料の品質問題で多くのマシンがリタイアする中、ただ1台残ったワークスポルシェに乗るデレク・ベル/アル・ホルバート/ハンス・ヨアヒム・シュトゥック組は、低品質の燃料に合わせてエンジンマネージメントシステムを再度調整し、あらゆるハンデを乗り越え、ワークスカー3台で参戦した強豪ジャガーに挑み、見事通算12回目の総合優勝をしました。」


さあ、ピットに移動して、いよいよデモランです。
どうやら、LMに乗り込むのはドイツから来た女性のドライバーのようです。
何のためらいもなく(あたりまえですが)無造作に車に乗り込み、準備をします。


ピット前に4台が勢ぞろいしました。
いよいよエンジン始動です。



まずはセル一発でLMがエンジン始動です。
1000ccにしてはずぶといエンジン音です。
と、そのとき、隣のRSRに火が入りました。
激しいバックファイアーの音とともに大大迫力の爆音が富士に鳴り響きます。

そういえば、私のデジカメにもちょっと動画機能がついていたなあ…と試しにその時の様子を撮ってみました。
きっと、かなり大きな音が出ると思いますので、ご注意ください。
最初は356LMの音、少しあとにRSRの爆音が重なります。



エンジンがかかってスタート直前です。
タイヤの細さに驚きます。
ラジアルなら145か155あたりのサイズだと思います。


いよいよスタートしてピットロードを出て行きました。


確か4周したと思います。


それなりにスピードが出ていたので撮るのは大変でしたが、一応写ってました。
モテギでの経験が練習になりました。
他の車は速すぎて目で追うことすら大変でした。
向ってくる姿と走り去る姿しか見えません。
自分の前を通過するときは見えてません。


最後のストレートはなんと3台並んで走ってくれました。
RSRだけは最後まで1台でカッ飛んでました。


デモランを終え、ピットロードに戻って来たところです。
とても貴重なものを見せてもらえました。
これだけでも行った甲斐があったというものです。

まだまだレポートは続きますよ!



ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(20)| トラックバック(1)

ルマン・クラシックに行ってきました


朝4時に起きてみると、雨は降っていないようです。
「よし、やっぱ行くか!」と富士スピードウェイまでルマン・クラシックを観に行ってきました。
夜、都内に戻ってきた頃、雨に逢いましたが幸い現地ではまったく雨は降りませんでした。


これは、昔のルマン独特のスタートを再現したシーンです。
ヨーイ、ドン!でドライバーが自分の車に駆け寄るところです。
このアトラクションはレースではありませんのでコースを1周して戻ってきただけでしたが、盛り上がってました。

まだ、記憶がごちゃごちゃしている状態で、頭の中も写真も整理されていません。
そこで、今回レースではなく、パレードランにのみ参加していたとても珍しい車をまずは紹介します。


アストンマーチンDB1です。
実物は初めて見ました。
ちょっと調べたら、1948年~1950年の間に15台しか作られていないようです。
この車は掛布氏が所有していた車のようです。(今も?)
独特なグリルデザインはこの頃からの統一イメージなのですね。
ミッレミリアのバッジもついていました。

さすがにアストンマーチンで当時から超高級スポーツカーのようで、装備はとても豪華です。
フロントフェンダーにセマフォーを備えていました。
エンジンは2000ccだったようです。



こちらはアストンマーチンDB2です。
1951年~57年まで作られています。

「エンジンは、W.O.ベントレー設計の水冷直列6気筒の鋳鉄製ブロックのDOHCエンジンを搭載。2.6リッターの標準型は2基のSUキャブレターから105bhpを、高性能版のヴァンテージ仕様は圧縮比を8.16:1にアップし125bhpを出力した。」ということです。
DB2は1949年にプロトタイプがルマンに2台出場し、1台はクラス優勝しているようです。
1951年、DB2は3リッタークラスの1・2・3フィニッシュを達成しています。
1951年といえば、356LMが出場したのと同じ年ですね!


この時代の車のラインはほんとうに心惹かれるものが多いです。

帰りの高速で見た数々の車のデザインのつまらないことといったら…。

アストンマーチンはこの2台のほか、DB5、DB9、ラコンダなど大挙してパレードランに参加していました。


イベントの様子はじっくりとまた書かせていただきますね!
上の2台のアストンマーチンはまるで新車のように隅々まできれいでした。


356さんともチラッとだけお会いできました。
お互い忙しく動き回っていましたね!


ついに356LMのエンジン音を聴いたり動いている姿を見ることができましたね!
その件も、また、後日、ゆっくりと…。


papabusさんがイベントに行った千倉方面も晴れたようで、よかったですね!


今朝は朝からすばらしい青空で、富士山がきれいに見えていました。
もうずいぶん雪が積もってますね。
昨日は近くまで行ったのにまったく見えなかったし、今年、何度か富士方面に行ってますが、まともに見えたことなかったですかね…。



ルマンクラシック | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(18)| トラックバック(0)

「ALWAYS続三丁目の夕日」を観てきました



「ALWAYS続三丁目の夕日」を観てきました。
CGを駆使して、昭和34年をリアルに表現しています。

映画によって観客層は普通はかなり絞られますが、この映画を観に来ている人たちの幅は相当広かったですね!
普段そんなに映画を観ないような方も動員しているのではないでしょうか?

私自身、映画に出てくる子どもたちとかなり年齢が近いこともあり、画面の中の世界に懐かしさや郷愁を感じますし、多くの他の観客の方も同様だったと思います。
実際に経験した記憶が鮮明なだけに、懐かしいだけでなく、見る目は逆に厳しくなりますから、製作する方も大変だったと思います。

ストーリー的にはどこも凝った部分はありませんが、素直に泣いたほうが勝ち!ですかね!
1作目に続いて堤真一の演技が飛びぬけて光っていました。
彼が主役にも見えるくらいです。

製作者はこのストーリーを描くためにあの世界を再現したというより、昭和34年をリアルに再現したいという方が先だったのではないかと感じました。

カルマンと同世代の車がたくさん出てきます。
鈴木オートのミゼットはそうとうボロボロになっていますが、昭和32年の発売直後に買っても、購入後3年であんなにボロになるかなあ…なんて思いますが、当時の道路事情で走ったらそうなってもおかしくないということで…。

お遊びで三丁目の夕日の日めくりカレンダーをのっけてみました


映画の帰り、珍しくもありませんが、こんなポストカードが目に付いて、思わず買ってしまいました。


ポストカードといえば、
これは、夏に不動産の業者から送られてきたカードなのですが、なかなかいい写真だったので、壁に貼っています。



今日はさんざん迷った挙句、朝起きたら雨があがっているようなので、ルマンクラシックを観に行ってきます。
5時出発かな?



映画 | 投稿者 赤の’57 04:19 | コメント(18)| トラックバック(2)

氷上カルマン



とてもいい雰囲気の写真がありました。
説明の原文は、

Ice Racer in Alaska 1970's eating a Porsche 912 on the back stright where I go over 100mph at 5000 rpm in 4th.

「1970年のアラスカでの氷上レース車だ。バックストレッチで4速5000回転で100マイルオーバー。ポルシェ912をぶっちぎってやったぜ!」

てな感じですか?

氷の上で100マイル…
すごいんだか、おバカなんだか…





カルマンギア全般 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(8)| トラックバック(0)

正面衝突


新宿の高層ビル街の近くにこんな馬場があります。
代々木公園のはずれに位置するこの馬場は「東京乗馬倶楽部」という名前で1921年(大正10年)設立の由緒あるクラブだそうです。

奥のエンパイアビルのような建物はNTTドコモのビルです。


平日の昼間から馬に乗って遊んで(?)いられるなんてうらやましい限りですが、それを横目に、会議をする場所へ向かったのでした。


と、ここまでは題名の「正面衝突」とはなんの関係もありません。
実は、とうとうやってしまいました。
正面衝突を…。

といっても、車ではありません。
自転車同志です。
1週間くらい前の出来事です。

天気のいい日は今も極力自転車で通っているのですが、夏の一時期を除いて、帰りの道は日が落ちて真っ暗です。
私が通るルートの約90%は江戸川の土手の、歩行者と自転車の専用道路なのです。
その道は街灯はほとんどなく、夜は真っ暗なのですが、土手の下を通る自動車のライトの反射もあり、前はほんとうに見えにくい状態になってしまいます。

そのうえ、無灯火で走るバカものが相当な数います。
自転車だけでなく、ただ歩いている人、ジョギングをしている人、イヌの散歩をする人も自分の安全確保に無頓着な人が大変多く、ライトは持たないし、反射板のついたような服や靴も履かない、ヘタをすると真っ黒な服を着ていたりします。

私はというと、購入できる一番明るいライトをつけてはいるのですが、それでも、ほとんど見えていないに近い状態になります。
かなり注意して走っているのですが…、

土手を走る道のところどころに逆Uの字形をした車止めが2本埋まっていて、自転車はその間をギリギリ通れるくらいの幅しかありません。
そこを通過しようとしていたら、その車止めの間にいたんです。自転車が。

「うわっ!!」と思ったときにはぶつかっていました。
前輪を支点に投げられたように前転してすっころびました。

sawacchiさんじゃなくてもこれは怒ります。
「なんで、ライトも点けないでこんなところにいるんだよ!!!」

真っ暗な中から聞こえてきた、「ご、ごめんなさい…」というか細い声の方をよく見ると、かなり若い女性でした。(おそらく20歳前後)

私の自転車のチェーンが相手の自転車のサドルにからみ、前輪のブレーキのレバーからワイヤーがはずれ、ポケットに入れていた2台の携帯電話はすっ飛んで電池パックまであちらこちらに散乱している状態。

「まったく、どういう神経して無灯火で走るわけ?」とでかい声で文句を言いながら、電話や電池を拾ったり、外れたチェーンを直していると、相手の女の子はもう、半ベソ状態です。

それ以上、何もいえなくなり、(ホントはもう少し説教しましたが)
「怪我はないの?」
「そうか、それならいいけど…」

「あの、修理代は…」
「修理代って、…」

「もう、二度と無灯火で走らない約束してくれればそれでいいよ…」
「約束できる?」

「はい…」

自転車にどれだけダメージがあるかは暗いので確かめることもできずにそのまま帰りました。

あとで確認したら、ブレーキレバーの破損程度で済んではいました。

小さなペンライトでも点けてくれれば数百メートル前からでも存在がわかるんですけどね。
どうして、自転車のライト、点けずに走る人があんなにいるんでしょう?
自分自身が恐い思いをしたことはないのですかね?
100円ショップで売ってるライトで充分なのに…。

もう少し、安全に自覚を持ってほしいなあと思います。
自分の存在を回りに知らせるために小さなライト1個がどれだけ有効か、理解してほしいとほんとうに思います。

さいわい、ちょっとしたすり傷とブレーキの破損ですみましたが、夜、走るのがなんだか面倒くさくなっています。

sawacchiさん、1週間くらい、こちらに来てどこかに立って彼らに指導してくださいよ!



自転車 | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(16)| トラックバック(0)

やはり番外編…


やはり、これも紹介しておきたいという写真がいくつかあり、お約束の番外編となります。
上の写真は1933年型MG Ltype マグナ
ラジエターグリルの下のでっぱりには何が詰まっているのでしょう?

このクルマのオーナー、こういった30年代の車を3台もエントリーさせてます。
どういう人?


1967年型ジネッタ G12
上の写真の車のオーナーと同じオーナーです。
さらにこの方、ヒストリックカー・カップにもこのジネッタと合わせて6台エントリーさせてます。
1/1のコレクターってけっこういらっしゃるんですね。


1969年型アルピーヌA110
sawacchiさんも載せてましたが、私も好きな車なので、やっぱり載せておきます。


話は変わって、


八海山の麓には八海山神社があります。
神社の境内、参道には樹齢200年を超える杉がたくさん並んでいていかにも霊場という感じです。


ところが、その八海山神社の社務所は、なんとお蕎麦屋さんを経営しています。
広い座敷でおそばをいただけるのですが、そこには大きな祭壇が設けてあります。
八海山を飲むこともできます。
が、例によって食べ物は撮るのを忘れてました。
どうしても食べる方に気が行って、写真を撮るのを忘れてしまいます。
腰のしっかりしたおそばでとても美味しかったですよ!
野菜のてんぷらも美味でした。


今日は立冬。
とうとう冬になってしまいました。


車(カルマン以外) | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(12)| トラックバック(0)

秋色を感じに…


先週末は湯沢の知り合いのところに行ってました。
ダイビング仲間です。
仲間というには失礼かもしれません。もう80歳近いおばあちゃんです。
7月以来の再会でした。


部屋からの景色も秋色してました。
もう少しすると雪景色になります。

  
先日のブログの八海山の写真の左側にある八海山ロープウェイと八海山スキー場です。
同じところから撮った写真です。
ロープウェイの終点は八海山の四合目にあたります。
八海山の標高は1778mだそうです。


こちらの方は秋が来たというより、もうすぐ冬…という空気になっています。


大源太湖というところです。
大正時代に作ったダムのダム湖です。
この湖の向こう岸の奥におしゃれなレストランがあります。
この日はここが目的地でした。

Taverna Viciniというお店です。

前に紹介した岩原スキー場にあるPittoreと同じ経営です。
古材を生かした店内はとても落ち着けます。

この釜で焼く焼き立てのパンを出してくれます。
モチモチでとてもおいしいです。
パスタ類ももちろんGOODです!

外にテラス席もありますから、ワンコ連れでもOKです。

でも、残念なことにこの地はもうすぐ雪で覆われるため、このお店の営業は11月11日で今年は終了となり、再開は来年のGW直前になってしまいます。


前回来た時に湯沢の駅前で見たボンネットバスが運行していました。

私たちはこれには乗らずに歩いて帰ることにしたのですが、じきに真っ暗になってしまい、大変でした(笑)。


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ヒストリック・オートモビル(最終回)


ずいぶん引っ張りましたがいい加減にレポート終わりにしますね。
好きな車だけでもとても全部をチェックすることはできませんでしたが、写真を撮ることができた車のなかで、私的に刺さった車を紹介します。
上の車は1964年式シェルビーコブラ/289FIA。
コブラの本物はなかなか見る機会がありませんが、これは本物です。
俳優の岩城滉一氏が運転していたので、ギャラリーの注目を浴びていたようです。
昨年はこれで優勝してましたが、今年はどうだったんでしょう?

テールライトがちょっとカルマンの角テールに似ていてうれしくなりました。


1964年式ジャガーEタイプ4.2リッター


1958年式リスタージャガーKuobbly


1971年式ジャガーXJ13Recreation


XJ13の後姿です。
なんだかんだ、ジャガーばかり撮ってましたね。
他にもめっぽう速いMK2なんかもありました。


1960年式オースチンヒーレースプライトMk1
いい色ですね!
後ろにGTBがチラっと見えます。


こちらはポルシェ906(1967年式)の運転席。
メーター類はタコメーターのみ。
超シンプルです。
足元の箱のようなものはなに?


こちらは、Pink Pigの運転席。
ダッシュボードもハンドルもワンオフで作り直したそうです。
ドアの内張りにも注目!
まさに、男の仕事場。じゃなく、遊び場?


1934年式シンガー9ル・マン      1952年式MGTD


1938年式ジャガーSS100 3.5


1969年ロータス101      1965年VW FORMULA VEE




こういうのでレース場に乗り付けるなんて、もうひとつの出来上がりですね!
エアストリームでしょうか?
中から、レーシングスーツを着たスティーブ・マックイーンやバード・レイノルズあたりが出てきそうです。

と、こんなところで、今年のヒストリック・オートモビル・フェスティバルのレポートは終わりです!
長々とお付き合いいただいて、ありがとうございました!
今から、来年が楽しみです!




ヒストリックオート | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(14)| トラックバック(0)

ヒストリック・オートモビル(カルマン編)


ヒストリック・オートモビルフェスティバルのレポートに戻ります。
今日は、会場に来ていたカルマンギアの紹介ですが、前述のようにバタバタしていたため、いつものように全車紹介にならないのが残念です。
こちらはパレードに参加したカルマニアメンバーの3台です。
ほんとうはtosio親分の車もここに並ぶはずでしたが…。
残念でした。


こちらもカルマニアのミドリガメさんのカルマンです。
新潟からの参加です。
豪雨の中、道の駅で車中泊をしたということです。
カルマン乗りの大先輩です。
ルーフキャリアが相変わらず似合ってます。


こちらのカルマンはおそらくワンオーナーのカルマンで、オーナーは70代の方でした。
1台の車に30年以上も乗り続けるのはすごいです。
右のバンパーにポールがついています。


k-ghiaさんの車とよく似た白のコンバチです。
ホイールが違いますね!
ドア下のモールもスムージングしています。


このカルマンは雑誌で見たことがあります。
ポルシェファン搭載でかなり速そうです。
貴重な66年オンリーのダッシュの飾りがついていました。
(写真、撮り忘れてしまいました…)


こちらは、唯一、レースに出ていたカルマンです。
昨年は10位入賞といい成績でしたが、今年はどうだったんでしょう?


こちらは一般駐車場に止まっていたカルマンです。
どちらの車も初めて見ました。
もちろん、100台Mのチラシをはさんでおきましたよ!
ぜひ、ご参加くださいね!

いつか、カルマン100台でモテギサーキットを走ったらすごいことになりそうですが、そんなの、無理でしょうね~。


今日からブログの容量が約束どおり増えてますね!
よかった、よかった!

政界はまたしてもバカバカしい方向に進むようで、ほんとうにガッカリです。
別に民主党に大きな期待をしているわけでもないのですが…、
あれはないだろと思います。
壊すことが好きな人ですね…。


ヒストリックオート | 投稿者 赤の’57 13:25 | コメント(14)| トラックバック(0)

小さい秋みつけた


金曜日は仕事から帰るのが遅くなり、そのまま出かけてしまったため、週末のブログ更新ができませんでした。
土曜日はこんな夕日を見ていました。


この山の名前をご存知の方はいらっしゃいますか?
見たことがなくても聞いたことはある名前だと思います。

ヒントは
一つ一つの峰に名前がありますが、まとめて付いた名前の方が有名です。
ちなみに八ヶ岳ではありません。

って、引っ張ってどうする?という内容ですが、
答えは後ほど!


ヒストリック・オートモビルの話題が実はまだ終っていません。
次回は続きを書きます。
もう、飽きちゃいました?


| 投稿者 赤の’57 00:50 | コメント(18)| トラックバック(1)

ヒストリック・オートモビル(356編)


ヒストリック・オートモビル・フェスティバルの話題で引っ張っていますが、今日はポルシェ356の中でも「おっ!」と思った356を紹介します。
間違いがあったらつっこみ入れてください。

この車は1954年のプリAのようです。
こんなきれいなプリAをレースに出すなんて、オーナーはほんとうに太っ腹というか、なんというか…。




ダッシュボードの雰囲気もいいですね~。
スプリット時代のビートルのダッシュと共通点があります。
真ん中で折れ曲がったベンドウィンドーの様子がよくわかりますね!


縦に並んだテールライトは初めて見ました。
正式モデルにあるのでしょうか?
きっと、オーナーが好みで変えたんですよね!
テールライトはプリAのものですが、ライセンスライトはBやCのもののようです。
しかもカレラGTのスクリプトが…。


この356はプリAのハードトップ仕様??。
プリAのハードトップって、あったのでしょうか?
テールライトだけ別物?

よく分かりません。
Gumundさ~ん!!

この車のオーナーとその上の写真のオーナーは同じ方。
すごっ!
このオーナー、356は3台持っているとおっしゃってました。




こちらはおそらく1959年の356Aカレラ。
このマフラーで公道走っているのでしょうか?
ど迫力の音がしてました。


こちらも356Aカレラのようです。
カレラとはスペイン語でレースという意味です。
1954年にメキシコで行われた『カレラ・パナメリカーナ・レース』でハンス・ヘルマンの駆る550スパイダーが優勝しました。
その栄誉をたたえて、GTレースに出場できるような最強モデルにカレラと名付けるようになりました。
ちなみに550スパイダーは、ジェームス・ディーンが乗っていた事で有名ですよね!!


これはその550Aスパイダー1957年型。
私のカルマンと同じ歳だ!
ジェームス・ディーンが乗っていたタイプよりも後のタイプで、少し鼻が伸びています。(1955年死去)
550Aという車があること自体、Gmundさんに教えられるまで知りませんでした。


こちらがジミーが乗ったのと同型の550スパイダー。


次のレースに備えてなぜか外していたヘッドカウルをオーナーが取り付けるところでした。
この方もGmundさんのお知り合いですよね!
この日ポルシェを4~5台持ち込んでいません?

隣には906があります。
すごい世界です…。


運転席に座らせていただいて撮りました。
ウソです(笑)
運転席からの眺めはこんな感じかな~と手を伸ばして撮った写真です。

356の世界も深すぎて、まだまだ何も知らないに等しいひよっ子ですが、近づくほどに、好きになって行きます。

ヒロシさんが見つけてくれたこの車、異様に安くありません?
http://www.ysg.ne.jp/brand/porsche/02/index.html
どう思います?

いえ、買いませんよ!、いや違った、買えませんよ!!





ヒストリックオート | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(22)| トラックバック(0)

ヒストリック・オートモビル(356LM編)


第1パドックには今回のこのイベントで見るのを最も楽しみにしていた車がさりげなく置いてありました。

1951年PORSCHE 356 LIGHT METAL COUPE
ポルシェ356ライトメタル・クーペです。

普段はドイツのポルシェ博物館に展示されている車で、日本で見ることができるのはこれが最初で最後になるかもしれないという車です。

この車についての説明はホビダスの説明を借りると
「ポルシェ356ライトメタル・クーペは、1949年~1951年の間に、当時グミュントにあった工場でわずか約50台が製造された稀少なクルマ。
ポルシェにとって「レーシングヒストリーの始まり」といえる存在で、車重640kgという軽量化を実現したレーシングトリム車両が1951年のル・マン24時間耐久レースに参戦し、平均速度140km/hという記録と共に見事クラス優勝を遂げるなど、輝かしい成績を残した。」
まさにその車が目の前にいる不思議。

なんでもレース場まで自走していって、ルマンを24時間走りぬいたそうです。

この車は先日行われた356ホリデーでも展示され、そてについてはGmundさんのブログにも詳しいので、こちらもご覧ください。


ゼッケンは1951年に出たルマンのゼッケンの番号です。
エンジンは108688cc 4気筒NA、センターカムシャフト、2ダウンドラフトキャブレター、46PS。4速ミッションを介して最高速は160km/hでした。





昼間見たときには上の写真のように簡単なロープで仕切られてそれ以上近づくことができなかったのですが、


夕方、フカさんともう一度見に行くと、すでに撤収が始まっていて、シャッターが下ろされたパドックの中にひっそり佇んでいました。
小さなテールライトはGmundモデルと同じです。
この後姿を眺めていると、係りの(おそらくポルシェジャパンの方)女性の方が「どうぞ~」と中に入るのを許してくださいました。


「もう、カバーを外しちゃったので恥ずかしいんですけど…」なんて、その女性はまるでスカートを脱いで足が丸見えになって恥ずかしがっている女性のように表現していました。


触れる距離でじっくりと見させていただきました。
実は、そおっと、触ってしまいました。(ナイショ!)
アルミのボディのさらっとした感触が忘れられません。
バンパーの上にビートルのオーバルのダッシュボードのスピーカーグリルに似た感じのグリルがついています。


このベンドウィンドーと開かない三角窓は独特の形状です。


ダッシュボードはレースカーらしいところはどこにもありませんでした。
が、左端にメーターが追加されているように見えます。
(この頃からメーターの文字や目盛りはグリーンだったんですね。)


(クリックすると大きくなります。)
これ、タコメーターのようですよね!
どうして、タコメーターが、しかもホワイトメーターで追加されているのでしょう?

この車は11月10日~11日に富士で行われるルマン・クラシックでは両日とも走るらしいですね!
でも、きっと富士ではここまで近づいて見ることなんてできないんだろうな…と思います。

とても貴重な経験でした。


ヒストリックオート | 投稿者 赤の’57 08:30 | コメント(20)| トラックバック(0)
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