カルマンギアおじさん日記 2006年10月に購入したカルマンギアとのお付き合いを中心につれづれなるままに書いてみたいと思います。お気軽にコメントいただけるとうれしいです!

最近の記事
新ブログへ移行
04/20 18:06
ちょっと浮気?
01/09 19:11
青葉神社と輪王寺
01/08 23:01
この冬一番?
01/07 19:09
春の海2011
01/06 20:14
さあ、後半戦!
01/05 19:59
KARMANN-PO…
01/04 15:53
KARMANN-PO…
01/03 17:39
二日目ともなると…
01/02 17:50
明けましておめでとう…
01/01 12:34
よいお年を!
12/31 16:48
掃除三昧
12/30 10:56
帰省準備
12/29 06:36
コメント消滅について
12/28 16:43
雪の秋保
12/28 07:25
最近のコメント
最近けっこう流行っ…
岡村 05/16 02:34
お●ぬこの中のヒダ…
ジェームズ 05/12 02:08
女性が自己主張をしや…
女の性欲 05/11 14:30
今流行のボーイズラブ…
ボーイズラブ 05/10 13:44
LV LV …
guyucxl111 05/09 12:57
LV LV …
guyucxl111 05/09 12:56
LV LV …
guyucxl111 05/09 12:55
LV LV …
guyucxl111 05/09 12:53
まったく新しい即逢い…
即逢い 05/08 14:25
即会いOK!出会いが…
即会い 05/07 14:35
今は面倒な恋人よりも…
ヤリ友 05/06 16:07
ヴィクトリアマイル …
ヴィクトリアマイル 05/03 14:06
空前の大ブームを巻き…
ワンピースチェッカー 05/02 14:06
出会い専門のSNSサ…
SNSサイト 04/28 15:02
第16回 NHKマイ…
NHKマイルカップ 2011 04/27 14:35
ハイレベルな戦いが続…
NHKマイルカップ 04/26 14:30
無料で利用出来る2シ…
チャットレディー 04/22 14:03
イトヤンさん…
赤の’57 04/21 22:05
ケェーイ カムバック…
イトヤン 04/21 13:29
第142回 天皇賞 …
天皇賞 春 2011 04/20 13:27
最近のトラックバック
トヨペット マスター…
02/10 16:06
そろそろか!?・・・…
01/12 22:50
Vespa & Mo…
01/07 20:06
春の海2008
01/06 22:50
春の海2009
01/06 22:21

カル飲み仙台編(その2)



東北地方は本格的に冬に突入しようとしているようです。
日本海側や東北北部、そして仙台市内の山にも昨日は雪が降ったそうです。
それでも、平年よりも20日以上遅いということです。

そういえば明日はもう12月ですからね。
私の住むあたりに雪が降るのも、もうすぐなのでしょうか…。


さて、先週末の話の続きです。
カルマン仲間と青葉城、瑞鳳殿の見学をした夜は、仙台の繁華街に繰り出し、カル飲み仙台編のメインプログラムとなったのでした。

一軒目は私よりも仙台通の方のお勧めの店に。

料理もなかなかおいしく、


なにより日本酒の種類が豊富で、たまりません!!

たくさんある日本酒の中から4種類選んで頼むと、このように利き酒セットとして出てきます。

それを皆で回し飲みしながら、あっちがおいしい、こっちの方が好き…などとやっていると、自分がどのくらい飲んだか分からないうちに、どんどん杯が空いていきます。



そして食べ、



そして飲み、



後半は熱燗も投入してワイワイ楽しい酒をやりました。
何を話したかほとんど覚えていませんが…(笑)



下地が出来たところで(というか、充分満たされた状態で)仙台の最も濃い夜の街、国分町に繰り出したのでした。

国分町はまるで夜の歌舞伎町のようにたくさんの人で盛り上がってました。


もう、いい気分になっていて、夜の繁華街の写真も2軒目に行った店の写真も1枚もなし…です。

2軒目はパブ風のお店でカクテルなど飲みましたね!
隣りのグループが外国人だったのだけは覚えていますが…。

お店を出たというより、閉店時間になって追い出され、

飲んだ後はやっぱり、ラーメンでしょ…

と、終電を気にする必要もないこの夜、全員でラーメン屋へ

行ったお店はやはり仙台通の方の一押しの店。



なんだか、細い路地のようなところにあるので、連れて行ってもらわないと絶対に行かないような場所にそのお店はありました。

夜7時からの営業という、まさに酔っ払い相手の商売のようです。

その酔っ払いで常に満席状態で、知る人ぞ知る人気店のようです。



仙台のラーメンといえば辛味噌ラーメンです。

他のお店で辛味噌ラーメンを食べたことはありますが、このお店のラーメンは独特でした。



具に白菜がたくさん入っていました。
味のほうは酔っ払い状態で食べているのでおいしかった!…ということしか言えません…。

ラーメンを食べて店を出た頃はもう日も変わっていましたっけ…。


で、翌日に続きます。



土曜日に青葉城に行ったとき、武将隊なる人たちがいて、なぜか政宗が3人というようなことを前回のブログで書きましたが、どうしてそんな状態だったのかがわかりました。

昨日のローカルニュースで報じていたのですが、あの日は仙台、山形、白石でそれぞれ活動している武将隊が集まった特別な日だったようです。

武将隊サミットが初めて開催され、歴女たちの熱い視線の中で盛り上がっていたという報道がされていたのです。

なるほど、そういうことだったのですね!

白石城や山形城にも行ったことがあるのですが、平日に行ったのでぜんぜん知りませんでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:45 | コメント(2)| トラックバック(0)

カル飲み仙台編(その1)



先週末、カルマン仲間がはるばるこちらまで遊びに来てくれました。

いやあ、これは嬉しかったです!!

ウチのカルマンを入れると4台。
久しぶりにカルマンギアを見ました。


仙台に来たならやはり、まず牛タンでしょ。

ということで牛タンランチ。
麦メシとテールスープ付き。

実は私自身、仙台に来て初めて牛タンを食べました。
職場の人と食べに行く機会などはなく、こういうことでもないと食べられません。


その後、仙台のワーゲンショップ、ヘッドロックモータースさんを表敬訪問。

というより、ホントはちょっとしたトラブル解決のためでした。
仙台の角テール乗り、カルメンさんはお元気ということで、よかったです!

仙台観光の最初に行った先はやはりこちら。

まずは政宗公に挨拶しないとね!

あれ?
後姿。

で、こちらが正面。

ここも私自身、仙台赴任をして初めて行きました。
誰か来た時に一緒に行こうと思って取っておいたのです。


この像の下はなんだか人だかりが出来ていて、今でも人気があるのだなあ…と思って見てみると…、

どうも、この人たちの人気のようなのです。

伊達武将隊ということで、鎧兜の武者姿の人たちと一緒に写真を撮ろうと、若い女性の方たちがたくさん並んでいるのでした。

写真を撮るときの掛け声が、「ハイ!ずんだ餅!」…


なんじゃ、そりゃ!(笑)
(ずんだ餅というのは仙台名物のお餅なんです)

鎧を見ると政宗が3人、伊達成実(しげざね)が二人、片倉小十郎も3人、茂庭綱元などがいました。
愛姫か五郎八(いろは)姫か、どちらかわかりませんが姫姿やくの一姿の方も…。

鎧を見てすぐに誰だかわかるあたり、私もフリークの一人かも…。


青葉城本丸から見る仙台市内の景色は素晴らしいものでした。

江戸時代の同じ景色を政宗もたまには見ていたのでしょうね…。
当時はどんなだったのでしょう…。

右側奥のほうには太平洋も見渡せました。

政宗は米沢生まれなので海を初めて見たのは元服してずいぶん大きくなってからのようです。
史実かどうかわかりませんが、大河ドラマで初めて海を見てはしゃぐシーンがありました。


青葉城の後は瑞鳳殿へ。

夕方近くになってきてライトアップが始まりました。
なんとか持っているもみじが大変きれいでした。


前回、ここを訪れたのは引っ越してきた日。
9月の初めでまだ猛暑でした。

この日は晴れていましたが、気温は低く、たった3ヶ月の差でずいぶん気候が違うことに改めて季節の移り変わりを感じます。

私自身、この3ヶ月間に政宗に関する知識は膨大に増えていますので、ここを見る感覚もぜんぜん違いました。


この政宗の霊廟も、青葉城で唯一残っていた国宝の大手門もアメリカ軍の爆撃で焼失しています。

どうして城を攻撃するわけ?
と思ってしまいますが、本丸は明治以降陸軍第2師団が駐屯し、二の丸などすべて軍事施設になっていたようです。

青葉城は明治まですべての建物が残っていたのにことごとく破壊されて軍事基地と成り、最後には空爆ですべてをなくしています。

まあ、城は本来軍事基地なわけですが…。

歴史的な資産という意識が少なすぎますよね。
どいつもこいつも…。

青葉城の本丸跡で、ボランティアのおじさんが残っていた当時の家屋の写真などを見せてくれました。
清水の舞台のような建物もあったようで、返す返すも、もったいないことをしたものです…。



政宗はどういう思いでこの地下で戦争を見ていたのか…。


涅槃門のまわりの紅葉もきれいでした。

この門の前にもたくさんの若い人、元若い女性がたくさん集まっていて、なんだろう?と思っていたら、あの、伊達武将隊がここにも来てなにかパフォーマンスをするので、それを見に来ているのでした。

たいした人気です。

そういうのに、ぜんぜん興味がない私たちは、2代藩主忠宗、3代藩主綱宗の霊廟に。

これらの霊廟は再建時にどれも発掘調査がされており、その時の記録映像を併設されている史料館で熱心に見ている歴女たちの姿が印象的でした。


こちらはこの季節、5時になると真っ暗になるのでホテルへ向かい、夜の本番に備えたのでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 09:01 | コメント(2)| トラックバック(1)

コロナ サロンヒーター



今、こちらにカルマンが3台、ウチのカルマンを含めると4台遊びに来てくれてます。

その話しはまたゆっくり書くとして、今日は暖房の話し。

学生の頃、一人暮らしでどうやって暖を取っていたか…
思い出してみると、コタツがメインでしたかね~。

コタツは持っていたのですが、コタツ布団は持っていなくていつも使っている布団を使っていたような…。

普通の布団ではきれいにかぶらないので1面を壁に寄せて三方だけはかぶるようにしていましたっけ…。

敷布団の上にコタツを置いて、その上に掛け布団をコタツ布団としてかけて暖を取り、寝るときにはそのまま横になればいい…のような状態でしたっけ。

上下に二人ずつ、4人が足を突っ込んで寝たこともありました。
考えられませんが、ほんとうにやってましたね…。

お金がない先輩のウチに行くと、暖房器具そのものがありませんでした。
その先輩は、「寒いか?じゃあストーブ炊こう」といって取り出したのが台所にある一口のガスバーナーでした。
それにやかんをかけて火をつけてそれがストーブ代わりという…。

もう一人、私よりも金がない同輩は、寒くなると腕立て伏せをして温まると言ってました。

そういう貧乏学生がまだ世の中にそう珍しくもなくいましたね…。



で、今のアパートにはもちろんエアコンがありますから暖房設備に問題はないのですが、エアコンって空気が乾燥しすぎてちょっと嫌いなんです。

ウチからアラジンかバーラーを持ってくればよかった…。

などと思っていたら、職場の地元の方が上の写真のストーブを「使ってないから」とくれました。

面白い形の七輪のようなストーブです。
これならやかんをかけて乾燥対策もできそうなので、もらってきたのですが…。

よくある石油ストーブの臭いがします。
まあ、それが普通なのかもしれませんが、ウチにある石油ストーブはどれもほとんど臭いがしないので、ちょっと残念です。

まだそんなに寒くなっていないので、ほとんど使っていませんが…。

エアコンとこのストーブとどちらをメインで使うことになるのかなあ…

乾燥をガマンするか、
臭いをガマンするか…

問題です。


このストーブに南部鉄瓶でも乗っけて、チンチンとお湯を沸かすのも乙かもですね!

石油ストーブ | 投稿者 赤の’57 08:01 | コメント(6)| トラックバック(0)

BOSE AW-1



仙台での単身赴任での音楽環境なのですが、最初は持っていったBUSHのアンティークラジオでガマンしていたのですが、ガマンできたのは数日だけ…。

やはり「CDもFMももう少しまともな音で聴きたい…」という欲求が収まりませんでした。

思えば19歳で親元を離れて一人暮らしを始めてからずっと、音楽を聴ける環境についてはその時点で出来る範囲でがんばって来た感があります。

少しでもいい音で聴きたい…と。

50歳を過ぎて、今さらこんな音楽環境で半年以上も過ごすことはきっと出来ないだろう…ということでオークションで購入したのが上の写真のBOSE AW-1でした。

実はこのAW-1の存在は完全に忘れていたのですが、いつかぽるさんがブログに載せていて、そういえばああいうの、あったなあ…と思い出していました。

ヤフオクで調べると結構たくさん出品されていて、自分なりの上限価格を決め、絶対に熱くなって予定価格を超えて入札することはしないようにしていました。

すると、予想以上にいい状態のものをラッキーにも落とすことができました。

20年以上も前に発売された時にはキャリングケースを付けると25万円以上していたものです。

しかも、普通に市販はされてなく、BOSEの営業マンが会社を廻って実演販売をしていたものです。
(店頭に並べるだけで売れる価格ではなかったですしね!)

ラジカセで25万円なんて、考えられませんよね!

それが今なら、驚くような価格で購入できます。
しかも、劣化しやすいコンデンサーなどの修理も1万円程度で出来るようですから、壊れたらおしまい…でもなさそうだし…。

カミさんには、これ以上モノを増やさないように…といわれていたのですが、これだけは勘弁…ということで…。

正面から見ると、一体なんだかわからない箱ですが、
(グッドデザインだと思います)
上面を見るとラジカセとわかります。

そうなんです。

ラジカセなんです。

ラジオ付きカセットテープレコーダー。

エアーチェックなんて、今は死語ですよね!

当然、コレだけではCDは聴けないわけで…

AUX(外部)端子が付いているので、そこに通販で買える最も安いDVDプレーヤーを買って繋ぎました。
(きっとipodなどの音楽プレーヤーを繋いでいる方も多いのでしょうが、私は持っていないので…)


古いものなのでカセット部分の不良など、壊れているものも多いようですが、私が落札したAW-1は幸い動作はすべて完璧でした。

これでようやくCDも聴け、DVDも見られるようになったわけです。


しかし、このAW-1、うわさどおりの凄い音です!!

とてもあの小さな箱から出てくる音とは思えません。

よくもまあ、あんな重低音が出るものです。

もちろん、音の厚みや広がり、ステレオ感など、まともなオーディオに比べられるものではありませんが、一般的なラジカセの音質をはるかに越えたレベルです。


狭いワンルームの部屋ではボリュームは1目盛にもいきません。
0.5目盛くらいで充分な音量です。

ボリュームを上げたらどのくらいでかい音が出るのだろう?…と思っていたら、ほどなく試せる機会がありました。

カルマン100台ミーティングに持って行き、前夜祭の時に前回のミーティングのDVDの映像出力と音出しにこのコンビを使ったのです。

野外の前夜祭会場にガンガン音を出すのにもボリュームは1/3くらいしか上げる必要がありませんでした。

いったい最大にしたらどんな大きさの音が出るのでしょう?

計り知れないパワーを持ってますね。
このラジカセ…。

やはり、ラジカセというジャンルを超えてます。

落札したAW-1はフルコンプリートでキャリングケースや車のシガーライターからの電源、取説も附属していました。

キャリングケースの底の部分は電池室になっています。
単1電池が10個ぐらい入るようです。

このキャリングケースだけは来たときには色あせていてとてもかび臭く、何日もファブリーズしながら日光にあてていました。

ようやく最近はほとんど臭わなくなりました。

千葉に戻ったらガレージ専用にしたいと思っています。



昨夜のボクシングのタイトルマッチは2試合とも見ごたえのあるいい試合でしたね!

粟生も長谷川も、そして対戦者の二人もナイスファイトでした!


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 06:20 | コメント(6)| トラックバック(0)

ノスタルジックCARin岩出山



この日の三つ目の目的は、同時開催される「ノスタルジックCARin岩手山」に行ってみることでした。

会場はバルーンフェスティバルの会場から車で5分くらい離れたところでした。

きっと国産車ばかりなんだろうなあ…と思って行きましたが、やはりそうでした!



スワップも20件くらい出てましたかね!
こちらを覗くのがメインになりました。
特に何がほしい…というのはありませんでしたが、なんかないかなあ…と。



国産車に混じって、外車も数台展示されていました。
横手のイベントで見た190SLも来てました。


こちらはMGのTDかな?



ボルボP1800

ボルボの中で、この車だけは無骨さがない、スマートな外観ですね!

会場には、ビートルが3台展示されていました。


その中で、「あれっ!」と思ったのが、このビートル。

なんとB滝さんのビートルではないですか!
わざわざ横浜からいらしたのでしょうか?
まあ、田沢湖のミーティングまで毎年参加していますから…。
そこよりもずっと手前ですからね!

残念ながらご本人は見当たりませんでした。


参加車両ではないのですが、食いついてしまったのが、これらのヴィンテージバイク。


メグロにBMWにカワサキ。
すぐ横で談笑しているオーナーの皆さんもヴィンテージ(失礼!)でした。



なかでもこの1959年型のメグロZ7。



バイクでは珍しいフルナン。
きっと新車時から付いているのでしょう。





どこもピカピカで、大変きれいな状態でした。



この時代のバイクは右足シフトなんですよね。
これ、慣れるまで大変でしょうね。
慣れたら慣れたで今のバイクに乗れなくなりそうです。




このZ1も新車のようにきれいでした。



会場の売店で名物だという「酒まんぢう」(100円)を食してみました。

小麦粉をアルコール分を落とした酒で練って作るそうです。
もちろん食べる段階ではアルコール分は完全に飛んでいるのでしょうが…。
中は漉し餡でした。
その場で揚げているので熱くておいしかったですよ!


会場外の駐車場…というか空き地の私のワゴンRの隣には会場に展示されててもおかしくない車が…

ハードトップがおしゃれです。
タイヤのハイトもオリジナルぽくっていい感じでした。(ラジアルでしたが)

会場をのんびり3周くらいして帰途につくことにしました。

まだお昼くらいです。

半日だけでしたが、なんだかとても充実した日でした。
天気がよくて暑いくらいで窓を全開にして走りました。
もう少しでクーラーを入れたくなるくらいでした。


さて、今週末は「友、遠方より来たる…」です。
とても楽しみです!!


イベント | 投稿者 赤の’57 07:38 | コメント(6)| トラックバック(0)

旧有備館と岩出山城址



この日の2つ目の目的は旧有備館と岩出山城址に行ってみることでした。

岩出山というところは、今私が完全にはまっている伊達政宗に大変ゆかりのある地なのです。

今回、ワゴンRに自転車を積んでいったので、車は河川敷の駐車場に置いたまま、自転車で岩出山の街を散策しました。

折りたたみ自転車、なかなか便利です!

旧有備館の開館時間は8:30~。
私が着いたのは5分前でした。

そこで目の前にあるJRの有備館駅に行ってみると、



無人駅の駅前に政宗の騎馬像がありました。



この騎馬像はもともと仙台駅のコンコースにあったのが、平成20年にこの地に移されたそうです。



そうこうしているうちに8時半になりましたので、この日の一番客で入場しました。(入場料300円)
(私のすぐあとにご夫婦が一組入場しましたので独り占めというわけにはいきませんでしたが…)



旧有備館とは、旧仙台藩伊達家の学問所なんです。
いわゆる藩校というやつです。
現存する日本最古の学問所建築ということで、以前から行ってみたいと思っていました。

もともと岩出山伊達家の二代藩主宗敏の隠居所として1677年に岩出山城の二の丸に建てられたものが1692年にこの地に移転され、下屋敷、隠居所、そして家臣師弟の学問所として使用され、明治を迎えたということです。


書院造りという建物の座敷には伊達政宗の座像が置いてありましたが、有備館が出来たのは政宗が没したあと(1636年没)ですので、時代的には合いませんが…、ま、雰囲気作りということで…
(にもなってないか…?)



庭に面した表側の母屋は外から覗くだけしかできませんでしたが、裏側の附属屋には上がることが出来ました。
(江戸時代の旅に関する資料の展示をしていました)
もともと学問所として使われていたのは附属屋の方だったようです。




ここが附属屋にある式台(玄関)です。


当時はおよそ10歳で入学し、漢学・皇学・兵学等を学び、特に成績優秀な生徒は仙台や江戸の学問所で学ぶ機会を与えられたそうです。



かやぶきの質素な造りの建物です。(建坪208㎡)
もう少し早く来ることが出来たら、紅葉がとてもきれいだったようです。

庭園の地面は真っ赤なもみじの落ち葉で埋め尽くされていました。

この庭園は1715年に作られたそうです。
石橋でつながった島には茶室もありました。
池は巨大で5223㎡(約1600坪)もあります。


少し時間が経つと、わけもわからず、テーマパークか近所の公園にでも来たように騒ぐ子供連れなどの入場者が増えてきて騒々しくなってきたので、有備館をあとにして次の目的地へ…。


有備館の隣りは古い造り酒屋のようでした。

森民酒造というところで、見学もできるようでしたが、お酒はあまり好きではないので(ウソです)素通りしました。

このあたり、とても落ち着いた町並みで、車ではなく歩きや自転車で巡るのがちょうどいい感じです。


有備館の南側にある小さな山が岩出山城の城跡です。


この地にはもともと大崎氏の岩出沢城があったのですが、伊達政宗が米沢から秀吉の命により移ることになったときに家康が縄張りをし、岩出山城と名前を変えています。
(城郭建築における縄張りは基本設計のことを意味します)

政宗がこの岩出山城に居住していたのは1591年から1603年まで。
25歳から38歳までの壮年期をここで過ごしているのです。

伊達政宗といったら「仙台」という印象ですが、25歳までは米沢(一時期だけ会津)にいただわけで、それから12年間は岩出山で過ごし、仙台に入ったのは38歳の時以降なのです。

秀吉の朝鮮出兵に従軍したときも、関が原の戦いで家康側につき、上杉氏と戦った時も岩出山時代です。

そんな、日本の歴史が変わる時代を政宗が過ごした岩出山城跡地には政宗の大きな立像が置いてあります。
この立像はもともと仙台の青葉城にあったものなのです。

青葉城の有名な騎馬像は戦争中の金属回収命令で供出され、台座だけになっていました。
戦後になって、この立像が代わりに建てられたのですが、騎馬像が再建され、昭和39年にここに移設されたそうです。

政宗というと勇ましい甲冑姿のものばかりが目に浮かびますが、この像は平服です。
そのため、平和像と言われることもあるようです。



建物は大きく変わっているのでしょうが、政宗もこの角度で岩出山の街を見下ろしていたのでしょうね。


本丸があった場所の1段下、二の丸だか三の丸だかわかりませんが、なぜかSLが置かれていました。

C58の114号機です。
あまり手入れされていないようで、腐食が進んでいました。


岩出山城の城下には内川という堀を兼ねた川が流れています。

政宗の時代に灌漑と防衛を兼ねて作られた人工の川だそうです。

たくさんの橋が架かっていますが、中には木製の橋もあり、なかなか情緒があります。


政宗ゆかりの地をのんびり堪能したあとは、3つ目の目的の場所に移動しました。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:01 | コメント(2)| トラックバック(0)

本物と模型



バルーンフェスティバルの会場の脇には何機かの小型の飛行機が置いてありました。



パワードパラグライダーというジャンルだそうです。

バルーンが皆飛び立った後は2基のバルーンが体験試乗のため、上がったり降りたりしていて、その間はこれらの小型機は展示されて観客に自由に乗らせたり、触らせていました。

持ち主の皆さん、太っ腹です。



この飛行機のエンジンは不思議な形でした。
水冷っぽいのですが、ラジエーターは見当たりません。
もともと何用のエンジンなんでしょう?





こちらの飛行機には見慣れたステッカーが…。
確かにフラットフォーエンジンです。
ワーゲンのエンジンを改造しているのでしょうか?

バルブカバーはどう見てもワーゲンのエンジンと同じですね!





こちらの飛行機は水冷2気筒。
ラジエーターがよくわかります。




本物の飛行機の横には模型飛行機がたくさん並べられていました。



組み立てている様子を興味ありげにみなさん見ていました。



この2機がこの日、最も大きなスケールの機体でした。



こんな旅客機の模型も…。

機体は発泡スチロール製で、エンジンではなく電動モーターで飛ぶようです。

これらの飛行機が飛ぶ姿も見ようかな…と思って少し待っていたのですが…

本物のヘリコプターも飛んできて、何するのだろう…と思っていたら、この飛行機関係者の方たちを順番に乗せて遊覧飛行を始めて飛んだり降りたりしていて、つまらないので次の目的地に行くことにしました。

時間はまだ朝8時30分。
早起きをすると時間がたっぷりあります。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:44 | コメント(4)| トラックバック(0)

岩出山バルーンフェスティバル



先週の日曜日に岩出山という仙台の北西の方向にある町に行ってきました。

目的は3つありました。

結果、3つとも目的を達成でき、3~4日分のブログネタが溜まりました。

まずひとつ目が「岩出山バルーンフェスティバル」

東日本最大の熱気球の大会があるというので、ぜひ、見てみたかったのです。

こちらではテレビやラジオで放送される内容に、地元の話題がよく取り上げられ、「へ~、そんなことがあるのか…」と知ることも多く、このイベントに関しても何かの放送で知ったのでした。

熱気球の大会は佐賀県のものは聞いたことがありましたが、こちらのほうでもやっていることは知りませんでした。

今年で第25回目ということですから大変歴史あるイベントのようです。

調べると、競技開始は朝6:30から。

そういえばアフリカで乗ったときも夜明け前の真っ暗な時から準備を始め、気球のゴンドラの中で昇ってくる朝日を見ました。

6時半にフライト開始するとしたら、さらに早くから準備を始めるのだろう…

暗い中でバーナーを燃やすと気球の中が電球のように光ってとてもきれいです。
ぜひ、その写真を撮りたい…と、超早起きして、というより夜中に出発しました。

2時半くらいでしたっけ…、家を出発したのは。
着いてから寝ようと…。

1時間半くらいで会場となる川原の駐車場に着きました。

すでに何台かの車が止まっていました。
中に人がいるのはエンジンをかけて暖を取っていることからわかります。
暗くて周りの状況がわからず、とりあえずウトウトと仮眠を取りながら様子をうかがっていました。

ところが5時を過ぎて東の空が明るくなり始めて来ても、用意を始める気配はぜんぜんありません。

でも、おそらく見物目的で来ているのであろう、回りの車からは人が降りてどこかに歩いていきます。

なんだろう?…と私も車を降りて皆が行く方向に歩いてみました。

この日の朝は飛び切り冷え込んでいて、後で天気予報を聞いたらこのあたりは氷点下まで下がっていたそうです。



歩いている人たちが行った先は一つはトイレでした。


なんだ…、

でも、もっと奥のほうまで歩いている人たちがいるのでそちらに行ってみると、気球に体験試乗するための整理券をもらうために列を作っているのでした。
(先着200名限定ということでした)

真っ暗な中、トイレとそこだけは工事用の発電機付の照明がありましたが、とにかく寒い…。
子供連れの方もたくさんいて、おそらくすでに100名以上は確実に並んでいます。

看板を見ると整理券配布は6時半から。

あと1時間以上もこの寒さの中並ぶなんて考えられず、並んでいたら、気球の設営風景の写真も撮れないし、気球は一度乗ったことがあるし…

ということで、並ぶのはやめて車に戻って暖を取り、フェスティバルの開始を待っていたのでした。

気球のセッティングが始まったのは、結局空がかなり白くなった6時半からなのでした。

競技開始時間は飛び立つ時間ではなく、セッティング開始の時間ということのようです。


ワンボックスカーが間隔をあけて何台も川原にポツ、ポツと置かれてようやく準備が始まりました。

まずは、ゴンドラを降ろし、

ゴンドラの上部にバーナー部分をセッティングします。



セットが終わると程なくバーナーのテストが始まります。

ボー、ゴーっと、炎が立ち昇ります。



このバーナーの火力は家庭用のコンロの150倍くらいのパワーがあるそうです。



6時40分ごろ、朝日が昇ってきました。
空には雲ひとつありません。
放射冷却で周りの空気は冷え切っていて、足元の芝は霜で真っ白でした。



ゴンドラのセットとバーナーのチェックが終わると風下側に向けて横に倒し、その先に気球の本体を広げていきます。



広げた後、どうやって膨らますのかというと、まずは開口部から大きな扇風機で風を送るのです。



かなり膨らむまで扇風機の風を送り続けます。





まだ、扇風機からの風だけです。



まだまだ…

カラフルなオームのようです。



まだ扇風機の風だけです。



人が入れるくらい、開口部まで広がってくると、中を何か点検し、



このくらい膨らんで、ようやくバーナーの点火が始まります。



扇風機で膨らませ始めて10分くらい経っているでしょうか…



バーナーの点火が始まると程なく気球は直立します。





どんどんバルーンが起き上がってきました。



この大会では30機くらいの気球が飛ぶそうです。



起き上がると、すでに気球のひとつが飛び立ちました。



スタートの合図とか何もありません。



どうも、一斉にスタートするということではないようです。



6時半~8時までの間に飛び立てばいいということです。



でも、ちゃんと競技としてのスタートなんです。

最初に飛び立った気球が目標のマーカーをセットする気球のようで、他の気球はそのマーカーのなるべく近くに自分のマーカーを投下し、一番近かったチームが勝ちということのようです。



早ければいいという事でもないので、思い思いに準備が出来次第スタートしていきます。



この日は快晴で、風も微風でしたが、取る高度によっても風の状態は違うでしょうから、飛び立った気球はそれなりに広がっていきます。



いったいどこまで行く予定なのかわかりませんが、南東の方向に静かに飛び去っていきました。





大学のチーム、社会人のチームなど、日本中から集まってきているようでした。



気球が飛び立つと、ワンボックスカーはそれを追って走り去って行きました。





順調にどんどん飛び立っていき、8時までにはすべての気球が飛び去っていきました。



気球のなかの空気の温度は100℃くらいになっているそうです。




競技に参加の気球がすべて飛び立った後、試乗用の気球が組み立てられ始め、広々した川原には、ライトプレーンやラジコン飛行機などが準備を始めました。



長くなったので、続きます!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:39 | コメント(4)| トラックバック(3)

秋保電鉄



秋保大滝に行ったときに道路わきで見かけたこの電車。「なんだろう?」と調べてみたわけです。

仙台市内に路面電車が走っていたことは知っていましたが、この電車の車両は長崎のもののようだし…。

この電車は仙台で使っていたものを廃線後、長崎の路面電車として使い、最終的に仙台に戻り、この地で展示されているということなのですが、どうしてここ?というと、
この近くに駅があったそうなのです。

仙台の市電ではなくて秋保電鉄という路線が。

なんと、その路線は今私が住んでいるあたりの最寄の駅である長町駅と秋保温泉を結んでいる路線だったようなのです。


(クリックすると大きくなります)

秋保温泉はさわっちさんの実家があるそうですが、さわっちさんの実家と今私の住む町がつながっていたなんて…!!

きっとこれには何かある…(ワケないか…)


この写真は長町駅だそうです。



秋保電鉄はもともとは1914年(大正3年)に秋保石材軌道として馬車軌道で開業したようです。
温泉客だけでなく、秋保石という凝灰岩の一種を運ぶためにも使われていたようです。

長町⇔秋保温泉間は16kmくらいしかないのですが、当時の所要時間は2時間20分前後だったそうです。
さらに当然ながら馬の気分しだいで大きく前後したということで…。

時速に直すと約7km/hですから、歩くよりは早いというていどですね!

秋保石は建材用に掘り出されていたようです。

(秋保石を使って建築された東北学院大学礼拝堂)


大正11年に秋保電気軌道という社名に変更して全線電化を始め、大正14年に営業を始めました。

これがその当時の電気機関車。
なかなか味があります!

所要時間は1時間20分に短縮されました。
運賃は60銭。
長町駅と秋保温泉を1日10往復していたそうです。

途中には遊園地もあって、なかなか賑わっていたそうです。



1944年(昭和19年)に秋保電気鉄道に社名を変更しています。



ところが戦後経営が悪化して行き、近代化できぬまま1961年(昭和36年)に廃業しました。


写真を見てもわかりますが、パンタグラフではなく、トロリーボール式という古いタイプです。

仙台の市電と乗り入れの話もあったようなのですが、頓挫したようです。

今でもトンネルや車庫の跡などが残っているようでが、鉄道マニアでも、廃線マニアでもありませんので、このくらいにしておきます。



でも、ヒマなときがあったら見に行ってみるかな?

と、仙台に関係のある人以外にはどうでもいい話でした。



ロッテの優勝パレードの紙吹雪、すごかったですね!
2トンもの紙吹雪を撒いて、あのあとどうなるのだろう…なんて思っていたら、パレードを見物したファンが一斉に片付けて10分後にはきれいに片付いていたそうです。

そちらのほうに感動してしまいました!!

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 09:10 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋保大滝



これも数日前の話しですが、仙台の奥座敷、秋保(あきう)温泉のさらに奥のほうにある秋保大滝に行ってきました。

落差は約55mだそうです。

残念ながら紅葉はほとんど終わりで、葉が散った状態でした。
もう少し早く行くことが出来たらきれいだったのでしょうね!

それでも、平日にもかかわらず観光バスが何台も来ていたりして、観光地なんだなあ…と。


この写真は滝の向かって右にあたります。
写真の右上にはしごのようなものが見えますが、本来はこのルートで滝つぼまで下りられるようです。

行こうと思ったら、補修をしているので通行禁止となっていました。

残念…。



滝の入り口には秋保大滝不動尊があります。


社のすぐ横に大イチョウがあり、黄色に色づいた葉が日光に光ってとてもきれいでした。



このあたりは、平安時代の初期に比叡山延暦寺の慈覚大師が大滝不動尊を祀った霊場なんだそうです。








手水舎にはもみじ葉が落ちて風流してました。




滝から少し下ったところにめがね橋がありました。


小滝沢橋という橋で昭和14年に架けられたそうです。
残念ながら今は橋の上を歩くことは出来ません。




さらに下った秋保温泉の近くになぜか路面電車が…



どうも、長崎で走っていた電車のようです。

どうして?って、調べたらとても面白いことがわかりました。

上の写真のめがね橋の石も関係あるのです!


その話しは明日!!







みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:45 | コメント(4)| トラックバック(0)

ぼーじょれーぬーぼー



夕べは上司のアパートで部屋飲み…。
単身赴任二人でしみじみと…

というほどわびしくもありませんが、スーパーで買ったお惣菜と一応、季節モノということでボージョレーヌーボーを。

ボージョレーヌーボーって、毎年、「今年の出来はなかなかいい」と言ってません?

ま、それも、ご祝儀言葉と受け止めて、まあおいしくいただきました!


笑ってしまうのは場所はぜんぜん違うのですが同じ系列の家具付きアパートで基本が自分の部屋とまったく同じなこと。
置いてあるものがわずかに違う程度でなんだかヘンな感じです。



これは先日通った山形道。
こちらの地方は紅葉はほとんど終わりに近づいていますが、写真の近辺は見頃という感じでした。




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

独眼竜政宗



住んでいるアパートから歩いてすぐのところにこんな看板があるのは知ってました。

「ああ、こんなところにも城があったのか~」

程度にしか思っていませんでした。



単なる空き地で草が生い茂り、ほったらかしの状態で、なんにも面白くありません…。

ところが、
ところが…



今、バロンさんからお借りして昔のNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」を夢中で観ているのですが、その中に出てきたのですよ。

北目城が…。

大河ドラマの中では北ノ目城と言われていましたが、伊達政宗が関が原の合戦の直前、上杉勢攻略のための作戦をこの北目城でたてているのでした。

そんなことを知ってしまうと、この地を見る目も違ってきました。

アパートのすぐ近くを流れている広瀬川の対岸には古城という地名のところもあります。
そこには宮城刑務所があるのですが、もともと若林城というお城があったところだそうです。

若林城は伊達政宗が晩年居住していた城なんだだそうです。



実は今、NHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」にはおおはまりなのです。



放送は1987年ですので、もう23年も前のドラマなのですが、これがまあ実に面白いのです。

1話が45分で全50話ありますから、かなりのボリュームなのですが、寝る間を惜しんで数日で一気に観てしまいました。

今は2巡目です。
登場人物が多いし、関係も複雑なのである程度わかってから観なおすと、なおさら面白いのです。

何が面白いかって、

まず、物語そのものがドラマチックです。
一人の戦国武将の一生はまあ見事に波乱に満ちて物語や映画、ドラマになるのが納得できます。

伊達政宗に関して私が今まで知っていたことは今の100分の1にも満たなかったと思います。

ドラマを見ると共に、いろいろネットなどでも調べたりしていますが、かなり史実に忠実に作られているようです。
というか、この話しが真実だということが驚きです。


それから、演じる俳優陣が凄い!
まさにオールスターです。

伊達政宗役は渡辺謙です。

当時はまだ今ほど名の知れた俳優ではなかったそうですが、「目がいい」ということで政宗役に抜擢さたそうです。

そして、周りを固める俳優陣が凄い!

伊達政宗の腹心、片倉小十郎役は西郷輝彦。
伊達成実(しげざね)は三浦友和が演じています。
対照的な性格の二人を見事に演じています。

西郷輝彦には何度泣かされたか…
当時、赤いシリーズで山口百恵とも共演していた三浦友和もいい演技をしています。

豊臣秀吉役は勝新太郎。

一般的な豊臣秀吉のイメージとは違うのですが、さすがに勝新、「もしかしたらこんな人だったかも…」と思わせるような圧倒的な存在感です。

勝新太郎はすでに当時大スター。対する渡辺謙は売り出し中の若手役者。
この関係は豊臣秀吉と伊達政宗の関係にも似ていたようで、秀吉と政宗が小田原で初めて対面するときのシーンはそれらしさを出すため、本当に初対面となるよう、それまで勝新は謙さんの挨拶も受けなかったそうです。

確かに、見ごたえのあるシーンでした。

徳川家康役は津川雅彦。
老齢になるまで演じていますが、その顔が現在の津川雅彦そのままです。

政宗の父親、輝宗役は北大路欣也。
この3人はすべて時代劇を主役で1本撮れるレベルの役者ですから、それはもう、すばらしいです。

女優陣では、
政宗の母親、お東の方役は岩下志麻 、正室の愛姫(めごひめ)役は桜田順子、側室の猫御前は秋吉久美子、政宗の乳母であり小十郎の姉でもある喜多役は竹下景子が演じています。

愛姫はわずか11歳で伊達家に嫁いできているのですが、幼い頃の愛姫は後藤久美子が演じています。


また政宗の娘、五郎八(いろは)姫役は沢口靖子。

さすがに少し前のNHKドラマだけあって、女優の演技の時は夜でも何でも顔がきれいに写るようにライティングにとても気を使っているのがわかります。

女優人はいつまで経っても老けませんし…(笑)


そのほかの脇役人としては、
政宗の叔父にあたる山形の最上義光(よしあき)役は原田芳雄が演じています。
この役は当初は松田優作の予定だったそうですが、原田芳雄の方がピンときます。
義光はかなりの高齢になるまで出番がありますが、松田優作が爺さんになった姿って想像できませんから…。

政宗の家臣役には、金子信雄 、竜雷太、いかりや長介、八名信夫、平田満、大和田伸也 、佐野史郎 、萩原流行 、江夏豊(!)、イッセー尾形、東八郎など、

慶長使節団の代表として帆船サンファン・バウティスタ号でローマに渡った支倉常長役はさとう宗幸が演じています。
青葉城恋唄がヒットしたのは1978年、仙八先生を演じたのは1981年ですから、それよりもだいぶ後になります。

政宗の恩師、虎哉宗乙(こさい そういつ)和尚役は大滝秀治。
実にはまり役です。

秀吉の正室、北政所は八千草薫、側室の淀君役は樋口可南子 、

秀吉の後を継いで関白となった秀次役は陣内孝則でした。
このドラマでは政宗の子供の時の役を演じた子役とこの陣内だけが演技としては??でした。

石田三成役は奥田瑛二、


このドラマではちょい役程度の真田幸村役はなんと若林豪が演じています。

徳川の二代目将軍秀忠役は勝野洋、
三代将軍家光には若き日の宅麻伸が最終回のみに出ています。
政宗は家光の時代まで生きていたのですね。

超豪華な俳優陣を見るだけでもどんなに厚みのあるドラマか想像できません?
もうすでに他界している方も多いですね…。


そして次の魅力が、その俳優陣の話す言葉が実に、「美しい」のです。

特に、作戦会議などで首脳陣が発する言葉、その中でも政宗をいさめる言葉などが、難しい漢字を使う言葉なのですが、逆に簡潔で意味鮮明、しかも見事な敬語になっていて言葉としてとても美しいのです。

原作は山岡荘八、脚本はジェームス三木によるものなのですが、お見事です。
日本語の美しさを再確認している次第です。

実際に当時の人たちがあんな風に話していたかどうかは疑問ですし、東北の人たちなのにまったくなまっていませんし…(豊臣秀吉のみはちょっと関西風の言葉で話していましたが)

そんな見事なせりふが頻繁に出る政宗役の渡辺謙の演技ももちろんすばらしいのですが、特に片倉小十郎役の西郷輝彦はとても長いせりふがたくさんあるのですが、感動的に力強く、聴く者の心を打ちます。

輝宗役の北大路欣也もすばらしい!
政宗が元服して子役から渡辺謙に代わるまでは彼が主役です。

政宗は二本松城主、畠山義継に人質に取られた父親が殺されること承知で泣く泣く鉄砲で砲撃し、謀反を沈めるために弟の小次郎を斬り、それに加担した母親のお東の方を最上の実家に追放するという、肉親とも大変な修羅場を乗り越えています。


それから、それから、すばらしいのがセットなんです。
とりわけすばらしいのが雪。
米沢や会津、仙台が主な舞台になりますので、どうしても雪のシーンが多いのですが、その雪がすばらしい!

降る雪もいろいろな降りかたをしていてそれはもちろんなのですが、積もった雪の表現がすばらしいのです。

木々の枝に積もった雪が重さに耐えかねてザザッと落ちたり、外廊下にうっすらと積もっているところ、屋根の軒から今にもずり落ちそうな雪、人の背丈レベルまで積もった深雪など、見事に表現しています。
大道具さんの苦労がうかがわれます。

撮影された1987年というと、バブルの真っ最中で、きっと予算も有り余るほどあったのでしょうね…。

慶長使節団としてローマを目指すために作られたサンファン・バウチスタ号の話しも出るのですが、今なら復元船があるので、きっと撮影に使われたのでしょうが、23年前ではまだで、う~ん、残念という感じです。



平均視聴率は39.7%だそうで大河ドラマとしては今でも歴代1位だそうです。

さもありなん…の見ごたえあるドラマです。

仙台に来てニュースなどで各地の地名が出るたびに、政宗の話とダブってしまいます。
それほど、戦国時代の地名が今でもたくさん残っているわけで、高速道路を走っているだけで、「三春」なんて地名が出ると、「ああ、このあたりが政宗の正室の愛姫の出身地なんだ…」などと思いを馳せながら走るわけです。

亘理、丸森、白石、相馬、天童、二本松、岩出山、大崎…
どこもそのままの地名が残っています。

今週末の日曜は休みなので、出来れば政宗にとてもゆかりの深い岩出山というところに行きたいと思っています。
あるイベントがあるのです!

かなり楽しみです!

と、これほど、今、私の中の大ブームが伊達政宗なのであります。


バロンさん、完全に火をつけてくれましたからね!
当分の間、歴史マニアになりそうです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:30 | コメント(10)| トラックバック(1)

さあ、いつでもきなさい!!



昨日の朝、ふと駐車場を見ると両脇の車がいなく、天気もいいのでスタッドレスタイヤへの交換作業をしました。

貧相な車載工具だけでなんとかなりました。



4本とも装着が終わり、GSへ行って空気を補充、ナットの増し締めをしておしまい!


さあ、いつでもかかってきなさい!!




…でもね。

秋田の豪雪地帯の仕事の関係者が言ってました。

「軽で雪深いところは走らない方がいい。
 事故で潰されて死んだのを何台見たことか…」と。

雪による多重衝突事故はそれないに多いそうで、巻き込まれると軽はひとたまりもないということです。

そういえば、こちらの地方、もう関東では見ることが少なくなった大型RV車がよく走っています。

そういう理由もあるのでしょうね。

雪深いところに行く必要が出来たら無理せず電車で行くことにします。

なんせ、スキー場に行く道しか雪道は知りませんからね。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:27 | コメント(4)| トラックバック(0)

秋の広瀬川


(高いビルのあるあたりが仙台の中心部です)

言われっぱなし、やられっぱなし…って、腹立ちますよね!

いえ、政治の話しです。
このところ、ほんとうに民主党には政権能力はなさそうだなあ…と思い始めてきました。

でも、政府の外交姿勢が弱腰だ、弱腰だなどと散々いいながら、マスコミは繰り返し、中国の反日デモの様子やロシアの大統領が北方領土訪問の時の様子や尖閣での衝突映像を流していますが、あんたたちこそ、偏った報道ばかりしてませんか?と言いたいですね~。

だいだい、尖閣諸島や竹島がどういう経緯で日本固有の領土ということになっているか、日本人でさえよく知らないのでは?

北方領土がどのような経緯で現在ロシアが実効支配しているのか?

それに関してもよく理解している日本人がどのくらいいるのか?

日本人でさえ、正しく(少なくとも日本側の主張の根幹を)理解していないのだから、海外の諸国に理解してもらおうなんて所詮無理な話。

もちろん、教育の問題でもありますが、テレビだけでなく、メディアはあらゆる方法、あらゆる言語で尖閣諸島の問題、北方領土の問題、北朝鮮の拉致の問題などもっともっともっともっと他国にアピールする必要があると思うのですが…。

中国国民の反応や中国政府の反応をさもありなん…と理解を示すような訳知り顔の報道ばかりしているような…。

そして、自国の政府は批判するばかりで、自分たちが出来ることはほとんど何もしていないんじゃないかと思うメディアの姿勢にもとても憤っています。



で、今日の話題はそんなこととはぜんぜん関係ないわけで…。

もうだいぶ前の話になってしまいますが、休みの日の午前中、ちょっと自転車で出かけてきました。

といっても、すぐ近くを流れる広瀬川の川岸をどのくらい自転車で走れるのかわからなかったので、ちょっと走ってみたという程度です。


TJ輪駆堂で購入した折りたたみ自転車。
ま、ママチャリの折りたたみ版という程度の自転車です。
国産なので、造りは安心ですが、重い…、ギア比が大きすぎてスピードはぜんぜん出ません。
通勤用なので、それで充分ですが…。


広瀬側には先日からサケが遡上しているという報道がされていたので、じっくり探してみたのですが、残念ながらサケの姿はありませんでした。
見つけられなかっただけかもしれませんが…。


途中、広瀬橋という橋がありました。

ここは、江戸時代から架けられていた橋で、参勤交代の大名もここを通っていたそうです。

昭和34年(1959年)に現在の橋になり、昭和51年(1976年)まで路面電車も走っていたそうです。


広瀬川の川岸の自転車が走れる道はこの橋の少し上流で終わっていました。

仙台の中心部に届く前です。

私のアパートの近くから上流に向けてはほんの数キロしか道がないことはわかりました。

さて、下流方向はどうなっているのか…。

今度天気がいい休日にでも走ってみますかね!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:38 | コメント(9)| トラックバック(0)

峠は凍結?


(昨日の夕陽です)

昨日は時間がたつごとにどんどん寒くなっていき、こちらの地方は夕方には6~7℃まで下がりました。

蔵王では雪が降ったそうです。

朝にかけてさらに冷え込むそうで、天気予報では「峠を走る方は冬用のタイヤの装着をお勧めします。」なんて言ってます。

その、峠を走る予定なんです。
これから…。

最低気温は1℃前後らしい…。

ということは凍結していてもおかしくない…。


ワゴンR用のスタッドレスタイヤはすでに1ヶ月前くらいから用意していて、部屋の隅で積み重なっていました。


ヤフオクで9分山ホイール付4本で11000円。
安!!

さて、どうするか…。

出発前に取り替えて行くか、念のために積んで行くか、面倒だから夏タイヤのままで行くか…。


考え中です。


めんどくさいんだよなあ…
パンタジャッキで1本ずつ、取り替えるのって。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:24 | コメント(12)| トラックバック(0)

ドルフィンブルー?



ウチの塗装がだいぶ進んでいるそうです。

結局、決めた色はブルーグレー。



これが元の色。

薄いピンクでした。




写真では結構青っぽく見えますが、実際はもっとグレーに近いそうです。

周りの明るさや光の加減で色の感じはずいぶん変わるようで、グレーにもブルーにも見えるその感じはまさにドルフィンブルー?


違うか…





夕べ、テレビで「最高の人生の見つけ方」をやっていましたね!
大好きな映画なのでもう一度観ました。

気の効いたせりふが多くて、原語で楽しめたらもっと楽しいのでしょうね!
家・ガレージ | 投稿者 赤の’57 07:38 | コメント(9)| トラックバック(1)

仙台ゴスペル・フェスティバル



土曜日のうちにいわきから仙台に戻ってきたのですが、仙台市内ではゴルペルフェスティバルが開催されていました。

急いで勾当台公園のメインステージに行ってみると、ちょうどジョン・ルーカスさんがステージに上がっていました。



彼は私たちの仕事を手伝ってくれているのですが、本職はプロのゴスペル・シンガーなのです。



パワフルなすばらしいステージでした。



このゴルペル・フェスティバルは今年で第9回になるそうです。



今回は合計70組、700名の参加者が市内の8箇所ある特設ステージで日ごろの練習の成果を披露していました。



メインステージ以外は商店街の通りそのもので、定禅寺ジャズフェスティバルのように、観客と一体感を持って音楽を楽しめます。

このフェスティバルもボランティアによる運営とカンパや寄付による運営費で成り立っているようです。

すばらしいですね!

ぜひ長く続いてほしいものです。




メイン会場ではシックなアーリーバスが営業をしていました。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:36 | コメント(4)| トラックバック(1)

小名浜港



いわき市での仕事を終え、上司と二人で小名浜港に立ち寄りました。



まき網船らしい漁船が何隻も骨を休めていました。


小名浜に立ち寄った目的はこの店。


地元の方に安くておいしいと教えてもらったお店です。

二人とも、ウニいくら丼の大盛りを食べました。



なんと大盛り無料なんです!
すごい量でしょ?

ウニもいくらもご飯もとてもおいしく、大満足でありました!

ハワイアンズには近寄りもせず、すでに仙台に戻ってきてます。

仙台ではゴスペルフェスティバルが開催されていました。

その話しは次回…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 18:21 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その4)



「国家機密を流出させたのは問題だ」なんて言っているマスコミはその国家機密?を繰り返し繰り返し流しています…。
これってどうなの??
(機密扱いにしようとしていた政府にもあきれ返りますが…)

報道姿勢ににむかつきながらも、気仙沼の話しも今日が最後です。

気仙沼といったらフカヒレ。
ま、フカヒレ自体、そんなに珍しいものということでもないですからわざわざ食べませんでしたが、上の写真はある場所の屋台の看板です。

食べてないのでわかりませんが、写真のように本当にフカヒレが入っているのだったら350円はバカ安ですね!


こちらのほうは珍しいので食べました!

「サメバーガー」
サメの肉のフライのハンバーガーです。

フィレオフィッシュのようなあっさりした食感でした。
パンの部分が冷えていたのが残念…。
ちょっと熱を加えるとさらにおいしくなると思うのですが…。



気仙沼から仙台への帰り道はあえて海沿いを走りました。
渋滞を避けたいのと天気もいいので海を見ながら走れれば気持ちいいかと思いまして。


リアス式の陸中海岸沿いを走るのは悪くなかったですね!
車も少なく、気持ちよく走れました。

写真は志津川湾です。



おそらく、牡蠣の養殖でしょう。
ブイが無数浮いていました。

そろそろ牡蠣のおいしい季節になりますネ!


ずっと海岸線を南下してきましたが、北上川の河口から川に沿って土手の道を走りました。

この道が長い距離ほとんど信号のない道でとても気持ちよく、カルマンで走りたいなあ…と思いつつのドライブでした。


景色も、人工物があまり見えない昔ながらの景色で癒されました。



途中1箇所ある新北上大橋という橋のたもとが北上水辺センターという自然観察園になっていました。

このあたりの北上川の岸辺近くはカヤが群生しています。


鳥もたくさんいました。


こういう場所でもう少しのんびりしていたかったのですが、夕方までに仙台に帰らねばならず、先を急ぎました。

こういう土手にはサイクリングロードも作ってほしいですね~。

土手は交差点が少ないし、高低差も少ないのでサイクリングロードを作るにはうってつけだと思うのですけどね…。

仙台の広瀬川にもなぜかサイクリングロードはありません…。

海岸沿いには1本あるようなのですが、どうも管理が悪くて荒れ放題のようです。

この近辺はスポーツサイクルにはまだあまり環境が整っていないのかな?

なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが(いつもか…)こんな感じでみちのく一人暮らし気仙沼編を終わります。

今週末はフラガールのいわき市に行ってきます!



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:57 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その3)



2泊目に泊まったホテルが港のすぐ横だったこともあり、せっかく気仙沼に来たし、おそらく仕事でここにもう一度来ることは3月までにはないだろうということで、朝の漁港を見ようと、夜明け前に起きて出かけたのでした。

朝の冷え込みはかなり強くてあたりに止めてある車の夜露が凍りつきそうになっていました。

そんな中、漁港まで歩いていくとそこはすでに活気のある状況でした。



何隻もの漁船が岸壁に横付けする作業をしたり、すでに荷揚げの作業をしていたりしていました。



ここに止まっている漁船はカツオ漁船のようです。
カツオをガンガン水揚げしていました。



船からベルトコンベアーが走り、カツオの大きさによって自動的に仕分けられています。

向かって右から「小」「中」「大」と分けられ、それぞれ大きなプラスチックの箱に入っていきます。



箱の中は氷水が入っていてカツオは氷詰めになっています。

マグロやサメの水揚げもあったのかどうかわかりません。
余りにも長い岸壁なので…。



気仙沼らしい光景を見ることが出来て大満足でした。
早起きした甲斐がありました。




漁港をあとにしてフェリーが発着する岸壁のほうに行ってみました。

ちょうど朝日が昇るところでした。








大島行きのフェリーはおよそ1時間おきに出るようです。




予約制なんですね。
料金は軽自動車や小型車なら2000円程度です。
結構安いかも!と思ったのですが…、

もしも、大島にかかる橋が出来て、その通行料が2000円したら絶対に渡らないだろうなあ…とも思うわけで…。
(実際、大島は橋を架けようと思ったら架けられる距離しか離れていません)

同じ場所に行くのに、イメージはずいぶん違うものです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

気仙沼(その2)



私が気仙沼に行くと聞くと、誰もが「じゃあ、おいしい魚を食べられますね…」と、気仙沼=魚がおいしい という図式が多くの方にあるようで、

「お勧めの店は?」と聞いたところ、何名かの方が推薦してくれた店に行ってみました。

安くておいしくて、お店の人の感じがいいと…。

このお店はぽるさんだけがついてこれる「気仙沼ちゃん」のお兄さんがやっているお店だそうです。

間口は普通なのですが、入ってみると奥に長いお店でした。
入り口近くにあるカウンターだけかなり混んでいたのですが幸い1席だけ空いていてすぐに座ることができました。



とりあえず生ビール(350円)を頼んでメニューを見たりよく壁などに表示してある「本日のお勧め」などを探していると(壁には本日のお勧めは書いていませんでしたが…)…


「はい、これサービス。食べてみて」と出されたのがコレ。

ムール貝です。(すでに2~3個食べてから思い出して写真を撮りました)

「お客さん、コレ、食べたことある?」

「あるけど、こういう状態は初めてかも…」

「そう、じゃ、そのヒゲのところだけは絶対取って食べてね」



このヒゲのような部分をなんというか知りませんが、手でちぎると簡単に取れます。

「なかなか、いけますね~」
「お客さん、どちらから?」
「仙台から仕事で」
「宿はどちら?」

などと話していると、隣で飲んでいたおじさんが、

「この貝、なんという貝か知ってる?」
と話しかけてきます。
「ムール貝ですよね?」

「この辺じゃね、ニタリガイっていうんだ」
「何に似てるかわかる?」
「なんでしょう??」

すると、そのおじさんは貝の身を手に持って、
「ここをね、こうやって開くと、ホラ似てるでしょ…」
「ああ、なるほど!!」

何に似ているかは皆さんの想像にお任せしますが…。

そんなわけで気仙沼の夜は初めから面白そうな展開になりかけていたのですが、そのおじさんはすでにお酒がかなり進んでいたようすで、まもなく帰っていってしまいました。

ほぼ毎日のように来ている常連客のようでした。

というか、カウンターの客は私以外のほとんどが常連客風…。
仲間や彼女や店員とワイワイ盛り上がっています。

そういう空気の中で、よそ者がひとり座っていると、私のような小心者は居心地が悪くて早く帰りたくなってしまうものですが、おそらくこの店の大将らしい(ということは気仙沼ちゃんのお兄さん?)はそれなりに私にも気を使っていてくれて、落ち着いて飲めました。

ニタリガイも全部食べたので、
「刺身が食べたいけど、お勧めあります?」と聞くと、

「1000円くらいでみつくりましょうか?」

「ああ、お願いします…」

ということで出てきたのがこの盛り合わせ。

アワビまで入ってすごいボリュームです。

この一皿でかなり楽しめました。

で、さらに、

「気仙沼ならではのモノ、何かありません?」
と言って、出てきたのがコレ。



何だと思います?

気仙沼といえばフカヒレ用のサメの水揚げ日本一で有名です。

そうなんです。

これ、サメなんです。

モウカザメの心臓。

ハツ…ではなく、こちらでは「モウカの星」と呼ぶそうです。

「3日くらい元気になるよ!!」

「そんな元気、いりませんって。
 もてあましちゃいます!!(笑)」

なんて話しながら食べましたが、

食感はあっさりしたレバサシというような感じ?

熱燗が進みました!

そんなわけで、気仙沼の夜は大満足なのでした。

お店の名前は、「ぴんぽん」という居酒屋らしからぬ名前です。

このお店、お勧めです!


ひとり酒ですので、サクサクっと飲み、サクサクっと食べ、割と早い時間にホテルに戻り、翌日に備えたのでした。

いえ、仕事に備えたのではなく、朝の気仙沼港をぜひ観にいこうということで…。


つづく


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:25 | コメント(4)| トラックバック(0)

気仙沼(その1)



気仙沼でまずは一仕事が終わり、港へ行ってみました。
気仙沼といえば日本有数の漁港で有名ですからね!

天然の良港らしく入り江が深く切れ込んでいて港から大海原は見ることができません。

すぐ近くの大島とを連絡しているフェリーが出港していきました。




一番奥の岸壁で大型の漁船が静かに佇んでいました。

右奥の岸壁が水揚げをする漁港です。
気仙沼港の岸壁の長さは半端じゃありません。


対岸に浮見堂という建物がありました。

気仙沼で泊まった宿はこのすぐ近くでした。

日が暮れる寸前だったので見物もほどほどに宿に向かいました。

気仙沼での夜の食事の話はまた別途書きます。



翌日の早朝、同じところを散歩しました。



浮見堂の両側は遊歩道になっています。


この左側の崖の上には五十鈴神社という神社があります。

浮見堂のすぐそばには恵比寿像がありました。

立っている恵比寿像は珍しいそうです。

この港を出入りするたくさんの漁船の航海の無事を願っているのでしょう。


神社にも登ってお参りをしてきました。


山の上に登っても大海原を見ることはできません。
防波堤なんか必要ない天然の良港だというのがわかります。



とても静かな漁港に見えますが、時間が違えば見事に活気づいています。

この日も朝早かったのですが、その翌日はさらに早起きして夜明け前に漁港に行ってみると、そこはすごいことになっていました。

その話も別途書きますね!




みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:30 | コメント(4)| トラックバック(0)

中尊寺



先週末は気仙沼での仕事でした。
気仙沼へは東北道を下り、一関ICで降りて向かいます。

ん?…一関??

ということは…

平泉が近い。

よし、いいチャンスだから中尊寺に行くぞ!

と立ち寄りました。

かねてから中尊寺の国宝金色堂はぜひ観てみたいと思っていたのです。

宗教的な興味はほとんどないのですが、古い建築物、美術品という意味で以前から大変興味があったのです。

時期を選んで行ったわけではないのですが、結果的には一番いい時期に行ったのかもしれません。
境内の紅葉がそれはもう、見事でした。

上の写真は中尊寺の参道入り口のすぐ近くにあるのですが、なんと、あの、弁慶のお墓なんだそうです。

楓が見事に色づいていて、この地にも中国人観光客がたくさん来ていたのですが、盛んに写真を撮っていました。




肝心の弁慶の墓ですが、

なんだか石碑が新しくてそれっぽくありません…。
もっとも、弁慶自体、実在の人物かどうか怪しいようですが…。
勧進帳をはじめとして物語や逸話は数多くありますけどね!

個人的には好きなんですが…。

後ろのほうにそれっぽい石が置かれています。


以前は五輪塔があったそうです。
その頭の部分だけが残っていますね…。




中尊寺は小高い山の中にたくさんのお堂で構成されているのですが、ここがその参道の入り口です。
入り口脇の公営の駐車場(400円)に車を止めたのですが、その駐車場の脇にたくさんの蕎麦などを食べさせる飲食店が並んでいるのですが、その客引きがうるさくて興ざめでした。

ま、気を取り直してゆるい坂を登って行きました。


参道はこんな杉木立が並んでいます。
花粉症なので春に来るのはやめときます。



ふと、木々の間から平泉の平野が見えるとことがありました。

平泉は奥州藤原氏が作った里ですが頼朝に滅ぼされて跡形もなくなったそうです。

かの松尾芭蕉がこの地を訪れ、この場所からこの景色を見て詠んだ歌が「夏草や つわものどもが 夢のあと」の句なんだそうです。



中尊寺は850年に比叡山延暦寺の慈覚大師によって開山され、その後奥州藤原氏初代の藤原清衡が1105年から再建に着手し、1124年に金色堂が竣工、基本的な伽藍が完成したのは21年後の1126年だったということです。

奥州藤原家は4代にわたって、この地にいくさのない理想郷を作ろうとしたようです。

そのひとつが中尊寺。
他に毛越寺や無量光院など、美しい建物を造ったようです。

中尊寺には全盛時には40くらいのお堂があったそうですが、現在は20程度のお堂が坂の両脇にぽつぽつと建っています。

たび重なる火災で創建当時の建物で現存しているのは金色堂だけだそうです。

これは坂の中ほどにある本堂。

明治42年に再建されたものです。

本堂の門の脇に目立たない感じで建っていた鐘。


参道のもみじはほんとうに見頃でした。





ようやく奥にある金色堂まで着きました。
ここは有料(800円)になります。
拝観券を購入する建物が讃衡蔵という史料館になっていてそこの入場料と共通です。
どちらを先に入ってもいいのですが、もうここまで来たら早く金色堂を観たいので、そちらを先に…。


金色堂はこの写真の奥にある鉄筋コンクリートで出来た覆堂の中にあります。

中に入ると、上野動物園のパンダのようにガラス越しに観ることができます。

光り輝く金色堂は想像していたよりも小ぶりでしたが(1辺が5.4m)その存在感たるや、尋常ではありませんでした。

まさにこの世のものとは思えないくらいに浮世だっています。
作り物というか(まさに作り物ですが…)異次元に存在するものというか、そういう非現実的、非日常的な空間でした。

写真は撮影禁止だったし、wikipediaにも金色堂の写真はないので、転載も出来ません。

中尊寺のHPに行くと写真がありますので、そちらをご覧ください。

長い年月の間にかなり痛んでいたようですが、昭和30年代に大規模な解体修理、補修が行われたそうで、今は創建当時のような状態です。

その修復の記録映画が史料館の讃衡蔵で観ることが出来たのですが、想像を絶する細かく、根気のいる作業だったようです。

皆さんの中でこれから金色堂を観にいこうと思っている方はぜひ、先に讃衡蔵を見学してから実物を観ることをお勧めします。
きっと観る目が変わると思いますよ!

金色堂の脇に旧覆堂があります。

この覆堂は鎌倉時代の1283年に建てられたといいますから金色堂が建てられて159年後ということになります。

義経をかくまったということで藤原氏を滅ぼした頼朝ですが、鎌倉幕府もこの金色堂の貴重さはわかっていたようで保護の必要性を感じたのでしょうね。

昭和38年に現在の覆堂ができて、今の場所に移築されたということです。

ここは中に入ることも出来ます。

後に中尊寺を保護した伊達政宗や松尾芭蕉をはじめ、昭和初期まですべての人がこの覆堂の中にある金色堂を拝観したわけです。

私たちにとっては伊達政宗も源頼朝も芭蕉も同じように「昔の人」ですが、伊達政宗からみた頼朝は4~500年も前の歴史上の人物なんですよね。


そんな時の流れに関して考えさせられました。



苔むした灯篭というのもいいですね!
5年や10年じゃできない風格です。


この鐘楼に吊るされている梵鐘は1343年の鋳造だそうです。

突かれる部分は長い年月の使用で相当へこんで変形しているらしく、現在は使われていません。



そんなわけで、思いがけなく中尊寺の金色堂を拝観することができました。
できればもっとゆっくり、そしてちかくにある毛越寺(もうつうじ)にも行ってみたかったのですが、時間がないので仕事先に向かったのでした。

機会があったらぜひ、もう一度ゆっくりと行ってみたいところでした。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 01:51 | コメント(6)| トラックバック(0)

秋の海仙台編



仙台市内の街路樹もどんどん色づいて来ています。
この週末はどこもいい天気のようで、紅葉狩りには最適な陽気のようですね!

私は今、気仙沼に仕事で来ています。
道中で素晴らしい紅葉を観ることができたのですが、その話は後日ゆっくりということで、今日は仙台のお話しです。

そういえば仙台に来て2ヶ月になるのに1度しか海を見てないぞ…ということに気づき、これはイカン…と先日の夕方、行ったのでした。

前回行ったときはまだ夏…という感じで、サーファーが水着だけで海に入っていましたが、この日はまさに秋の海…という感じでした。

大きめの客船が仙台港に入ってくるところでした。


波が小さいということもあり、海に入っているサーファーは5人程度でした。

波頭が夕陽でオレンジ色になりかけていました。



海の反対側に日が沈み始めていました。

あの山の向こうは山形です。



久しぶりに夕陽が沈むところを見た気がします。







特に意味はないのですが、街中をこんな車が走っていました。
地元ナンバーでした。


雪が降ると走れないでしょうから今のうちに…ということかな?

あ、でも仙台は雪国ではないか…。
太平洋側ですからね。

そんなに降らないそうです。



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:29 | コメント(4)| トラックバック(0)

赤レンガとポートタワー



これらの写真は秋田市の滞在中、ちょっと早起きして仕事前に行ってみた建物です。

現在は赤レンガ郷土館という秋田市の資料館になっていますが、元は秋田銀行の本店だそうです。



旧秋田銀行本店は、明治42年に着工し45年に完成した建物で、昭和56年に秋田市に寄贈されています。

私が行ったときはまだ時間が早いので中に入ることは出来ませんでしたが、窓越しに昔のカウンター周りなどがそのまま残っているのは見えました。

こちらはネットから借りてきた写真です。

大理石で出来た立派なものです。
金庫や暖炉なども昔のまま残っているようです。

こういう建物はずっと残してほしいですね~。



設計は秋田県の技師、山口直昭氏によるものです。
赤レンガの色が東京駅に似ているなあ…とおもったら、やはり同じ大阪産のレンガを使っているそうです。
レンガは二重になっていて内側は秋田産のレンガだということです。

戦後は一時、アメリカの進駐軍が使用していたようです。

ちょっと不思議だったのは、秋田銀行の本店にしては建っている場所が秋田市の主だった通りではないことなのです。
駅からも遠いし、ちょっと裏通りに入ったところにあります。

銀行というと最も利便のいいところに建てそうなものなのですが…。


仕事が終わって暗くなっていましたが、せっかくなので秋田ポートタワーに行ってきました。

1994年にオープンしたときは民営だったそうですが、後に秋田市が管理しています。

高さ143mで展望台は私が行った時間でも登ることができました。

民営のときは800円もしたそうですが、現在は無料です。

ならば…と展望台までのぼってみましたが、数組いる見学者は当然ながらカップルばかり…。

まあいいかと、夜景の写真を数枚撮りましたが全部ボツ…。

暗い中、日本海がなんとなく見えました。
考えてみたら、日本海を見たのは、数年前に能登のイベントに行ったとき以来かも…。

秋田市~仙台間は約250kmあり、仙台の自宅に戻ったときは日が変わりそうになっていました。


今週末は気仙沼です。
さて、どんなところか…。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 08:36 | コメント(4)| トラックバック(0)

久保田城



さて、先週末に秋田市に行ったときの話しです。

やはり仕事の合間に時間を作って久保田城跡に行ってきました。
久保田城は秋田城の別名ではありません。

秋田城も秋田市内に城跡がありますが、まったく別の城で、733年といいますから平城京時代のお城です。

久保田城は1604年に佐竹義宣が築城した城です。

佐竹氏はもともと今の茨城県水戸市のあたりを中心に栄えていたのですが、関が原以降、家康により水戸から秋田に転封されて久保田城を築城したわけです。
関が原では中立の立場を取って参戦していないのですが、家康には脅威と取られたのでしょう、水戸54万石だったのに秋田20万石に減封されています。

先に紹介した横手城、こんど是非行ってみたいと思っている角館(かくのだて)の角館城も佐竹藩の支城だったようです。

上下の写真は、2001年に復元された久保田城の表門です。

戦国時代の城らしく、門の上に武将が詰められるようになっています。


表門の脇に御物頭御番所(おものがしらごばんしょ)という建物がありました。
久保田城内で唯一残っている藩政時代の建物だそうです。


簡単にいえば門番と場内の警備番の詰め所のようなところのようです。

ここは自由に中に入ることが出来ました。

建物の中からの景色です。

同じ場所で同じ景色を江戸時代の人が見ていたわけで、不思議な感覚になります。


城内は千秋公園という公園になっていて当時を偲ばせるものは少ないのですが、8つあったという御隅櫓(おすみやぐら)のひとつが1989年に復元されていました。

御隅櫓とは見張り所兼矢倉、つまり武器庫としてつかわれていたそうです。

もともとは二層だったようですが、展望台を兼ねて三層造りで復元されています。

100円の入場料を払って入ってみました。

展望台からの眺めです。
久保田城は秋田平野の真ん中にある平城なので、360度見渡すことができます。
(生い茂った樹木で見えない部分もたくさんありましたが…)


下の階は展示室になっていて、久保田城の大規模な復元模型がありました。


久保田城は徳川幕府に配慮して、石垣も天守閣も持たない城だったようです。

本丸の中には平屋建ての建物があっただけのようです。



きっとこんな図面を元に作ったのだと思います。


う~ん、楽しそう!

模型じゃなくて実物大で完全再現してくれないですかね!
どうせなら…。

江戸城の本丸跡にしてもなにもない公園というか空き地になっていて、もったいないです。

税金を使って余計な箱物を作るくらいなら、こういう歴史的建造物を復元するほうがよほど意義があると思うのですが…。


表門の横に佐竹史料館というのがあって、こちらも100円の入場料を払って入ってみました。

展示物はすべて写真撮影が禁止だったので自分で撮った写真は一枚もないのですが、久保田藩の初代藩主佐竹義宣やその父親の佐竹義重の甲冑が見事な保存状態で展示されています。

この義重と義宣の甲冑はまことにどド迫力で圧倒されました。
なんか、こう、妖気が漂っているという感じです。

肉筆の書状や御旗の実物なども多数展示されていてとても見ごたえがありました。

なかなかゆっくり見ている時間がないのが残念でした。


この下の写真はネットでちょっと拝借。


義重の黒塗紺糸縅具足


義宣の人色皮包仏胴黒糸縅具足
(胴の下のほうの傷は銃痕だそうです。)


佐竹藩の話って、物語、ドラマ、映画になってます?


蔵王エコーラインは昨日から冬季閉鎖になったようです。
こちらはそういうところから冬になって行くようです。

みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:45 | コメント(4)| トラックバック(0)

カチ、コチ…



物心ついてからというもの、眠れなくて困ったということがほとんどありません。

車の中でも、
揺れる船の中でも、
狭い飛行機の座席でも、
公園でも、

まず、どこでも眠ろうと思えば眠れます。

ダイビングをやっている頃は、ウェットスーツを着たまま、雨の中を昼寝していたこともあります。

そういえば、海やプールの中に潜っているときも寝そうになったことがあります。

別に病気じゃないですよ。

寝ちゃいけないときに寝てしまうわけではありませんから…。

でもね、

コイツにはやられました…。

何って、上の写真の時計です。

部屋に時計がないのも不便で、

まあ、何でもいいや…と、100円ショップで買ってきました。

電池は付属していませんでしたが、100円なら安いもの…と、買ったのですが、

これがうるさいのです。

カチ、コチ、カチ、コチと…。


起きている間はテレビの音や音楽の音にかき消されて気にならないのですが、さあ寝ようと、すべてを消して電気も消すと…

カチ、コチ、カチ、コチが始まります。


今まで何かの音が気になって眠れない…ということもほとんどなかったので、すぐに慣れるだろうと思っていたのですが、これがなかなか慣れなかったですね…。

100円のくせして、音だけはやたら大きいわけで…。


仕方なしに、寝るときだけ電池を外して止めたりしていて、こりゃダメだということで、買い直したわけです。


今度は高級品です。
1000円もしましたからね!(割引後の価格ですけど)

あいつの10個分ですからね!

秒針はカチ、コチと動かずヌメ~っと、連続して動くタイプです。
ですから、まったく音はしません。
しかも、温度計、湿度計までついてますから…!!

これはお得!

でもね、いくつも同じ時計を売ってたのですが、どの時計の温度や湿度も微妙にみんな違う…。

どういうこと?

ま、だいだいの数値でいいか…温度の1度や2度、湿度の5%やそこら違ってても何てことないし…と買ったわけです。

1000円もする時計ですからちゃんと説明書や保証書もついていたのですが、その説明書には、

「温度や湿度が他の温度計や湿度計と比べて違っていたら調整してください」なんて書いてあって、

なんじゃそれ!!

と、ひとりで突っ込み入れてました。



元来、掛け時計に秒針はあまり必要ないんじゃないかと…。

腕時計も秒針がないタイプが好きです。
でも、デジタル時計は嫌いです。
クォーツも好きじゃない。
自動巻きや手巻きが好きです。

カチ、カチっと秒針が動くのがなんともね…。
ヌメ~っと動くのもどうにも…

どうせ秒針がついているのなら、チッ、チッ、チッ、チッと動くのがいいなあ…。

でも人生の中で秒針が役立ったことってほんとに数えるくらいしかなかったように思えるし…。

まあ、秒針がないと時計が動いているかどうかがすぐにわからないという理由でついているのかもしれませんが…

とにかく、時計がうるさくて眠れないということはなくなりました。


あとは布団が薄っぺらくて寝心地が悪いのをなんとかしなければ…。


みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 00:15 | コメント(4)| トラックバック(0)

上杉伯爵邸



今日は米沢の上杉伯爵邸の紹介です。
このところ、たくさん書いている東北紀行文の多くの部分はにわか勉強によるところですので、間違いがあったら指摘してくださいね!

上杉伯爵邸は米沢城のすぐ脇、昔なら二の丸にあたるところにあります。
上杉家は代々、米沢藩の藩主だったわけですから廃藩後は貴族になったわけですね。

この建物はもともと明治29年に上杉家の14代にあたる茂憲(もちのり)伯爵邸として建てられたそうです。
当時は敷地約5,000坪、建坪530坪という壮大な大邸宅だったそうですが、大正8年の米沢の大火災で焼失ました。

今の建物は大正11年に着工14年に再建されたものです。

第二次大戦の戦火も免れ、戦後の一時期は米軍の将校の宿舎として使われていたそうです。

その後、米沢市に戻され、1979年より上杉記念館として開放され、米沢の郷土料理を食べることもできるようになりました。



私が訪れたのは夕方の遅い時間だったので、営業はしていませんでしたが、庭に入り建物を観ることができました。

伯爵邸というよりは、もともと旅館や料理屋さんとして設計されたような建物にも見えます。
1階と2階が同じ大きさだからですかね…。

立派な庭も残っていて、これは浜離宮を模して造られたそうです。



米沢では上杉謙信や上杉景勝よりも9代藩主の上杉鷹山が最も親しまれているようです。
上杉鷹山だけが「公」付けで呼ばれます。


というのも、鷹山は米沢を救った藩主としてたいそう尊敬されている人物だからです。

彼が17歳の若さで藩主になったときは米沢藩の台所事情は最悪だったそうです。

関が原以降、会津からこの地に転封された上杉家なのですが、15万石の石高にされたにもかかわらず、会津120万石時代の家臣6000人を抱えたままだったからです。

そんな状態で侍たちの生活を支え続けられるわけがなく、もう自己破産寸前だったところで、藩主になった鷹山は一生涯をかけていろいろな改革を行い、米沢藩を立て直しています。

自ら大変な倹約をし、藩の産業を振興し、陣頭指揮をとって農地改革をしていったそうで、政治家の鑑のような人だったようです。

ジョン・F・ケネディやビル・クリントンが最も日本人で尊敬できる政治家として名前を挙げたことでも有名になりました。


鷹山の名前は知らなくても、
「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」という言葉はよく知られていますね。

米沢城のすぐ前に上杉博物館があるのですが、ここの展示はなかなかのもので、この「生せば生る…」の書状も展示されていました。
撮影禁止だったので、写真は何もありませんが…。

鷹山公がどんな苦労をして改革をしていったのかなど、短編映画や動く人形で展示されていたりしてわかりやすく知ることが出来ました。
入館料は400円かかりますが、とてもお金のかかった展示内容です。

米沢に行かれた方はお勧めです。


しかし、日本の政治のこのていたらく…
鷹山公の爪の垢を今の政治家や悪徳官僚たちに浴びるほど飲ませてあげたいものです…。

中国にも、ロシアにもなめきられているし…
事業仕分けは何も効果を生み出さない政治ショーでしかないし…
天下りは根絶どころか今までよりもひどい状態にしてるし…
景気は一向に上昇しないし…
自分たちは贅沢ばかりしているし…



みちのく一人暮らし | 投稿者 赤の’57 07:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

横手オールドカーフェスティバル



今日から11月ですね。
今年もあと2ヶ月ですか…。
本屋さんなどでは来年のカレンダーや手帳類が販売され、お店の飾りつけはハロウィンからクリスマスに変わり、年末に向けて日の移り変わりは加速していくのでしょう…。

今日は久しぶりにクルマネタなのですが、そういえばカルマンにずっと乗ってないですね~。

こちらに来て2ヶ月がたちましたが、その間カルマンに乗れたのは山中湖を1周しただけです。

さて、今日の話題なのですが、仕事で行った秋田県横手市なんですが、3連休の中日に「横手オールドカーフェスティバル」という旗が立っていて、「ナンだろう?」と休憩時間に駐車場の1画を除いてみたら、旧車のイベントが開かれていたわけです。


今にも雨が振りだしそうな天気だったのですが、たくさんの車が集まっていました。

そのほとんどは日本車のシャコタン系。
最近イベントでは見慣れてきてしまっているし、ゆっくり見る時間もないので、外車はないなかなあ…と探すと、ほんの一画に数台とまっていました。





この190SL、この手のクルマには珍しい改造のし方がされていました。

私的には「残念…」という感じでした。
(一番残念なところは写していません…)







このトライク、エンジンはフラット4のようでした。



エンジンの後ろに大きな消火器が…。

燃えた経験があるのでしょうか?
それともシャレなのかなあ…。


このオート三輪もフロントの車載電話風のアンテナが不思議です。
時代考証的にも合ってないし、実用とも思えないし…。


荷台にはこんなカブが… 



仕事が終わってホテルに戻ると、きっとイベントに出たグループの車が数台とまっていました。

このクルマたちは茨城県から、他の参加車も驚くほど遠くからの参加も目立ちました。

調べてみたら今年で第6回だそうです。
長年続けられているイベントなんですね!

なんだかんだ言いながらも、久しぶりに旧車を見られてちょっと目の保養ができました!


イベント | 投稿者 赤の’57 07:35 | コメント(8)| トラックバック(0)
<<  2010年 11月  >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
ホビダス[趣味の総合サイト]