2010年01月31日
BUSCH BAVARIAN

角テールでスキーですか…
いいような、もったいないような…ですが、このサインボードは何の広告なのでしょう?
BUSH BAVARIANという文字が見えます。
あまり、聞かないブランドですよね…。
どうもビールのブランドのようです。


アメリカ製のビールのようです。
あれ~???
アメリカでこんなブランドのビールを売ってるの、見たことないような…。
しかも、アメリカ最大のビール会社というのです…。
調べてみて驚きました。
これ、中身はあの有名なバドワイザーなんです。

BUSCHはバドワイザーのヨーロッパ向けのブランドだったのです。
どうして、バドワイザーの名前で売れないのか…?
実は、中世からのビールを生産しているチェコのビールにバドワイザーバドバーというものがあるのです。
バドワイザーの名前はビールの名産地のブドヴァイス(Budwais)市の名前からきているようです。
これがそのバドワイザーバドバーです。

相当、歴史のあるビールのようです。
一方、アメリカのバドワイザーはドイツ系移民の創業者のアドルファス・ブッシュがビール名産地の名前にあやかりたいということで付けた名前だそうです。
ところが、その名前のままではヨーロッパで受け入れてもらえず、BUSCH BARVARIANのブランドで販売しているということなんです。
この商標権に関してはあちらこちらで40件もの訴訟問題になっているようです。
ですから、国によってブランドが違うということがおきているようなのです。
イギリスやトルコなど一部の国では二つのバドワイザーが両方売られているようです。
また、アメリカではバドワイザーバドバーはチェックバルというブランドで販売されているそうです。

詳しく知りたい方はウィキででも調べてみてください!
いやあ、カルマンの写真から思わぬ勉強ができました。
ところで、上のカルマンの写真ですが、テールライトの上半分がアンバーになってますね。
やはり、ヨーロッパ仕様ならこちらのほうが似合う感じがしますね!

次の課題かな!!
2010年01月30日
雹か霰か?

昨日の朝、こんなものが降ってきました。
いったい、これはヒョウなのかアラレなのか…。
調べてみたら直径5mm以上だとヒョウというらしいです。
昨日の氷の粒はちょうど5mmくらいでした。
う~ん、どっちなんだろう…
話は変わって先日紹介したスピードメーターのデザインの腕時計ですが、カルマンのメーターをデザインした時計で違うものがありました。

竜頭が上に三つついていて、ストップウォッチっぽい雰囲気ですね。
でも、考えてみたら、カルマンにはもともと時計が付いているのですから、わざわざスピードメーターのデザインを使わなくても時計のデザインそのままの腕時計があってもいいですよね。

それだと、ヒネリがなくてつまらないのかな?

こういうのもあります。
きっと、手作りだとおもいますが、これもいいですね!
明日はニューイヤーミーティング、
天気がよければ行ってみようと思っています。
2010年01月29日
赤いステアリング

先日の66カルマンの記事のコメントで高年式マニアさんが指摘してくださったカルマンの赤いステアリング、これが果たして純正であったのかどうか…
どうなんでしょ?
探してみたら、他にも赤いステアリングをつけたカルマンの写真がありました。

これです。
1966年の左ハンドルですね。
白いボディに赤い内装というのが共通です。
これ、オリジナルの可能性高いかもですね!
年式はわかりませんが、こちらも…


同じころのタイプ3にも赤い内装の仕様があったようです。

これも内装がすべて赤です。

このパーツ類は66年型のタイプ3のものだそうです。
どうも、1966年~67年の間で、ワーゲンにはスペシャルエディションとして赤、もしくは緑、青で統一された内装が用意されていたようなのです。

上の写真のように、ステアリングポストやウインカーレバーのみならず、フロアカーペット、マット、シート、ハンドブレーキ、シフターブーツ、シートベルト、クラブハンドル、も同じ色で統一されていたということです。
赤はまだしも、緑や青の特別カラーがほんとうに存在していたのでしょうか…?
ところが…
青は見つかりませんでしたが、緑のステアリングの写真がありました。

これはNOS(当時モノの新品)の写真だそうです。
あったんですかね~。
2010年01月28日
まずはレギュレーターから

電圧の問題を相談しに、メカさんのところに行ってきました。
いろいろ測定してチェックしてくださった結果、ジェネレーターのオーバーチャージの疑いもあるようですが、とりあえずボルテージ・レギュレーターを取り替えてみたら症状が消えました。

実は、先日の記事を読んで、ワーゲン仲間の桜iさんが自らのビートルを6V化して余っていたジェネレーターを譲ってくださっていたので交換するために持参していたのですが、この状態でしばらく様子をみることにしました。
桜iさん、ほんとうにありがとうございます!

もしかしたら、オーバーチャージが原因でレギュレーターの調子がおかしくなっている可能性もあるようです。
そうなると、こんどはレギュレーターとジェネレーターの両方を交換する羽目になってしまうのですが…。
どちらにしても、この簡易的な電圧計をつけていたおかげで、電気系の異常を発見できたわけです。

カルマンを走らせていて、体感的にはまったくわからない異常ですので、こんなものでもバカにはできないですね!
2010年01月27日
BAR KARMANN GHIA

「KARMANN GHIA」という名のバーが日本にあるんですね!
場所は兵庫県尼崎市です。
私が行くにはちょっと遠いですね~。
ご存知の方、いらっしゃいますか?

どうして「カルマン・ギア」という名前にしているのかはわかりません。
きっとお店のオーナーがカルマンを所有しているか、少なくとも好きなんでしょうね、きっと。
もう今年で14周年になるそうですから、かなりの老舗?です。、
ギネスの樽生ビールや50種類以上のシングルモルトがあるそうで、なかなか私好みのお店のようなのですが…
せめて東京だったら…
2010年01月26日
メーター時計(その2)

今日はバーバリアン・クロノ社が出しているスピードメーターデザインの時計のワーゲン以外のものを集めてみました。
上の写真は1936年型ブガッティT57アトランティックのメーターのデザインだそうです。
200kmまで刻まれた目盛りは並みの車じゃないのを主張しています。
今日は車の写真も一緒に載せますね。

なんというきれいな車なんでしょうかね!!
1936年にしてデザインの塊という感じです。
そして、さらに早いわけで…。
本当に最高速は200kmといわれていたそうです。
生産台数はわずかに3台。
貴重を通り越した車ですね!
さて、こちらは、1954年型ジャガーXK140をモチーフにした時計です。

140まで刻まれているメーターはkmではなくてマイルです。

XK140はこんな車。
私の大好きな車の1台です。
エレガントなスタイルですが、車名の140は最高速が140マイルというところからきているそうです。
やはり、メーターの140は伊達じゃないわけです。
で、こちらは1957年型XK150です。

XK150はこんな車。

車名は150になりましたが、メーターは140のままですね!
1971年型ジャガーEタイプ

堂々の160マイルメーターです。

ほんとうにエレガントな車です。
それでいて速い…。
今の車にはなかなかないですね~。
エレガントで速い車。
最近の速い車はみな、「オラオラ、そこ、どかんかい!!」と煽っているような顔をしているように感じます。
こちらもエレガントで速い車。
1957年型300SLロードスター。

ドイツ車らしく、割とシンプルなメーターですね。

300SLの原型となった1955年型190SL


最後に1963年型230SL

こちらもエレガントな車ですね。
大好きです。

ぽるさん、残念ながら356のメーターデザインの時計は見つかりませんでした。
本物にベルトつけて巻いてみては?
MAXXさんにはこちらを
2010年01月25日
メーター時計

昨日は1966年型のカルマンのことを記事にしましたが、上の写真の腕時計は1966年当時のカルマンのメーターをモチーフにしているようです。
オドメーターの数字はメーターの年式を表しているようです。
スピードメーターと同じデザインの針が長針になっていますね。
短針はあまり目立たないようにデザインされているあたり、なかなかです。
角テール時代のメーターじゃなくて、残念です。
角テールのメーターだったら本気で買おうとしていたかも…。
VWのマーク入りの時計だったらたくさんありますが、ここまでスピードメーターをきちんと再現している時計は見ませんね!
三日月テールのオーナーのみなさん、いかがですか?
カルマンはこのメーターのみなのですが、ビートル用はすごいですよ!
いろいろな年代のものが用意されています。

これは1946年、最初期型のビートルのものですね。
フェルディナンド・ポルシェ博士のデザインです。

こちらは1949年型。
スプリット時代ですね。
この頃までのスピードメーターは0の位置が今のメーターと違いますので、それだけでとてもクラシカルな雰囲気ですね。

こちらは1952年型。
スプリット時代のダッシュの最後の年です。
(1953年型のみ、リアウインドウはスプリットですが、メーター周りはその後のオーバルモデルと同じになります)

で、オーバル時代は通り越して1960年型のメーターになります。

1968年型。
ここから電装が12Vになり、近代化されます。
燃料計が組み込まれています。

1971年型。
68年型とほとんど同じですが、目盛りが160kmまでになっています。
見栄張って…(笑)

2001年型のメキビー(メキシコ製ビートル)のものまであります。

タイプ2バスのメーターもあります。
1961年型ということです。
これらの時計はBavarian Chrono(バーバリアン・クロノ)というドイツのメーカーが作っています。
ムーブメントはスイス製です。
そんなに高くないし(2万円台~)ネットで手に入ります。
欲しい方は調べてみてください。
マイル表示バージョンもあるし、ワーゲン以外のジャガーやベンツなどのものもあるようです。
2010年01月24日
66カルマン

これは1966年製造のカルマンということです。
66は6V時代の最後のモデルです。
翌67年から電装が12Vとなります。
ビートルは67モデルは67だけのさまざまな特徴がありますが、カルマンは67も68もほとんど変わらなかったと思います。
上の写真のカルマンはバンパー、ウインドーモール、カルマンギアのエンブレムなどが外されていますが、まあそんなに変わったところはありません。

67ではなく66カルマンだけの特徴がカルマンギアにはあるのですが、残念ながらこのカルマンのものは、はがされているようですね。
それはダッシュボードのモールなんです。

この車のダッシュボードのように、66だけにこんなモールが付いているのです。
このモールは超レアなようです。

右ハンドルになると、さらにレアなようで…。
ま、それもいいとして…
元の車に戻ります。

横からの姿です。
あれ?
フロント周辺がなんか様子が違います…。

うわっっ!!
やっちゃってました…。
ま、いいですけどね…。
好き好きで…
2010年01月23日
GUTE FAHRT(’57年12月号)

いよいよ1957年発行のGUTE FAHRT誌の紹介は最後の12月号になります。
表紙の写真、寒そうですね~。
この季節にはピッタリですが…。
この冬、ほんとうに雪でお困りの地域も多いようで、お見舞い申し上げます。
写真の雪も大粒の雪で、積もりそうな雰囲気ですね。

ところが、裏表紙はなんがか暖かそうな場所の写真です。
建物の手前のプールには人が入っています。
よく見ると写真の左端にはビートルも写っています。
この大きさではわかりにくいと思いますが…。

雪といえば、こんな写真がこの号にありました。
本気なのでしょうか…。
16ページはこんな特集。
パイプ煙草です。

左上の写真は両手を離さずにパイプ煙草を楽しめる装置のようですが、マジなのでしょうか?
吸うのにそうとう吸引力が必要そうですが…。
それにしても、おじさん、ハンドル近くないですか?
ダsッシュの前にパイプを並べてます。
吸わなくてもちょっと気持ちはわかるかも!
22ページはどうも、エクステリアのオプションパーツの紹介のようです。

番号の説明は右側のページに一覧になっていて、それぞれの価格も記載されています。

昭和32年当時としては、相当充実したオプションパーツですよね!当時の日本車では考えられないレベルではないでしょうか?
クリームメッキのパーツが多いのは、シンプルなビートルを少しでも豪華に見せるためでしょうか?
当時のアメ車はキンキラのクロームパーツだらけに巨大な羽根をつけた車の時代ですから。
単に実用車としてだけでなく、この頃からオーナーの趣味性もくすぐる部分もしっかり用意しているあたり、車文化の深さを感じてしまいます。
mr.patinaさんが譲ってくださった貴重なGUTE FAHRT誌の紹介はこれで、一旦終わりにします。
私の周りに、自分と同じ歳のモノが徐々に増えてきて、嬉しいですね~。
カルマン、コールマン200A、そしてこのGUTE FAHRT誌。
若い方にはわからないでしょうけど、自分と同じだけの時間を刻んできたモノって、なんだかとても愛しいんですよ!
こんな貴重な雑誌を1年分コンプリートで譲ってくださったmr.patinaさんに改めて御礼を申し上げます!
2010年01月22日
犯人はジェネレーターか?

昨夜はカルマン乗りのメンバーと新年会。
予定通り、閉店時間まで6時間くらい飲んでいたわけですが、あっという間でしたね~。
楽しい時間はほんとうに短く感じます。
そのまま信州1959さんが我が家に泊まりに来てくれて、先ほどまでまったり過ごしていました。
今頃、帰りの高速バスの中ですね。
信州さん、ぜひまた来てください!
ブログやカルマンを通して知り合った方が遊びに来てくれるくらいに親しくなるのは嬉しいものですね!
さて、ちょっと心配なカルマンなのですが、TJさんがテスターを貸してくださったので、信州1959さんと一緒にチェックしてみました。
エンジン始動前のバッテリーの電圧は12.7Vくらいでした。
ちょっと低めです。
エンジンを始動してジェネレーターの端子の電圧を測ると…
計測不能…
電圧がめちゃめちゃに変化しているようでまともに計れません…。
テスターのマイナス側の針をジェネレーターの端子じゃなくてジェネレーターのボディに直接当てると12V台の電圧を示します。
それが、エンジンの回転数を上げるとやはり11V台に落ちてしまいます。
また、疑わしかったレギューレーターからの電圧はエンジンの回転数に関係なく12V台を示しました。
ということは、ジェネレーターですかね…。
犯人は…。
ブラシは充分に残っていました。
レギュレーターの交換よりも一桁違う費用がかかることになるのかなあ…
痛いなあ…
新年早々。
2010年01月21日
Scooterama(その2)

今日はScooterama誌の紹介の続きです。
スクーターというと、イタリアのベスパやランブレッタが有名ですが、イタリア以外の国のスクーターも紹介されています。
上の写真は1961年製のドイツのスクーターということです。
排気量は250cc。
ちょっと無骨な雰囲気はドイツっぽいといっていいのでしょうか。
エンジンカバーに空いた丸い穴はデザインなのでしょうが、何か似合ってない気もします。

こちらはハインケルのツーリストというスクーター。
排気量は175cc。
ハインケルというと、航空機のメーカーで、世界で最初にジェット戦闘機を作ったメーカーです。
それが、戦後、オートバイやスクーター、バブルカーなどを作っていたようです。
ここからはイギリスのスクーターです。

上の写真のスクーターはデイトン・アルバトロスというメーカーの1960年のスクーターです。

この写真はネットから拾ったものですが、こういうサイドカー仕様もあったようです。

こちらはBSAというオートバイメーカーとしては有名なメーカーのサンビームというスクーター。
250cc。
風防付きですね!
1960年代のイギリスではこの女性の露出度はどんな門だったんでしょうね?
アメリカで描かれる女性よりも色気の少ない健康的な雰囲気ですね!
このサンビームと同型車が売りに出ています。
http://timt.co.jp/time02/sp050817/050825_05.html

デイトン・アルバトロスに乗る女性。
やはり、女性が乗るにはちょっと無骨に見えますね…。
比べるとベスパのデザインはやはり、秀逸ですね!

左は屋根付きのランブレッタ。
ピザやさん仕様が当時すでにあったのですね!
右の写真は婦警さんのようです。
サイドカーでパトロールしてたんですね!
スクーターは女性がスカートでも気軽に乗れるオートバイとして作られたわけですから、やはり、モデルは女性が多いですね!
こういうスクーターがたくさん走っている街角って、想像するだけで楽しくなります。
いい時代だったのですね。
2010年01月20日
危険な航空会社

昨日は暖かかったですね~!!
今日はさらに気温が上がるといってます。
このまま春になってくれればいいのですが、そうもいかないようですね。
JALが会社更生法の適用を申請して事実上、倒産しました。
このマイレージカードはどうなるのかな?
まあ、最近まったく使っていませんでしたのでどのくらいマイレージが溜っているかも忘れてしまいましたが…
一応、マイレージは保護されるといっているようですが。
以前はJALといったら最も信頼できる航空会社のリストに出てきていたのに、いつしか、事故が続出する航空会社になってしまいましたからね…。
でも、ほんとうに危ない航空会社ってどこ?
経営じゃなくて、安全面でのことです。
実はEUが乗り入れを禁止している航空会社って結構たくさんあるんですね!
それらを挙げてみると…
〇アジア
北朝鮮 高麗航空
タイ プーケット航空 ワン・トゥー・ゴー航空
インドネシア ガルーダ・インドネシア航空、エアファースト・インドネシア、マンダラ・エアラインズとプレミエアー以外の国内全社
カンボジア シェムリアップ・エアウェイズ
バングラデシュ エア・バングラデシュのボーイング747-200B以外
アフガニスタン アリアナ・アフガン航空
パキスタン パキスタン国際航空のボーイング777以外
キルギス 国内全航空会社
カザフスタン エア・アスタナのボーイング767・757型/エアバス機以外とその他の全社
〇ヨーロッパ
ウクライナ ヴォラーレ・エアラインズ (ウクライナ)、ウクライナ地中海航空、UKRAINE CARGO AIRWAYS、モートルシーチ航空(Motor Sich Airlines)
ブルガリア 、
モルドバ
〇アフリカ
コンゴ民主共和国 国内全社
コンゴ共和国 国内全社
スワジランド 国内全社
アンゴラ TAAG アンゴラ航空のボーイング777・ボーイング737-700以外とその他の国内全社
リベリア 国内全社
シエラレオネ 国内全社
スーダン AIR WEST CO. LTD
赤道ギニア 国内全社
ルワンダ SILVERBACK CARGO FREIGHTERS
コモロ AIR SERVICE COMORESの一部の機体以外
ガボン ガボン航空のボーイング767-200以外とAFRIJETの一部機体以外及び国内全社
ベニン 国内全社
ザンビア 国内全社
サントメ・プリンシペ 国内全社
ジブチ 国内全社
きっと、安全面に問題があるからEUが乗り入れを禁止しているのでしょうが、日本にも乗り入れていない航空会社ばかりですね。
よほどのことがないと乗る機会はないでしょうから、神経質になる必要もなさそうですね。

日本航空の第1号機、もく星号
じゃあ、安全な航空会社は?
いろいろな面でのランク付けがあるようですが、
以下は世界中の航空会社 284 社を機体年齢、機種編成、運行体制、安全管理、経営、提携度などの点から安全指数化してランキングにしてみたものだそうです。
1 位 ルフトハンザ航空
2 位 ブリティッシュ ミッドランド航空
3 位 ブリティッシュ・エアウェイズ
4 位 エア・カナダ
5 位 KLMオランダ航空
6 位 コンチネンタル航空
7 位 カンタス航空
8 位 ルフトハンザ・シティライン
9 位 フィンランド航空
10 位 デルタ航空
さすがに、名だたる航空会社ばかりです。
ヨーロッパ系が多いですね。
このランキングでは、ANAは12位と検討していますが、JALは60位。
う~ん、そういうことか…
海外の空港でJALやANAの飛行機を見ると、日の丸の国旗を見たような愛国心がふっと出てくる自分がいました。
ほんとうは技術もサービスもトップレベルであり続けるだけの能力はあったはずなのに…
誰だ、こんなにしたのは!!
それでも企業年金欲しがってるOBたち??
2010年01月19日
小林と江川と甲子園と…

小林繁氏の急死にはちょっと驚きましたね!
私と5歳しか違わないのですからね…。
もっと上の人という印象がありました。
小林繁というと因縁の江川卓氏が出てきます。
スポーツうるぐすの放送も終わって、久しぶりに江川の姿をみましたが、私はちょっとだけ彼と縁があるのです。
たいしたことでもないのですが…
私の高校の母校が過去2回だけ甲子園に行ったことがあるのですが、その初めての甲子園のとき、1回戦で当時怪童と騒がれた超高校級のピッチャーだった江川を擁する作新学院と対戦したのです。
春の選抜で、私は1年生で入学する直前でした。
わが母校は打たせて取るというサイドスローのピッチャー、対してビュンビュン剛速球を投げる江川…
もう、試合は一方的で話しになりませんでしたね。
母校の船首は誰も江川の球にまともにバットを当てることができず、最後は4番バッターまでバスターでなんとか合わせる始末…。
とうとう、外野に1球も飛ばずに試合は終わったのでした。
そのくらい、彼は高校生の頃から凄いピッチャーだったのです。
こちらに動画があります。
http://www.3gpdb.com/videoy.php?b=jwcWn2kBvdl&c-iaeiceic
そして、3年が経ち、私は東京の大学に進学したのですが、同じ大学で江川がバリバリのエースとなって六大学を仕切っていました。
神宮球場に応援にいっても、彼の登板の日はもう最初から楽勝ムードでした。
当然のように母校は優勝していて、神楽坂のちょうちん行列がありました。
当時、神楽坂で友達と飲んでいると、近くで飲んでる社会人の方から、
「君たちはホーセー大学の学生か?」
「はい、そうです」
「そうかそうか、あの江川のホーセーか、あいつは凄いなあ…」
などという会話があったりしました。
ところが、彼がどうしても入りたかった巨人軍に「空白の1日」を使って疑惑の入団をしてからは彼の人気は悪役としての人気にガラッと変わりました。
同じ神楽坂で、
「君たちはホーセーの学生か?」
「はい、そうです」
「あ、あの江川のホーセーか…。しょーがーねーやつだなあ…」
というような反応になりました。
なんだか、同じ大学というだけで、後ろめたくなるくらい、騒がれた事件だったのです。
1979年のことですから、よく知らない方が多いとは思います。
詳しく知りたければ、こちらをご覧ください。
とにかく、ルールの隙間を使って強引に巨人軍に入団した江川の代わりに阪神にトレードされたのが小林だったわけです。
それからの巨人阪神戦に小林が登板したときの気合と言ったら凄かったですね!
あの頃の小林と星野の「打倒巨人」の気迫のこもった投球は凄かったですね~。
悪役に転じてしまった江川が本当に悪いやつだったかどうか、私にはわかりませんが、あの事件をきっかけに人の評価が180度みごとに変わるさまを身近に目撃したことが、とても印象に残っています。

ごく最近まで、小林と江川は会って会話を交わすこともなかったようですが、そのままでなく、テレビのCM出演をきっかけに一応和解していたようでよかったです。
二人が真相を話す動画です。
ご覧になった方も多いとは思いますが…
心より、ご冥福をお祈りします。
2010年01月18日
レギュレーター?

カルマンなのですが、シガーライターに差し込む簡易的な電圧計を付けているのですが、それが、エンジン始動前と始動直後は13.6Vを示しているのですが、走り始めてしばらくすると電圧が12V前後まで下がり始め、安定しません。
アイドリング状態よりも回転を上げたほうが電圧が下がったりします。
これって、レギュレーターの問題ですかね?
テスターで発電の電圧を計ればいいわけですよね?
でも、テスター持ってなかったりして…(笑)
2010年01月17日
近所のスピリチュアルスポット

引越しをして半年。
今の自宅の周りには、「こんなところがあったのか…」というような発見がまだたくさんあります。
というわけで今日は天気がいいので地図を見て知った近くの「神社」に行ってみました。
(別に信心深いほうではまったくないのですが…)
上の写真の神社は一応境内はありましたが、社務所もない小さな神社でした。
そして、もう一箇所は…
鳥居はあるのですが、

さらに小さなお社で、

境内と言っていいようなスペースもほとんどありませんでした。
さらに、なぜか周囲の木をほとんど切ってしまっています。
割と大きな切り株なので、それなりに大きな木が生えていたのだと思うのですが、どうして伐採しているのでしょう…。

移転でもする予定なのでしょうか?
さて、数日前、ひどく冷え込んだ朝、2日続けて凍ってお湯が出なくなったボイラー
家の外にあるんです。

この、金属があらわになっているコックの部分が凍るようです。

ここにエアーパッキンを巻いてみました。

効果があるかどうか、わかりませんが…。
ちょっとこれで様子をみてみます。
2010年01月16日
交通行政

いつまでも旧車に乗っているということは省エネにもエコロジーにも反する行為というような今の減税や補助金システムですが、ハイブリッドカー1台を作るためのCO2排出量+1台の車を廃棄するために出てくるCO2排出量とその旧車を乗り続けた場合のCO2排出量の違いをきちんと教えてほしいものですよね!
そんなの試算したら、1台の車を長く乗り続けるほうがどれだけいいかということが明白に出てくると思いますけどね…。
週末しか乗らないような乗用車をエコカーに替えさせるよりも、毎日使い、償却もはやい営業車、バス、タクシー、トラックからハイブリッドカーの導入を義務付けていくべきではないでしょうか?
義務付けまでいかなくても優遇して促進してほしいですね。
でも、今日言いたいのは、既存の交通システムを見直すことでCO2排出量の低減、省エネ、事故の減少、輸送効率のアップにすぐにつながる方法がいくつもあるのになあ…とかねてから思っていることなんです。
〇信号システムを徹底的に見直す
信号自体、多すぎるとは 思いますが取っ払うのにも費用がかかりますから、それよりもとにかく信号のつながりをよくするためのシステムを導入することです。
やっと青信号になったら、すぐ次の信号が赤に、そしてようやく青になったらまた次の信号が…というような経験を誰もがしていると思います。
信号は車を止めるためのものではなく、スムーズに流すためのものだと思います。
交通量の多い幹線道路を優先して、制限速度(それ自体、低すぎるとは思いますが)というより、推奨スピードを設定してその速度で走る限り、信号につかまる可能性が低くなるような信号システムにするわけです。
スピードを出してもどうせ次の信号で捕まるわけですから、無闇にスピードを出すこと自体、無駄であることが誰でも身につくのではないでしょうか?
信号に捕まる回数を減らすことで、渋滞が減って輸送効率が上がるだけでなく、無駄なガソリンの消費、ブレーキの使用も減ってエコにつながるだけでなく、追突等の事故の危険性も減ると思います。
一部、連動している信号もありますが、ほんとうに一部で、それでは意味がありません。
日本中の幹線道路の信号を徹底的にシステム化するのってお金かかるんですかね~。
一方通行ならなんとなくイメージできるのですが、対向車線の信号も連動しますからね~。
むずかしいのかなあ…。
もうずいぶん昔のことですが、クイズ番組で、ヨーロッパのある国の道路の上に50とか40とか数字の表示が電光表示してあって、これは何の意味でしょう?というのがありました、
答えはそのスピードで走ると次の信号を青で通過できるというものでした。
もう、20年も30年も前にそういうシステムを実用化している国があったのですから今の技術を使えばたやすくできるのではないかと思います。

〇右折用車線の義務化
交通量の多い幹線道路すべての交差点に右折用の車線と右折用の矢印信号を設置するのです。
何車線もある広い道路には右折用の車線が必ずあると思いますが、片側1車線で交通量の多い道路での渋滞の原因が右折車両によるものが多いと思います。
道路全体を拡張するためには大変な費用と時間がかかるでしょうが、交差点の部分だけの拡張をしていくのならもっとできるのではないでしょうか?
交差点によくあるガソリンスタンドで経営不振で閉まっているところとか、コンビニの駐車場として使っているところとか、比較的土地の確保をしやすいところもあると思います。
〇左折可の信号がある交差点を増やす
信号が赤でも左折なら問題なく通過できそうな交差点て多くないですか?
アメリカでは直進、左折が赤でも右折可能な交差点はたくさんありますよね!(右側通行ですから、右折可になります。基本的には常時右折可で、右折用の信号が付いているところはそれに従うルールですよね!)
あれ、とても効率がいいと思うのですが…。
特に歩行者の多い交差点では直進が青になるまで待つと、今度は横断歩道を渡る歩行者が多くて右折以上に左折ができない交差点がありますよねそういうところこそ、交差するほうの道が青のときに左折させておいたほうが、車がずっとはけると思うわけです。
〇駅前などの駐車スペースの確保
普通はどこかに用があるから車に乗るわけですから、目的地では駐車場スペースが必要となります。
その割に人が集まる繁華街の駐車場が少なく、あっても高くて止めたくなかったりします。
駅前のとおりなど駐車禁止でもだいたい1車線は駐車車両でつぶれていて、駐車違反の取締りといたちごっこを繰り広げています。

そういうところは思い切って、駐車可にしたほうがいいのでは?
300円のコインパーキングを設置しているところもありますが、それでも払いたくない人が多いですから、もうタダにするのです。
ただし、タイマーは設置していて30分を過ぎるとなにかとても目立つように表示がされ、容赦なくたとえば10万円とかの高額な罰金を科すわけです。
だいたいの用は30分以内で済むと思うし、それ以上駐車したい場合は有料駐車場にとめればいいわけです。
30分おきにちょこちょこ入れ替えてタダで置き続ける暇人のことはこの際無視。
それよりも多くの利用者の利便性を優先した方がいいと思うわけです。
また、不特定多数の人が集まるビルには今後もっと駐車場の併設を義務付けていくことで少しでも駐車スペースの確保をするべきかと…。
今の行政は「どんどん作って」「どんどん買って」「どんどん走って」でも「なるべく駐車しないでウチに帰ってね」と言っているような気がします。
それじゃ健全なモータリゼーションも自動車産業も発展しないでしょ…。
走りやすい環境と駐車しやすい環境を作らないといくらたくさん車を生産しても乗るのがいやになってしまいます。
〇旧車の税金優遇
ひとつのものを長く使い続けることがCO2排出の低減、省エネにつながるわけですから、そちらのほうを優遇すべきです。
たとえば20年以上たった車は自動車税は免除するとか…。
1年間の走行距離で制限を設けてもいいかもしれません。
年間2000km以内とかね。
そうなると年間1万キロ走っている私のカルマンは減税対象になりませんが、年間2000km以内の旧車って多いのではないでしょうか?
というわけで、信号システムと駐車場問題を徹底的に見直すことで、省エネにも、エコロジーにも、事故防止にも効果があると思うわけです。
2010年01月15日
ローカル線

各地で雪が凄いようですね。
上の写真は日本ではなくてフランスということです。
日本だけじゃなく、ヨーロッパやアメリカでも寒波が襲っているようですね。
昨日、今日と朝給湯のバルブが凍ってお湯が出ないという事態になっています。
バルブをドライヤーで暖めると解消するのですが、寒い地方の家はどうしてるのでしょ?
ユニットが外にむき出しということはないのでしょうね。
関東地方は相変わらずカラカラ状態ですが、雪の多い地域の方は大変そうですね~。
どうぞお気をつけくださいね!
さて、これは1週間ほど前の話しですが、茨城県のある場所で思いっきりローカルな路線に乗る機会がありました。

1両編成のディーゼル車両でした。
1時間に2本程度しか走っていません。

ワンマンカーで、運転席には料金箱があり、ドアの横には整理券を出す箱がありました。
まるでバスです。
地元のおばちゃんや、学校帰りの中学生たちと一緒にしばしのローカル線の旅を楽しみ、つくばエキスプレスに乗り換えたのですが、たいへんなスピードの差で一気に時代が数十年進んだような違いでした。
2010年01月14日
Scooterama

昨日は冷たい風が吹き荒れましたね。
千葉でも20m以上の風が吹いたようです。
外で仕事をしている方は大変だったでしょうね~。
九州も大雪のようで本当に1日ずれていたら大変でした…。
先日、papabusさんが送ってくれたスクーター関連の洋書です。
これがなかなか面白い内容なので、一部紹介しますね!
表紙は憧れのGS160(150?違いがよくわかりません…)です。

この写真はイタリアのサンレモというところで、1964年のベスパクラブのパレードの模様だそうです。
フェンダーライトだらけで凄いですね!
発売開始からすでに20年近く経っているわけですから、世の中にはたくさんのベスパが走っていたのでしょうね。

ハリウッドスターにもベスパは人気があったようです。
撮影所の中をちょっと移動するには便利だったのでしょうね!
右上はチャールトン・へストンです。
なんと、ベンハーの時の衣装ですね!
下の段の真ん中はローマの休日の有名な写真です。
その右はディーン・マーチンです。

上の左はアンソニー・パーキンス、
右はジョン・ウェインです。
この2台は同一の個体のようにも見えます。

パリの街角をベスパでデート。
いいですね~、こんなシチュエーション。
ヘルメットもいらないし、交通量も少なそうだし…
他にも興味深い写真がありますので、また機会をみて紹介しますね。
ベスパだけでなく、ランブレッタやその他の国、イギリスやドイツのスクーターなども紹介されています。
親父の一周忌を終え、喪が明けたということで、近所の神社にお参りに行き、お札をいただいてきました。


この神社は今年で1898年になるそうです。
ということは、紀元すぐに…という歴史になるんですね…。
まあ、その頃のことがきちんと文書で残っているとは思えないので、半分言い伝えや神話レベルの話になるんでしょうね。
でも、古い神社ということは間違いないようです。
ようやく言えます。
みなさま、あけましておめでとうございます!
2010年01月13日
ナビゲーション

(画像は私のナビではありません)
皆さんはカーナビを見るときには地図をどの向きにしていますか?
つまり、進行方向が常に上になるようにしているか、北が常に上になるようにしているかなんです。
今まで自分の車以外のナビ付きの車に乗った時、ほとんどの車は進行方向が上になるようにセットされていたように思えます。
ところが、私は北が上になっていないと、自分がどこを走っているのかわからなくなってしまいます。
出発地と目的地の位置関係と自分がその間のどの辺りにいるのかが常に気がかりです。
そのためには北が上にある地図上のイメージが重要なんです。
これは、ナビなんてものがまだない頃にどういう感覚で走っていたかということで違ってくるのかもしれません。
私は道を歩いていても、車で走っていても、自分がどの方角に向かって走っているかをイメージしながら動いています。
これは誰でもやっていることなんだろうと思っていたら、そうでもないんですね!
つまり、今、自分が北に向かっているのか、西に向かっているのか、北西に向かっているのかなどの方角に関する意識のことです。
ナビゲーションという言葉を初めて聞いたのはダイビング用語としてでした。
今はほとんどやられていないと思いますが、昔、UWN(Under Water Navigation)という競技がありました。
水中に予め設定されているコースを早く、正確に回ってくることを競う、まあ水中ラリーのようなものです。

ポイントは海底から数メートル上の中層に浮かんだ小さなブイで、それを5箇所~10箇所程度設置します。
競技者に教えられるのはポイント間の角度と距離だけ。
ポイントを一回りしてスタート地点に帰ってくるタイムを争います。
陸上に比べて遠くまで見えない水中を正確にある角度に向かってまっすぐ泳ぐのはなかなか難しいものです。
そろそろ次のポイントがあるはずなのに、見えないとかなりあせることになります。
水中で使う角度というのは方位角度で、0度が真北。
90度は東、180度は南、270度が西ということになります。
No1のポイントからNo2のポイントは340度、距離120m…と、こんな具合です。
UWNに限らず、水中で自分の位置を把握して決まったポイントに帰るためには今自分がどの方向に泳いでいるかということをイメージすることがとても重要なんです。
その癖なのか、陸上でもつねに方位を気にしています。
水中では必ずコンパスを持って入りますから、北の方向を知ることは簡単なのですが、歩行中や車の中ではそうもいかず、ナビがない頃は必ず車にもコンパスを装備していました。
コンパスがない場合に一番わかりやすいのが太陽の位置です。午前中に見る太陽は東寄りにあり、午後なら西の方角というのがもっとも大まかな方向感覚のベースになります。
夜はちょっと大変ですね。
船乗りみたいに星を見て判断なんて、車ではできませんから…。
カシオペア座か北斗七星を見つけて北極星を探すという手もありますが…
ゴチャゴチャ書いてしまいましたがまあ、とにかく、自分の位置を把握するのに北がどっちというのが基本になるわけでそのためにはナビは常に北が上にあってほしいというわけなんです。
東京で車の運転をしていて困るのが環状道路でした。
東京はど真ん中に皇居があって、その周りをいくつもの環状道路が走っていますからね…。
走っているうちにどんどん方角が変わってくるからです。
これは方向感覚を惑わしてくれましたね~。
環状線には名前や番号がついていますが、通常使うのは5号から8号まで。
1号から4号はどれ?って、今でも疑問です。

たぶん環状1号内掘通り
環状2号は外濠通り
環状3号、4号はほんとうにわかりません…。
環状5号は明治通り
環状5号は山手通り
環状7号、8号は別名がありませんね…。
図を見るときれいな環状線になっているのは環状7号だけのようです。
国道16号も大きな環状線ですし、外郭環状道路や圏央道なんかも環状線ですね…。

私の自宅はこの16号沿いにあります。
小倉からの帰りの飛行機、暇なのでこんな文章をダラダラと書いてしまいました。
機内の映画サービスでは「クヌート」をやっています。
なかなかいい映画ですね!
終わらないうちに到着するので最後まで観られませんでしたが…。
帰り際、小倉は雪がチラついていました。
東京も今日、初雪が降ったとニュースで言っていました。
ヨーロッパもアメリカも異常な寒波に襲われているようです。
温暖化だったり、以上寒波だったり、なんだか地球も忙しいですね…。
2010年01月12日
万博記念硬貨

実家に帰ると妙に懐かしいものがひょこっと出てきます。
これは1970年の大阪万博の記念硬貨です。
この時、私は中学生になる年でしたが100円ですから子供にも買える金額でした。
もう40年も前の話しになるんですね。
成人式二回分ですね!
しかし、相変わらずお粗末な成人たちがニュースに流れていて、嘆かわしいです。
顔をぼかす必要なんてないと思うんですけどね…。
カメラがあることもわかってやってるんですから。
恥をさらしてあげる必要があると思いますよ!
ほんとに
記念硬貨は東京オリンピックのも持っていたのですが、どこに行ったのでしょう…
そのうちひょこっとどこからか出てくるんでしょうね。
2010年01月11日
1年なんて…
親父の一周忌のため、小倉に戻ってきています。
1年前がついこの前のことのようにも思えるし、遠い昔のことのようにも思えます。
引越しをして成田よりも羽田のほうがだいぶ遠くなりました。
スターフライヤーが成田発着になればいいのに…なんて勝手なことを思ってしまいます。
今回は朝一番の飛行機だったので空港で朝日が昇ってきました。
富士山もよく見えていました。
関東の冬はほんとにいつも晴れている印象が強いです。
小倉は今日もどんよりと曇っています。
九州でも日本海側ですから、かなり寒いんです。
羽田空港の新しい滑走路もよく見えていました。
こういうすでに死んでしまった海なら拡張しても、もういいや…という気になりますが、沖縄の辺野古沖の珊瑚礁を潰してアメリカの軍隊のために滑走路を作るというのは納得いきませんね…。
せめて今ある施設を使ってほしい…。
小倉に帰るときはいつも深夜の便だったので飛行機から景色を見るのは久しぶりのような気がします。
裏庭の晩白柚(ばんぺいゆ)がたくさん実をつけていて、育ったものをもいでみると、
30個にもなりました。
ほしい方には送りますよ!
一ヶ月くらいは芳香剤代わりに部屋においておくと、皮が柔らかくなって食べやすくなります。
TJさん、種から育ててみます?
2010年01月10日
春の海2010

これは1月5日の話しです。
毎年新年に行っている湘南のレストランに行ってきました。
なんとなく、恒例になってしまいました。
正月も5日にもなれば車も少なくなっているだろうとタカをくくっていたら失敗でした。
鎌倉の鶴岡八幡の周りは大渋滞。
鎌倉まではとてもスムーズに行けたのですが、嵌ってしまいました…。
有料道路を降りて、海岸までいつもなら10分程度で行けるところが1時間半以上もかかってしまいました。
この日は冬型の気圧配置バリバリで、強い季節風が湘南エリアにも吹いて、海はかなり波が立っていました。
おそらく10mを超える風のなか、ウインドサーフィンのエキスパートたちがガンガン乗ってました。
10mを超える風になると素人はまったく歯が立たないレベルです。
なんとか走って突っ走っても、押さえきれずにすぐに沈…。
そして二度とセールアップできない…。
ヘロヘロになって、結局セールをたたんでパドリングで岸に戻る…
そんな経験を何度かしました…。

予定の時間よりもだいぶ遅れて階段をたくさん登った高台にあるレストランに行くと、いつものテラスはこんな状態…
休みかと思ったら、強風のためテラスは閉鎖されていて、建物の中のみで営業していました。

軽くピザを食べながらひと時を過ごしました。
飲み物はドイツ製のノンアルコールビール。
ドイツでもアルコール0%ができたんですね。
その後、いつも寄るハワイの雑貨を扱っているHANAという店に行くと…
閉店…
う~ん、寂しいなあ…
その後、夕陽を見に葉山方面へ。

日が落ちると富士山がよりくっきりと見えてきます。

去年も寄ったアンティークや輸入雑貨を置いているお店に寄り、

衝動買いしてしまいました…。
もちろん、本物ではありません。
今日は、これから小倉に向かいます。
2010年01月09日
新春突発ミーティング(番外編)

集合の掛け声も解散の掛け声もなにもないなんとなく集まるミーティングですから、昼過ぎからは思い思いに帰っていく車あり、遅れて到着する車あり、なんだろ…と通りがかりで入ってくる車あり…で、徐々に参加車両も減った頃、こーいちさんと私たちも会場を後にすることにしました。
というのも、こーいちさんの自宅がこの会場から比較的近く、いい機会なので、寄っていかないかとお誘いいただき、かねてからこーいちさんのもう一つの趣味の模型に興味があったので、図々しくも正月早々、お邪魔することにしました。

こーいちさんのコレクションのほんの一部です。
凄いのはほとんどすべてが1/18で統一されていることです。
車だけでなく、飛行機もたくさんあります。
ほとんどが戦時中の軍用機です。
車は戦前のオープンホイールと戦時中の軍用車が中心。
指向がはっきりしていて気持ちいいです。
しかも、ほしいものが市販されていないと、近いものを買って自分で改造して作ってしまい、ジオラマまで作って撮影しているのです。
ここにも、変態(失礼!)こだわりの世界がありました。
模型大好き中年ですが、私自身は封印中の世界です。
奥様やお嬢さんとも楽しい話しをたくさんして思わぬ長居をしてしまいました。
こーいちさん、楽しいひと時をありがとうございました!
明るく、素敵なご家族です!
帰りに通ったレインボーブリッジ。

お正月モードでほんとうにレインボーになってました。
あのステッカーをベスパに貼ってみました。

2010年01月08日
新春突発ミーティング(その5)

新春突発ミーティングのレポートをダラダラとやっておりますが、今日で最後まで一気に行きましょう。
これでも参加車両の写真を全部撮っているわけではありません。
いかに濃い車種だったかわかりますよね!
上の写真はトライアンフ・スピットファイアーMK3です。
ミケロッティのデザインです。
フェンダーの上をモールが1本す~っと後ろまで伸びているのが洒落ています。

トライアンフTR5とカニ目のツーショット。
TR5は1967年から1968年まで3000台弱しか作られていないのでかなりレアな個体だと思います。

ジャガーマーク2のレース仕様。
ボンネットはゴムひもで留められています。
モテギを走っていたあのマシンかなあ…。

ジャグアDタイプ。(ですよね?)
ルマンに出ているモデルです。

Dタイプはたしか、もう1台来ていました。

ジャグアEタイプのシリーズ1ロードスター。(ですよね?)
1961年のデビューです。
ごめんなさい。なんという車でしたっけ?


フォード・ポピュラーのラリー仕様。
割と平凡なスタイルがとてもかっこよくなってます!
この個体は本当にモンテカルロラリーなどに出場していた車のようです。
じつに、渋くてかっこいいです。

このMGBは相当気合入ってますね!
ボディをここまでいじってるということは、中身も相当すごいんでしょう。

ホワイトウォールタイヤのMBA。
ホワイトウォールを履くと、一気にアメリカっぽくなりますね!

エランも2~3台来ていたような…。

アルピーヌA110。
1963年デビューです。
好きだなあ…。やっぱりこの車。

このモーガンはちょっと変わったボディカラーです。

ホンダS800クーペ。
やっぱり、赤が似合います。

アウディR8も来ていました。
最近の車ですから、エンジン音はかなり静かでした。
1700諭吉…。
となりに、こーいちさんのカルマンが見えます!
こちらもめずらしい、オーテック・ザガート・ステルビオという車です。

詳しくないので、調べました。
この車は、オーテックはスカイラインの生みの親、桜井真一郎とイタリアのカロッツェリアであるザガートが共同で作った車です。
ボディ、内装はイタリア製ですが、シャシーやエンジンは日本製です。

この車の最大の特徴がこの、フェンダーに埋め込まれたようなサイドミラーです。
プロトタイプ3台以外に200台しか製造されていないレアな車です。
と、こんな感じで新春突発ミーティングのレポートを終わります。
夕べは1月7日ということで、カミさんが七草粥を作ってくれました。

七草、まだ全部言えません…。
2010年01月07日
新春突発ミーティング(その4)

シトロエン・11CV トラクシオン・アヴァン
この個体が何年式なのかはわかりませんが、11CVは1934年から1956年まで20年以上も作り続けられたロングセラーということです。
そういえば、昔のフランス映画には警察車両とかでよく出ていたような気がします。
トラクシオン・アヴァンは「前輪駆動」という意味です。

堂々とした風格が漂ってますね。
運転席を覗くと、ハンドルは2本スポークでしたが、やはりシフトレバーがもの凄いところから伸びていました。

生産期間が長いことではミニも負けていませんね!
1959年から2000年まで40年間も作られています。
MK1からMK10までモデルがあるようですが、このミニは最初期型のMK1のようです。
やはりミニもこのMK1は人気が高いようで、高年式をMK1に改造している車両も多いようです。
ビートルも12Vの高年式のものを6V時代の雰囲気にモディファイされたものも多く、バケ6などと呼ばれたりしています。

サイドウインドーはスライド式で、メターだけでなく、キーやスイッチ類もすべてセンターにあります。
ドアヒンジやドアハンドル、テールライトなどもMK1には特徴がありますが、
ここが凝っています。

ミニはルーフを1周する雨どいが付いていますが、高年式のものは四隅に切りかきが付いているだけなのですが、MK1は穴が開いています。
凝った作りですね!
初期型といえば、この117クーペも最初期型だと思います。

1968年に販売が開始されました。
ジュッジャーロ(ジウジアーロと発音してはいけないそうです)デザインのラインを当時機械プレスで起こすのが難しかったらしく、トランクは職人が手でたたき出して作っていたということです。
後年、ヘッドライトが角目になりますが、やはり丸目で初期型の小さめのテールライトがやはり好きです。
素敵な車ですね~。
914も2台来ていました。


こちらのブラックの方は6気筒エンジンが乗った914-6です。
速そ~!!

914といったらこの色を思い浮かべます。

356も1台来ていました。
フルナンでしたよ!

フェラーリ250GTE。
こちらもオーナーが自分でレストアされた有名なフェラーリですね!

アストン・マーチンDB6
1965年から1970年にかけて作られた車です。
ボンドカーとしてはDB5がすぐに思い出されますが、このDB6もボンドカーになってるのでしょうか?
夕べは今年最初の新年会で、深酒してしまい、アップがこの時間になりました。
新春突発ミーティングのレポートはまだまだ続きます。
2010年01月06日
新春突発ミーティング(ハードトップ編)

このミーティングに集まった車はやはりスポーツカーが多かったのですが、季節柄かオープンボディにハードトップを被せた車が目に付きました。
寅年ということもあってか(?)、トライアンフが何台も来ていましたが、このTR6はハードトップ仕様でした。

ハードトップを被せると、もともとクーペボディだったようなまとまり感があります。
こちらのMGAはハードトップじゃなくてクーペなのですが、取ってつけた感がハードトップのようです。

バンパーの真ん中が切られているのはオリジナルではないと思います。
それだけ冷やさないといけないほどエンジンをチューンしているのでしょうね。

リアもバンパーレスになってオーバーライダーだけの仕様になっています。
ドアノブの形状が独特でした。


ダッシュボードもいいですね~。
芸術品のようです。
こちらはオースチン・ヒーレー・スプライトMK1、通称カニ目のハードトップ仕様。


こちらもカニ目なのですが、ハードトップの形が違います。

こういう、ファーストバックスタイルのハードトップもあるのですね。
初めて見たような、どこかで見たような…。

ジャガーEタイプも何台も来ていましたが、この車はハードトップ仕様でした。

7年かけて自分でレストアしたそうです。
すごい!!
冬でも開けて走る皆さんは「軟弱だなあ…」などと思うのでしょうか?
でも、オープンボディの車の方はオープンのままで走って帰っていった方も多かったです。
2010年01月05日
新春突発ミーティング(バイク編)

ミーティングに来ていた車の紹介の前にすばらしいバイクが来ていたので、そちらの方から紹介しますね。
どちらのバイクも博物館から抜け出てきたような素晴らしいコンディションの戦前のバイクでした。
私は古いバイクのことは車以上に知識が乏しいので、当日聞いたり、調べたりしたことを書きます。
間違っている点があったらご指摘くださいね!

1台はベロセットKSSマーク2というバイクです。
なんと1937年製。
昭和12年生まれで、今年で73歳になるんですね。
私のカルマンより20歳も年上です。
ベロセットというバイクは1905年創業のイギリス、バーミンガム州にあるベロセというバイクメーカーのブランドです。
このKSSというモデルはメグロのモデルにもなったバイクのようです。

エンジンはOHC350cc。
この頃、ベロセットはマン島TTを始めたくさんのレースに出ていたようです。
KSSとはKシリーズのスパースポーツという意味のようです。
美しいエンジンです。
Y字型のパイプはオイルのパイプでしょうか?

マフラーの形も特徴的でした。
魚の形のような面白いものです。
(この写真は別のバイクのものです)

メーターの配列も独特でした。
アンメーターがヘッドライトに組み込まれています。
この当時はアンメーターは必需品だったのですかね?
オカチンさんのロイヤル・エンフィールドにも付いていましたね。
ベロセというメーカーは最後は水平対向2気筒というユニークなスクーターも作ったようですが、1971年に歴史の幕を閉じたようです。


もう1台はさらに古い1935年製のノートン。
やはり、イギリスのメーカーです。
ノートン社の設立は1898年。
日本はまだ明治31年です。
第1次大隈内閣成立の年です。
そんな昔のバイクが今でも新品のようにきれいな状態で走っているんですからすごいです!
エンジンはとても快調そうないい音を立てていました。

メーターはフュエルタンクにビルトイン。
やはり、アンメーターも付いていました。
ノートンは現存のメーカーで、昨年はマン島のレースにロータリーエンジンのバイクで出場したようですね。
ハーレーもいいけど、最近こういうイギリスの古いバイクにも心惹かれますね~。
手に入れるなんて大それたことはこれっぽっちも思っていませんが…。

1957年型ベロセットMSS

1957年型ノートン・ドミネッタ99

1957年型ロイヤル・エンフィールド・クリッパー

1957年型トライアンフ・T110・タイガー

1957年型BSA・ゴールドスター
ああ…
どれも美しすぎます…
2010年01月04日
新春突発ミーティング(その1)

正月三が日も終わり、世間的には今日から普通の日ですかね!
私は2日が仕事だったので、その時点で正月気分が抜けてしまいましたが、昨日はこーいちさんに教えていただいて、あるクラシックカーミーティングに行ってきました。
ミーティングといっても、誰かが集合をかける訳でもなく、それとなく集まるミーティングということです。
だから、場所を明らかにしていいのかどうかもわからないので、一応伏せておきますが…

集まった車はそうそうたるものでした。
中心となるのは車のイラストで有名なBOWさんで、どの車もBOWさんのイラストに出てきそうな素晴らしいものでした。
どんな車が来ていたのかは、次回に回すことにして…
(もったいぶっているのではなく、まだ整理できていないだけなのですが…)

会場となっているのが大きなログハウスのカフェの駐車場で、お店の中に入ってみると、憧れの薪ストーブが…

壁にはBOWさんのイラストが展示され、

写真集などもさりげなく置かれていたり、地下室はギャラリーになってもいます。
パスタを注文してのんびりしていたら、BOWさんの挨拶が始まるというのであわてて外へ…

初めてお会いしましたが、とても気さくな方で、和やかな雰囲気のミーティングでした。

BOWさんはTR6で登場。
私のカルマンとツーショットができました。

るうふさん好みの(?)深いリム。

カミさんがサインもいただいちゃいました。
カルマンの絵もささっと描いてくれました。
「ぜひ、今度はカーマガジンの表紙を描いてください!」と、カミさんがお願いしたら、「何を描くかは編集者からの依頼なんでねえ…、自分で選べないんですよ…」とのこと。
ホビダスさん!
こんどカーマガジンでカルマン特集してくださいよ!!
で、こちらはいただいたステッカー。

さすがに、センスのいいステッカーです。
「旧車じゃなくて足車に貼ってもらえると、変な車を持ってる人とすぐにわかるからそっちの方に貼ってください」ということです。
じゃあ、ベスパにでも貼りますかね!
つづく
2010年01月03日
DKW(その2)

いやあ、DKWという車、いやメーカーを調べると奥が深くてなかなか大変です。
現アウディ社で誰でも見たことがある四つの輪っかのひとつがDKWなのですが、4社が合併したのは1932年のこと。
DKW、アウディ、ホルヒ、ヴァンダラーの4社です。
今も名前が残っているのはアウディだけですね…。
DKWはそれまでは世界最大のオートバイメーカーだったということです。
さらにその前は蒸気自動車を作るメーカーだったそうで、半端じゃない歴史です。
そのDKWが1931年から4輪の自動車を作り始めるわけですが、まあ、すごい勢いでモデルチェンジを進めています。
それだけ、どんどん技術が向上して行ったのでしょうね。

DKW初の車がこのF1です。
生産は1931年~32年の2年間。
排気量は500cc。
とにかくすごいのが世界初の本格的な前輪駆動車だったということです。
DKWの特徴は前輪駆動と2ストロークエンジンにこだわったところのようです。

F2
F2.
1932年~35年。

F4(なぜかF3は欠番です)
1934年~35年。
生産年が完全にF2とかぶっています。
平行して作られたようですね。

F5
1935年~37年

F7(F6もなぜか欠番です)
1937年~38年

F8
1939年~42年

F9
1949年~1956年
第2次世界大戦の影響で1943年から48年まで生産がストップしていたようです。
F9になると、次のシリーズの雰囲気に似てきます。
で、次のシリーズにつながります。
今日はこれからこーいちさんが教えてくれたたくさん旧社が集まるという場所へ行ってきます。
楽しみです!
2010年01月02日
錆び取り

新年早々、今日は仕事なんです。
箱根駅伝を見られないのは残念です。
シード落ちした母校もなんとか予選会を勝ち残ったようで、元気に走っているようです。
優勝争いに加わることは少ないのですが、毎年出場してくれるだけでホッとし、元気をもらえます。
それはさておき、今日の話しは昨年の大晦日のことです。
家の大掃除が終わって、カミさんがおせち作りをしている間、カルマンとベスパの掃除をしました。
最大の課題がベスパのあの錆です。
エンジンカバーが質の悪いメッキ製品に交換されていてすぐに錆びるので、錆を落とすか、いっそ上から色を塗るかしないというようなみっともない状態だったのです。
長期戦を想定して、ガレージにラジオを持ち込み、

ストーブをたいて戦闘開始です。

大晦日の日本は強い冬型の気圧配置で、日本海側は大雪、太平洋側は乾いた冷たい風が吹き荒れていました。
ガレージ内はかなり冷えていたのですが、必死にゴシゴシやっていたら、汗をかいてきましたので、ストーブに火が入っていたのは前半だけでした。
NHK FMは押尾コータローがナビゲーターでアコースティックギター特集を一日やっていて生演奏もたくさんあり、結構楽しめました。
錆取りのケミカルとピカールで磨いたのですが、なんとかここまで回復しました。

まあ、ギリギリ恥ずかしくない程度にはなりました。
でも、またすぐに錆びるのですかね~。
一応、錆止めも塗っておきましたが…。
ついでに、ピカールでコールマンツーバーナーのジェネレーターを磨いたらとてもきれいになったので、

調子に乗って先日買ったマスト灯も磨いてみたら…

新品のようにきれいになりました。

でも、微妙ですね…。
新品のようにきれいなのも悪くないですが、色あせた真鍮の雰囲気の方が味わいがある気もします。
そういうわけで、両脇の真鍮製品は磨かないことにしました。

カルマンにもワックスをかけ、ガソリンを満タンにして大掃除はすべて終了。
錆び取りといえば、錆び錆びのフュエルタンクも控えているのですけどね…。
こちらのほうは、ゴシゴシ手で落とすことはできないので次の機会に…。

風呂に入り、夕方5時頃から二人宴会が始まったのでした。
(というより、ガンガン飲んだのは私だけですが…)
紅白も最初から最後まで(一部意識を失っていましたが…)全部観ました。
前半はちょっと退屈に感じましたが、後半はなかなか良かったですね~。
紅白も永ちゃんも、アリスも、武田鉄也も還暦…。
「いい感じだね…」といわれるような年のとり方をしたいですね!
「老けたね~」といわれないように生き生きとした人生を送りたいものです。
ということで、今年も仕事がんばろう!!
2010年01月01日
九十九里浜の初日の出

九十九里海岸から見た初日の出です。
雪が降っているところも多いようで、初日の出を拝むことができたのは関東地方だけだったようですね。
皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
今年はどんな年になるでしょう…。
景気のいい話しはなかなかありませんが、仕事にも遊びにも前向きで積極的な人生を送っていきたいと思っております。
皆様はどうぞ遊びのほう、お付き合いください!
そういうわけでまずは元旦から4時起きで九十九里に向かったのですが、まあ大変な人出でした。
海岸近くになると同じ目的の車で渋滞していましたからね…。
気温は氷点下だったと思います。
風がないのが幸いでしたが、それはもう、冷えていました。
朝日を背にすると、自分たちの影が長~く伸びていました。

人が固まっているところは火のあるところです。
近くに行くと、火があるほうは熱いくらいで、反対側は冷たい…という極端な状態でした。
日本一の鏡餅という触れ込みです。

どうやって作ったのでしょうね~。
さて、今年ぜひ、やりたいことを一つ。
カルマンミーティング、やりたいですね!
私一人でできることではありませんし、私自身がどの程度かかわれるかもまだわかりませんが、2年に1度くらいは何らかの形で集まりたいですよね!
どうですか?
カルマンオーナーのみなさん!!
