カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

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自動車運転事始(その2)



高校生の時に通った教習所の車はいすゞのフローリアンでした。
上の写真と同型の白でした。

この車、元のデザインはギア社なんですね!
まだシウジアーロが入る前だそうです。
う~ん、このころからすでに私はギア社に絡んでいたのか~…。

3速、コラムシフトでした。
今じゃ、コラムシフトなんて、タクシー以外まず見かけないですね!
タクシーもオートマがほとんどになりましたしね。

でも、大学生になってダイビングを初め、よく乗るようになったワンボックスカーはほとんどがコラムの4速仕様でした。
だから、違和感なく運転できましたね。

免許を取って幸いにもウチの車を自由に乗り回すことができたので、練習がてらによく近所を走っていました。

2ヶ月くらい経った頃だったでしょうか。
近所の国道を走っていました。
片道2車線、中央分離帯のある道路です。
ゆるやかな坂を上って下りに差し掛かるとおまわりさんの姿が見えました。

手に何か旗のようなものを持っていて私に向かって止まれと合図しています。
なんのことだかわからず、とにかく止めてみると、
「はい、免許書だして…」

そう、ネズミ捕りです。

当時、そのまっすぐで片道2車線の道路はなんと制限40km。
26キロオーバーで、たちまち赤キップ…。

当時は25km以上で6点、赤キップの免停だったのです。


(本文とは関係ない写真ですが…、まったくこんなことより、小うるさい週末の暴走族連中を何とかしろよ…って思いますねえ…)

まだ、高校3年生、とても真面目なほうの私でも、「ざけんなよ…」と言う気持ちで、
「名前は?」
「書いてんだろ!免許に」
「だから、なんて読む?」
「読めないのかよ…」
とバカみたいに強がる私…

「何か、急いでいたのか?」
「急いでるようなスピードじゃないだろ…(これは心の中で)」
「いえ、べつに…」

結局、免許は取り上げられ、赤キップ1枚をもってしょんぼりと(というより、ムカムカした気持ちで)ウチに帰ったのでした。

オヤジに言わせると、そこはネズミ捕りの「名所」だったようです。
「バカやの…、あそこはしょっちゅうやっとるからみんな気をつけとるところやのに…」
と言われてしまいました。

親戚からもその話が出ると、「お前、あそこで捕まったんか?バカやの…」と笑われてしまいました。



当時、ネズミ捕りを見かけるとタクシーの無線では「〇〇通りの〇丁目で雨が降っとるばい」などと、連絡しあっていたそうです。

また、対向車がパッシングで教えあったりしていましたね。
最近、そういうの、なくなったような…。



30日の免停の場合、講習に行くとその講習の1日だけが免停になり、次の日から乗れるようになるのですが、高校生の免停の場合、それだけでは済みませんでした。

送られてきたハガキに学校の生活指導の先生の印鑑をもらって家庭裁判所に保護者と一緒に行かなければならないのです。

まあ、普通、高校の生活指導の先生というのはその学校で一番うるさい、ちょっとにらみを利かせることのできる先生がやってますよね…。

私の高校でも、絶対に生徒になめられない風貌の先生でした。
そこに、「すみません、これに印鑑いただきたいのですが…」
「なに?お前、バイク乗ったのか!?」
「い、いえ、クルマで…」
「なに??よつわか??」

どうも、クルマの運転で免停になったのは私が始めてだったようです。
そのあと、どのくらい怒られたかは覚えていません。

その後、全校の朝礼で名指しで注意されたのは覚えています…。

何とか印鑑をもらって親父と二人で家庭裁判所に出向きました。

テレビで見る裁判室のようなところに行くのかと思っていたら、普通の事務所のような部屋で、女性の裁判官は、「あなたね、履歴書に賞罰という欄があるのはご存知?」
「罰というのは刑事罰のことで、免停というのはその刑事罰にあたるのですよ!」
となどと諭されたのをよく覚えています。

ああ、自分はこれから履歴書を書くたびに、「免停1回」とか書かなくてはいけないのかなあ…などと思っていました。

家裁でオヤジと二人でペコペコ神妙に謝り、その足で今度は高校の校長室へ…。

生活指導の先生に、家裁の帰りに寄るように言われていたわけです。

校長室でもなにかいろいろ言われたと思いますがそれは覚えていません。

校長室から出て、親父と顔を見合わせて、二人でほっとした顔をしましたっけ…。

オヤジは一言も私を怒りませんでした。

だって、そのとき、自分自身が免許取り消しの身分でしたから…(笑)。

ま、せいぜい気をつけろよ…程度だったと思います。

そんなわけで、免許取得後2ヶ月で早くも汚してしまったわけです。

免許取得後、実はまだ一度もゴールドになったことがありません…。

そして来月免許の更新なのですが、このまま違反がなければ生まれて初めて、ゴールド免許をもらえるはずです。

どうも、更新の数日前くらいに、バイクでなにかやらかしてしまいそうな気がして怖いです…。
無謀な運転はしていませんが、制限30kmを守るのは逆に命の危険がありますからね…。




日記 | 投稿者 赤の’57 03:12 | コメント(16)| トラックバック(0)

さて、次回は…?



第2回のカルマン100台ミーティングは開催が決定しましたが、どんなミーティングになるのか、まだ細かいことはこれからです。

実行委員会で決定したことはすぐにお知らせしますね!

前回はこれ以上は望めないというくらいの最高の天気に恵まれたこともあり、116台ものカルマンが集結しました。

カルマン社を始め、たくさんの方のご好意でたいへん豪華な記念品が用意されていたということも大きかったでしょうか。

とにかく、最初で最後になるかもしれないということでできることはなんでもやっておこうという感じで準備をしました。

結果、どんなミーティングになったのか、もう一度振り返ってみましょうかね!

なんと、開催した2日間のレポートだけで20件もの記事を書いていますね。

準備の部分も含めると60以上の記事をこのミーティングだけで書いていますねえ…。

全部呼んでみたい方がもしいらっしゃいましたら、右にずらっと並んだカテゴリーから「100台ミーティング」のところをクリックしていただくとすべて読めます。
(下から順番になりますが…)


ようこそ!(100Mの感動その1)

前夜祭(100Mの感動その2)

集合(100Mの感動その3)

ミニツーリング(100Mの感動その4)

並んだ!(100Mの感動その5)

開会式~空撮(100Mの感動その6)

空撮写真(100Mの感動その7)

ケータリングとスワップ(100Mの感動その8)

全車紹介(100Mの感動その9)

スナップ(100Mの感動その10)

るまの似顔絵(100Mの感動その11)

取材(100Mの感動その12)

記念品(100Mの感動その13)

アワード前編(100Mの感動その14)

アワード後編(100Mの感動その15)

抽選会~終了(100Mの感動その16)

製作物(100Mの感動その17)

エンドロール(100Mの感動その18)

メイキング(100Mの感動その19)

レポートを終えて(100Mの感動その20)


いやあ、それにしても書いたものです。

改めて読み直すと私の中であの感動が再びよみがえってきます。

個人的には次回のミーティングはもっと肩の力を抜いた、それでもほのぼのとした暖かい雰囲気のミーティングになればいいなあ…なんて思います。

たくさんのカルマンが集まることがもっとも嬉しいことですが、それが第1の目的ということでもなく…

集めることよりも、集まった方が「また参加したいなあ…」と思えるようなミーティングにしていきたいですね~。

前回参加した方はぜひ、また!
前回参加できなかった方、新しくカルマンのオーナーになった方、
カルマンが大好きな方!

ぜひ、秋の山中湖で充実した2日間を過ごしませんか?


100台ミーティング | 投稿者 赤の’57 23:03 | コメント(4)| トラックバック(0)

第2回カルマン100台ミーティング開催決定!!



大事なお知らせです!

第2回カルマン100台ミーティングの開催が決定しました!!

はい、拍手っ~!!

いやいや、ありがとうございます!

やはり、2年に1度くらいはカルマン乗りが集まってまったり楽しく過ごしたいですね~!ということで、やりましょう!!ということになりました!

と、今日のブログはやたらと!!だらけになることをお許しください!


〇日程 2010年10月2日(土)~3日(日)

〇場所 山中湖交流プラザ「きらら」臨時駐車場
    http://www.kirarayamanakako.jp/

〇参加費 1500円(記念ステッカープレゼント)

前回と同じ場所ですが、時期を少し早めました。
夜はかなり冷えましたからね!

参加費が安くなったのはTシャツ代が入っていないからです。

でも、記念Tシャツは作成予定で希望の方に購入していただければと思います。

他にも素敵な記念グッズの作成を企画中です。
ご期待ください!

申し込み方法など細かいことは随時お知らせしていきますが、日程は決定ですので、ぜひ、この2日間は山中湖に行く予定をしてください!

2日は前夜祭です。

3日はミニツーリングも前回よりもさらに楽しめるように企画をしたいと思います。

すでに実行委員の中でいろいろなアイデアが出ています。


さあ、今年の秋はまた、大いに盛り上がりましょうか!!!



100台ミーティング | 投稿者 赤の’57 22:57 | コメント(12)| トラックバック(0)

自動車運転事始



高校生になるとバイクの免許が取れる年齢になるのですが、私が中学生の当時から暴走族の活動が活発になってきていて、バイクは相当ひんしゅくを買う乗り物になっていました。

当時はまだ大型免許というのがない時代でしたから誰でもバイクの免許を取ったらナナハンにだってハーレーにだって乗ることができたのです。
もちろん、買うことができれば…ですが。

TJさんが「3ない運動」のことをコメントで書いてくれましたが、確かにそういうのがありました。
「乗らない」「買わない」「免許を取らない」というもの。

あと、「盗まない」「借りない」なんてのも…

まあ、とにかくバイクは目の敵でしたね。

それでもそれなりに乗ってましたが…(時効…笑)
原付免許だけは親に内緒で取りに行きました。
後でバレましたが、不思議と怒られませんでしたね。

当時は大型や中型の区別がなかっただけでなく、ヘルメットもまだ義務じゃなかったです。
雨の日に乗るとアメがあたって顔が痛かったですね…。

でも、暴走族対策で大型免許というのができてしまったのが、私が高校2年か3年の時でした。

それまでは、教習所に行って当時2万円くらいで大型も乗れる免許がもらえていたのに、大型免許の取得はものすごく敷居の高いものになってしまいました。

でも、もう遅い…
いまだに私はバイクの免許を持っていないのです。

子供のときは親に反対され、大きくなったらカミさんに反対され…


そんなわけで、車の免許は早く取らせてもらえました。

私は4月生まれなので、高校2年と3年の間の春休みから教習所に行き始め、誕生日に仮免を取るという最短コースでした。

でも実はその前に、オヤジの車を結構運転していました。
助手席にはオヤジが乗った状態で…。

つまり、運転を教えてくれていたわけです。
しかも、公道で…

まあ、田舎道でしたから…。
サイドブレーキを握り締めて乗っていましたっけ…。

でも、私は幼稚園のころからバスの運転手さんを見てダブルクラッチまでイメージトレーニングをしていまいたし、オヤジの運転もつぶさに観察していましたから、最初から運転を難しいものとはそんなに感じなかったです。

そんなわけですから教習所に行ってもほとんど苦労はなくスムーズに進みました。

初めて教官を乗せて走りはじめたとたん、「あ、お前、乗ってたな…」と言われてしまいました。

「い、いえ…そんなことないです…」

その教官は私と遠い親戚の関係でもあったこともあり、最初から和やかなムードでした。
そのころの教習所というところは教官の対応がひどいことで有名でしたけど、私の場合はその教官が担当のときだけは和やかムードでした。
路上教習のときなどは世間話をしながらドライブしているだけという感じでした。

どうして私のオヤジは助手席に乗って私に運転を教えてくれたか…

実は、彼はそのころ、運転ができない身だったのです。

しかも、「停止」じゃなくて、「取り消し」(笑)

ま、そこは深く突っ込むことはしなかったです。
一番落ち込んで、不自由していたのがオヤジ自身でしたからね。

1年間不便なバス通勤をする羽目になってましたし。

かくして私は高校3年生でサニーエクセレントというサニーの1400cc版の事実上のオーナードライバーとなってしまったわけです。


(同型車、これのブラウンメタリックでした)

車は乗らないとそのほうが悪くなるから…なんて理由で時には高校に車で通学したりしていました。
車を置いておける空き地もうまい具合にありましたし…。

放課後は同級生を乗せてちょくちょくドライブ。
たまには福岡の海ノ中道まで遠出したりして…

ガソリンも入れ放題。
というのも、ガソリンスタンドのチケット(小切手帳のようにつづりになっているもの)がグローブボックスに入っていましたから…。

乗り回すだけではなく、よく洗車をしたり手入れもしていました。


調子に乗って走っていたら…

案の定、痛い目にあいました。

そう…、ネズミ捕り…

その話は次回


日記 | 投稿者 赤の’57 23:52 | コメント(11)| トラックバック(0)

これも空冷



数週間前からCPUクーラーの調子が悪くて時々ダウンしていた自宅の自作パソコン。

パーツは買っておいたのですが、なかなか取り替える暇がなくそのまま使っていましたが、頻度が増してきたためついに取り替えることにしました。

CPUはクルマで言えばエンジンに相当し、CPUクーラーはその冷却ファンにあたります。

ファンが回らないとCPUがオーバーヒートを起こし、ダウンしてしまうのです。
CPUはかなりの熱を発するのです。

パソコンの動作音はそのほとんどがいろいろなところを冷やすファンの音です。

CPUのファン、電源部のファン、ビデオボードのファン、ケースそのもののファンなど…



私のパソコンは7~8年前に自作したもので、だいぶ旧式になっていたため、昨年いくつかのパーツをグレードアップしました。

それでも、CPUはペンティアム4タイプの今ではかなり古いタイプになってしまいました。
とうぜん、それにあうクーラーのパーツももう残りわずかという感じで、今度壊れたら新品は販売されていないかもしれません…。

台湾製ですが、SAMURAIなんて名前がつけられています。
(パソコンのパーツは台湾製が大変多く、優秀です)


これがこんど買ったCPUクーラー。
たくさんのヒートシンクが上下2段になっていて、銅のパイプでつながれています。


今までついていたのが左のものです。
だいぶ大きくなって、フィンの数の多く、冷却効果が高そうです。


中央の四角いプレートの下にCPUがあります。

この上に先ほどのクーラーの下部をビッタリとくっつけて取り付けるわけですが、金属同士で隙間が開いて熱が伝わらないということを防ぐため、専用のシリコングリスを塗って両者をぴったり合わせます。

このCPUクーラーには使い切りのグリスが付属していました。


取り付けは専用の金具を使ってやるのですが、これが簡単そうでなかなかうまく取り付けることができず、20分くらい格闘しました。

結局マザーボードという、一番下の基盤を外さないと取り付けができず、思ったよりも大手術になりました。

その間の写真は余裕がなくてなしです。


無事装着が終わり、今は快調に動いています。

こんなことが気軽にできるのが自作パソコンの強みですね!
レベルは違いますが、空冷ワーゲンを自分でいじるのにも通じるところがありそうですね!


日記 | 投稿者 赤の’57 22:23 | コメント(4)| トラックバック(3)

機種交換



プライベート用の携帯の機種交換をしました。
TJさんが安いんじゃないの?と教えてくださった機種です。

確かに、販売店で見ると今の携帯ってどれも5万円前後してるんですね。

電話とたまにメールをするくらいなので、そんなに機能もいらないし、今まで携帯買うのにお金出したことほとんどないので、機種交換なんて当分なしだろう…と思っていたのですが…

今まで使っていたL704iという機種もTJさんが教えてくれてタダでゲットしたものだったと思います。

今回は1諭吉ちょっとで出ていたのですが、なんだかよくわからないのですが、1諭吉分のクーポンを使えるとかで、ポイントを使うこともなく、無料で交換できました。

今度のはワンセグとか無線LANとかいろいろついているようですが、きっと使わないのだろうなあ…。

電車に乗ってると、確実に半分以上の人が携帯見て何かしてますね。
みんな中毒のようだ。

まあ、シャカシャカうるさいヘッドホンやカチャカチャうるさいゲーム機よりはマシですが…

でも、電車を降りて歩きながら、階段を登ったり降りたりしながらも携帯いじり続けるのはよそうよ。

車でもなんか、変な動きしている車があると、だいたい電話してたり、メールしてたりですよね。

でも、自分自身も、仕事用の携帯を忘れて出てしまったら…
まず相当な犠牲を払っても取りに帰るでしょうね~。

それができなかったら、一日落ち着かないかも…

そういう意味では私自身、携帯にかなり拘束されてるな~。

初めて携帯を買ったときはなかなかかかってこなくて、寂しい思いをした記憶がありますけどね。

今では時々空耳のように着信音がなったような気がすることがありますからね…。

ヤダヤダ。


日記 | 投稿者 赤の’57 23:51 | コメント(6)| トラックバック(0)

BOW FUU WOO!



いやあ、夕べはすごい天気でしたね~!!
日本中が大荒れだったようで、関東も30mを超える風が吹いたようで、半端じゃなかったです。

そんな記録的な暴風雨の中、私はなんとなんと、テントの中で過ごしたのです。

どこって、都内。
羽田空港のすぐ近くのキャンプ場です。



今回で3回目になりますかね。
東西合同キャンプ。

第1回目は2008年12月の掛川の極寒キャンプ
そりゃあ、もう、半端じゃない寒さの中外でBBQしました。
第2回目は2009年12月の琵琶湖キャンプ
この時も直前に大雨が降りました。
そし第3回目の今回、記録的な暴風雨の中でのキャンプになりました。

いったい誰の…




関西から4名
長野から2名
栃木から2名
東京近郊4名

12名での宴会でした。



暴風とはいっても、師匠がきっちりと設営したテントの中は快適で、風の音と5分に1回くらいの頻度ですぐ上を通過するジェット機の音の中、各地から持ち寄られた食べ物、飲み物をガツガツやりました。

絶品ぞろいの数々の中、この日本酒は格別でしたね~。

半分くらいは私が飲んじまったかもしれません…。

向こうの一升瓶はワインです。
長野ではワインは一升瓶が普通だとか…(ホント?)



誰かがおバカな激辛ハバネロソーセージなんか持ってくるものだから、煙でむせ、ヒリヒリの口の中を沈めるのにこのレモン牛乳はピッタリでした。

今回知ったのは、レモン牛乳にはレモンは入っていないということ。



日も変わり、寝るころまでは「すごい風だね~」でまだ済んでいたのですが、夜更けからグワオ~~~!!とものすごい風の音になっていき、ほんとうに、テントごと吹き飛ばされるんじゃないかと心配になって来ましたが、かといって起きたりせずに、寝続けておりました。



海のすぐ横なので、ビンテージなワーゲンたちはきっと潮まみれになってしまっていたのでしょう。

でも、それを洗ってあげたいと思ったのか、3時過ぎくらいから雷の音とともに、ものすごい雨が降ってきました。

今度はテントが浸水して水浸しになるんじゃないかと心配しながら、やはり起き出すこともなく、寝ていた私と隣のカミさん…

そんなころ、師匠はみんなのテントが心配で夜中じゅう、何度もロープを増し締めしたり、飛ばされないかチェックをしてくれていたそうです。

そして、私たちが寝ているテントが一番吹き飛ばされる可能性が高かったらしく、管理の人に頼んで車をテント脇に寄せて風除けにし、かろうじて私たちの天とは飛ばされることなく朝を迎えたのです。

そんなこととはつゆ知らず、心配しながらもちゃんと寝てしまっていた私たちはいったいどんな図太い神経なんでしょうね…。

いや、日ごろの疲れが出てしまっていたのですよ。ホント。

今回のテント4張に照明器具、調理道具などほとんど全部師匠が用意し、セッティングし、ふるまい、撤収し…と、まあ見事でした。

お世話になってしまいました。

巨大地震でなにかあっても、彼のところでは4家族ぐらいはしばらく生活できそうな装備がそろっているようなので、安心です。(って、なにが?)




朝、7時を過ぎるころには雨もほとんど上がりましたね。


並んだ今回のメンバーのワーゲンたち。

フカさんのビッグテールと、夕べ帰った1台を除けばすべて50年代のビンテージたち。

みんな、相当に病気です。
イベントでアワードを狙える車ばかりです。

この後、皆さんはお台場のジャンボリーに向かったわけですが、私は残念ながら仕事で、朝一でキャンプ場を後にしたのでした。

たぶん、今のこの時間も関西組みは岐路の途中だと思います。
BOW FUU WOOの中、ほとんど寝られずにイベント参加し、帰り道はさぞ眠いことでしょうね…。

皆さんの無事の到着を祈っております!!

楽しい時間をありがとうございました!!

ぜひ、また今度、どこかで!




日記 | 投稿者 赤の’57 22:36 | コメント(10)| トラックバック(0)

ディーラー通い



子供のころの乗り物への興味に関することをもう少し書いてみようと思います。

中学に上がり、バイクに興味が出てきた私はよくバイクのディーラーに行くようになりました。
当時、HONDAにいくとあの750ライダーが乗っていたCB750が全盛時でした。
4気筒エンジンは美しく、4本マフラーが実にカッコよかったです。
中学にあがったばかりの私はまだ身長が160cmにもなっていなくて、またがってみると体の前に広がる巨大なタンクに圧倒されたのを覚えています。

KAWASAKIにいくと、W1の横でZ2が発売されたばかりで置いてありました。

(このY字型のギアハウジングが印象的でした。)



そりゃ、もう、圧倒的にかっこよかったですね~!!
(今は、Wシリーズも大好きなのですが…)
DOHCエンジンや、シートの後ろの部分の今では控えめにさえ感じるカウリングは当時はとても斬新でした。

バイクのメカニカルな雰囲気が好きでよくイラストのまねごとをしていました。



そして、中学の3年になると、自動車のディーラーによく行くようになりました。

ある日、友達と二人でトヨタのディーラーに行きました。

もっとも目立つ場所に当時、発売されたばかりのダルマセリカが置いてありました。


あのセリカ、発売時はフルチョイスシステムとかいって、外観、内装、エンジンなど自由にチョイスして自分だけの組み合わせの車にすることができるようなことを売りにしていましたっけ…。

かっこいいな~と、友達と眺め回しているときに事件は起きました。


私がセリカのボンネットの前にいるときに、突然、その車がするすると走り始めたのです。

どうして??

しかも、エンジンかかっています。
誰も乗っていないのに…

何を考えたか私がやった行動は、なんとボンネットを押さえて車を止めようとしたのです。

中学生一人の力で車が止まるわけもなく、危ない…と重い横によけるとセリカはそのまま、そろり、そろりとディーラーの天井までつながった大きなガラス窓に向かっていき、

最後はガラスをぐしゃっと割って止まりました。

中にワイヤーのネットが入ったタイプのガラスだったので、粉々にはならず、外側に膨らむように割れてしまいました。

私には何が起きたのかすぐにはまったくわからなかったのですが…

その原因は私の友達だったのです。

今では考えられないことですが、そのセリカにはカギがついていたのです。

友達が何気なくそのカギをひねったら瞬時にエンジンがかかり、しかもギアがローに入っていて、さらにサイドブレーキがひかれていないという偶然が重なり、なぜか、ギアが入った状態でエンジンがかかって走り始めたわけです。

そんなことってあるんですね。

考えられない?

いや、これ、ほんとうにホントの話なんです。

その後はどうなったか…

友達のお母さんがそのお店に来てなんだか、大人同士の話で決着したようなのですが、弁償することになったのかどうかなど後日談は覚えていません。


日記 | 投稿者 赤の’57 12:53 | コメント(10)| トラックバック(0)

フートン・ソファ



雑誌に載っていた写真を見て、これはいい!と気に入り、どこのなんというソファかもわからず、昨年の5月28日にこのブログで「情報求む!」という記事を書きました。

それから10ヶ月…

そのソファが今日、我が家に届きました。

さくらさんがその記事をわざわざ見つけてお知らせくださり、譲ってくださったのです。
しかもとても格安で…

さくらさん、ほんとうにありがとうございました!

このソファ、LL beanというアウトドアグッズで有名なメーカーが販売しているミッション・フートンというソファベッドでした。
フートンはもちろん布団からきているようです。
ベッドにしたときに布団のようにクッションにくびれがないので寝心地がよさそうです。

今も新品が販売されているのですが、私にはちょっと手が出にくい金額でした。

今まで使っていたソファは二人がけなので、来客のときなどはもうちょっと大きなソファのほうが…と思っていたのです。

でも、コレ!というソファはなかなかなく、たまたま雑誌で見つけたソファに一目ぼれしたのでした。

それが手に入って、改めてブログをやっててよかったなと思う次第です。

このソファ、3人がけというより、日本人の体格なら4人がけに十分なりそうです。

そして、ベッドにもなりますから。
身長184cmの私が寝ても楽勝の大きさです。

木製の骨組みもしっかりしていますが、クッション部分の重さにビックリしました。
いったい何キロあるのだろう…というくらいの重さです。

我が家で飲み会の折は先着1名、このベッドで寝ていただけますよ!
セミダブルくらいの大きさがありますから、二人仲良くでも結構ですが…。






今年は桜の開花が早いらしいですね!
上の写真は桜かと思って近づいたら桜ではなく、桃の一種でした。

冬よりも春のほうが好きなんですけどね…。
この花粉症さえなければもっと好きになれるのに…

今年も医者にも行かず、薬も飲まず…気合と根性で乗り切る体制を続けてます。

アホですね~。




家・ガレージ | 投稿者 赤の’57 00:26 | コメント(6)| トラックバック(1)

小型旅客機の思い出


(フレンドシップ 写真はWikipediaより)

子供のころ、近所の踏み切りに蒸気機関車を見に行っていたことを書いたついでにその後のことを書いてみようと思います。

踏切には自転車に乗って行っていたのですが、小学校も高学年になると大きな自転車に乗れるようになって行動範囲も広がり、今度は空港へ飛行機を見に行くようになりました。

幼稚園のころから戦闘機が好きで、ゼロ戦の絵をよく描いていました。
21型と52型の違いなんかもけっこうわかっていたと思います。
(今は怪しいですが…)

そんな子供が本物の飛行機に興味がないわけがありません。

空港といってもローカル空港で、1日に数便飛んでいただけでした。
当時のローカル路線の主力機はYS-11、そして、フレンドシップという上翼の飛行機も時々飛んでいて、私はそれが好きでした。
YS-11に比べるとより優雅に見え、上翼のために翼が邪魔をしない窓から眺める景色を想像していたものです。

当時は東海道新幹線はすでに開業していましたが、九州に住む私には遠い世界のことですし、まだD51が貨物列車を引っ張っていた時代です。
山陽新幹線が博多まで来たのは1975年ということですから、私が18歳にもなってます。

ですから、1960年代当時の旅客機なんて、一部の大金持ちが乗る別次元のもののような感覚でした。

自分が始めて飛行機に乗ったのがいつ、どこに行くときだったのか、覚えていないのですが、このフレンドシップに搭乗する機会はないままに定期便から姿を消してしまいました。

大人になってダイビングの仕事で海外に行くようになり、どこかに行く離島便で似たような機体に乗った記憶があります。

フレンドシップはYSの半分くらい、30人程度の搭乗人数でしたが、もっと小さな10人乗りのアイランダーという機体や、4人乗りのセスナにも何度も乗りました。
でもフレンドシップのような機体にいつどこで乗ったのか、ちょっと思い出せません。

アイランダーは2度ほど、短い時間ですが操縦したことがあります。

といっても、水平飛行をしていただけですが…。

小さな飛行機に乗るときは体重を一人一人測ることが多いのですが、だいたい一番重い人が前の副操縦士の席に乗ることになるんですね。

あるフィリピンのダイビングツアーの時(当時はほんとにしょっ中フィリピンに行っていました)、やはり、私は副操縦席に乗らされたのですが、上空に昇って水平飛行になったとき、フィリピン人のパイロットはカバンからサンドイッチを取り出して「やっと朝食だあ…」と食べ始めるではないですか。
そして両手が使えないのが面倒だったからか、「お前、これ持ってろ」と操縦桿を握らせてもらったわけです。

えええ!!
ホントかよ~!!
って、感じです。


(アイランダー)

目の前のたくさんの計器類から二つだけ指示されて、飛行機の断面の絵のようなものが描かれた計器が水平になるように左右に動かし、高度が一定になるように、前後にゆっくり動かせというわけです。

ただし、絶対にペダルには触れるなと言われました。

乗員10人の命を背負った私は楽しむというより、かなり真剣に操縦桿を握っていましたっけ…。

でも、数分握っていると、水平飛行だけならけっこう簡単で、すぐにリラックスして操縦していたのですが、後ろに乗った私のダイビングツアーのお客様たちは思わぬスリルをしばし味わっていたようです。

まあ、無事に役目を終わったからいま、こうやっておバカブログを書いていられるわけですけどね。


(ドルニエ)

定員10人を超えるような、ドルニエのような飛行機のクラスになると、操縦席と客席は仕切られていて、副操縦席に座れるような幸運はありませんでした。

小さい飛行機に乗ると、そのダイレクトさに多くの人が不安を感じるのですが、小型機のパイロットの方が言っていた言葉が忘れられません。

「飛行機って、外見はちょっとくらい古そうに見えても、中身は新品と思ってもらっていいですから。
自動車だと壊れてから直すのでもいいわけですけど、飛行機はそういうわけにいきませんからね。壊れる前にどんどん新品にしていきます。
ですから、安心して乗ってください」

この言葉にかなり救われた思いがしました。


当時、ドルニエに乗って、エルニドに行ってました。
これ、ホントの話し。



日記 | 投稿者 赤の’57 00:07 | コメント(13)| トラックバック(0)

釘刺しと線路の関係



釘刺しという遊びはご存知ですか?

子供ころ、よくやっていました。
5寸釘と言われる太くて長い釘を使った遊びです。
5寸というと15センチ。
ほんとうに5寸釘が15センチの長さがあるのかどうかわかりませんが、子供には巨大な釘に見えました。

遊び方は簡単。任意のところに投げて指して、もともと刺していたところから直線を引きます。
うまく刺さらないと線を引くことはできません。
また、交差するように線を引くこともできません。

自分の引いた線で相手を囲い込んでいって相手が動けなくなったら勝ち…とこんな遊びでした。

アスファルトばかりの現在ではなかなかできない遊びになりました。
粘土質の地面で釘が刺さりやすくないと面白くありませんからね。

小学校に上がる前だったと思いますが、釘刺しをして友達と遊んでいると、誰かが、ビックリするような釘を持ってきました。

その釘は見ると、途中からまっ平なんです。
まるでナイフのように。

「どうやって作ったん?(小倉弁)」と聞くと、

線路で作ったそうなんです。

そう、そいつは線路にそおっと、釘を置いておくことでその平たい釘を作っていたのです。

線路に置かれた釘の上を列車が通るとその重みで釘がペッタンコになるわけです。

いけませんね~。

そんなこと、親に知れたらタダじゃ済みませんでしたからね。
「脱線でもしたらどんだけ大変なことになるか(バシッ!)あんたはわからんかね!!(バシッ、バシッ!!」

バシッ、バシッ…は頭を平手でたたかれる音です。

懲りずに10円玉を置くやつもいましたね~。

10円玉が見事にペッタンコに大きくなっていました。

列車の重さって凄いんですね。

列車が通った後はブツはどこか遠くまですっ飛んでいるわけで、成功しても探すのが大変だったようです。

これを読んで、よい子は絶対にまねをしちゃ、だめですよ!!



親には危ないからという理由だけでなく、「汚いから…」という理由で当時は線路に近づくことを禁じられていました。

どうして汚いか…

昔の列車のトイレにはタンクが存在していなくて、見事に垂れ流しだったんですね。

だから、停車中にトイレを使わないことはルール、マナーになっていました。

ほんとうに便器の穴をのぞくと線路のジャリ石が見えていましたからね。

今じゃ、考えられないですよね…。

でも、多くのクルーザーや漁船などの小型船舶はいまでもそうだと思いますよ。

まあ、とにかく線路を使って遊ぶことは子供心にも非常にリスクを背負ういろいろな意味で危険な遊びだったわけです。


ネットでちょっと調べたら、5寸釘を使って本当にナイフを作っている人もいるようです。

かなり手間ひまかけているようですね。

その気になれば線路で簡単にできるのに…バキッ!!


日記 | 投稿者 赤の’57 00:03 | コメント(15)| トラックバック(0)

ローカル線は3拍子



久しぶりに我が家に帰ってきたら、もう春のように暖かいじゃあないですか…って、どこに行ってたのよアンタって感じですね。

昨日は上の写真のローカル線のお世話になりました。

ディーゼルエンジンのワンマンカーで、多くの駅は無人駅。
そこでは乗客はバスのように整理券を取って乗り込んできます。
考えてみれば、バスの停留所なんて全部無人駅なんですからね。

ちょっと大き目のバスがたまたまレールの上を走っているだけだと思えば、それでいいのだ。と思えます。
駅に人なんていなくていいだろ…と。

まあ、運転手さん一人ではたくさんの人をさばくことができませんから、たくさんの人が乗り降りするところでは無理ですかね…。

この1両の電車、走っていてリズムがなんか変なんですよね。
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン…
とという感じ。

私が慣れている電車の走る音は
ガタン、ゴトン、ゴトン……ガタン、ゴトン、ゴトン…
というものです。

最初のガタンは乗っている車両の後ろの車輪が線路の継ぎ目を拾った音、次のゴトンは隣の車両の車輪が線路の継ぎ目を拾った音、そして最後のゴトンは乗って車両の前の車輪が線路の継ぎ目を拾った音なわけです。

隣の車両がない電車はその音が聞こえないので、ガタン、ゴトン…で終わりなんですね。

って、そんな話し、どうでもよすぎますね!


このローカル線、まだ遮断機のない踏み切りがいくつもあって、そういうところを通るときには運転手さんは頻繁にブオーン…と警笛を鳴らすのです。

なんか、そこどけそこどけ、危ないぞ!的な走り方に一層ローカル色を感じたわけです。

踏み切りのカンカン音を聞いて思い出したのですが、昔の踏み切りの警報機のカンカンの音、あれの電車が走り去った後の音が止まるときの余韻が好きでしたね~。

わかります?

ピタッと終わらないで、カンカンという音がだんだんゆっくりになって終わるんですよね。
意味もなく、その余韻が好きでしたね~。

でも、今でもそういう踏み切りはたくさんあるのかな?

そして、大きな踏切には必ず、踏み切り番のおじさんがいて、ハンドルをぐるぐる回して遮断機を上げたりおろしたりしていました。

小学生のころ、そこに遊びに行くのに凝った時期がありました。
当時、まだ蒸気機関車が現役だったので、それを見に行ってたんですね。

遮断機の横にはおじさんの待機小屋があって、そこで、「次は何時?
どっちから来るの?」と教えてもらい、待っていました。

機関車が走ってくると千切れんばかりに手を振り、運転手さんが手を振って返してくれると、それはもう、嬉しかったものです。

素朴な鉄道ファンでしたね~。

私の「鉄」人生はそのときで終わってしまいました。

なぜか、それ以上興味を持つことはなかったですね~。

もう少し大きくなったら、空港に飛行機を見に行くようになってましたね。

その次はバイクや車のディーラー通いと次々に興味の方向が変わっていったわけです。

男の子って、どうして乗り物が好きになるんですかね?
電車や車のおもちゃを手から離さない男の子はいくらでもいますが、女の子は誰が教えるわけでもないのに、手に持って離さないのはお人形とかですからね…。

性別には男女の役割りがやはり、DNAとして刷り込まれているんですね。

男は獲物を求めて旅をする、
女はうちで子供を育てる。

男女同権とはいってもそういうDNAを持って生まれてきていることは事実ですよね。


でも、最近、「鉄子」とか、「ママ鉄」なんていわれる人が増えているとか?

お人形持ってる男の人も多いし…
って、あれはフィギュアというのか…。

また、別の方向ですね!

失礼!!


日記 | 投稿者 赤の’57 00:17 | コメント(17)| トラックバック(0)

ビジネスホテルと夕食

地方のビジネスホテルを転々としながら仕事をしています。
といってもたった2泊3日なんですけどね。
地方といってもウチに帰ろうと思えば帰ることもできる距離なんですけどね。
往復の時間がもったいないし、そのほうが少しでも体が楽だろうという事で泊まりにしているわけです。

で、今日はその2泊目の朝なわけです。
少し時間に余裕があるので、こうしてブログを書く事ができます。

しかし、こうやって地方のビジネスホテルに泊まるときにいつも苦労するのが「夕食」なんです。

駅前の中華屋さんでホイコーロー定食にビールでもつけてダダっと食べたりするのもいいし、屋台のラーメン屋でラーメンすすって帰るのもいいかな…
それともちょっと居心地のよさそうな一杯飲み屋さんでも寄るかな…

なんてことを思うのですが、実現したことがありません。

なんせ、駅前に店がないのです。

クルマなら多少ウロウロすることもできるでしょうが、電車の場合は駅と泊まる予定のホテルの間を大きく離れるところまでわざわざ歩いて行く気はしませんからね。

1泊目は比較的大きな駅まで移動して泊まったのですが、あるのは最近あちこちで見かける、昔のスナックばかりが入った雑居ビルのように、居酒屋チェーン店が何店もひしめき合っているビルだけ…。

1年くらい前にその中の1軒に入りましたが、一人で飲んでもなんにも面白くない…。
私、酒はかなり好きな方ですが、誰かとワイワイ飲むのじゃないとぜんぜん進まないのです。

しかも、最近のチェーン店は個室のようになったところが多く、そのときも個室に通されて、ひとりポツンと飲んでてもまったくおいしくないわけですよ。
お店が入ったビルの前で「飲み物すべて半額」のチラシをもらってヨシ!と入ったのですが、失敗でした。

そういうわけで、全国チェーンの飲み屋以外で探すと、これも全国チェーンのカレー屋さんくらいしかなく、たった1軒だけあった中華料理屋さんに入って、食券を買う列に並んで店内を見渡すと、ほとんど埋まった店内のまたほとんどの人が出てくる食べ物をまだかまだかと待っている状態…

お店の人は厨房に一人とホールに一人だけ。
忙しすぎて二人とも目が釣りあがっています。
入ってきたお客に「いらっしゃいませ」という余裕もなし…。

こりゃ、ダメだと店を出ました。

で、結局、コンビニでのり弁とサンマの缶詰とロング缶3本を買ってホテルに向かったのでした。

昼もコンビニ弁当だったのに…

そして、夕べは、
かなり地方色豊かなところに泊まりました。
ほんとうはここから30分ほどローカル鉄道に乗ったところに泊まりたかったのですが、調べるとビジネスホテルは1件だけ。
しかも、ホームページも持っていない。
口コミ情報もまったくなし。
電話をしてみると誰も出ない…。

直接行ってみて、こりゃダメだとなったときのリスクがありますからね。
ちょっと手前の地方駅の中でも2つの路線が交差するターミナル駅を選んだわけです。

しかし、やはり駅前には全国チェーンの飲み屋が2軒だけ。
ラーメン屋の1件もありません。
タクシーの1台も止まっていません。

ちょっといやな予感はしたのですが、とりあえずホテルに向かって歩きました。
駅から5分ということのようですし…。

あとでわかったのですが、駅から5分というのは、徒歩5分ではなく、車で5分ということだったのです。
たっぷり20分以上、歩かされました。

方角はあっているのに、なかなかホテルは出てこず、あたりは真っ暗で人はまったく歩いていない道ですから食べるところなんて皆無なわけです。

ようやく泊まる予定の全国チェーンのビジネスホテルのネオンが見えて着ましたが、「あんな先かよ~」といえる距離。
いまさらタクシーに乗る気もせず、乗ろうと思っても走ってもいない…

これは夕食は液体飲料だけになってしまうのか…と落ち込み始めた頃、ホテルの手前にこれまた全国チェーンのファミレスが…

「結局ファミレスかよ…」「でも、ここを逃すとたぶん夕食にはありつけないぞ…」と入ったわけです。

入ってみると、7割くらいの入りでしたかね。
レジでスタッフが会計をしていてこちらをチラと見たので、まあ、お約束の「ひとり、禁煙席で」と言おうとすると、「そこにお名前を書いてお待ちください!」だと。

まあ、仕方ないか…、忙しそうだし…、でも席空いてるのに…

と思いつつ、名前を書いて待っていてもしばらくなんの音沙汰もなし…

う~ん、出てしまうか…
でもこの店で食べないと夕食は液体だけになるぞ…

でもな…

待つだけの理由が見えているのでしたらまだ我慢しますが、これは疲れて腹をすかしたヘロヘロオヤジを待たすだけのシチュエーションじゃないだろ…という状態で待つのはちょっとつらいわけで。

あと30秒も待たせていたらきっと出ていただろうな…というときに、「お待たせしました~!」と出てきた若いお兄ちゃんの笑顔。

そのさわやかな笑顔でオジサンは救われましたね。

本当は「なんでこんなに忙しいんだよ~。忙しくても暇でも時給なんて同じなのに…」というようなうんざりした顔の店員を想像していたし、きっとそんな人が出てきたら、「また来ます」と店を出ていたんだろうなあ…と思うのですが、そのお兄ちゃんの笑顔はそんな気持ちをすべて吹き飛ばすくらいいいものでした。

まあ、そんなわけで、結局全国チェーンのファミレスの、食べる前から味がわかるような和風ハンバーグなどつついてビールを飲んで夕食は終わり…。

という、なんとも、なんともな~…なこの2晩の夕食なワケでした。




日記 | 投稿者 赤の’57 09:24 | コメント(8)| トラックバック(0)

BRAD PENN



BRAD PENNというオイル、ご存知ですか?
TJさんにこのオイルの輸入業者さんを紹介されて、モニターをすることになりました。

実は機械のこともオイルのことも無知でお恥ずかしいのですが、このオイルはとても旧車にいいものなんだそうです。



専門的なことはわからないのですが、クルマの進歩とともに当然エンジンも進歩しているわけで、エンジンオイルも最新のエンジンに適応できるよう、内容が変わっていっているのですね。

その適合状態をAPIという規格であらわしているわけです。
今はSMのようですね。(ここは突っ込むところじゃないですよ!)

私がクルマを乗り始めたころはSDとかSEとかの規格でしたが…。

なんでも最近のオイルは環境保護や交換サイクルを長くするため、以前は入っていた成分が含有されなくなっているそうです。

それがZDDPとかいうものだそうです。

このZDDPというのは古いエンジンには実は欠かせない成分なんだそうです。

それがしっかり入ったオイルということで、このブラッド・ペンというオイルは優れもののようです。

その辺のことは私よりも、シンノスケさんがホビダスのブログで詳しく書いていますので、こちらをご覧ください。

http://www.hobidas.com/blog/vw/vw04/archives/2008/10/post_374.html



ほんとうはもうだいぶ前に送ってきてくださっていたのですが、オイル交換をしたばかりの時で、すぐに交換してはもったいないお化けが出ると、今になったわけです。

というわけで、このオイルに今日、交換に行ってきました。



今まではバルボリンの30Wと40Wを季節によって使い分けていました。

今回交換したのは20W-50というマルチグレードです。



いつも以上に16号は混んでいて、たまたまタンクローリーの後ろについたら…
やはり、撮ってしまいます。

昨日の天気とはうってかわって気持ちのいい青空が広がっていましたが、花粉も多かったです。



メカさんのところで早速交換。





メカさんの顔は初登場かな?
浅野忠信に似た、かっこいい人なんです。
車相手の仕事じゃもったいないくらい…。

メカさんもこのオイルの緑色には驚いていました。
来い抹茶のような緑です。

で、交換してみてどうか…?

きっと、長期的な利点というのも大きいのでしょうが、それはまだ先にならないとわかりませんが、私のようなド素人に体感できるものがあったか?

確かに、低速トルクが増したように感じます。
実は最近、アクセルを踏みなおしたようなときにトルクが落ちてきたような感じだったのですが、それがほとんど感じられなくなった気がします。

アクセルをいったん離してゆっくりと踏みなおしたときに、ギクシャクしそうな場合、床まで踏み込むとしっかり加速していたのです。

それが、少しだけ踏んだ状態からも加速できるようになったのです。

これがオイル効果なのか、そしてそれが続くかどうかもまだこれからですが…。

とにかく、いい機会なので、オイルについて、少し勉強してみようとお思います。


トラブル修理、メンテ | 投稿者 赤の’57 17:58 | コメント(6)| トラックバック(0)

小さな贅沢

5時起きで家を出て、氷雨の中を歩いて電車に乗り、二時間半かけて現場に行き、夜の8時までろくに食事もしないで仕事して帰る電車の中、このくらいはいいでしょ。

電車だとどこか着くたびにテーブル戻したり座席を立てたりしなくていいのが助かります。
って、たかが200kmの旅なんですけどね…。
日記 | 投稿者 赤の’57 21:06 | コメント(6)| トラックバック(0)

シング



雨が夕方から雪に変わって今も結構降っています。

明日は5時台の電車に乗って北のほうに日帰り出張の予定なのですが…

朝も大荒れの天気だと天気予報はいっています。

足が心配です…。


さて、上の写真は近所のクルマ屋さんで売っているシングというワーゲンベースの車。
SingじゃなくてThingです。
タイプ181ともいいます。

無骨でまるで軍用車のようですね。

それもそのはず、戦時中の軍用車、キューベルワーゲンの復刻版なわけです。

これがキューベルワーゲン。


ボンネットの傾斜角が違いますが、似た雰囲気ですよね。
上のシングがよりキューベルワーゲンに似ているのは、ヘッドライトをモディファイしているからのようです。

シングのヘッドライトはもともと、この写真のようなフェンダーに埋め込まれたタイプのヘッドライトのようです。

この写真のように、より軍用車っぽくモディファイされているものが多いようですが、


中にはこんな改造をしている方もいます。

サスペンションまで完全に変えてますね。

ビートルベースですから当然リアエンジンです。


テールレンズはまるでタイプ2バスのもののようですね。

モデルイヤーによってはビートルのビッグテールがついているようです。



キューベルワーゲンは356のレプリカで有名なインターメカニカでも作っています。

このクルマは100台ミーティングの取材に来たキューベルワーゲンです。

こちらはもう、そのまんま!という感じですね!

ワーゲンベースのクルマってほんとに個性があって楽しいですね!


車(カルマン以外) | 投稿者 赤の’57 23:30 | コメント(2)| トラックバック(0)

オーバーヒート



数日更新をサボっていたのはいろいろ理由があるのですが、そのひとつがオーバーヒート。

ヒトでもクルマでもなくて、CPU。

1週間くらい前から自宅でメインで使っているパソコンから異音が出だしました。
連続だったり、断続だったり…。

開けてみると、どうもCPUクーラーが変で回ったり止まったりしているようです。

止まったままの状態がしばらく続くとCPUがオーバーヒートするのか、突然電源が落ちてしまいます。

動画を見たりするとダメですね…。

CPUファンを買ってきて交換すればいいだけの話なのですが、引越しをした今の我が家の周りにはパソコンのパーツを売っているところがなくて…。

前のところには何軒もあったのですけどね…。

しかも、ペン3用なんて、新品があるかどうか…
ネットで探すほうが手っ取り早いのでしょうが、送料がバカバカしくて…

ついでのときに…と思いつつ、毎日が通り過ぎていきます。

いつ電源が落ちるかわからない状態でブログ書いていて、途中で落ちると全部消えてしまいますからね…。

そういうわけで、サボってしまっておりました。





最近駅のホームに増えている待合室。



結構な費用をかけていると思いますが、5人しか座れません。

規格を決めているのか、どこの駅もほとんど同じ。

もうちょっと効率のいい作り方できないの?

と、久しぶりの日記もぼやいていたりして…


日記 | 投稿者 赤の’57 09:06 | コメント(6)| トラックバック(0)

実は海は浅い!!



地震も津波も怖いですね!!
はるかチリからほんとうに波が到達するんですからね~。

津波というと、なんだか異様に盛り上がった海面が押し寄せて来るようなイメージがありますよね。
ビッグウエンズデーの大波のさらに巨大版が押し寄せて来るような…。

でも、ほんとうは海の底を這ってくるんですね。

それがずずず…と陸に押し寄せるわけです。

海はつながっているんだなあと実感するとともに、あんなに深い海をよく伝わってくるもんだと思いますよね。

でもね、今日は海の深さなんてたいしたことないんだよという話なんです。



現在、海の最深部はマリアナ海溝の10911mといわれています。
1万メートルなんていうと、ものすごい深さに思えます。

実際、人間が潜れるのは数十メートル~100m、生物が住んでいるのも数百メートルあでで後は真っ暗闇の世界ですからね…。

でもね、考えてみると1万メートルって、たかが10kmです。

上の地図に日本列島がありますが、あの縮尺で10kmがどのくらいか考えてみてください。

もう、線にもならない見えないくらいの長さですよね。

だから、1万メートルのマリアナ海溝なんて、あの地図の縮尺で行くと、ちょっとペンで引っかいた程度の深さなわけです。

そのほかの数百メートル~数千メートルの海なんて陸との差はわからないくらいの高低差しかないわけです。

そこに、薄~く海水が張り付いているわけですね。

地球は水の惑星なんていいますが、ほんとうに表面にうっすらと海水が張り付いている場所があるだけなのです。

だったら津波が伝わってもおかしくないと思いません?

思わないか…

そんな薄っぺらい海を埋め立てようとどんどん陸の土を入れていったら…

最後は海だけになるんですね~。

陸地なんてそんなもんなんですね。
エベレストを持って来てもマリアナ海溝は埋まらないのですから…。



ついでに、宇宙船のことも考えると、今話題の国際宇宙ステーションなんて、ずいぶん空高いところを飛んでいるように思えますが、高度350kmですからね。

350kmというと東京~名古屋間くらいでしょうか?

同じ地図で東京と名古屋の距離分だけ浮いたところを飛んでいると思うと…

低!!

って、感じますよね~。

やっぱ、地球はでかいなあ!!!


今の悩みなんて小さい、小さい!!

海・ダイビング | 投稿者 赤の’57 23:54 | コメント(6)| トラックバック(0)

感動??



昨日はカミさんの誕生日について心温まるたくさんのコメントをいただき、ありがとうございました!

カミさんもとても喜んでおりました。
あの歳になってまあ、そんなにおめでとうなんて言われませんからね!


さてさて、バンクーバーオリンピック、終わっていたのですね!

閉会式はまったく見ない間に終わっていたようです。

聞くところによると、開会式の時にトラぶった聖火に関して粋な演出があったようですね!

そこだけ、見たかった…。

しかし、このオリンピックに限った事ではないのですが、大きなスポーツの大会が終わった後によく聞くのが、「感動をありがとう!!」的な視聴者のコメントです。

なんだかなあ…

あなたたち、ほんとうにそんなに感動したの?

なんて、へんこたれオヤジは思うわけです。

ほんとうに感動したのなら何も言うことはありませんよ!
でもね、なんだか、「感動」の大安売りのような気がして…

ご挨拶的に「感動をありがとう!」なんて言ってほしくないなあ…

「自分の演技で国民の皆さんに感動を与えたい」なんて発言する選手にも「おまえなあ…」なんて思ってしまいます。

もっとも、そんなに真剣に見ていなかった私のほうがいけないのかも知れませんが…

長野オリンピックの時のスキージャンプは本気で感動してましたね~。
4年間引きずって最後の最後に花咲いたハラダの苦悩を思うと…今でも…


今回金メダルは1個もとれなくて、「日本はもっとスポーツ選手の育成に金をかけるべきだ」的な意見もよく聞きますが、それに対してもそうかなあ…って思ってしまいます。

そりゃあ、ガンガンお金をかけて養成すればいい選手は育つかもしれませんが、お国のために金かけるとなると…ねえ…。

F1のように金をかけたところだけが勝つようになってもなにも面白くないような…



また、感動ではありませんが、感心するのが、メダルを獲って帰ってきた選手たち。
なにに感心しているかって、きっと同じ質問を何十回もされているのでしょうけど、テープレコーダーのように丁寧に答えている姿を見て感心しているわけです。

しかし、他にもうちょっと気の利いたこと聞けないのですかね?

答える前からどんな模範的な答えが返ってくるかわかっているような質問ばかり…。

質問も、答えもつまらん…。

そういう意味ではコクボやカメダの柿ピーのほうがまだマシだと思うわけで。

好きじゃないですけどね…


日記 | 投稿者 赤の’57 23:46 | コメント(8)| トラックバック(0)

誕生日はハワイで…



今日はカミさんの誕生日ということで、ワイキキに行ってきました。

近所のハワイアンレストランです。
引っ越してすぐに一度行きましたが、それ以来です。



最近、カルマンの写真をほとんど撮っていなかったので、とりあえず駐車場で一枚。

初めて行ったときは週末だったのでハワイアンの生バンドが入っていましたが、今日は平日ですからアトラクションはなしでした。



牡蠣だのクラムチャウダーだの、トマトのなんかだの、



ビビンパのようなロコモコだの、ピザだの食べたあと、



一応、お約束ということで…



日記 | 投稿者 赤の’57 21:48 | コメント(23)| トラックバック(0)

バスの思い出



昨日バスのことを書いていたら、他にも思い出したことがあって、書いてみたくなりました。

私が子供の頃、まだ一人でバスに乗れない頃はボンネットバスも時々走っているような状態でした。

でもほとんどは上の写真のようなリアエンジンのものに変わってましたかね。
色はグリーンとブルーの中間のような色と、クリーム色の2トーンでした。

私のお気に入りの席は運転席の横の一番前。
ドアが後ろにしかありませんから一番前にシートがあったのですね~。

大きなフロントウインドーを仕切った柱には青いガラス製のフラワーベースが付いていて、色のあせた造花が挿されていたと思います。

窓からの景色も楽しかったのですが、運転手さんの運転動作をつぶさに観察していました。

ストロークの大きなクラッチを2回踏んでギアチェンジをするダブルクラッチの感じは小学校の低学年、いや、幼稚園レベルでイメージトレーニングは完璧にできていたと思います。

ハンドルバーは金属の棒が三本ずつ、三方向につないであるタイプで、ワーゲンのアフターパーツにある、バンジョーステアリングの巨大版という感じでした。


(バンジョーステアリング)

踏み切りに差し掛かると、車掌さんは必ず降りて、バスの前に踏み切りを渡って安全確認をしていました。

バスが踏み切りを渡り終えるとあけたままのドアから乗り込んで、「発車おーらい~!」って言ってましたね~。


幼稚園の時、まあよくある話しですが、自分が将来なりたい職業の絵を描くという課題があったのですが、私はバスの運転手さんの絵を描いた覚えがあります。

絵といえば、やはり、幼稚園のときに、お父さんの絵を描いた事があるのですが、クラスのほかの子はほとんど、仕事をしている絵や一緒に遊んでいるところのような絵を描いていたのですが、私は親父がちゃぶ台に座ってあぐらをかいて酒を飲んでいる姿を描いてしまいました。

その絵は他の園児の絵と一緒に展示され、参観日に母親に見られてしまいました。

「幼稚園であんなに恥ずかしい思いをするとは思わなかった」と母親に言われたのをよく覚えています。

きっと、両親は覚えていないのでしょうが…

バスの話からそれてしまいました。

バスの運賃ですが、私が小学校6年生のときの料金をなぜか覚えています。

なんと10円でした。
当時、子供は大人の半額。

つまり、当時大人は最低料金20円でバスに乗っていたのですね~。

まあ、物価上昇率から考えればそんなに高額ではなかったのかな?

そうそう、当時のバスはよく故障して、途中で救援に来たバスに乗り換える…なんてこともなんども経験した記憶があります。

と、うだうだとバスにまつわる思い出を書いてみた次第です。


日記 | 投稿者 赤の’57 23:52 | コメント(4)| トラックバック(0)
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